Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年01月03日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-279
 スピノザの精神の語彙・概念とは如何なるものなのでしょうか。例えば、日本語の「精神」は、中国語に既にあったものを流用、漢語系語彙として使用してきたが、明治の文明開化以来、ギリシア語: Pneuma、ラテン語: spiritus、英語: spirit、フランス語: esprit、ドイツ語: Geist等の訳語としても使われていますも。日本語では、「精神」と「理念」と「スピリット」などと別表記にして相互に関連が無いと思い込んでいても、元のインド・ヨーロッパ語族の話し手は同一語を使っており、なんらかの語感を意識して込めている場合が多いので注意が肝要です。また中国では、「精」と「神」とを組み合わせた古い漢語であり、元来は元気や、物体が他の物体に対して仕事をすることができる能力(エネルギー)という意味でした。これが今日のような「物質」の対義語として使われるようになるのは、明治の日本でドイツ語のGeistなどの翻訳語に選ばれて以来のことです。インド・ヨーロッパ語族の語の示す概念の広がりと似ており、背景となっている「気」が精神と物質との双方を包摂した概念であり、「気」は純度に応じ「精」「気」「神」に細分され「精」においては物質的、「神」においては精神作用も行うとされています。一般には精神は、魂ないし知性を持たない物質、あるいは、魂を持つが知性を持たない生物動植物との対立に置かれます。一方で唯物論においては一般に精神を独自の存在として立てず、精神を人間等の体内での微小物質の運動として記述する事が古代より行われてきたのであり、スピノザの精神の概要が解らないと「エチカ」第二部が曖昧模糊になります。近代西洋哲学用語としての精神は、知性的存在者の認識能力、意志能力、判断能力の総称であり、論者によっては理性、悟性、知性などと同義に用いられます。まれには魂と同義に用いられるが、一般には、感情、知覚、受動性にかかわる能力とされる魂に対して、精神は能動的で知性的な働きとされる事が多いでしょう。
 スピノザの精神の段階的区分は、第一種の認識 観察または伝聞による認識である知性。第二種認識 推論に基づく論理的認識である理性。、第三種の認識 神の属性についての十全な観念から、事物の本質についての十全な知へと進むもの、直観的なものであり、論証的なものではない、神の認識そのものを基礎とする認識。受動的感情の位置付けうまく利用することによって能動的な活力へと転化する感情の療法、瞑想・座禅等を通じて感情が精神の極小部分を構成するようにさせ得る自分なりの「行」、人間の身体刺激から生じる感情からの逸脱と制御を永遠性や至福につながる「直感知(記者は直感知と著します。)」として位置付けます。なかでもスピノザは永遠性や至福につながる最高の喜び「至福」が「倫理の実践」に求めます。



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最終更新日  2022年01月03日 06時07分50秒
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