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みるめ君の

出張先でおった負傷を
押して何が出来る。??
労働者の体よりも優先された
労働の現場。!!
労働者は奴隷じゃない。!!
人間だ。!!
出張先で起きた労働災害、このことに対する重大性は誰も感じていませんでした。
3日間の出張を終え、病院へ行こうと思いながらも取りあえず出社した僕。
勿論、そんなことは許されませんでした。
地元では、公共工事の真っ只中、朝のミーティングで僕が居ない分、他社から2人の応援をもらってるから現場に入るよう指示を受けました。
社長は、僕の腰のことは良く分かった上での作業指示です。
公共工事の現場は、戦場のようなもの雪の降る中での作業ですから働く者も苛立ってるのは目に見えています。
それでも、ここを離れることは出来ず痛む腰を騙しながらの作業に着きました。
さすがの僕も、通常の作業は腰が痛くて出来ませんでしたから、現場に居た専務に事情を話し工事作業工程の写真撮影をメインにしていました。
この日の作業は、掘削、新設管の埋設作業です。
配管ルートを設計どうり掘削し配管作業、埋め戻し作業と痛む腰には過酷な作業。
まして、夕方は凍結も考えられますから急ピッチでの作業になります。
午前中は何とか作業をこなしましたが、次第に腰の痛みが増し苦しささえ感じます。
昼休みは、作業員の休憩所すら与えられないため狭いダンプの中での昼食。
腰の痛みもあり、食欲は有りませんが食べておかないと体が持ちません。
というより、狭いダンプの中に腰をかけること自体非常に苦痛で食事どころではありませんでした。
そそくさと食事を済ませた僕は、前日までの出張の疲れと腰まわりの痛みでよく眠れなかったのがたたり睡魔に襲われていました。
痛む腰をかばいながら、何度も楽な体制を捜し少しの間休んでいました。
昼休みも終わり、午後の作業開始。!!
午前中に予定の掘削は終了してますから、午後からは配管作業と埋め戻し作業です。
配管の終わったところから順次埋め戻しと休む暇も無い状況でした。
悪条件は続くもので、この現場は道幅が狭くスタートした地点までバックフォー(掘削機)もダンプも入れません。
配管はスタート地点から始まってますから、そこから埋め戻しをしなければなりません。
ダンプが入れる箇所から約20m、こうなると人海戦術です。
ダンプから埋め戻しの砂をバックフォーでおろし、一輪車に積み込み後はひたすら人の手で運び込む。!!
埋め戻しも、4段階に分け一層ずつ写真を撮らなければなりませんが、そうも言っていられなくなりました。
人手が足りなく、時間もない事から私も腰の痛みを誤魔化し、一輪車を押していたところ、しだいに痛みが強くなってきました。
その時、怒鳴り声が聞こえてきました。
それは専務の声で、埋めた砂を固める作業を私にやれというものでした。
仕方なく、寝かせて置いたランマ(転圧機)を引き起こそうとした時、また腰に激痛が走り、私は立ち上がる事ができなくなりました。
身動きの取れなくなった僕は、以降の作業は止めさせてもらい、雪の降る中地面に段ボールを敷き横になって休んでいました。
16時過ぎた頃、別の現場に行っていた現場長が来て車を貸すから帰れと指示されましたが、立つのもやっとの状態で車を運転する自信はありませんでした。
でもこのまま此処にいたらどうなるかと心配になり、その車はAT車だったのでゆっくり走れば大丈夫と思い1人で帰社しました。
というか、これ以上ここに居たらどうなるか分からない、との思いのほうが大きかったのです。
<以降、訴状より抜粋>
本来なら、現場代理人が張り付き工事中の作業員の健康管理、事故防止などの対策を公共工事の指示書や法律でも決められているのですが、当社の社長は、自分が現場代理人でありながら、それらの法規は一切守られていませんでした。
今回も事故発生時の緊急連絡体制や対処法など取り決めが有りながら、放置されたための事故でした。
この事故は北上で発生した労働災害で、会社側が労働者の健康管理、安全管理を怠り、作業優先で労働者を酷使したため、後の公共工事現場で2次的災害を引き起こしたものであると考えます。
<以上>
これが今回の騒ぎとなった労働災害の全貌です。!!
労働者を人として扱っていない、その事実はお分かりいただけたと思います。
この労災事故がきっかけとなり、新たな不当行為が次々と犯されていきます。
未だ痛みが引かない腰周り、今後の展開を見届けてくださいね。!!
自信とは、自分を信じる事!! 2011.02.08 コメント(3)
4度目のスタートライン!! 2011.02.07 コメント(3)
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まっちゃんne.jpさん