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簡易裁判所には。手続きや裁判の為に二度通いました。調停員のお二人とのお話、裁判の事前協議とおでも申しましょうか、その為に一度。裁判の為に一度。二回だけ。事前協議では調停員のお二人と私との話合いの中で、事前に司法書士の先生にその多くの部分を作成していただいた、裁判所に提出した書類をもとに、二つの金融会社へ裁判で求める返済の条件の見直しの確認を行いました。金利は法定利息内で見直すこと。そこから導き出される、圧縮される返済残高の見込み金額。無理のない月々の支払い金額。上記のプランは約束となり、その約束を私が著しく逸脱した場合は、業者は私の財産の差し押さえを実施する権利を有する。確か、そんな内容だったと記憶しています。そして、実際の裁判は、本当に拍子抜けするほど短い時間で終わってしまいました。約束の時間に裁判所に赴き前回と同じ部屋に通され、前回確認した内容で大丈夫かどうか、裁判の前に調停員に念をおされます。その部屋にはすでにT社の社員が若干気まずそうに既に座っており、私に軽く会釈するだけで、その後はずっと下を向いています。
2010年03月09日
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いつもいつも負債のことが頭から離れることがなかったのに追い詰められた心持ちで毎日を過ごしていたのに今、あの頃のことを思い出すことはとても少なくなったと思います。負債が無くなったとはいえ我が家の生活は今も厳しいものがあると思います。4年前に私はうつ病を患い、会社を一年半休みました。その間 当然収入は激減しましたし、現在は不景気の影響で会社が規模を大幅に縮小したため元のポストに戻れない状況にあり二年半前に職場に復帰を果たしたものの年収は以前より120万ほど減りました。それでも、少なくなったとはいえある程度の安定したお給料をいただいていますし、生活のなかで消費する内容を切り詰めることには本当になれました。金融会社への負債が0(ゼロ)というのは本当に素晴らしいことで、そういう意味ではとても自由な気分を感じております。いろんなことにチャレンジしたいという気持ちが病気で仕事を休んでいた時期に芽生え運動とは縁のなかった私が、ここ二年ほどの間にランニングがすっかり好きになってしまい、現在の私のささやかな目標はフルマラソン出場です^^;
2010年03月01日
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7年以上経ったのですね。もっともっと昔の出来事のように思えます。突然、身に覚えのない高額な借金を背負うことになり、身の上に起こった不条理な出来事が、私を追い詰めてゆきました。あの負債整理の日々は、今日この日記を書いている私にとって思い出と言えるモノなったと思います。負債が発覚してから一年以上経過しても、身の上に起こった出来事を整理できずにいた私は、駆られるように負債整理の日々を綴るこの日記を書き始めました。その頃の私にとって、この日記を毎日書く時間はとても大切なモノでした。日記を書き始めると、自分の内からとめどなくいろいろなモノが溢れ始めその内容を文字に変えるのは容易でした。とめどなく溢れ出る気持ちを文字に変えるのは楽しいと思えるほどでした。そう、楽しかった本当に。おかげで自分の気持ちを文字にしてゆく作業が楽しいということを知ることもできました。しかし、ある時期を境にこの日記は私にとって億劫なモノに変わってしまいました。あんなにも自分の内から溢れていた言葉はいつしか枯れ、楽しかった日記の時間は疲れを呼ぶモノに変わってしまいました。とくに目的があって始めた日記ではなく、整理のつかない思いを吐き出すように書いていたのですが、文字に変える作業を何ヶ月も続けていると、段々と自分のなかの思いや考えが整理され、「もう、この日記を書いている意味はないなあ。」そう考えると、日記を書く気が失せてしまいました。当時 何人かの方がこの日記を読んでくださっていました。なんの挨拶もなく日記を途切らせてしまったため、その方たちには失礼なことをしたと後悔しております。もう、この日記に手をつけることはないかもしれないと思っていました。しかしまたこうして書いているのは中途半端になっていたこの日記をどこかで気にしていたということと、本当にあの頃の出来事が過去のモノになりつつあると感じる出来事が最近起きたためなのです。
2010年02月24日
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あまりにも、二人の調停員の態度が私に対して親切で協力的過ぎると思ったのです。私の思い込み、もしくは単なる不勉強かもしれませんが、裁判所の調停員というからには、特定調停の申し立てを起こした私の相手方である消費者金融の業者にとっても公平な態度であるだろうと考えていました。自力では返済することが難しいほどの額のお金を、家内は私に打ち明けることなく、消費者金融から借りていました、それは事実です。それは何年も続き、我が家に貯えなどなく、ある日突然私は業者からの返済催促の連絡でその事実を知ることとなりました。私は司法書士に相談し、裁判所に特定調停の申し立てを行いました。司法書士に相談を始めた当初も、私は同じようなことを感じていました。それは、司法書士も裁判所の調停員も、800万円に及ぶ借入れの事は、私が知る由もなかったという事情を、初めから“事実”として話を進めているということに感じる違和感です。もっとはっきり言えば、我が家のそれらの“事情”を私が有利な結果を得るための「でっち上げ」と疑われるであろうと考えていたのです。それは、返済不能に陥ったことに関して、本当に悪いのも、責任があるのも基本的には“貸す”方ではなく“借りる”側にあると思いますし、借りたけれど、約束の利子は払えない、というのは虫が良すぎると、どうしても思えてならなかったのです。ですから、必ず“事情”が真実かどうか疑われるであろうと、確信に近いものを感じていましたし、少なくとも、詳しい事情を自分の口で、矛盾のない内容で調停員には伝えることが必要なのだろうと思い込んでいたのです。しかし、その思い込みは覆されました。「今回のケースなら、希望通り、申し立てが認められるでしょうし、 業者も異議を出さないと思いますよ。」「・・・・。」「提出していただいた、書類によれば、T社の元金は返し終わっていますよね、 T社はまず大丈夫ですね。」「そうですね。」吉田さんが、確信をもった口調で相槌を打ちました。「アイフルは・・、あー、借入をしてからまだそれほど経っていなんですねえ。」「そうなんです、そこを私も気にしています。まだ少ししか利子を払って いないので、抵抗があるのではと・・。」「まあ、でもT社ほどの確実な感じではないにしろ、大丈夫でしょうね。」「ですね。」また、吉田さんが相槌を入れました。「・・何故ですか・・?」「アイフルはトラブルが少ないんですよ、本当に。これくらいのケースは飲みます よ、まず大丈夫ですね。」「はい・・。」「むしろ、そういった意味ではT社はひどいですね。トラブルは多いです。でも、 T社もここ数年は随分減りましたねえ・・。まあ、先程も言った通り、齊藤さん のケースは大丈夫ですよ、ここでT社がゴネて、齊藤さんが怒って、 “やっぱり元金以上に支払った額をこちらに返せー”なんて言い出したら、 その方が面倒ですから。あ、そういったこと考えられていますか?」「いいえ。」「そうですね、いち早く、借入の額を圧縮してまとめることが先決ですね。」“こんなに簡単で良いのだろうか。”私はそう思いながら山田さんの話を聞いていました。
2005年08月12日
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「大変でしたねえ。えー、提出していただいた書面によると、奥様が・・、借入されていたそうですね。」「はい。」「奥様からお話は、大体伺えたのですか?」「いいえ、私はほとんど家内から話を聞けていません。でも彼女は私が相談している司法書士の先生にはほとんど伝えたようです。」「あ、まあ奥様のご事情が分っていらっしゃれば大丈夫です。ではこちらの書面にある内容通りということでよろしいですか。」「はい。」「えー、ご主人はきちんとした企業にずっとお勤めで、収入も安定されていますし・・ 結果と申しますか、結果はまだでていないのですけれど・・、 まあ、まず大丈夫でしょう。」「・・・と申しますと・・?」「はい。今回のケースなら、希望通り、申し立てが認められるでしょうし、 業者も異議を出さないと思いますよ。 先ず、齊藤さん自身の意思による借入ではありませんし、返済の意思がしっかり とありますよね。お勤めも名の通った会社で、今まで転職もなく安定した収入が 見込まれますし。楽勝・・は言いすぎですが、まあ、そうでしょうね。」調停員の山田さんは、年齢に似合わぬほど、てきぱきとした口調で、小気味良く話されていました。800万円に及ぶ借入についての事情を深く訪ねられるのではという予想を裏切られた私は、場の雰囲気が良くなっているというのに、簡易裁判所の二人の調停員の態度が腑に落ちないと感じたことも手伝って、むしろ態度が硬くなっていました。
2005年08月02日
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調停員は男女のペアで、男性は五十歳代前半、女性は四十歳代後半といったところでしょうか。男性は黒っぽいスーツ、女性は水色のスーツで、いずれもきちんとした身なりでした。二人とも、部屋に入るやいなや、私をはっきりと見据え、それでいて威圧感がある風でもなく、笑顔というよりは自然な明るい表情で、私に接していたと思います。女性の調停員が先に口を開きました。「おお、この部屋は特に暑いですねえ、クーラーを入れましょう。」「どうも、初めまして、齊藤と申します。この度はお世話になります。」「大変でしたねえ、齊藤さん。調停員の山田(仮名)と申します。」落ち着いた口調でゆっくり山田と名乗った男性の調停員は、すぐ後ろに下がり、女性調停員が私の前に出ました。「同じく調停員の吉田(仮名)です。少しでも良い条件で終われるよう、がんばりましょう。」女性調停員はやはり私の目をはっきり見て、言いました。落ち着いた態度、ゆっくりとした口調、優しげな表情、相手の目をしっかり見据えて確実なコミュニケーションを取ろうとする姿勢、全体的に頼りがいのありそうな雰囲気、挨拶を交わしただけで、二人とも、特殊な状況で人に接するプロであることが分かります。心情的にはこの二人に任せきってしまいたかったのですが、もう、何でも自分で確認することが大事だと、今回の件で学習した私は、先ほどまでの強い緊張感ではなく、程よい緊張を感じながら、自分のために、いやらしく、冷静に相手を値踏みするような心持になりました。自分でも、よく集中できているのが分かりました。「はい、よろしくお願いします。」私たちは席につき、私の真正面に山田さん、私から見て山田さんの右に吉田さんが座りました。話はほとんど山田さんが進め、吉田さんは見守るような様子で、ほとんど口を開くことはありませんでした。
2005年07月10日
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指定された時間の、一分前に私は立ち上がり、受付の扉へ向かいました。扉は、大きなガラス板に木の枠がついたような造りで、中の様子がよく伺えました。中はなんとなく雑然とした感じで、入るとすぐに古びたカウンターがありました。わざわざ、大きなガラス製の扉で仕切る意味がよく分かりませんし、何かの、お店か事務所の入口のようでした。その部屋は薄暗い廊下に比べると、不自然なほど明るく、人も多かったのを覚えています。カウンターの越しで書類に向かっていた、三十歳前後で細身の男性が、すぐ私に気付いてくれました。「えー、今日は・・。」「はい。特定調停の申し立てをしております、齊藤と申します。事前に事情聴取がある とのことで、お約束の時間に伺いました。」「齊藤さんですね、少々お待ちください・・。」役所でスムーズな対応を経験したことがなかった私は、ここでも待たされることを軽く覚悟して、待つ体制でいました。しかし、この時の対応はとても素早く、良い意味で裏切られました。「廊下を左に出て、手前から数えて二つ目のドアの部屋でお待ちください。 調停員が二名参ります。」指示通りの部屋へ素早く移りました。部屋は十人も入れば一杯の会議室のような趣で、熱気がこもり、廊下以上に温度が高く、汗がさらに滲んできます。窓の外には、先ほどの土手のように盛り上がった芝生が見えました。私は椅子には座らず、窓の外を一瞥してから持参した書類を整理しながら広げ、腕を後ろで組み、姿勢を正しました。それから一分も経たず、ドアが開き、二人の調停員が入ってきました。
2005年07月01日
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階段を上りきり、廊下を左の方向へ歩き、一度左へ曲がり、廊下のつきあたりの右側、そこに受付らしき扉がありました。一階に比べると多少明るいのですが、外の光の入る窓が少なく、建物の古さと相まって、薄暗い雰囲気でした。受付の扉の横には細長い事務用の机があり、A4サイズの茶封筒が十枚ほど無造作に並べられていました。封筒には黒いマジックで、簡単に今日の日付と、何やら会社名らしき文字が書かれていました。よく見ると、消費者金融の社名と、その横に“調停”の二文字があります。中には、「アイフル」「T社」と書かれているものもありました。この封筒は恐らく、私が起こした調停に関わる書類なのでしょう、私のような特定調停ばかりとは限りませんが、いずれにしろ、なんかしらの調停にかかわる資料が並べられているようでした。指定された時間までは、まだ間がありました。建物の中は空調が効いておらず、汗がにじんできました。しかし、ネクタイを緩めるのはもちろん、上着を脱ぐ気にもなれず、封筒のある机の対面にある長椅子に腰を下ろし、じっと待ちました。裁判所からの呼び出しの通知には、「特定調停の申し立てを起こすまでの、経緯・事情を伺いたい。」とありました。特定調停の内容や結果は、私が裁判所に話す内容で大きく左右されるようにも、受け取れます。どんな内容でも、正直に話すつもりではありますが、妻が借入を行った会社は、10社以上ありますし、借入の内容を、きちんと矛盾なしに伝えられる自信はありませんでした。前日の夜、私は事前に裁判所へ提出した書類の写しを何度も読み返し、裁判所での事情聴取で、自分の話に矛盾が生じぬよう、頭に入れました。そして、何かしらを訴えなければならない場面があった場合に、借金を返す意思は大いにあること、しかし、最低限の生活を保ちつつ、借金を返済するには、事前に提出した書面にある金額でないと難しいこと、この二点をしっかり伝えられるように、イメージしておきました。
2005年06月16日
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時間には余裕をもって来ました。指定された時間まで、車にいようとも思いましたが、私はすぐ車から降りました。建物の中から、スーツの男性がひとりこちらを見ていたのです。8月が終わりに近づいた、残暑のきつい、日差しが強くなりかけた、午前中。門に書かれた「裁判所」の文字を見なければ、とてもそうは思えない、白く、古い、小さな建物のあるさほど広くもない敷地内で、その男性の視線で、ここがどこで、自分が何をしにきたのか強く思い出しました。私は、鞄の中の書類を、ゆっくりと確認して、携帯電話をマナーモードに設定し、本当にゆっくりと、白い建物に近づきました。敷地の周りは、金網で囲まれており、その外側は木々が雑然と茂っていました。金網もところどころに穴があり、おせじにもきれいとはいえません。金網の内側にある芝生は、多少の手入れはあるのか、かろうじて綺麗な印象がありました。金網も全体的に歪曲していて、駐車場も所々、微妙な起伏もあって、清潔感のある横浜地方裁判所とは本当に違います、しかし、建物に近づくほどに、整然とした雰囲気になり、人の手はよく入っているのかなと、思いました。建物の周りにも芝生があり、小さな土手のように起伏しています。雑然とした周囲の様子と、古くとも、手入れがよくされていると思われる建物が、ちぐはぐな印象をかもしだしていました。入口をくぐる前に、ほんの数歩だけ、回り道をするように歩き、芝生や建物をしげしげと見つめました。自分でもなぜそうするのか分りませんが、よく目に焼き付けておこうと思ったのです。入口をくぐると、天井は低く、短い薄暗い廊下がありました。場所が場所だけに、先ほどのように、うろうろする気にはなれず、私は、足早に階段を上り、目的の場所へ向かいました。職員か、私と同じ来訪者か分りませんが、30歳前後のスーツの男性と、40歳代と思われる赤い服の女性とすれ違いました。何故か、二人とも、私に会釈をしていました。
2005年06月10日
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保土ヶ谷簡易裁判所は、横浜駅から車で10分程ある、幹線道路から横道に入り、1キロほど曲がりくねった上り坂を、上った先、住宅街の中にありました。関内駅そばの、大きなオフィス街にある重厚な建造物の横浜地方裁判所とは、非常に対照的でした。緑の芝生に囲まれた中に、駐車場と建物があり、建物はこじんまりした二階建ての古びた感じのもので、外壁が白かったのを覚えています。午前11時前、日差しは既に強く、蝉の鳴き声が響き渡っていました。八月のお盆の商盛期の営業を、イレギュラーなく終えて、私は予定通り公休を取得し、特定調停の事前事情聴取を受けるために、簡易裁判所へやって来ました。特定調停に対する不安は、多少和らいでいました。まあ、忙しくて、そんなことを考えることがなかったというのが実情でしたが、とにかく、ついに負債整理も佳境に入ってきたという感がありました。家内の自己破産の申し立てを開始するために、初めて横浜地方裁判所を訪れた頃とは心境は変わって来ていました。あの頃のように、やるせなさに捕らわれるということは、もうありませんでした。要するに、この状況に慣れてきたということなのですが。そして、家内から借金のことについて、もう少し話しが聞けると思っていたのですが、発覚した頃、私がそれこそ強く問い質したときに一言二言聞いただけで、結局何も聞けていませんでした。そのため、私の中では、そのことに対する家内への不信が、あきらめのようなカタチになってきていた頃でもありました。この状況に慣れたとはいっても、初めて訪れる簡易裁判所なので、とても緊張したのを覚えています。
2005年06月09日
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そして、そういった考えとは別に、私の中には、整理することのできない、葛藤のようなものがあります。多額の借金が発覚した当初から、数週間の間は、本当に悩みました。返済してゆく方法についてもそうですが、このまま、妻と一緒にいて良いものかどうかについて、悩み、考えました。以前、お話した内容では、子供たちのことを考えると、彼女との離婚はできないということだったと思います。当時からの、あくまで私の感情的な部分での切り口で言えば、彼女との関係を続けるか否かについては、それは“No”です。それはどういうことなのか。それは、相手にあまりにも大きな隠し事をされてしまうと、自分との関係をないがしろにされた、とどのつまりは、自分をないがしろにされ軽く見られ、否定されたと感じ、そういった相手と夫婦でいることに違和感を覚えるのです。好きな者同士が一緒にいるはずなのに、相手から軽く見られている、扱われている、それは、ちょっと耐えられない感じがします。発覚した借金の金額や、隠し続けた年数が大きいと感じたため、その件に関しては、少なくとも、しばらくの間は信用できません。でも、もしまた同じようなことが起こったら、そのときは、精神的なこともさることながら、生活も本当に破綻してしまう。こんな思いは、もうごめんですし、発覚した当初ですら、振り絞って耐えた感があるのに、二回目はどうなってしまうのか。「自分がないがしろにされている。」「お金のことに関して信用できない。」「子供もないがしろにされている。」これらのことを強烈に感じて、もう一緒にいられない、と思いました。しかし、これもお話したことですが、私は、恐らく借金が発覚した当初から、どこかで思っていたのです、それは、妻を許すしかないのだろうと、自分の性分では、時間がかかっても、この件に関して彼女を許してしまうだろうと。「許してしまうだろう。」「もう、一緒にいられない。」この二つのことが、葛藤に近い状態で、頭の中にありました。“許してしまうだろう”という思いに対して、空しさと屈辱感が入り混じったようなものを感じていました。多額の借金から来る、重圧感を感じつつ、時折考えさせられていました。そして、許してしまうことを予測しながらも、我ながら、かたくなに、彼女を許せず、また、その感情を押し殺すことが出来ない状態が続きましたが。感情的には、もうだめだと思う、でも別れることはしない。自分で出した答えですから、それは貫き通さないといけないと、考えました。妻との関係も出来る限り改善しなければならないと。しかし、心の底では、“一番大切な伴侶との人生”は、もう自分には望めるものではなくなり、そういったことは求めてはいけないし、考えてもよくない、と思い始めていました。そこまで思うのには、私なりの理由があります。ほとんどのことは、お話できません。ただひとつ言えるのは、私がそのように考えるのは、借金発覚の件から始まったことではなく、その件は、むしろきっかけだったということです。説明になっていない部分が多いのは分っていますが、これが説明の限界です。“整理することができない”とは以上のようなことです。妻は私に大きな隠し事をし続け、周りに多大な迷惑をかけました、そして私は、自分の本音について、恐らく本当に誰にも話せないであろうことがあります。私が、自分の非についても考えなければならないと言うのは、私の性分もあるのかもしれませんが、本当に家内だけが悪いとは、思っていないのはもちろん、私自身の“誰にも話さないこと”があることがあるからかもしれません。今回の借金発覚の件においては、妻の行動の問題点がクローズアップされていますが、家族の関係という切り口になれば、それはまた変わってくると思うのです。私が「すばらしい僕ら」という題名が気に入ったのは、そんな私たちの状況を皮肉っているように聞こえたからではなく、そんな私たちでも、それぞれ一生懸命、人生と戦っていて、その一生懸命さを感じるとき、“すばらしい”と思うからなのです。この日記は、過去のことを整理するために始めました。過去を変えることはできません、しかし、整理をすることが先のことを変えることに繋がると思っているのです。“話せないこと”の中には、私なりの“諦め”があります。でも、もしかしたら変えられるかもしれない、そう考えて、書いている部分もあるのです。
2005年05月30日
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この時期から現在に至るまでの、家内に対する私の感情を表現するのは、難しいかもしれません。人の心は、自分も含めて、思う通りにゆかないのが常と思います。だから、何も語ろうとしない彼女の口を、無理にこじ開けようとしても、それは無意味なことと思います。言いたくないのだから、仕方がありません。それで良いとは毛頭思っておりませんし、それこそ強い口調で問い質したこともありましたが、彼女は何も言わないのです。そのかたくなさに、半ばあきれ、そして、今までの彼女との付き合いから、恐らく彼女は何も言わないであろうという勘も働き、私は口をつぐみました。そうは言っても、そのときの条件で、解決のためにとことん動くべきだとも思います。その二つのことが絡んで、整理しづらかったのを覚えています。私がいくら悩もうと、頭を働かせようと、彼女の口から借金の件についてのことは、数えられるほどの言葉しか、聞けていません。以前から、そいう傾向のある人でした、そういった部分に、本当は結婚する以前から、違和感を感じていました。この時は我慢の限界でした。初めて、別れることを考えました。言葉がなくとも、分ることはあるのでしょうけども、自分の妻だから、という分けではなく、彼女は本当に分らない人なのです、借金について、少しでも、悪いと思ってくれているのか、分りづらい態度なのです。それは、いつものことと言えるのです。ふてぶてしい態度という訳ではありません、なにかを隠して怯えている様子でもなく、しいて言えば、常にいつも通りです、まれに嘘をつくときに少し様子が違うくらいで・・。私を無視しているようでもなく、彼女なりに気を使っているようにも見えますし、よく話しかけては来るので、そういうことでもなさそうです。以前にもお話しましたが、一緒に暮らす妻のことですから、夫である自分の態度や出方しだいで、変わった部分は大いにあったと思います。私は彼女のちょっとした変化に、全く気付いていなかった訳ではなく、億劫さから、見ようとしてこなかったのです。いい子ぶるつもりもありませんが、ただ思うのです。それは、二人の人間の間がこじれるときに、どちらかだけに問題があることということは、あまりないであろうということを。借金の件は明らかに、妻に非があるという人はいると思います。同情する一面はあるにしろ、何も明かさなかったのが問題だとおっしゃる方もいらっしゃいます。そういったことが正しいとしても、私は自分自身の非というものを感じずにはいられない、そういう自分がいます。二人の間に問題が起こり、関係がこじれる。しかし、どちらかだけに問題があるとは考えづらい、とすれば、例えば、単純に、家内に9の非があって、私に1の非があるとします、比率は9:1です。私は、相手の比率が明らかに高いので、自分に対して大いに同情し、相手を責め立てれば良いのでしょうか。どうすることが正しいのかは、誰もわからないことです、でも、自分が思わずにはいられないのは、1の非を、無視できないということです。妻との関係を破棄、つまり、離婚をするのであれば、1の非を無視して、9の非を責めるのも良いでしょう。しかし、そうしない、できないのならば、私はやはり考えなければなりません。
2005年05月27日
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横浜地方裁判所への四回目の訪問が終わり、暦は間もなく八月を迎えようとしていました。ファミリーレストランの店長である私にとっては、一年で一番忙しい時期に入ります。全国的に夏休みを迎えるのはもちろん、お盆の売上げを含め、八月の売上げの結果で、店舗や会社のその年の結果がほぼ決まるほどです。そんな時期を挟んで、負債整理を行わなければならないのも、私をナーバスにさせる要因のひとつでした。毎年、私たち店長にとって、勝負の月であり、また体力的にも、一番消耗する時期なのです。しかし、そう考えたのは、借金が発覚して最初の数日だけで、自分の力でなんとか負債整理をやろうと決めてからは、どんな時期であろうとやるしかないと割り切れました。しかし、店舗でイレギュラーが起きて、スケジュールが狂い、万一、自分の公休の取得日まで影響を及ぼし、裁判所からの呼び出しに応じられない、などということが起こらぬよう、よく注意しました。幸い、地方裁判所からの呼び出しも、簡易裁判所からの呼び出しも、一番の商盛期を外れておりましたし、手間のかかる書類の作成なども、七月までに済んでいたため、その時期は仕事に集中するのみでした。店舗の商盛期において、従業員の必要数が確保できないと、売上げへの悪影響はもちろん、店長である自分や社員のサービス残業が増えて、精神的にも、体力的にも非常に消耗します。その年は、従業員の数は必要数おり、まともなスケジュールが作成できたため、比較的、楽に過ごせる商盛期のはずでしたが、やはり、多額の借金があるというプレッシャーと、家に帰っても、リラックスできない、パートナーを信用出来ない状態というのは、非常に消耗するものがあり、間違いなく、一番消耗する商盛期だったと思います。時間が、家内に対する悪感情を変えてゆくだろうと考えていましたが、自分の予測を超えて、私の心持ちはかたくなで、むしろ、悪くなってゆくのを感じていました。拘束時間が非常に長くなることもたた発生する仕事でしたが、それでも、家に帰らず、意味もなく、車を走らせることもありました。友人に愚痴でもこぼしたいところでしたが、なかなか、他人には打ち明けづらいものがありました。
2005年05月19日
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ある疑念とは・・。それは、父と母が、あれほどまでに私たちの結婚に反対したのは、家内に消費者金融からの借金があったのを、知っていたからではないか、というものです。思いもよらない、多額の借金を背負わされて、余裕のない、追い詰められた心境の中でも、その疑念は起こり、だんだんと強くなってゆきました。しかし、やはりそこまで父と母が知っていたとは考えづらい、でも、二人がそのことを知っていたと仮定すると、かたくなに、反対したことの説明がつくと、私は感じているのです。しかし、残念ながら今となっては、決め手がない、二人の話を聞かなければ、それは分らないことなのです。考えは堂々巡りを繰り返し、答えが導き出せないままでいました。そういう状態でいながらも、本当に少しずつですが、その仮定はだんだんと、私の中で、確信に近いものへ変わってゆきました。父と母がそのことを知っていたとすると、どうやって調べたのか・・。私が二人の子供だから思うことですが、まさか、そこまで調べはしないだろうと思いながらも、両親ならばやりかねないとも思うところもありました。妻にはそのことは言わないでおりましたし、他人にも言わないまま、時間が過ぎてゆきました。他の誰かに話しても何とも分らないとしか言えないことだと思いましたし・・。そうして、借金のこととは別に、そのことについても、悶々とした状態を心の中で抱え、過ごしていたように思い出します。忙しい仕事の中であっても、そのことや、両親との別れについてのことが、頭から離れないような状態もたたありました。
2005年05月18日
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家内が私に内緒で、複数の消費者金融から、多額の借金をしていることが発覚してから一ヶ月が過ぎていました。私たちが結婚する前に、私が両親から勘当されたいきさつを以前紹介させていただきましたが、この頃、私は両親のことをよく思い出していました。借金が発覚した当初も、両親のことが頭をよぎりましたが、この一ヶ月は、それどころではありませんでした。しかし、その間もずっと心のどこかで気にしていました。そのため、負債整理の結果がまだ出ていないにもかかわらず、借金整理のためにやるべきことが決まったこともあり、借金発覚当初に比べ、私自身が少しずつ落ち着きを取り戻していたことも手伝い、頻繁に二人のことを思うようになっていました。借金が発覚し、初めてその件について彼女に問い質した直後に、私は両親から勘当された頃のことを思い出しました。私は、心の中で何度か呟きました。“あなた達は、こうなることが分っていたのですか?”“だから、彼女との結婚にあれほど反対したのですか?”それは違う、そこまでは及びつかないことと、確信をもちながらも、あれから五年が経ち、結果として父と母の言ったことが、ある意味正しいことになったと私は感じ、情けない心持になっていました。彼女と結婚をする判断をしたことについて、後悔の念はありませんでした。当時の私は、彼女の借金のことなど知る由はなかったし、両親の反対以外に障害があっても、それを乗り越える努力を何でもしたと思います。しかし、それでも、両親に対して申し訳ないと思ったのです。親と別れてから、一度も会いにいったことはありませんでした。でも、会いたいと思わないことなどもありませんでした。結婚当初は二人のことを考えないようになるのに、時間がかかりました。本当は会いたくて、しょうがなかったのですが、それでも、二人に会おうとは思いませんでした。いつか、義父が、気にせず会いに行けと言ってくれたことがありましたが、父と同等、とまではゆかなくとも、社会人として、ある程度身を立てるまでは、会わないと決めていたのです。しかし、いつまで元気でいてくれるか分りませんし、借金の発覚で、その機会は遠くなり、もしかしたら失われたかもしれないと、考えたこともありました。そして、この頃から、私はある疑念を持ち始めたのです。
2005年05月13日
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横浜地方裁判所での免責の審理期日は7月半ばでした。この裁判所を訪れるのはこれで四回目になります。初めて来た頃は、まだ、この頃よりも、さらに気持ちに余裕がなく、ただ裁判所に行く、それだけで重荷でした。道に少し迷って、駐車場を探すだけのことで、イライラしました。建物の中のロビーの椅子に座り、待つ時間がたまらなくいやでした。三人の子供がまだ小さく、家内と私の二人が行かなければならなかったため、家族全員で行きました。債務整理はどんなことでも、自分一人で行いたかったのですが、子供や、ましてや関係がギクシャクしている家内と行動を共にするのは、なんともいえないものがありました。会話はほとんどない状態でした。私は、本当に必要最低限のこと意外は口にしませんでしたし、話しかけられても、どうしても答えなければならないこと意外は答えず、常に口をつぐんでいました。たまに会話があっても、喧嘩になるか、私が怒り出して、彼女が黙る、ということばかりだったと思います。借金が発覚するまでは、私は家内に対して怒鳴ったことは、ありませんでした。横柄な口の利き方もしませんし、喧嘩もあまりなかったと思います。しかし、この頃は借金のことはもちろん、彼女の物言いが、なにかと鼻について、よく怒っていました。しかし、四回目ともなると、通うのにもなれ、以前に比べると、楽な心持ちでいられました。相変わらず、会話はほとんどありませんでしたが・・。
2005年05月09日
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家内への破産宣告が横浜地方裁判所から出されて、二週間が経過した頃、免責の申し立てを行いました。破産の宣告が出されたら、すぐに免責の申し立てを行う必要があります。免責の決定を受けて、法律的に支払いの義務がなくなることになるのです。自己破産の申し立てをしただけでは、免責されません。免責の申し立ては期間があり、破産宣告が官報に公告された後、二週間が経過してから一ヶ月以内と決まっており、注意が必要です。その後に、免責のための審理期日が設けられ、裁判所で審理が行われます。この審理には業者などの債権者の出席が認められています。しかし、たいていは、業者の出席はないようです。それは、よほどのことがない限り破産者の免責が認められるため、出頭しても無駄足になることが分っているからのようです。免責が不許可になる事由を以下に挙げました。・ 負債額を偽っている。・ 浪費やギャンブルで著しい負債をつくった。・ すでに返済不能状態にもかかわらず、そうではないかのように業者を欺き、財産を得た。・ 破産状態について偽りの報告を裁判所にした。・ 免責前10年以内に免責を得たことがある。・ 免責の審理期日に正当な理由なしに欠席する。・ 免責の審理の際に、陳述を拒む。他にも様々な事由がありますが、とにかく、破産法に定める破産者の義務に違反した場合ということです。免責に審理の後、債権者のための、免責に対する一ヶ月の異議申し立て期間を経て、免責の決定が下されます。私が免責の申し立てを行ってから、一週間ほどで裁判所から審理期日の通知が届きました。そしてほぼ同時期に保土ヶ谷簡易裁判所から、先日起こした特定調停の申し立てについての事情聴取を行う旨の、呼び出し通知が届きました。地方裁判所からの呼び出しは7月半ば頃、簡易裁判所からの呼び出しは8月の半ば頃でした。
2005年05月02日
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6 債権者との状況 (1) 返済を怠ったこと (なし・あり 平成 年 月頃から) (2) 債権者と返済方法について合意したこと (なし・あり) 相手方(会社名) 合意した返済額 合意方法 月 円 弁護士の介入・構成証書の作成・その他 月 円 弁護士の介入・構成証書の作成・その他 月 円 弁護士の介入・構成証書の作成・その他 月 円 弁護士の介入・構成証書の作成・その他 月 円 弁護士の介入・構成証書の作成・その他(3) 訴訟、支払催促、差押え等の通知を裁判所から受け取ったこと (なし・あり) 裁判所 事件等 通知 平成 年( )第 号 平成 年 月頃 平成 年( )第 号 平成 年 月頃 平成 年( )第 号 平成 年 月頃 平成 年( )第 号 平成 年 月頃 平成 年( )第 号 平成 年 月頃 (4) 債権者方の厳しい取立て (なし・あり) 調停申立相手方である債権者に対しては、約定返済額を返済できないので、 調停申立の意向を伝えたうえ、利息相当程度の支払いをしている。
2005年04月29日
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5 資産等状況(1) 現在保有している資産現金 約金 万円預貯金 なし・あり(約金 万円)積立金(社内預金・財形 なし・あり(約金 万円)自動車・バイク なし・あり(購入時期平成11年2月頃)不動産 なし・あり(土地・建物・マンション)(2) 税金等の滞納状況所得税 なし・あり(約金 万円)住民税 なし・あり(約金 万円)国民健康保険料 なし・あり(約金 万円)国民年金 なし・あり(約金 万円)自動車税 なし・あり(約金 万円)その他( ) なし・あり(約金 万円)(3) 家計全体の状況 1 収入 先月 先々月 本人の給料 ×××、×××円 ×××、×××円 同居人の給料 円 円 生活保護 円 円 失業保険 円 円 児童手当 ××、×××円 ××、×××円 他者からの援助 円 円 その他( ) 円 円 合計 ×××、×××円 ×××、×××円 2 支出 現在の平均 今後、節約した場合 家賃(管理費等含 ××、×××円 ××、×××円 食費 ××、×××円 ××、×××円 電気等の光熱費 ××、×××円 ××、×××円 電話代 ××、×××円 ××、×××円 新聞・雑誌代 ×、×××円 ×、×××円 住宅ローン 円 円 保険料 ××、×××円 ××、×××円 駐車場代 ×、×××円 ×、×××円 ガソリン代 ××、×××円 ×、×××円 医療費 ××、×××円 ××、×××円 教育費 ××、×××円 ××、×××円 洋服代 ××、×××円 ×、×××円 交際費 ××、×××円 ×、×××円 娯楽費 ×、×××円 ×、×××円 交通費 ×、×××円 ×、×××円 その他 合計 ×××、×××円 ×××、×××円3 1カ月の返済可能額 先月の収入 節約した場合の支出 (×××、×××円) - (×××、×××円) = (××、×××円)
2005年04月28日
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4 調停申立に到った事情 私は、平成8年11月に○○○○と結婚しました。妻は結婚当初から×××万円ほどの借金を抱えていたようです。平成3年短大卒業後就職した前後にかけて、クレジットカードで身の回り品を購入したり、ローンを組んで運転免許を取ったりし、給料やボーナスで支払いをしていたところ、平成5年7月に退職し、予定していた夏・冬のボーナスが入らなくなったため、レイクから借り入れをしたのが消費者金融からの借り入れの最初だったそうです。その後、2~3社からの借り入れで返済を遣り繰りしているうち、平成7年にはウエイトレスのアルバイトで月7万円ほどの月収になったこともあって、私と結婚した時には消費者金融からの借入が約×××万円、他にクレジットの支払いなどもあり月々10万円を超える支払いが必要になっていたようです。 妻は、その状況を隠していたため、私が給料から生活費として渡した分はその大部分が返済に回ってしまい、そのため自分名義で消費者金融からの借入を増やしたり、日用品の購入をクレジットでしたりして遣り繰りしていたようですが、その過程で私名義の(株)T社、アイフル(株)のキャッシングカード、横浜銀行・第一勧銀のカード、ニコス郵貯カード、などを使い、キャッシング、借入をし、返済あるいは生活費に充てていたようです。 私がT社から借入れたのは、平成8年妻との結婚式の費用に充てるためでした。借入金額は××万円前後だったと思います。これは同年12月のボーナスで全額返済し、同年11月に結婚していた妻にカードを渡していました。(私は、結婚後すぐ預金通帳等を妻に預け、入出金全て任していました。) また、アイフルのカードは、横浜市○区に転居した直後の平成13年10月、早朝出勤の途中で車のバッテリーが上がってしまい、緊急に修理するため自動契約機で借り入れをし、直後に返済した後カードを妻に渡していたものです。横浜銀行や第一勧銀などのカードも、私が預金口座の管理を全て妻に任せていた関係で妻が作って使用していたもののようです。 平成14年5月、遣り繰りに行き詰まったのかT社、アイフルへの返済が遅れたため、名義人である私に催促の電話がきて発覚しました。上記のような借入や遣り繰りの状況もその後に問い質してわかったわけですが、妻本人名義の借り入れなど債務の総額は×××万円を超え、私の名義を使ったものも別紙債権者一覧表のごとく×××万円程になっていました。 その全体を返済することは、私の現在の収入では不可能であるため、妻については、平成14年6月×日付けをもって横浜地方裁判所に破産の申立をしたうえ(平成14年(フ)第××××号)、私名義の債務については、私の収入の範囲内で可能な限り返済すべく、本調停の申立てをした次第です。
2005年04月28日
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3 住居 (1) 現在の住居の状況 ア)自己所有の家屋、マンション イ)家族所有の家屋、マンション ウ)借家 エ)賃貸マンション オ)賃貸アパート カ)公団公営住宅 キ)社宅、寮 ク)住込 コ)その他(勤務先会社の借り上げ社宅)(2) 賃貸住宅の家賃等の状況 家賃(管理費込み) 一ヶ月金 ×万××××円(入居者負担分) 預け入れてるい敷金 なし・あり(金 円) 賃借人氏名 斉 藤 将 康 入居日 昭和・平成 13 年 10 月頃 家賃の対応 なし・あり(約 ヶ月分)(3) 過去10年間の転居状況 転入時期 住 所 住所の状況 平成 年 月 横浜市○区 親の実家 平成 8年 1月 埼玉県○市 持家・賃貸・公団 平成 9年10月 横浜市○区 持家・賃貸・公団 平成 年 月 持家・賃貸・公団 平成 年 月 持家・賃貸・公団
2005年04月28日
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2 身上関係等 (1)同居人の状況 (あり・なし) 氏名 続柄 年齢 職業 月収 負債 斉 藤 ○ 妻 ×× 無職 約×××万円 ○ ○ 子 × ○ ○ 子 × ○ ○ 子 × (2)返済に協力の得られる親族等 (あり・なし) 氏名 続柄 協力を得られる金額 その他 (3)過去10年間の職業の変動 (あり・なし) 就職時期 退職時期 会社名 仕事の内容 平成 年 平成 年 (4)身分関係の変動 (あり・なし) 時 期 変動した事柄 相手方 平成8年11月 結婚・離婚・縁組・離縁 ○○ ○ 結婚・離婚・縁組・離縁 結婚・離婚・縁組・離縁
2005年04月27日
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財産状況報告書 サイトウ マサヤス氏 名 斉藤 将康 (旧姓 ) 生年月日 昭和 46 年 9 月 30 日生 ( 30 歳) 住 所 (〒 241-×××× 横浜市○区○○町44番地1 (住民票上の住所は現住所と同じ・異なる)電話番号 TEL 045-×××-×××× (自宅・職場・携帯) TEL (自宅・職場・携帯) 以下の項目は、□の該当項目に□点をつける。1 現在の職業□会社員、公務員など給料所得者 会社名 株式会社 ○○ 就職した時期 昭和・平成 7 年 4 月頃 役職、仕事の内容 飲食店 店長 月収(手取額) 約 ×× 万円 年収(手取額) 約 ××× 万円 ボーナス なし・あり(昨年度 ×× 万円)□アルバイト、パート、日雇等 会社名 就職した時期 昭和・平成 年 月頃 役職、仕事の内容 月収(手取額) 約 万円 年収(手取額) 約 万円 ボーナス なし・あり(昨年度 万円)□自営業 営業名称 営業を開始した時期 昭和・平成 年 月頃 営業の形態、内容 月平均売り上げ 約 万円 年平均収入 約 万円□無職 無職になった理由 無職になった時期 昭和・平成 年 月頃 当面の生活資金 □失業保険 □生活保護 □年金 □親族等 (氏名 )からの援助 □その他 再就職の予定 なし・あり
2005年04月27日
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司法書士の事務所へ通う頻度は、この時期がピークだったと思います。簡易裁判所へ「特定調停」の手続きを行うために、必要な書類を作成すべく訪れることがほとんどでした。休みの日は必ず、それ以外にも、週に二日ほどは出勤前に事務所を訪れました。二週ほど続いたでしょうか。簡易裁判所へ提出した書類は、先日紹介した「調停申込書」のほかに、「財産状況報告書」というものがあります。こちらの書類の作成が、一番資料を必要とし、情報も多く、手直しを何度もしたものです。特定調停手続きを行う上で、その結果を左右する重要な書類ですので、司法書士の先生も、曖昧な部分をそれまで以上に一切残さず、矛盾のないように気をつけていました。先生が私にする質問の頻度も、段違いに多く、私の答えに矛盾があると、すぐに指摘され、そのつど資料を調べたり、過去のことは家内に確認するなど、細かい作業が続きました。それまでは、莫大な借金を少しでも減らそうと、必死でこのことに取り組んできました。何もかもが慣れないことばかりで、“五里霧中”といった感じでやってきましたが、このとき初めて少し怖くなったのを覚えています。「調停申込書」を裁判所に提出したからには、もう後戻りは出来ません。過去の「特定調停」の事例を確認すれば、今回の私が起こす申立てが成功する確立は高いと知っていても、完全に確実でなければ、不安でした。事務所に通うのをサボることもありませんでしたし、先生が私に求めた資料の提出が遅れたこともありませんでしたが、内心は調停に望む腹が決まらず、悶々とした不安感を抱えたまま、作業を続けていました。その心持は簡易裁判所を実際に訪れるまで続きました。
2005年04月27日
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「調停申立書」と「通知書」を私名義の負債のある二業者に送ったことにより、私が「特定調停」の申立てを簡易裁判所に起こすことは、業者の知ることとなりました。これで、途中でやめることはできなくなりました。調停が不調に終わったときのことを思うと不安になりましたが、身に覚えのない借金があるという、異常事態が好転しているかどうかはともかく、その事態が確実に、自分が行動を起こすことによって結果に向かって進んでいることも感じました。このとき、そのことを表すことのひとつに、家内名義の負債も含め、業者からの借金返済の催促の連絡が一切なくなったことが挙げられます。借金の負債総額は800万円以上に上り、うち約500万円が家内名義で、約300万円は私名義のものでした。家内名義の負債については、本人の自己破産の申立てを地方裁判所に起こすことによって、業者からの催促がなくなったのは以前説明した通りです。特定調停の申立てを簡易裁判所に起こすと、基本的に業者は借金返済の催促をしなくなります。司法書士の手を借りて「調停申立書」と「通知書」を業者に送ることにより、私名義の負債についても、業者からの借金返済の催促はなくなったのです。家内が私に秘密で多額の借金をしていたことが発覚してから、一ヵ月半ほど経過していたでしょうか、ようやく、家の電話や携帯電話の鳴る音に悩まされる状態から開放されました。もちろん、電話が鳴らなくなっても、以前と同じ日々にはなりませんし、家内と私の関係は最悪な状態を迎えていました。例え、家内の自己破産の手続き後の「免責」が認められ、私の「特定調停」が成功しても、ある程度の借金はやはり残り、全く蓄えのない状態で、返済を続けなければならないことに変わりはありません、また、全てが終わっても、自分や家内がどんなに努力をしても、私たちの関係がある程度良好になっても、以前と同じには、絶対になれないということだけは分りました。不安な心持ちと、自分の行動によってある程度の成果が得られているという、少しの達成感と、もう二度と関係は戻らないという、厭世観にも似た感情が、当時の私の中にあったものでしょうか。
2005年04月22日
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---------------------------------------------------------------------------(債務弁済協定調停) 調停申立書保土ヶ谷簡易裁判所 御中 平成14年 7月○○日次の通り調停を求めます。申 立 人: 住所(所在地)(〒24×-××××) 横浜市○区○○町44番地1 氏名 齊 藤 将 康 印 (TEL : 045-×××-××××)相 手 方: 住所(所在地)(〒600-××××) 京都市下京区鳥丸通五条上る高砂町×××-× 氏名(会社名) ○○○○株式会社 代表者代表取締役 □□□□ (送達場所)(241-××××) 横浜市○区○○○1丁目45番85 (TEL : 045-×××-××××)申立の趣旨: 債務額を確定したうえ債務支払い方法を確定したい。 特定調停手続きにより調停を行うことを求めます。紛争の要点: 1 債務の種類 借受金 2 借受金額(借り受けた金額)および返済状況 別紙参照 (現在の元本残額 ××万××××円) 3 調停申立ての理由 申立人は、他にも債務があり、残債務額を一時に返済で きない。---------------------------------------------------------------------------
2005年04月20日
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次に司法書士の先生の指示で行ったことは、「調停申立書」を作成し、簡易裁判所に提出し、その後「通知書」を作成し、「調停申立書」と共に、お金を借りているT社とアイフルに送ったことです。“行った”と言いましたが、書類は先生が作成し、私はその内容の確認を行っただけでした。書類の類は、先生に質問はできても、基本的には自分でやるものと考えていたので、これは助かりました。難しい書類ではないので、自分でもそれほど手間なく作成できたのでしょうが、仕事にも追われる中で、莫大な借金を抱えるプレッシャーを抱えた身にはありがたいことでした。------------------------------------------------------------------------ 通 知 書 平成14年7月○○日アイフル(株) 殿 (住所) 横浜市○区○○町44-1 (氏名) 齊 藤 将 康 生年月日 昭和○○年9月30日1、私が、貴社からの借入金の返済に困難を感じていることについては、既に何度 かお電話にてお話させていただいてきたところです。この借入についてはさま ざまな事情がありますが、私名義でなされたことについては私の不注意もある ことでもありますので出来る限りの返済をするつもりですが、他社に対する債 務もあるため、約定どおりの返済をすることは難しい状況です。 やむなく、本年7月○○日付けで 保土ヶ谷簡易裁判所に特定調停の申し立て をいたしました。別紙受領印付き申立書のとおりです。2、上記の次第ですので、今後は私への請求を控えていただき、調停手続きにご協 力いただきますようお願い申しあげます。------------------------------------------------------------------------
2005年04月20日
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手前勝手な理屈を言うようですが、私はこう考えています。お互いの同意の上でお金の貸し借りをしていた訳ですから、破綻しそうだからといって、法律を逆手にとってその借金を潰すのは、法律的にはOKでも、約束違反だと思います。だからこそ、何度も言いますが、T社への連絡は気まずくて本当にいやでした。しかしながら、T社に関しては、私は気まずさを感じているものの、あまり悪いと思っていませんし、お金も出来れば、もう返したくないと思っていました。それは、元本をとっくに返し終えていること、その後数年に渡って、利息を払い続け、その上まだ借金の残高が250万円も払わなければならないことなどを思うと、T社にとって、そのお客(家内)への融資はすでに大成功だろうと思ったからです。それにひきかえ、アイフルに関しては、申し訳なさの上に、私自身が追い詰められている状況なのに、当事者ながら同情の念さえ覚えました。それは、アイフルが家内の最後の借金の相手業者であり、お金を借りた時期がわずか三ヶ月前で、利息をまだあまり払っていなかったこと、その上、限度額一杯の50万円を借りていたことがあったからです。T社に比べてアイフルは限度額一杯の金額を金庫から出して融資したというのに、わずか三ヶ月で、融資の相手が特定調停を起こしてしまうのです。あまり利息も払われないまま。大きな金融会社ですし、そういった経験も多数あるのでしょうが、それにしても失礼な話だと、我がことながら思いました。これで私の起こす特定調停手続きが成立すれば、利息はこれ以上一切回収出来ず、その上、貸したお金が返ってくるのに何年もかけられてしまうのです。
2005年04月15日
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なにはともあれ、第一関門であった明細書を、しかも、業界での評判も芳しくないと言われるT社の明細書を、法定利息計算書という形で手に入れ、私の士気は大いに上がりました。(単純ですね)しかし、この小さな一件は、私の負債整理の流れを大きく変えた気がします。士気が上がったのはもちろんですが、それ以外にも得たものは大きいと感じました。それは、法律と過去の事例を把握して、相手を見極めて行動できれば、いともあっさりと狙い通りの結果が得られる、きっと法律の専門家の方からすれば当たり前のことなのでしょうが、そういったことが全く分らない、勝手な思い込みで恐ればかり抱いていた当時の私からすれば、その魔法のような流れを、しくみとして理解できたこと、学習できたことが、大きかったのです。T社さえ攻略出来れば、当然、次のアイフルへの連絡は気分的に楽になりました、司法書士の先生からも、悪い噂を聞かないと言われていたのもありますが。多少の緊張はあったものの、アイフルのスムーズな対応のおかげで、なんなく、明細書を手に入れることが出来ました。アイフルは法定利息計算書を出さず、通常のお客様に出すような、普通の明細書を私に送ってきました。アイフルが法定利息計算書を出さなかったことについては、私は全く気になりませんでした。むしろそれで良いとさえ思っていました。それは、私自身、アイフルに対して非常に申し訳ないと感じていたからです。そのことは、私が家内の負債のほぼ全貌を把握したときから感じていました。家内と私は、アイフルの商売の邪魔をしているのです、明らかに。
2005年04月15日
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私はその明細書をずっと見ていました。細かく分析していた訳ではなく、ただ見ていました。家内が夫である私に内緒で借金をしていたことは、もういやというほど分っていたはずなのに、こうして数字を見ると、また、ある種の感情に襲われるのです。私たちが結婚したのは平成8年11月、私が借金を完済したのは翌月の12月、そして明細によれば、家内が私のカードを無断で使用して私名義の借金を始めたのが、翌年の5月末。私は給料を家内に全て渡していました、家賃や光熱費、食費を差し引いても十分に残るはずでした、それでも足りず、私のカードに手を出したようです。そして、明細書を見ながらさらに思い出しました。それは結婚してから10ヶ月ほど経ったころ、彼女がアルバイトを始めたことです。今思えば、お金に困って始めたのでしょう。そういったことが具体的に思い起こされました。ある種の感情とは、うまく言えませんが、同じ部屋で過ごしながら、私が過ごした6年と、彼女の過ごした6年の違いを、この明細書がはっきりと示しているような気がして、悲しくなったということなのです。「夫婦で同じ苦労を乗り越えれば、その絆はより強くなる。」と心理学の本で読んだことがあり、私も同感でした。不仲な時期があっても、そういう時間が進んでいると思っていました。でも、私たちの6年は違っていたのです。そう考えると、怒りよりも、ただ悲しくなったのです。
2005年04月08日
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つまり、T社に関する私名義の借金が発覚したときの金額よりも、30万円以上も少ない金額になっていたのです。この法定利息計算書を見て、あの支店長のとんでもない対応も頷けました。それにしてもひどい対応でしたけれど。T社の支店長は、私から過去の全ての貸し借りの明細書を請求され、ごまかしても、食い下がる私の対応を見て、私が法的手段に訴えることを悟り、あらかじめ、法定利息で計算し直した計算書を私に送ったのでしょう、それにしても、“財務局に通報して指導してもらいますよ”は魔法のコトバでした。本来、この計算書を手にした私は、電話で明細書を請求しただけで、借金が30万円以上も減ったことを喜ぶべきなのでしょうが、このときの私は違いました。お金に関する法律や、業者への交渉の術を少し知ることによってより冷静になれた私の目は、当初の金額よりも30万円以上減った借金の総額よりも、その明細書の最初の日付をとらえていました。“平成8年10月3日・・・。”私が始めてT社の支店でお金を借りた日です。結婚式の費用を捻出するために。このときから数えて6年前でした。その借金は12月のボーナスで返済を終えていました。以前お話した通りです。そしてその半年後、平成9年5月に5万円の貸付が発生していました。もちろん私が借りたものではありません。その後は毎月貸し借りが発生し、少しずつ増え、ある時期を境に、急激に増えていました・・。私はその明細書をずっと見ていました。細かく分析していた訳ではなく、ただ見ていました。
2005年04月07日
