Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2022年02月07日
XML
カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-314
 スピノザは人間の精神感情は現実的身体の刺激からのみの喜び・悲しみあるいは欲望に限定されない付随の感情、脳活動の表象にも人間が影響されることを説きます。:記
 備考一 私がここで物を過去のものとか未来のものとか呼ぶのは、我々がその物によって刺激されたかあるいは刺激されるであろう限りにおいてである。例えば我々がある物を見たかあるいは見るであろう、ある物が我々を活気づけたかあるいは活気づけるであろう、ある物が我々を害したかあるいは害するであろうことども等々の限りにおいて、私はその物を過去のもの、あるいは未来のものと呼ぶのである。なぜなら、物をそのようなふうに表象する限りにおいて、我々はその物の存在を肯定している。言いかえれば身体はその物の存在を排除するいかなる感情にも刺激されない。したがって(第二部定理一七 もし人間身体がある外部の物体の本性を含むような仕方で刺激されるならば、人間精神は、身体がこの外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、その物体を現実に存在するものとして、あるいは自己に現在するものとして、観想するであろう。により)身体はその物の表象像によってあたかもその物自身が現在したであろう場合と同じ仕方で刺激される。ではあるがしかし、数々の経験をもつ人々は、物を未来あるいは過去のものとして観想する間は、大抵動揺して、その物の結果について多くは疑惑を有するから(第二部定理四四の備考 要項:精神は物の現在する存在を排除する原因が現われぬ限り、たとえ物が存在していなくとも、常にその物を自己に現在するものとして表象する。もし人間身体がかつて外部の二物体から同時に刺激されたなら、精神はあとになってそのどちらか一つを表象する場合ただちに他の一つを想起するであろうということ、言いかえれば両者の現在する存在を排除する原因が現われぬ限り両者を現在するものとして観想するであろう。なおまた我々が時間をも表象することは何びとも疑わぬところである。すなわち我々は、ある物体が他の物体と比べてより緩やかにあるいはより速やかにあるいは等しい速度で運動すると考えることによって時間を表象するのである。を見よ)、したがって事物のこの種の表象像から生ずる感情はさほど確乎たるものでなく、人々がその物の結果について確実になるまでは、しばしば他の事物の表象像によって乱されることになる。
 備考二 今しがた述べたことどもから、我々は希望、恐怖、安堵、絶望、歓喜および落胆の何たるかを理解する。すなわち希望とは我々がその結果について疑っている未来または過去の物の表象像から生ずる不確かな喜びにほかならない。これに反して恐怖とは同様に疑わしい物の表象像から生ずる不確かな悲しみである。さらにもしこれらの感情から疑惑が除去されれば希望は安堵となり、恐怖は絶望となる。すなわちそれは我々が希望しまたは恐怖していた物の表象像から生ずる喜びまたは悲しみである。次に歓喜とは我々がその結果について疑っていた過去の物の表象像から生ずる喜びである。最後に落胆とは歓喜に対立する悲しみである。
 此処に初めてスピノザは我々が時間をも表象すること、人間が、ある物体が他の物体と比べてより緩やかにあるいはより速やかにあるいは等しい速度で運動すると考えることによって時間を表象することを述べ、彼の時間観を述べています。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年02月07日 06時10分04秒
コメント(0) | コメントを書く
[絶対存在論] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: