Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2023年03月13日
XML
カテゴリ: 霊魂論
「神秘学概論」読解
47 :霊的構造体の霊視認識-1
 最初に高次の認識段階として、創造的な構成力(イマジネーション /imagination)としての霊視認識へと通じる行がとりあげられている。
 私たちの通常の認識は「対象的認識」と呼ばれるものだが、これは感覚的な知覚及びそれに結びついた知性とによる認識である。しかし霊視的認識においてはその外感覚的対象認識から自由になることが求められる。覚醒時の意識活動は、外的な事物を再現するという課題をもっている。この課題が真に果たされれば果たされるほど、当の意識内容は真実になる。この意味で真であることが、この意識内容の課題である。然し乍ら、霊的修行の目標のために魂が没頭すべき形象は、そのような課題をもっはていない。この形象は外なるものを映し出すのではなく、魂に対して覚醒的に働きかけることのできる特性をもたねばならない。そのための最上の形象は、象徴的な形象である。しかし別の形象を用いることもできる。なぜなら、大切なのは、形象が何を意味しているかではなく、当の形象以外の何ものも意識の中に含ませないように全力を尽くすことなのだからである。通常の魂の営みの中では、その魂の力が多くの事柄に向けて分散されており、意識内容が急速に交替するが、一方、霊的修行にあっては、魂のいとなみ全体が一つの形象に集中させられる。形象は自由な意志を通して、意識の中心点に置かれねばならない。それゆえ、象徴的な形象の方が、外的な対象もしくは外的な経過の再現である形象よりも適している。何故なら、後者の象徴的な形象は、外界に拠り処をもっているので、魂が自分自身で創り出す象徴的な形象よりも、形象だけに意識を集中しにくいからである。何をイメージするのかが大切なのではなく、イメージする仕方を通して、魂を物質から完全に解放することが大切なのである。(P320-321)
 シュタイナーは講義などにおいても随所で「対象のない認識」がいかに重要かを示唆している。それは通常は物質的な外界から自由になれるだけの魂の力を育てていく必要があるからである。たとえば、人間には数学を学ぶことが可能であるということを理解することが、高次の諸世界の認識のための修行の出発点になることが述べられるが、それは外界に依存しない認識のためには不可欠だからである。しかし私たちは通常、外界に依存した形で認識をしており、外的な刺激がなければ意識を覚醒したかたちのままでいることが難しい。これはたとえば感覚遮断実験などによっても確かめられていて、人は五感を外界から遮断されてしまうと眠り込んでしまうかそうでなければある種の幻覚や幻聴などの状態になってしまう。もちろんシュタイナーのこの「行」は幻影を見るためのものではない。「行」のために使われる象徴図形にしても、その象徴図形の形態そのものや意味等は一切意味をもたない。必要なのは、象徴図形を通じて、物質的な外界から魂を解放することなのである。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2023年03月13日 06時02分47秒
コメント(0) | コメントを書く
[霊魂論] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: