Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年01月31日
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カテゴリ: 霊魂論
内的霊的衝動の写しとしての美術史
第2講  ルネサンスの三人の巨匠 レオナルド ミケランジェロ ラファエロ
ドルナハ  1916年11月1日-ラファエロ
ラファエロに移り、すでに一度お話ししたものを示しましょう。これをもう一度私たちの魂の前に導いてみたいと思います、「婚礼」です。ペルジーノのモティーフ、それと並べてラファエロによるマリアの結婚です。まさにこの絵画から、ラファエロが師であるペルジーノの流派から育って大きな進歩を示していることがおわかりでしょう。同時にペルジーノの画(75)に、この芸術に特徴的であるものすべてを、つまり、ラファエロがそこから出てきた水平面に独特の、今日私たちに言わせれば、健康で感傷的な顔、独特の足の置き方、ここでひとつの特徴づけを目指しているすべてをごらんになるでしょう。けれども、この特徴的なものすべては、前に私が特徴づけを試みましたように、ある種のアウラ(Aura)を纏っており、これはその後ラファエロにおいて、いわば輝かしく変容されたように再び現れ、別のフォルムをとって構成的なもののなかに全く以て高められています。ごらんのようにペルジーノにおいても構成が出てきていますが、ただすべてを比較してみると、ラファエロにおいては鋭いと同時に柔らかく捉えられており、硬いとらえ方は減っています。さて続いて傷痕のあるキリストです。画全体が夢の世界と解されます。ふつう「騎士の夢」と呼ばれているものです。さて、これから一連の聖母像と聖人伝説からの絵を私たちに作用させてみたいと思います。これらは、とりわけ聖母像は、ラファエロの名声を最初に世にもたらした絵画です。幼子イエスとと共にいる聖母です。これらの絵画のいたるところに、特徴ある古くからの配置、特徴ある姿勢を見て取ることができますが、これらはラファエロがまさしく彼の故郷から携えてきたイマジュネーション(Imagination)そのものです。今見ましたこれらの聖母は、ラファエロの進歩をとくに顕著に示していますね。さて彼がローマに赴く時代へとさらに追っていきましょう。いつ彼がローマに行ったのか、歴史上はよく知られておりません。おそらくは、ある特定の年にだけローマに行った、通常1508年とされていますが、それまでにも何度もローマに行き、またフィレンツェにもっどって、その後1508年からローマで継続して制作したのでしょう。さて、彼をローマまで追いかけ、ユリウス法王の委託でローマで制作された絵画に移りましょう。「羊のいる聖家族」として有名なこの絵画ですが、これについてももうお話ししましたが、多くの素描があり、この絵は実際、法王に委託されて制作されたものです、先程みなさんにお話ししましたように、ローマを精神的に偉大なものにしたいという憧憬を持っていた法王です。けれども心に留めておかなければならないのは、この絵のモティーフのいくつかは、ラファエロにおいてすでに非常に早く、ペルージア時代の絵画のなかに現れているということです。まさにこの理念を、この場面を描いている、あるいはもっと良い言い方をすれば、この場面のモティーフを描いているこの絵が示しているのは、この理念が当時生き生きとしたものであったということです、それはすでにこの独特の東方的な角度のなかに、この中部イタリアの風景のなかにとりわけ完成されることができたほどに生き生きとしたものでした。私たちはこのモティーフを時代のなかに生き生きと思い描かねばなりません、下方の人々は主として神学者たちです、人間の理性(Vernunft)が見出すものすべてはまさに、トマス・アクィナスが「プラエアムブラ・フィデイ(Praeambula fidei)と呼んだところのものに関係していて、霊的世界からインスピレーションとしてやってくるものによって貫かれねばならないということを、同時に知っている神学者たちです。このなかに、人間の生成の偉大なキリスト教的、前キリスト教的な形態の成果が混ざり込み、三位一体の秘密はこれによって理解されます、この秘密は、下方のいわば神学者たちの論議中に、彼らの論議のなかに流れ込むと思い描くことのできます。この絵は、キリスト教的なものすべてを根底からローマ的なものに結びつけよう意志、ユリウス2世が再建せんとする荒廃していたペテロ教会の建立を通じて、ローマを新たにキリスト教の中心にしようという意志から描かれたということを、今や、ありありと思い描くことができます。けれどもこれらの理念が、ローマからキリスト教を新たにまったく特別に偉大なものとするという法王の影響を通じて、ラファエロにおいて三位一体の秘密の根本理念と会するということ、これも、この絵画をいわば「ひだ飾りで飾ること(Verbraemisierung)」の根底にあると申し上げたいところです。