Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年10月07日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-192
 スピノザの最大主要著作「エチカ」第二部「精神の本性および起源について」の定理三では観念なるものが登場します。観念なるものは我々が普段通常に使っていますが、説明するとなると甚だ困難を極めます。日本大百科全書(ニッポニカ)「観念」の解説では、あるものについて心中にもつ表象を指示する用語。一般的には、感覚的あるいは空想的表象から理性的、知的表象にまで及ぶ広い範囲の表象一般、あるいはそのいずれかをさすものとして使われると記述されています。哲学の術語としては、感覚的あるいは感性的表象に対立するものとして、知的表象ないしは概念、さらにはその複合体を意味するのが本来の用法であるとあります。人間があるものについて心中にもつ表象を指示する用語。一般的には、感覚的あるいは空想的表象から理性的、知的表象にまで及ぶ広い範囲の表象一般、あるいはそのいずれかをさすものとして使われます。感覚的あるいは感性的表象に対立するものとして、知的表象ないしは概念、さらにはその複合体を意味するのが本来の用法であるとしているのがスピノザです。スピノザは人間の「観念」なるものを遡及すれば神の本質に触れることを期待しています。
 定理三 神のうちには必然的に神の本質の、ならびに神の本質から必然的に生起する全て、ありとあらゆる全てのものの観念が存する。
 証明 なぜなら、神は(この部の定理一 思惟は神の属性である。あるいは神は思惟するものである。)により無限に多くのものを無限に多くの仕方で思惟しうる。あるいは(第一部定理一六 神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で、言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが生じなければならぬにより、神は神の本質、ならびに神の本質から必然的に生起するあらゆるものについて観念を形成しうる。ところが、神の力の中に在るすべてのものは必然的に在る(第一部定理三五 神の力の中に在ると我々の考えるすべての物は必然的に存する)により。其のこと故にそうした観念は必然的に在りかつ(第一部定理一五 すべて在るものは神のうちに在る。そして神なしには何物も在りえずまた考えられえない。)により、神のうちにのみ在る。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 スピノザの人間の「観念」なるものは遡及すれば神の本質に触れることを期待しています。神の本質とは
神の真理、彼の存在の本質について認識することなのですが、信教では私たちには絶対不可能なことなのですと説かれています。然し乍ら、スピノザの神存在の世界観(全き宇宙)や仏教におけるシッダールタの覚りは此の可能性を完全には否定し得ません。全き世界が現存するからです。



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最終更新日  2021年10月07日 06時01分59秒
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