Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年07月10日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-103
 人類は宇宙を構成する空間に生命胞子が育まれていたとの仮説は格別として、通常には物理科学や地質学及び考古学などの所論どおり、太陽系は現在から約50億年前、宇宙空間に漂っていたちりやガスが円盤状に集まり、中心に原始太陽生まれ、その後に惑星系が生じた訳ですが、同じ分子雲の中で太陽と同時期に誕生した恒星はまだ見つかっていない比較的古い恒星系です。地球のそれは今から46億年前のことです。 宇宙の始まりからすでに100億年あまりが経ってはいますが、古い恒星系だと云えます。此の太陽系第三惑星に生命が登場します。此れは物質的宇宙でも極めて稀であることは、未だに、高能力観測装置をもってしても他の星系に生命が見つからないことから奇跡であると云えます。何れにしろ、此の太陽系第三惑星の奇跡は起こるべくして起きたと解釈されます。其れは「世界の法則」言い換えれば情報に組み入れられていたに違いないという事実です。其の法則に関してのスピノザの答えが、
 定理一七 神は単に自己の本性の諸法則のみによって働き、何ものにも強制されて働くことがない。
 証明 単に神の本性の必然性のみから、あるいは(同じことだが)単に神の本性の諸法則のみから、無限に多くのものが絶対的に生ずることを私は今しがた(定理一六 神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で、言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが生じなければならぬ)で示した。また定理一五では、いかなるものも神なしには在りえずまた考えられえず、一切は神のうちに在ることを証明した。ゆえに神の外には神を働くように決定しあるいは強制するいかなるものも存しえない。したがって神は単に自己の本性の諸法則のみによって働き、何ものにも強制されて働くことがない。Q・E・D・=此れが証明されるべきことだった。
 系一 この帰結として第一に、神の本性の完全性以外には神を外部あるいは内部から駆って働かせるいかなる原因も存在しない、寧ろ、神は自己の完全性の力のみによって起成原因であるということになる。
 系二 第二に、ひとり神のみが自由原因であることになる。なぜなら、ひとり神のみが、単に自己の本性の必然性のみによって存在し(定理一一 神、あるいはおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体、は必然的に存在する。および、定理一四の系一 これからくるきわめて明白な帰結として、第一に、神は唯一であること、言いかえれば(定義六 神とは、絶対に無限なる実有、言いかえればおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体と解する。)により自然のうちには一つの実体しかなく、そしてそれは絶対に無限なものであることになる。これは我々がすでに定理一〇の備考 これから分かるのは、たとえ二つの属性が実在的(レアリテル)に区別されて考えられても、言いかえれば一が他の助けを借りずに考えられても、我々はそのゆえにその両属性が二つの実有あるいは二つの異なる実体を構成するとは結論しえないことである。事実その属性のおのおのがそれ自身によって考えられるというのは実体の本性なのである。なぜなら、実体の有するすべての属性は常に同時に実体の中に存し、かつ一が他から産出されえず、おのおのは実体の実在性あるいは有を表現するからである。ゆえに一実体に多数の属性を帰することは少しも不条理でない。それどころか、おのおのの実有がある属性のもとで考えられなければならぬこと、そしてそれはより多くの実在性あるいは有をもつに従って必然性(すなわち永遠性)と無限性とを表現するそれだけ多くの属性をもつこと、そうしたことほど自然において明瞭なことはないのである。したがってまた、絶対に無限な実有を、おのおのが永遠・無限な一定の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実有、我々が定義六 神とは、絶対に無限なる実有、言いかえればおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体と解するで述べたようにと定義しなければならぬことほど明瞭なこともないのである。
 だが今もしある人が、ではいかなる標識によって我々は諸実体の相違を識別しうるかと問うならば、その人は次の諸定理を読むがよい。その諸定理によって、自然のうちにはただ一つの実体しか存在しないこと、またその実体は絶対に無限なものであること、したがってそうした標識を求めることは無用であることが判明するであろう。で暗示したことである。)により、かつ単に自己の本性の必然性のみによって働く(前定理一六 神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で、言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが生じなければならぬによるにより。したがって(定義七 自己の本性の必然性のみによって存在し・自己自身のみによって行動に決定されるものは自由であると言われる。これに反してある一定の様式において存在し・作用するように他から決定されるものは必然的である、あるいはむしろ強制されると言われる。)によりひとり神のみが自由原因である。Q・E・D・=此れが証明されるべきことだったと示します。
 スピノザの本意は自由原因は物事の起生原因である神のみが持ち得るもので、仮に世界の創造に他者を立ち上げても張子の虎だという訳です。



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最終更新日  2021年07月10日 06時10分06秒
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