と申しますのも、この絵を通して表明されているのは、のちにペテロ教会に登場してくるものが建築モティーフのなかにさえ見い出されます。つまり、この絵を通して言われているのはいわば、三位一体の秘密をローマから新たに世界に教えよう、世界にもたらそうということなのだと言うことができるであろうからです。この絵のための素描は数多く見られ、それらは、ラファエロがこの最終的構成を少しずつ実現させたことを示していますが、同様によく示しているのは、インスピレーションについて、三位一体の理念について考えるこの考え方全体が、彼のなかで長い間生きていたこと、そしていずれにせよ、この絵の場合、法王が単に、私のために絵を描いてくれ!と言った、という状況ではなく、法王が、お前のなかには長い間どんな理念が生きていたのか、と問い、彼らはいわば共同で、署名の間(Camera della Segnatura)の大壁面に描かれたものを実現させたということです。さてこの絵は、ご存じのように「アテネの学堂」という名称で有名ですが、それはことに中央のふたりの人物がプラトンとアリストテレスだと信じられているからです。ここで唯一正しいのは、このふたりはまったくプラトンとアリストテレスなどではないいうことです。ここではまったく、この絵については既にもうお話ししましたが、これについて述べられた別の見解に固執しようというのではありませんが、中央のふたりの人物がプラトンとアリストテレスでないのは確かです。なるほど古代の哲学者たちの姿についてはさまざまに知られているでしょう。けれども、この絵の場合はそういうすべては問題ではなく、インスピレーションであるものに対して、ラファエロは人間が超感覚的なものに向けられた理性を通して有しているものをも描かねばならなかった、 超感覚的なものへと向けられた理性を、事物の原因を究明するために用いるとき、人間はどのようにふるまうかを描かねばならなかったということなのです。人間のこのさまざまなふるまい方は、さまざまな人物たちのなかに表現されています。ラファエロは、あれやこれやを用いようといつも試みていたように、なるほどこのように伝統的な古代の哲学者たちの姿を取り入れました。けれども、彼にとってそれが問題なのではなく、重要なのは超感覚的なインスピレーション、つまり人間のなかへの、超感覚的なもののインスピレーションとしての下降と、超感覚的なものに向けられた理性を用いて事物の原因の認識を獲得することとを対比させることでした。すると中央の人物たちについては、一方の姿はまだ若い男で、人生経験に乏しく、したがって地球の周囲を見て、この周囲から事物の原因であるものを見て取る誰かのように語る傾向があり、そのかたわらの白髪の老人は、自らのうちでもう多くを消化し、地上的なもののなかに見られるものを天的なものに適用することをすでに心得ている。 ある者は熟考により、ある者は数学的、幾何学的なものその他により、あるいはまた福音書などつまり文献の解読により、人間の理性の適用によって事物の原因を発見しようとしているほかの人物たちのかたわらでというふうに把握されねばなりません。私が思いますに、私たちはこの絵のコントラストを、これがピタゴラスかどうか、あれがプラトンとアリストテレスかどうかなどと思案するような無意味なこと、これは芸術的なものに対してはいずれにせよ単に無意味なことを行わないで解することができます。個々の人物の解明のために、つまりこの絵に対しては必要のないことのために、鋭い洞察がさまざまに行われています。むしろ、人間の理性が到達しうるものを求める上での多様性、この多様性にこそもっと価値を置かなければならないでしょう。さて、この二枚の絵を、一方はこの建築の内部に全体があり、他方「ディスプータ 197)」においては全世界のなかにこの絵が据えられているというところまでさらに比較してごらんになれば、世界の建造物全体を自家薬籠中のものとしているインスピレーションと、閉じた人間的空間のなかで起こっているのが観察される人間理性の探求(202)との間の違いが、同時に明らかになるでしょう。さてここにあるのは、人間的なものそのものの内部で到達されたもの、つまりこの人間的なものがなにか超感覚的なものによって影響されることなしに到達されたものです。これはいわば「ディスプータ」への註釈、つまり「ディスプータ」につながる多分にアレゴリー的な人物のなかに描き出された、神的なものの認識あるいは神的な秘密の認識です。さてこれは、ラファエロがユリウス法王の委託により制作したひとまとまりの全体をなす絵画、つまりこれらによって、キリスト教は勝利せねばならない、キリスト教に逆らうものは克服されるという理念の強化を示すことが意図されたわけですが、そういう絵画のひとつです。これは同じ理念の別の側面にすぎません。