Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年02月01日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-308
 21世紀にの情報化社会に生きる現代人は自己の精神を自らが分析する能力は、押し寄せる量子物理科学の発展に伴う情報を制御するより、受け身に立つ受動形態を伴うことが多々あり自己の精神統御は過去よりも曖昧模糊となり、情報さえ人間の表象の阻害要因として働き、精神の葛藤(conflict)は輻輳化しています。:記
 定理一三 精神は身体の活動能力を減少しあるいは阻害するものを表象する場合、そうした物の存在を排除する事物をできるだけ想起しようと努める。
 証明 精神がそうしたものを表象する間は精神ならびに身体の能力は減少しあるいは阻害される(前定理一二 精神は身体の活動能力を増大しあるいは促進するものをできるだけ表象しようと努める。)において証明したように)。其れにも関わらず、精神はそうしたものの現在的存在を排除する他の物を表象するようになるまではそうしたものを表象するであろう(第二部定理一七 もし人間身体がある外部の物体の本性を含むような仕方で刺激されるならば、人間精神は、身体がこの外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、その物体を現実に存在するものとして、あるいは自己に現在するものとして、観想するであろう。)により。言いかえれば、今しがた示したように精神ならびに身体の能力は精神がそうしたものの存在を排除する他のものを表象するようになるまでは減少しあるいは阻害される。したがって精神は(この部第三部の定理九 精神は明瞭判然たる観念を有する限りにおいても、混乱した観念を有する限りにおいても、ある無限定な持続の間、自己の有に固執しようと努め、かつこの自己の努力を意識している。)によりできるだけこのものを表象しあるいは想起しようと努めるであろう。 Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 系 この帰結として、精神は自己の能力ならびに身体の能力を減少しあるいは阻害するものを表象することを厭うということになる。
 備考 これらのことによって我々は愛および憎しみの何たるかを明瞭に理解する。すなわち愛とは外部の原因の観念を伴った喜びにほかならないし、また憎しみとは外部の原因の観念を伴った悲しみにほかならない。なおまた、愛する者は必然的に、その愛する対象を現実に所有しかつ維持しようと努め、これに反して憎む者はその憎む対象を遠ざけかつ滅ぼそうと努めることを我我は知る。しかしこれらすべてについては、以下においていっそう詳しく述べるであろう。



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最終更新日  2022年02月01日 06時01分51秒
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