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“法定利息計算書”消費者金融のT社から送られた明細書には、そう、記されていました。“法定利息”とは、「利息制限法」という法律で定められた金利で、10万円未満は年20%、10万円以上100万円未満は年18%、100万円以上は年15%という上限を定め、これを超える部分については無効としているものです。この利息制限法は、いくら当事者の間で利息制限法を超える利率を約束したとしても、一方的に借主側がその約束を反故にすることができる、強行法規というものです。何度も言いますが、すごい法律ですね。しかし、このような法律がなければ、大量の資金を持つ者が、そのお金をより高金利で貸し出し、やむをえずお金を借りる経済的弱者を悩ませるのは明らかで、そのことに配慮されているようです。また、「出資法」という法律によって金融業者の貸付利率の上限は、年29.2%とされています。一般に消費者金融の貸付利率は28%前後で、出資法の上限ぎりぎり、といったところでしょうか。このT社の利率も28%を少し超えたものでした。しかし、私に送られてきた明細書には「法定利息計算書」と記されており。家内が私名義でT社から借りた金額の利息は、既に法定利息で計算し直された内容でした。つまり、T社に関する私名義の借金が発覚したときの金額よりも、30万円以上も少ない金額になっていたのです。
2005年04月07日
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本当にとんでもない男でした、この支店長は。頭に来たので、トコトン追い込んでやろうかとも思いましたが、それが目的ではありません。さらに、まくし立てたくなる気持ちを抑えて、話しを続けました。「すぐって言いますけど、いつなんですか、明日とか、二日とか、そういう話は していただけないんですか?」「はいっ、明日には。」「・・明日には発送できるんですか、それともこちらに届くんですか?」「発送します。」「・・まあ、遅い気もしますけど、良いでしょう。 明日には発送できるとして、中二日とっても、四日後には私のもとに届かないとおかしいですね。その日を過ぎても届かなければ、“財務局に通報して指導してもらいますよ”。」「はい大丈夫です。」なんと、明細書は翌日に届きました、速達でした。お金を返せないこちが悪いと思いますが、そのことと、あの支店長の対応は関係ないことです。私のT社に関しての不信感はこの時期に決定的になりました。T社はこの後、次々と問題が発覚し、マスコミの常連になります。
2005年04月01日
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我ながら直情的で恥ずかしいのですが、今まで、業者と直接話すのをあれほど恐れていたのに、T社の支店長のふざけた対応で生じた怒りが、それらを吹き飛ばしてしまいました。多少の緊張は残っていましたが、仕事と同じ感覚で話を進められそうになりました。「・・はい、支店長の××です。」「齊藤です、忙しいところすみませんね。 昨日の件ですけど、請求された明細書を出す、 っていうのは法律で決まっていることだそうですね。」「・・はい。」「しかし、昨日 支店長は二年より前の前の明細書は出せないような ことをおっしゃっていましたね。」「・・いえ、決して出せないという訳では。」「あー、しかしですよ、出していただきたいというこちらの要求に、はっきりと 返答しないというのは、こちらにとっては出してもらえないというのと一緒ですね、 違いますか?」「・・・・。」「あー、また返答なしですか。」「・・大丈夫です。」「・・何が大丈夫なんですか。」「いや、すぐ出せると思いますよ。」「すぐっていつですか?昨日は時間がかかると言ってましたよね。 えーとですね、まあ、率直に言うと、そういう言い回しは信用できないと思いますよ。 本部のコンピュータだから時間がかかるというのも、おかしな話ですよね。」「大丈夫です、すぐです。」
2005年04月01日
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「あのー、二年より前の明細書は難しいですねー。」40代くらいでしょうか、低い、太い声でやけに威圧感がある、というか、横柄な感じでした。「あの・・、どなたですか?」「あ、支店長の××と申します、あの、システムの関係で、二年より前の 明細書を出すのは難しいんですよ。」「出せないんですか?」「いや、本部の大本のコンピューターから引き出すので時間がかかるんですよねえ・・、 相当、時間がかかると思うんですけど・・。」「出したくないんですか?」「そう、ですねえ・・、まあ、何にお使いなんですか?」名前も名乗らず、こちらの質問にも答えない、あまりの態度に、キレそうになりました。それまでの極度の緊張は半分以上どこかへ消えてしまいました。しかし、ここは慎重にゆかなければなりません。「こちらの状況はそちらの従業員に以前説明しているので、聞いてください。 明細書は必ず必要です、まあ、でも難しそうなのでまた連絡しますよ。 支店長?ですか?・・もう一度名前を教えてください。」「××です。」「××さん、今、私は法律の専門家に相談しているので、その方と話しをしてから、またすぐに連絡しますよ。」“なんだ、こいつ、これでも店長か。”態度にもムカつきましたが、自分と同じ店長というのを聞いて、なお腹が立ちました。“フザけやがって・・。”先ほどまでの、業者に対する恐れや緊張感はすっかりなくなり、私はすばやく車を降り、司法書士事務所へ引き返しました。「どうしましたか?齊藤さん。」「すみません先生、今日のお話は済んだのに・・・、少し伺ってもよろしいですか?」「どうぞ、どうぞ。」「いや、先ほどT社に連絡を入れたのですけど・・。」「ほう、それは早いですね、で、どうでしたか。」「いやー、もう腹が立って・・、支店長が対応したのですが、“難しい”を繰り返すだけで、はっきりと返答しないんですよ。 何か相手の答えを引き出す、セリフというか文句はないもんですかねえ。」「それはそれは、じゃあ、試しにこう言ってみてください、 “財務局に連絡して指導してもらいますよ”と。」「はい。」「あと齊藤さん、請求された明細を出すのは決まっていることですから、 少しはぐらかされたくらいで、電話を切ってはいけませんよ。 以前、お話しましたよ。」「!・・すみません、そう、でしたよね・・、では、もう一度連絡してみます。」「まあ、焦らないのもやり方ですからね、一度中断したのですから、 もう明日にされたらどうですか?」「そうですね、そうします、ありがとうございました。」
2005年03月25日
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借り入れのある2業者に連絡を入れることに決めたのは良いのですが、今度はどちらから連絡を入れるか迷いました。今思えば、どちらだって良いのですが、そのときは迷いました。T社の方は、出来れば後回しにしたかったのです、債務者とのトラブルがないと言われるアイフルの方が連絡しやすいですから、まずアイフルをなんとかしてから、T社、この順番がうまくゆきやすいのでは、と考えました。しかし、元金の何倍も返済を続けているであろうT社はともかく、借金をした家内が最後に利用したアイフルに対しては、申し訳ないと思っていました。50万円の借り入れのうち、返済はまだ一回(一万円)だけで、その時点で、私が返済額圧縮のための特定調停手続きを簡易裁判所で行おうとしている訳ですから、最悪は利息を受け取れないばかりか、貸した金額さえ戻らない可能性があるのです。お金を貸した方としては、たまったものではありません。やはりどちらの業者にも連絡しづらいので、いやなことは先に済ませようと、T社に連絡することにしました。「はい、●●●熊谷駅前店でございます。」「えー、すみません、そちらでお金を借りている齊藤と申しますが。」「はい、ご利用ありがとうございます。齊藤様、下のお名前も伺ってよろしいでしょうか。」「はい、将康と申します。」「はい、齊藤将康様ですね、ご住所をお願いします。」「神奈川県横浜市・・・です。」「はい、ありがとうございます、横浜の齊藤様ですね、本日はどのようなご用件 でいらっしゃるでしょうか。」「はい、そちらで、借り入れを始めてから、現在までの貸し借りの明細を頂きたいのですが。」「・・明細書につきましては、毎月のご入金時に出ているのですが、 それとは別に過去の分、ということでございますか?」「そうです、最初から最近のものまで全部、です。」電話の向こうの空気が変わりました、より緊張しました。「・・齊藤様、失礼ですが、当社のご利用はいつごろからになるでしょうか。」「はい?あ、恐らく五年ほどになると思います。」「過去二年分のご利用明細でしたら、すぐお出しできるのですが、 それ以前となりますと、お時間がかかるのですが・・・・。」「時間がかかるのはかまいませんので、お願いします。」“出来れば、今話している、従業員で終わらせたい。”そう考えながら、ちょっとだけ、祈るような気分で話していました。しかし、そう考えたのもつかの間でした。「少々お待ちください。」“うーん、だめかなあ。”さらに緊張しながら、待っていると、向こうの電話口で男が突然話し始めました。「あのー、二年より前の明細書は難しいですねー。」40代くらいでしょうか、低い、太い声でやけに威圧感がある、というか、横柄な感じでした。
2005年03月24日
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“一位になるには理由がある”その意味は、他社と比べて、債務者とのトラブルも辞さず、確実に債務者から取り立てを行ってきた強者だということはすぐに分りました。ただでさえ、業者と直接話しをするのはいやなのに、先生のお話を伺って、よけい二の足を踏むようになってしまいました。“明細をまとめて請求すれば、相手は債務圧縮の動きだと察知するでしょう、 何に使うのか聞かれるかもしれませんし、 業者によっては、言い訳をして提出してこないのもいます。“先生はこうおっしゃっていましたが、私が業者に連絡を入れて、今までの借り入れと返済の明細書をすんなりと出してもらえなかったら、どうすれば良いのでしょう。でも弁護士ではなく司法書士の先生に相談しているのですから、しょうがありません。本人の代行として、いろいろと動いてくれる訳ではないのですから。司法書士の事務所を出て、車に乗り込みました。エンジンをかけたまま、私はしばらく車を出さず、前を見ていました。3分ほど、思いを巡らし、携帯電話を取り出しました。“まあ、早くやった方が良いに決まっているよな・・”はっきりと口に出すように心の内で呟き、私名義で借り入れのある、アイフルとT社に連絡を入れることにしました。
2005年03月24日
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当時の私は先生に依存しきっていました、そのため先生に黙って債務整理を進めることはできませんでした。焦っていた私は、何か準備だけでもしておきたいと、前々から先生に言っていました。「・・準備ですか?」「はい。」「えー、そのとき準備していただければよいですけど、必要なものはすでにコピーを頂いて いますし。お話は漏れがなければほぼ伺えていますし・・。」司法書士の先生には、月々の給料明細・年収を証明する書類など、所得を証明できるものはすべてお見せしていました。「あ、そうそう、では、これだけはお願いしておきます。」「なんでしょう。」「借り入れの明細書、なんてないですよね。」「そう・・ですね。」「ですよね、奥様が借りたんですから、本人もお持ちでないでしょうね。」「はい、家内の自己破産の手続きに入る前に、先生にお見せしたものが全てです。」「えー、ではT社とアイフルに連絡を入れてください。で、今までの借り入れの明細を出す ように依頼してください。」「・・借り入れの明細ですか?」「そうです、最初から最後まで全部、まとまったものです、これがないと申し立てを 起こしても、成功する確率は大きく下がります。」「・・・・・。」「恐らく、まともに出してこないかもしれなせん。」「どういうことですか?」「明細をまとめて請求すれば、相手は債務圧縮の動きだと察知するでしょう、 何に使うのか聞かれるかもしれませんし、業者によっては、言い訳をして提出して こないのもいます。」「・・・・。」「まあ、何を言ってこようが、出してくれれば良いんですけどね、まあアイフルは大丈夫 でしょう、たぶん。・・T社がきちんと出してくれれば良いんですけどね。」「それは・・どういう・・。」「アイフルが債務者とトラブルになっている話は聞きませんね、T社も最近は 良くなったと思うんですけど・・。」「・・でも、T社は一部上場企業で、業界一位ですよね。」「一位になるには理由があるってことです。」
