Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年06月01日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-427
 定理三七 徳に従うおのおのの人は自己のために求める善を他の人々のためにも欲するであろう。そして彼の有する神の認識がより大なるに従ってそれだけ多くこれを欲するであろう。
 証明 人間は理性の導きに従って生活する限り、人間にとって最も有益である(この部第四部の定理三五の系一 骨子:人間にとっては、理性の導きに従って生活する人間ほど有益ないかなる個物も自然の中に存しないにより)。それゆえ(この部第四部の定理一九 各人はその善あるいは悪と判断するものを自己の本性の法則に従って必然的に欲求しあるいは忌避する。により)、我々は理性の導きに従う場合、必然的に、人間をして理性の導きに従って生活させるように努めるであろう。ところが理性の指図に従って生活する各々の人、言いかえれば(この部第四部の定理二四 真に有徳的に働くとは、我々においては、理性の導きに従って行動し、生活し、自己の有を推持する「*この三つ理性的行動・理性的生活・自己の生命身体的・精神的有に努める」は同じことを意味する)こと、しかもそれを自己の利益を求める原理に基づいてすることにほかならない。により)、徳に従うおのおのの人が自己のために欲求する善とは認識することにほかならない(この部第四部の定理二六 我々が理性に基づいてなすすべての努力は認識することにのみ向けられる。そして精神は、理性を用いる限り、認識に役立つものしか自己に有益であると判断しない。により)。ゆえに徳に従うおのおのの人は自己のために欲求する善を他の人々のためにも欲するであろう。
 次に欲望は、精神に関係する限り、精神の本質そのものである(感情の定義一 欲望とは、人間の本質が、与えられたそのおのおのの変状によってあることをなすように決定されると考えられる限りにおいて、人間の本質そのものである。により)。ところが精神の本質は認識に存する(第二部定理一一 人間精神の現実的有を構成する最初のものは、現実に存在するある個物の観念にほかならない。により)。そしてこの認識は神の認識を含み(第二部定理四七 人間精神は神の永遠・無限なる本質の妥当な認識を有する。により)、また神の認識なしには存在することも考えられることもできない(第一部定理一五 すべて在るものは神のうちに在る、そして神なしには何物も在りえずまた考えられえない。により)。このゆえに、精神の本質が含む神の認識がより大なるに従って、徳に従う人が自分のために欲求する善を同時に他人のために欲する欲望もまたそれだけ大であるであろう。Q・E・D・此れが証明すべきことであった。
 記:定理三七をこう言い換えてみましょう。徳に従う徳知・直覚知・実認識の人は自己のために求める善を他の人々のためにも欲するであろう。そして彼の有する肉体と精神の神の認識がより大なるに従ってそれだけ多くこれを欲するであろう。此の定理三七を紐解けばスピノザは無神論者などではなく、究めて敬虔な神学哲学者となります。此の構文はナザレのイエスを指し示すからです。



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最終更新日  2022年06月01日 06時10分05秒
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