Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年09月24日
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カテゴリ: 霊魂論
「霊的世界の入口/DIE SCHWELLE DER GEISTIGEN WELT」
11:肉体の最初の萌芽について
 地球存在に先立つ月及び太陽存在については本書の先の部分で述べた。月存在の内部ではまだ地球存在を思わせる印象が霊視的な意識に現れる。しかし、霊視的な眼差しを遥かなる太陽存在にまで遡って向けるならば、最早そのような印象を得ることはできない。この太陽存在は完全に存在たちの世界として、そして、そのような存在たちの行為の世界として現れるのである。この太陽存在についての印象を得るためには、地球の鉱物あるいは植物的な生命の領域において表象へともたらされ得るものすべてを遠ざける必要がある。何故なら、そのような表象は、単に地球自体の初期の状態のための認識-それは植物生命の領域から得られる認識であるが-そして、遥か昔に過ぎ去った月の存在状態にとってのみまだ意味がある得るものだからである。動物界や人間界を通して呼び起こされ得る表象は古い太陽存在にまで遡る。しかし、その表象はこれらの領域の存在が感覚に現れるようなものについては何も描写しない。さて、人間の超感覚的な意識はエーテル体の内部で働く力を見出すが、その力が像へと変化することで、エーテル体が古太陽期における霊的な存在たちの働きを通してその最初の原基を世界形成の中で獲得したことを表現する像が得られるのである。そして、人はこの原基が月期や地球期を通してさらに発展していくのを追っていくことができる。それはそこでの変化によって、現在、人間のエーテル体として働いていることを証しするものとなった、ということが分かる。人間の物質体を理解するには、人間意識のさらに別の活動が要求される。さしあたり、それはエーテル体の外的な模造のように見える。しかし、正確に観察するならば、もし、物質体がエーテル体の感覚的、物理的な開示以外の何ものでもなかったとしたら、感覚的な存在状態にある人間がその存在性を十分に展開することは決してなかっただろう、ということが明らかになる。もし、そうであったならば、一定の意志、感情、そして思考は成立したかも知れないが、それらが統合されることで、「自我体験」の中で自らを表現する意識が人間の魂の中に生じることはなかったであろう。このことが完全に明らかとなるのは、その意識が霊視の特徴を持つまでに発展したときである。この自我体験が物質的-感覚的な体を纏っているときの人間に生じるのは、差し当たり感覚界においてのみである。彼はそれをそこからエーテル的な世界や霊的な世界へと持ち込み、そしてそれを彼のエーテル体やアストラル体に浸透させることができる。人間の自我体験が最初に形成されるのはエーテル体やアストラル体の中ではなく、物質的-感覚的な体の中である。今、物質的-感覚的な人間の体を霊的世界から観察すると、何らかの実体がそこに存在しているのが分かるが、この霊的世界からではその真の姿を完全に明らかにすることはできない。魂が霊視的な意識として霊的世界に歩み入ると、思考実体の世界に馴染むようになる。ただ、自我体験だけは、対応する強化された魂的力によってこの世界に持 ち込むことができるようなものであり、単に世界思考から紡ぎ出され得るものではない。世界思考の世界においては、まだ周囲に自分自身との一致を示すものを 感じることはないのである。魂がそのようなものを感じる魂は思考にも見捨てられるような体験へと至らなければならず、したがって、すべての感覚的体験や、思考、感情、意志のあらゆる体験もまた、いわば超感覚的なものへの途上で、置き去りにすることになる。そうすることによってはじめて魂は、感覚的、エーテル的、アストラル的な存在としての人間が観察し得るものすべてに先行する、世界の根底に横たわる実体とひとつである、と感じるのである。そのとき人は以前から彼に知られていた霊的世界よりもさらに高次の領域にいるのを感じる。「自我」だけが自己体験することができるこの世界は超霊的な世界とでも名づけられよう。思考実体の領域もまたひとつの外的な世界としてこの世界から現れる。超感覚的な意識がこの世界に身を置くと、次のような仕方で特徴づけられるような体験をする。人が超感覚的な意識の道を様々な段階を経て辿るとき、この特徴的な体験に至るのである。魂がエーテル的な体の中にいて、エーテル的な事象や存在たちに取り巻かれている自分を感じるとき、自分が物質的な体の外にいるのを知るのであるが、この物質的な体は実体としてそこにあるにもかかわらず、外から見ると変化しているように見える。霊的な眼差しの前には、それは地球存在の始まりから現在まで活動してきた霊的な存在たちによる行為の表現としての部分、そして、地球が古い月の状態であったときに既に存在していたものたちの表現である別の部分の中へと自らを解消するのである。意識が単に元素的な世界の中でのみ体験する限り、それはそのようなものに留まる。その意識がこの世界の中で認識することができるのは、地球が古い月の状態であった間に、いかに物質的な存在としての人間が形成されたか、ということである。意識が霊的世界に歩み入ると、さらにある部分が物質体から剥がれ落ちる。それは月状態の間に霊的存在たちの行為によって構築された部分である。しかし、その他の部分は残る。それは地球が太陽状態であったとき、当時の人間の物質的な実体として既に存在していた部分である。太陽期の間に霊的な存在たちの行為によって生じたあらゆるものは霊的世界の観点から描写され得るとしても、この物質的な実体からまだ何かが後に残る。まだそこに残るものとは、超霊的世界から見てはじめて霊的存在たちの行為であることが分かるようなものである。それは太陽期が始まったときには既に存在していたことが明らかとなるようなものであり、太陽期以前の地球の状態にまで遡らなければならない。私は「神秘学」の中で、何故、地球存在のこの状態を地球の「土星状態」と名づけ得るのかを検証しようとした。地球は太陽になる以前には「土星」であった。そして、この土星状態の間に、物質的な人体の最初の萌芽が、霊的存在たちの行為によって、普遍的な世界過程から生じた。そして、この萌芽は、太陽、月、そして地球期の間に、引き続き別の霊的存在たちの行為が加わることによって再構築され、現在の物質的な人体となったのである。



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最終更新日  2023年09月24日 06時10分06秒
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