2005年03月18日
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さらに自己破産の申し立てを進めている最中の借金の取立ては違法行為であることを事前に私が知っており、自宅へのそういった連絡は違法であると言えば、業者は黙ることを知っていたためです。しかし、今度は違います。私には、ある思い込みがありました。それは、現実には私名義の借金は、家内が私に秘密でしていたものであっても、その事実を業者が信用するわけがないというものです。所詮、金が払えぬ言い訳としか受け取ってもらえないだろうと考えていました。さらに、相手にしてみれば金利が高いことを知っていて、合意の上でお金を借りたはずです、なのに、払えなくなったからといって、借金の減額のための申し立てを裁判所にするから、いろいろ資料を出せとか、話を聞かせろというのは、すごく身勝手に感じるだろうとも思いました。そんな相手に直接交渉するのは、当時の私にとってとても勇気のいることでした。家内の自己破産の手続きを行いながら、自分名義の債務整理も進めたいと考え、そのことを相談の乗っていただいている司法書士の先生に提案してきました。しかし、先生はあせらず、ひとつひとつ片付けてゆくことを私に勧めました。当時の私は先生に依存しきっていました、そのため先生に黙って何債務整理を進めることはできませんでした。焦っていた私は、何か準備だけでもしておきたいと、前々から先生に言っていました。「・・準備ですか?」「はい。」
2005年03月18日
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その私が、いよいよ自分名義の負債整理を始められるというのに、なぜ気が重かったのでしょうか。それは、負債整理を進めてゆく中で、どうしても、気の進まない、やりたくない作業があったからなのです。もともと自分が借りた訳でもなく、しかも家内が自分に秘密で借りていたお金のことですから、何をやるにしても気は進まないのは当たり前なのですが、とはいっても、当時の自分にとって人生最大のピンチ思っていましたから、心境は必死そのものでした。必死なのに、それでも気が重たくて、やる気がしない作業がありました。それは、私名義の借り入れのある消費者金融会社と直接話すことでした。家内の破産の申し立てを行う作業だって、もちろん大変でした。精神的にもこれ以上ないほど辛い日もありました。それでも、こちらから相手方に連絡を入れ、何かしらの交渉をすることはありませんでした。全て、業者への連絡は手紙で行うことでまかなえたのです。業者からの取立てを止めるために、自己破産の手続きを行うことを知らせるという、シンプルな作業だけでした。10社以上あったので、少し大変でしたが、直接話す機会はほとんどありませんでした。自己破産を辞めるように、自宅に電話で連絡し勧める業者が二社ありました、多少の緊張はありましたが、それについてはなんなくこなせました。一番精神的に楽な理由は自分名義のものではなかったということです。さらに自己破産の申し立てを進めている最中の借金の取立ては違法行為であることを事前に私が知っており、自宅へのそういった連絡は違法であると言えば、業者は黙ることを知っていたためです。しかし、今度は違います。
2005年03月18日
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「・・そろそろ、ご主人名義の債務整理に手をつけましょうか。奥さんの免責は、まあ、まず認められると思いますよ。」司法書士の先生はいつもと同じ静かな口調で言われました。その日は、家内の自己破産の申し立てが横浜地方裁判所に認められ、破産宣告を受けられた報告を司法書士の先生に報告するために事務所に来ていました。“いよいよか・・。”私は、少し気が重くなりました。家内が夫である私に秘密で、840万円の借金を消費者金融からしており、そのうちの家内名義の500万円については、地方裁判所に自己破産の申し立てを行い、「免責」を受けることによって借金の消滅を狙いました。しかし、残りの私名義の340万円については、さすがに私まで破産するわけにはゆかないため、簡易裁判所で「特定調停手続き」を行うことによって、負債額の圧縮を狙いました。「特定調停手続き」の内容については以前紹介させていただいた通りです。家内の借金が発覚してから、約一ヶ月が経過していました。多額の借金を抱えている状態に、多少慣れ始めた頃でした。私は、少しでも早く借金をなんとかしたいと思い、家内の自己破産の手続きと、自分名義の借金の負債整理を同時に進めようと、先生に提案していたほどです。その私が、いよいよ自分名義の負債整理を始められるというのに、なぜ気が重かったのでしょうか。
2005年03月17日
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「えーと、一応全員に声を掛けて集めたから、皆快く出してくれたよ、全然足りないだろうけど、出産費用の足しにしてください。あと、お礼とかはナシで、それはお願いします。」私は一瞬言葉を失いました、それでもその後何とかお礼の言葉が出たのは、アルバイト従業員を管理する社員としてコミュニケーションの習慣があったからのように思います。本当に何とお礼を言えば良いか分らず、嬉しさよりも、ただ驚くばかりでした。“お礼とかはナシで”と言われても、黙っている訳にはゆきません。すぐに店舗にいる従業員一人一人に声をかけ、お礼を言い、頭を下げました。そのとき初めて感じたことがありました。お礼に対する反応は様々なのですが、普段店長である私に見せる態度とは、微妙に違う感じで、仕事場では見せないような、その人の普段の表情が一様に見れたような気がしました。皆私のお礼に対して照れているようでした。それまで、大勢の従業員 VS 店長、もしくは、30人(従業員の数)対 店長、といった風に彼らとの関係を感じていました。当たり前のことなのですが、従業員の皆にとっては店長との関係は当時の私が感じていたような、大勢の従業員と一人の自分ではなく、従業員である一人の自分と一人の店長のはずです。そのことに改めて気づいたのです。それまで、相手の立場を考えて行動したり発言したりすることに気をつけてきたつもりでしたが、まだまだ、その努力が自分に足りないと感じました。お礼を言いながら、店長としての自分に実力不足を感じつつも、段々と皆が自分にしてくれたことへの実感も湧き、その好意に素直に嬉しさを感じました。なにはともあれ、皆へのお礼が済み、仕事を終わらせ、家路に就こうと私は駐車場に向かいました。当時の店舗には、お客様が使用する駐車場とは別に、店舗裏に従業員専用の駐車場がありました。お客様専用とは違い、狭く照明も最低限で暗く人気はありませんでした。車に乗り込み、運転席に座ると、上着の懐の中で先ほどの茶封筒がかすかに音をたてました。「・・・・・。」私は、少し考えてから封筒を出して、中身を確認しました。「・・・!」最初は何かの間違いだと思いました。何回か数えましたが間違いありませんでした。封筒の中には14万円以上の現金が入っていました。唇がゆがみ、涙が出ました。嬉しくて、ありがたくて涙が出る、「うれし泣き」というものを経験しました。「うれし泣き」の涙はとめどなく流れ、なかなか止まらないことを知りました。抑えきれず、声を上げました。何分か経ち、何とか落ち着き、少し考えました。いくら私が不幸な出来事に襲われたにしろ、カンパとしては高額過ぎると思いました。もちろん人によって出した金額は様々なのでしょうが、それにしても多い。従業員の数は35人もいません、それに対して14万円以上のカンパです、皆、理由はそれぞれにしろ、収入を増やしたくて、アルバイトに来ているはずです。そう考えると、また涙が出ました。数字で計ることではありませんが、こんなに幸せな店長がいるでしょうか、私はこの仕事に就いて本当に良かったと思いました。この時の出来事は、大いに私を励まし、店長としての経験の中で良い思い出のひとつとしていまもはっきりと思い出すことができます。しかし、そうは思いたくはないのですが、もし「空き巣事件」が空き巣でなかったら、もしそうだったら、あのときの皆に申し訳ないと思うのです。それが気がかりなことなのです。
2005年03月11日
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推察も入っておりますが、これで家内の多額の借金が発覚する以前のいきさつは、ほとんどお話できたと思います。このように文書にすると、過去の出来事が整理され記憶の中に埋もれていたことまで思い出され、当時の様々な感情まで呼び起こされます。借金が発覚した後は先の見えない不安感がほとんどで、時折怒りが爆発しそうになり、根拠のない自分への励ましで何とか持ち直し、仕事中は忙いとそのことを忘れられてむしろ楽なのですが、それが途切れたり、仕事が終わると、また不安感につつまれていました。“誰かに迷惑をかけている訳ではない”そう考えることだけが救いだったように思います。とは言っても、一つだけいまだに気がかりなことがあります。それは、「空き巣事件」の後に起こったことです。当時、新任の店長としてとある店舗に赴任して二ヶ月も過ぎていませんでした。技術もなく、管理者としての経験も浅く、店舗の運営がうまく行かず、何の進展もないまま忙殺されているように感じる毎日でした。私はただ汗をかき続け、何の知恵も絞らず、工夫もほとんどなく、それでも店舗のサービスレベルを上げるつもりで、従業員の皆と話し続けていました。ほとんど休みなど取れない中で、私は少しずつ消耗しており、従業員とのコミュニケーションが今ひとつうまくゆかないと感じていたこともあり、焦りを感じ始めていました。そんな中「空き巣事件」は起こりました。事件の直後は表情にも不安な心情が表れていたのでしょうか、そうならないように気をつけていたつもりだったのですが、近隣店舗の先輩店長や従業員たちから、よく励ましの声かけを受けました。そして事件が起きてから、二日後の夜にそれは起こりました。夜の忙しい時間が終わり、店舗で働く従業員の数が少なくなる頃、休憩室で、ある従業員が私に話しかけてきました。リーダー格のフリーターの女の子でした。特にコミュニケーションの難しさを感じさせる従業員で、それでいて周りへの影響力の強い子だったため、私はとっさに構えました、もちろん悟られないように。“次はどんな無理難題を言われるのか・・。”そう思いながら笑顔をつくりました。「どうしたの?」「・・店長、これ。」そう言いながら、彼女は茶封筒を私に渡しました。“まさか・・!”封筒の微妙な重さと、彼女の一件無表情な、それでいてどんな表情をつくれば良いか分からないともとれる雰囲気から私は、その封筒の中身が何なのかを察しました。「もしかして、これ・・。」
2005年03月10日
