Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年03月02日
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カテゴリ: 霊魂論
「神秘学概論」読解
39 :地球紀5 悪と自由-1
記:シュタイナーは、既存の哲学的立場を、一元論 と二元論に大別する。一元論は、唯物論他 、フィヒテを極とする心霊主義、そしてデモクリトスを始めとする原子論の思想であり、二元論は、カントやE、vハルトマンに代表される立場です。シュタイナー自身は、(カント、ハルトマンを強く意識して)自らの立場を一元論とする。ただし、この一元論は、シュタイナー自身の立ち位置は当時の既存の一元論でなく、二元論を克服したとされる一元論である。シュタイナーは語る。入間は、転生輪廻する存在である。それによって、私たちほ、個体的理念として永遠である。しかし、夫々人間の今生においても、その直観においては人間は、転生輪廻する存在としてのその本来的な自己である。そして、この直観は、信仰及び神秘的体験の形式を持つ。信仰においても人間は自由であり、自由において、人間は愛を成す。人間の個人的課題 と普遍的課題が交差している今生において、如何に、自らの本来の自己と共に生き、より大きな愛を実現していくかが、私たち一人一人に課せられた使命である。これこそが、哲学の源点に立つソクラテスから流れる諸々の哲人たちも求め生きた道ではなかっただろうか。シュタイナーは人間は「自由の霊」であるとするが、何ものにその根拠を置くのだろうか。月を地球から分離させ、自らは月から人間に働きかけた存在たちは人間を宇宙を写し出す認識の鏡としようとしたのだが、それを妨害しようとした霊たちがいた。ルツィフェル的な霊たちである。ルツィフェル的な霊たちは人間のアストラル体を独立させ、それに働きかけ、人間が「認識の鏡」であることを妨害したのである。その妨害がなかったとすれば、人間は「宇宙を形象として映し出す」ことのできる「認識の鏡」となっていただろうが、もしそうなっていたとしたら人間には「自由」はなかった。認識の「主体」であることはできなかった。ただ宇宙の形象を映し出す自動的な装置としかなり得なかったのである。
 月を地球から分離させ、自分も月と結びつき、地球紀の月の存在となった霊的本性たちは、月から特定の力を地球上に放射しつつ、人体組織に特定の形態を与えた。その働きは、人間によって獲得された「自我」にも及んだ。その作用はアストラル体、エーテル体ならびに肉体と、この「自我」との相互作用となって現われた。そして、その結果、叡智に充ちた宇宙の形成過程が、意識の内部に映し出されるようになった。それは認識の鏡とでもいえるような現れ方をした。すでに述べたように、月紀における人間は、分離することによって、独立し、太陽存在から直接得た意識よりももっと自由な意識を獲得することができた。そして今述べた地球紀の時代にも、当時の月紀の遺産である、この自由で独立した意識が再び現われる。しかし、正にこの意識が、前に述べた地球紀の月の存在たちの影響を通して、再び宇宙と調和させられ、宇宙の模像にされた。仮にもし何も影響がなかったとすれば、実際そうなり得た筈であった。もしも他の影響がなけば、自然必然性の中で、つまり自由なる働きかけによるのではなしに、認識生活の中で、宇宙を形象として映し出すことができ得た筈であったが、実際はそうならなかった。丁度、この月の分離期に、人間の進化にある種の霊的本性たちが働きかけてきた。この本性たちは自分の中に月紀の性質をあまりにも保ち続けてきたので、太陽が地球から分離したとき、それに参加することができなかった。彼らはまた、地球紀の月から地球に向けて働きかけた存在たちの活動に加わることもできなかった。かつての月紀の性質を保ちつづけるこの霊たちは、地球紀にいわば太陽霊に反抗した時の衝動が生き続けていた。月紀の当時には、この衝動は、人間を自由な独立した意識状態に導いた点で、祝福でさえあった。しかし地球紀になって、この存在たちが独自の進化の過程を辿るようになると、彼らは、月から働きかけて人間の意識を宇宙の必然的な認識の鏡にしようと望んだ霊的な存在たちの敵にならざるを得なくなった。月紀においては、人間がより高次の状態に至るために役立つったのに、地球紀の状況においては、人類の妨害者とならざるをえなかった。この妨害勢力の月紀の性質の中には、人間のアストラル体に働きかける力が含まれていた。その力が、前述したような意味で、人間のアストラル体を独立させた。彼らはこの力を行使して、アストラル体に独立性を、この地球紀においても与えた。それは地球紀の月紀の本性たちが生ぜしめた人間の必然的な、自由ではない意識状態に対してなされたのである。(P254-255)
記:ルシフェル若しくはサタンと呼称される存在は、人間に知恵の実を与えた。其の意味するところは何であろう。人間は精神自由を得た代わりに、楽園追放を余儀なくされます。貴方は何方(いずれ)を選択しますか。



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最終更新日  2023年03月02日 06時17分21秒
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