Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年05月13日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-49
 スピノザの「エチカ」第一部の「神について」の存在・実在論ですが、「付録」を読む限り、神の存否というよりは実体の存否及び其の完全性を「神」として捉えるのか、人間精神の性状からくる神の想定するものを神の象として認識するのか二者択一を迫っています。スピノザは神の存否よりも人間の幸福感其のための神の認識を「エチカ」の題名通りに求め、倫理の実践を求めます。「人々は生起する一切が自分のために生起すると思いこんでからは、すべての物について、彼らに最も有用な点を重要事と判断し、彼らを最も快く刺激するものをすべて最も価値あるものと評価しなければならなかった。ここからして彼らは、物の本性を説明するために善、悪、秩序、混乱、暖、寒、美、醜のような概念を形成しなければならなかった。また彼らは自分を自由であると思うがゆえに、これから賞讃と非難、罪過と功績のような概念が生じた。後者についてはあとで人間本性を論じた上で述べることにして、ここでは前者について簡単に説明しよう。すなわち健康と敬神とに役立つ一切のことを人々は善と呼び、これに反することを悪と呼んだ。また物の本性を認識せずに物を単に表象のみする人々は、物について何ら正しい肯定をすることなく、表象力を知性と思っているから、そのゆえに彼らは、物ならびに自己の本性に無知であるままに、秩序が物自体の中に存すると固く信じている。すなわち物が我々の感覚によって容易に表象され、したがってまた容易に思い出せるようなふうにできていれば、我々はそれを善き秩序にある、あるいは善く秩序づけられていると呼び、その反対の場合は、悪しく秩序づけられている、あるいは混乱していると呼ぶのである。そして、我々が容易に表象しうる物は我々にとって他の物より快いから、そのゆえに人々は混乱よりも秩序を選び取るのである。あたかも秩序が我々の表象力との関係を離れて自然の中に実在するある物であるかのように。また彼らは神が一切を秩序的に創造したと言う。このようにして彼らは知らず知らず神に表象力を帰している。もし神に表象力を帰しているのでないとすれば、あるいは彼らは、神が人間の表象力を考えてすべての物を我々が最も容易に表象しうるようなふうに按配したと思っているのかもしれぬ。だがその際彼らは、我々の表象力をはるかに凌駕する無限に多くのものが存在し、また我々の表象力が微弱であるゆえにそれを混乱させるきわめて多くのものが存在するということには何の顧慮も払わないらしい。しかしこのことについてはもう十分である。」 と断罪します。スピノザの神とは人間の精神を反映したものではなく、人間の情欲や単なる知性を超えたものであり、其の実体認識には理知と直感知を求めます。人間が世間のしがらみから開放されるには理知を基底とした「直感知」こそが、神が世界であることの思考論理だというのです。此の基本から追求するならばスピノザの時代の物理科学の遅滞を超えた現代こそが、神を捉えることには無理があるとは云え其の実体への方法論は期待しても良さそうに時代は時々進化しています。


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最終更新日  2021年05月13日 06時03分40秒
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