Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年05月16日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-52
 スピノザの育った時代背景のこともあり、彼は民衆が真に正しい認識よりは正邪怪しい単に表象の様式をもって概念とし、表象力の状態を示すのみで、物の本性を知ったが如くの錯覚に陥っているとして、「このようにして、民衆が自然を説明するに用い慣れたすべての概念は単に表象の様式であって、何ら表象力の状態を示すのみで表示せずただ表象力の状態を示すのみであるということを我々は知る。そしてこれらの概念は、あたかも表象力の外部に存在する実有を意味するかのような名称を有するから、私はこれを理性の有とではなく表象の有と呼ぶ。こうして我々はこれと類似の概念に基づいて、我々に向けられるすべての論拠を容易に撃退することができる。すなわち、多くの人々は次のように論ずるのが常である。もし万物が神の最完全な本性の必然性から起こったとするなら自然におけるあれほど多くの不完全性は一体どこから生じたのか。例えば悪臭を発するにいたるまでの物の腐敗、嘔吐を催させるような物の醜怪、混乱、害悪、罪過などなどはどうかと。しかし、今も言ったように、これを反駁することは容易である。なぜなら、物の完全性は単に物の本性ならびに能力によってのみ評価されるべきであり、したがって物は人間の感覚を喜ばせ、あるいは悩ますからといって、また人間の本性に適合しあるいはそれと反撥するからといって、そのゆえに完全性の度を増減しはしないからである。さらになぜ神はすべての人間を理性の導きのみによって導かれるようなふうに創造しなかったかと問う人々にたいしては、次のことをもって答えとするほかはない。すなわち神には完全性の最高程度から最低程度にいたるまでのすべてのものを創造する資料が欠けていなかったからである、あるいは、もっと本源的な言いかたをすれば、神の本性の諸法則は、定理一六:神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で、言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが生じなければならぬ。 系一:この帰結として、神は無限の知性によって把握されうるすべての物の起成原因であることになる。で示したように、ある無限の知性によって概念されうるすべてのものを産出するに足るだけ包括的なものであったからである。これが私のここで述べようと思った諸偏見である。もしこうした偏見の粉末がいくらかまだ残っているとしても、誰でも少しく考察すれば、その誤りを正しうるであろう。ゆえに私はこうした事柄にこれ以上留まっている理由はない云々。」。此の結論は当時の時代が宗教勢力の制限下にあり、神に人格性を賦与した如きの「神格性」を王権神授説のような政権保持の思考が罷り通っていた事への彼の悲痛の叫びとも云えるものです。この思考態度は、現在の最先端物理科学の方法論に取り入れらっれ、先ずは物理観測その結果からの報告の諸判断の正誤の判定を基底にした人間の表象を極力排除した量子重力理論へと反映されます。第一部 終りとスピノザは締め括っています。



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最終更新日  2021年05月16日 06時09分35秒
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