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その時思いついてしまいました、銀行も、車のパーツショップも開いていないような、朝の時間に、一時間以内にお金を工面し、新品のバッテリーを買う方法を、思いつかなければ良かったのですが・・。それが過ちでした。お気づきの方も多いでしょうね、そうです、お金に関しては消費者金融で借りればよいのです。私は、過去のT社を利用した経験から、無人契約機は午前8時から開いていることを知っていました。そして家の近くには、アイフルの無人契約機がありました。そこで契約し、その場でお金を借りれば良いのです。給料日は2日後でした、すぐに返せば、金利もほとんどかかりません。業者によっては、ある程度の日数までは、無利息のところもあります。バッテリーはガソリンスタンドでも購入できます。GSならばその時間は既に営業しているところは多いはずです。あまり種類はおいてないはずですが、私の車はトヨタのカローラで、一般的な車の代名詞のような車種でしたから、問題なく購入できるはずです。学生時代にGSでアルバイトをしていたので、その頃の知識が役に立ち(?)ました。早速、私は近所のアイフルへ向かいました。無人契約機のある小さな部屋に入り、数年前、T社で契約したときと同じように、銀行のATMのような機械に向かい、タッチパネルに自分の情報を入力しました。“まさか、また消費者金融でお金を借りることになるとは・・・。”あれから5年程経過していました。私も、当時よりはずうずうしくなり、当時のような緊張や後ろめたさはありませんでした。悪いことをしている訳ではないですし、きちんとお金を返済して、その後は使わなければ良いのです。そう考えながら、私はあることに気づきました、悪いことをしている訳ではないにしろ消費者金融と契約し、お金を借りることを、家内に何も言わないのはどうかと考えたのです。契約の途中でしたが、私は家内にすぐ連絡し、お金を借りても良いか聞きました。返答は“Yes”でした。この時家内に伝えたことは、本当に悔やまれました。今となっては変えようのないことと分っていても、です。その後は滞りなく、カードが発行され、私は3万円を借りました。予定通り、バッテリーを購入し、古いものと乗せ変えてなんとか会議にも間に合い。その後の仕事もうまくゆき、私はその結果に満足しました。
2005年03月09日
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その日、私は午前11時から勤め先の本部で会議の予定がありました。本部までは車で一時間30分から二時間ほどかかるため、交通渋滞を考慮し、確実に遅刻を避けるために、7時から7時30分の間に家を出ることが、月に一度の会議の日の習慣になっていました。いつも通りに早めに出勤しようとしましたが、問題が発生しました。車が動かないのです。原因はバッテリーにあるようでした。キーを回しても何の反応もありませんし、ライトもつきません。その車を購入してから三年近く経っていました、その間一度も交換しませんでした。他の車のバッテリーとケーブルで繋ぐことも考えましたが、ただケーブルでつなぐだけの作業に工賃を払うのは嫌でした。充電してもらうにしても、何時間もかかります。いずれの方法をとっても、その後新品を買うことは避けられそうにありませんでした。とりあえず、車で行くのをあきらめればよかったのですが、駅から離れている場所に住んでいる上に、会議の後、自分の店にゆく用事がありました。車でないと、多大な時間を使うことになり、帰りは終電に間に合うかどうかもあやしくなりそうでした。しかし、車のパーツが売っているような店は開いていませんし、なによりも、給料日前で、バッテリーが買えるほどのお金は財布にはありませんでした。それでも、あきらめの悪い私は考えました。「なんとか・・、ならないかなあ。」家内にお金を無心するほどのことにも思えませんでした。しかし、他にお金を借りるあてなどありません、あっても借りてないと思います。“そう、借りられる訳がない・・、借りる、借りる・・・?あーもしかしたら、あそこから借りられれば、なんとかなるかな・・“その時思いついてしまいました、銀行も、車のパーツショップも開いていないような、朝の時間に、一時間以内にお金を工面し、新品のバッテリーを買う方法を、思いつかなければ良かったのですが・・。
2005年03月04日
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身に覚えのない、10社以上から800万円という借金を背負ったのが、二年前の夏でした。弁護士の手を借りず債務の整理を二年かけて行い、債務整理の仕方を知りました。今も返済は続いています。その借金は夫である私に秘密で、妻が借りていたものでした。正確には840万円でした、そのうち540万円が妻の名義で、300万円が私名義のものでした。家内名義の借り入れについては、自己破産の手続きを行い、免責を受け、事実上家内名義の借金は消滅しました。私名義のものについては、司法書士の先生に相談し、債務整理を開始し、その経緯を紹介しています。その300万円の借金のうち、250万円は当時業界最大手のT社からの借り入れ、50万円は(株)アイフルからのものでした。その2社の消費者金融は、以前私が利用したものでした。T社についてのいきさつはお話しました。(株)アイフルについても一応、お話したいと思います。私がアイフルを利用したのは、家内の借金が発覚する、三ヶ月ほど前でした。
2005年02月21日
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「“空き巣事件”のような大きな出来事はまれでしたが、このように、お金に関して腑に落ちないことが、結婚してからずっと、妻にはたたあるのです。」と私は言いました。“・・腑に落ちないことが、結婚してからずっと、妻にはたたある“と、いいえ、結婚する前からもありました。ずっとたくさんあったのです、きっと。でも私は気づかなかった、いえ、探そうと、探ろうとしませんでした。そのサインはきっと何度も、何度もあったのかもしれないのに、そうしようとしませんでした。ただ、「ちょっとおかしいな・・。」と思うだけでした。色々と深く考え、行動するのは億劫でした、とにかく。義父は彼女の莫大な借金については、私にも責任があると言いました。私は、自分は彼女の夫なので、それは当然だと考え、義父にもそう答えました。それは社会人としての良識であり、常識のつもりでした。でも、今なら本当に分る気がします。この件は私の責任なのです、等しく。それは間違いないのです。
2005年02月19日
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そして私は想像し、こう考えるのです。借金を抱えたまま、結婚するのはどんな気持ちだろうと。借金の額が増え続け、それを夫に隠し続けるのはどんな気持ちだろうと。莫大な借金に追われながら、子供を生むのはどんな気持ちだろうと。追われ続ける中で、子供がまた生まれ、育児に追われるのはどんな気持ちだろうと。追われ続ける中で、一人目の子供に脳障害があることが分るのはどんな気持ちだろうと。追われ続ける中で、二人目の子供にも脳障害があることが分るのはどんな気持ちだろうと。そんな中で、二人の障害を持つ子供たちを施設に通わせるために、分刻みで予定が詰まってゆく生活はどんなだろうと。そんな中で、業者からの返済催促の連絡が頻繁に、家に来るようになるのはどんなだろうと。そんな中で、子供たちのために分刻みの予定をこなし、自分の時間がほとんど持てない中、知恵を絞って障害のある子供たちの先を考える努力を続けるのはどんなだろうと。そんな努力を何年も続け、やがて自分の莫大な借金が発覚し、夫や両親から責められ、信用を失うのはどんな気持ちだろうと。
2005年02月18日
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自分たちの力で何とかなるのならば、そうするはずだと私は思っていたのです。結局、彼女は出産費用を実家から借りました。出産後に市や会社から費用の補助が出るので、そのお金は滞りなく、返すことができたようですが、案の定、空き巣に入られたことやお金を借りたことについては、少し言われたようです、まあ、当たり前ですが。この“空き巣事件”のような大きな出来事はまれでしたが、このように、お金に関して腑に落ちないことが、結婚してからずっと、妻にはたたあるのです。家内に800万以上の借金があることが発覚したときは、怒りとどうしようもないやるせなさに途方もない勢いで囲まれ、襲われ、逃れることはできませんでした。その怒りはとどまることを知らず、抑えても、抑えても、何度も爆発しました。自分の感情をそのままにしておいてはいけないと考えると、ほぼ同時に、妻の今までの苦労を想像し始めました、そうすると、また別の感情が沸き起こり、先ほどのやるせなさとは、また違う、それでいて似ているカタチになり、それからもまた逃れられなくなりました。その、二つ目の“やるせなさ”が怒りを抑え、彼女を許そうとしているようです。本当は最初から彼女を許すしかないということは、理解できていたのですが、自分に対する同情の念が、当初はそれをはばみました。苦労は進んでするべきものと、理解していたつもりが、そんな考えは微塵のごとく吹き飛び、今まで、体を壊してまで、何年も仕事に集中してきたのに、それが、全て水のごとく流れ去り、自分の努力が否定されたような気持ちになったのです。彼女がその事実を隠し続けていたということによって。しかし、時間が経つにつれ、二つ目の“やるせなさ”が自分の中を占めてゆきます。もう一人の自分が私に言います。はっきりと聞こえてきます。「自分だけが苦労してきたのか?」「自分だけがそんなに可哀そうなのか?」「お前はどうすれば良いか、知っているはずだ。」そんな風に私に問いかけます、何度も。
2005年02月08日
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「・・盗まれたものはしょうがないと思うけど、費用は大丈夫だよね?」「うん、大丈夫だけど、実家から借りようと思って・・。」「え・・、貯金があるから大丈夫なんでしょ?なんで借りるの。」「だって定期とか解約したらもったいないじゃない。」「えー、だからって実家から借りちゃうのって・・、迷惑かけるなら定期を 解約すれば良いと思うけど・・。」「それはもったいないよ。」「・・それで良い話なら良いけど・・」実家といっても彼女の実家ですし、実の娘がそう言うのなら、良いのかもしれないと思いました。定期預金を解約するのは惜しいということには頷けます。しかし、どうも引っかかるものが残りました。以前書いたことですが、義父は厳しい方です、特に、お金のことに関しては特別です、結婚したばかりの頃、私はよく義父に諭されたことがあります。それは、お金を借りてまで買い物をするな、ローンも同じことだ、現金で買えないのなら、それはまだ買う時期ではないのだ、という内容でした。さすがにローンを使って買い物をすることはまれにありましたが、私たちはなるべく義父の言いつけを守り、部不相応な買い物は避けてきましたし、どうしても高額な買い物をしなければならないときは、本当に必要なのかよく吟味し、それでも購入した場合は折をみて義父か義母に知らせるようにしてきました。短い期間で部屋の中に複数のものが増えていると、注意されることさえありました。くどくどとうるさいというほどではないですし、むしろ、そうされることにありがたみを感じていたので、私は気にしていませんでした。しかし、そういった義父の傾向は、私などより、彼女の方がよく知っているはずですし、また親から色々と言われることを彼女はよく気にしていました。ですから、お金がないのなら分りますが、あるのに、借りるということが腑に落ちないのです。家内のいままでの傾向ならば、実家からいろいろと突っ込まれることを嫌い、空き巣に入られたことを報告しても、自分たちの力で何とかなるのならば、そうするはずだと私は思っていたのです。
2005年02月06日
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