さらに、同じ絵画群に属する「獄中のペテロ」です。これらはラファエロの巫女です。「ミケランジェロの巫女(138-142)」を思い出してごらんになれば、この圧倒的な違い(214)にお気づきでしょう。ラファエロの巫女は 、全宇宙と関わっている本質を人間の姿のなかに現している巫女です、彼女らのなかに全宇宙が入り込んで働きかけ、そのとき彼女らは宇宙そのものの一片の内部のように宇宙の内部で夢見ていて、完全には意識に達していないのです。彼女たちの間にいるさまざまな超感覚的な存在たち、これらの天使たちが、彼女らに宇宙の秘密を告げ知らせます。 宇宙連関全体のなかで、これらの巫女は夢のような存在であるのに対し、ミケランジェロは、巫女たちが夢見、夢の意識のなかで発達させた人間的あり個であるもの(das Menschlich-Individuelle)を、個であるものから表現するという運命を有していました、いわば個人的なものにまで行き着いた特徴から創造すると言ってよいかもしれません。このラファエロの巫女たちは、個を超えて、あるいはまだ個でないもののなかに、生き、浮かんでいるのです。続いてこの部屋です、「キリストの変容「(ransfiguration)」のある空間です。このキリストの変容をさらに見ていきましょう。これは、もしかするとラファエロが完成させなかった絵かもしれません。この絵、キリストの昇天は、彼の死に際して放置されました。ラファエロはその生涯の最後の時期にヴィジョン的な絵画に移行したと言うひとたちにとって必要なのは次のようなことだけでしょう、このひとりの人物、つまりこの憑かれた少年がまさしく真にオカルト的ー写実的(okkult-realistisch)な意味で作用して、このような場面がほかの人々にも見えるようになっていること、この人物は、錯乱で意識を失うという霊媒的性質とでも申し上げたいものによってほかの人物に働きかけ、それでほかの人物たちもそのようなものを見ることができるといったことです。さらにこの絵からキリストの姿です。42さて、今よく考えてみてください、ラファエロがこのように描いたもの、今みなさんが追求したものは、二一歳から彼の死ぬ三七歳までの時期にあたります。二一歳のときに彼が描いた絵は、私たちがここで最初のものとして(178)見たもので、ペルジーノの「マリアの婚礼 (75)と対をなす絵です。さてヘルマン・グリムが非常にみごとに算出したことですが、それは、大きな意味では自立した展開、ラファエロのまったく自立的な展開を物語り、ある意味ではわたしが申しましたことへのひとつに外的な証しであるものです、つまりラファエロは、地に運ばれ、世で多くを学んだのは当然のこととはいえ、その若さにも関わらず彼の本性の最も内奥から創造し、まったく合法則的な発展しながら前進したために、中部イタリアのこの中間的な部分、この東部寄りの部分という独自の性格をローマにもたらした、ということの証明です。ヘルマン・グリムの算出によると、この二一歳からさらに進んで常に四年ごとの周期をとると、ラファエロの創造のもっとも主要な頂点が得られます。つまり二一歳の年に「マリアの婚礼」、続いて四年後に、彼にとって非常の特徴あるもの、つまり「埋葬」、まだスライドがないのでここでは上映できませんが、これはとりわけそれに関わる素描によって、それと関連する全体によって、ラファエロにおけるひとつの頂点を現しているものです。さらにまた四年後の《署名の間》における作品で頂点がきます。このように四年ごとに前進しながら、いわばまったく個として世界に置かれているように、ラファエロがひとつの進化を成し遂げるのがわかります、まさしく彼の受肉にのみ結びつけられた衝動に従い、そしてこの衝動を発展させつつ、まったく合法則的な人類進化のなかで起こるものを世界のなかに据えつつにです。

参照画:聖母子と幼き洗礼者ヨハネ-ラファエロ
「聖母子と幼き洗礼者ヨハネ」は、ラファエロ・サンティが1507年に制作した絵画で、ルネサンス期の代表的な芸術作品の一つです1234. この絵画は、聖母マリア、幼子イエス・キリスト、そして幼児洗礼者ヨハネを描いたもので、聖母マリアが幼子イエス・キリストを抱きしめ、幼児洗礼者ヨハネが聖母マリアの膝の上に座っています1234. この作品は、ラファエロの芸術的センスと技術を示すものであり、彼の代表作の一つとされています1234. この絵画には、聖母マリアの優し気な表情や、幼児イエス・キリストと幼児洗礼者ヨハネのあどけない表情など、多くの人々を魅了する要素が含まれています。




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最終更新日  2024年01月31日 06時10分06秒
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