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先生に言いました「3号は特別支援学級でお願いします」「わかりました。では、明日連絡帳にも書いておいてくださいね」結論はこれだけでも、ココに行くまでにどれだけ悩んだかしんどかったです。3号に1番いいのは「養護学校」私にとっても1番楽なのは「養護学校」なのに結論は「特別支援学級」理由は・・・お婆ちゃんの気持ちもあるでも、多分私は3号を養護に入れたら、きっと「自分が楽になりたいから養護に行かせた」と自分を責めるだろうどれだけ「3号のためだ」と自分に言い聞かせても「ほんとに3号のために努力できなかったのか?」と自分を追い込むだろう結果は・・・私のためか・・・だから3号が特別支援学級で過ごしやすくなれるよう努力しようと思った。実は昨日の朝も遅刻でした。3号は冬の朝起きるのがとってもとっても苦手前日どれだけ速く寝かせようとまた逆にどれだけ遅く寝かせようと「起きる時は起きるし、起きない時は起きない」そして、遅刻先生は不機嫌先生が不機嫌になるから遅刻してはいけないのではなく社会のルールーとしてそれは守るべき事そして先生は一日のスタートが遅刻から始まるとすべてにおいてずれが生じるそれは3号にとって良くないからとおっしゃっているわかってますわかってますそんなことわかってますでも、出来なかったただ、最近3号に変化が出てきた(ように思える)2008.1の頃とはちょっと違う(カテゴリ「冬の朝は・・」参照)「冬の朝起きるの嫌だけど、何かお母さんが必死に言ってるしお母さんが歯ブラシ持って来たら起きなきゃいけないみたいだぞ。朝も、ご飯を食べなきゃいけないみたいだけどお母さん時計を持って来て、何だかワーワー言ってるぞ歯磨き、洗面、お着替えしなくちゃいけないのかな?」漠然とわかってきたのではないかと思える私としては偏食のある子で給食は殆ど食べないお腹が空くだろうから朝くらいしっかり食べて行って欲しいタダでさえ変化に弱く特別支援学級の変化の多いカリキュラムの中で毎日泣きながら頑張っている3号お腹くらい満たしてやりたいでも、かわいそうだけど時間が来たら学校に行かせることにしたわが子かわいさの気持ちがそそのかす「あ~あ、3号かわいそうに。1日1食なの?」3号は重度の知的障害を伴う自閉症児色々な事を理解させるのにものすごく時間がかかります1号や2号が口で言ってすぐ理解できることでもそれを解らせることがすごく難しい環境の変化にも滅法弱いいちいち泣くすぐ変なこだわりが出てくるはっきり言ってめんどくさいでも、それはこれから先も同じこと養護学校をいつか卒業しても同じことならもうちょっと、中学に行くまでのもうちょっとだけ(ほんとにいいのか?)私と3号と1号と2号とパパとおばあちゃん地域のみんなを巻き込んで?前向きに頑張ってみよう私達には特別支援学級のみんながついていてくれるんだ3号を支えて助けてくれるお友達だっているんだママ達だって共感して助けてくれる「あまり自分を追い込んじゃダメだよ。かよちゃんのためには『養護学校』を選択したほうがいいよ。お母さんが倒れたらどうするの」とアドバイスをくれたお友達もありました。冬の朝起こすことは至難のわざ先生は「パジャマで来てもいいから遅刻するな。学校で自分で着替えさせればいいから」と本気でおっしゃった。そこで私はその考えが受け入れがたく、ジレンマにおちいったのです。それは先生がおかしいです。3号が自分ですべき事は遅刻してでも自分でさせるべきです。だから、行程は変えません。どんなに先生に白い目で見られようが変えません。そう思ったら楽になりました。もっと速く起こして(それやってるんですが難しいんです)3号にガミガミ言わないように余裕を持って接すれば(難しいんですけど)そこさえポイントをつかんでいれば先生に追い込まれることもありません。日常の色々なストレス(実家の事や農業の事)も私を追い込んでくるだろうけどくれぐれも自分で自分を追い込まないようにコントロールできたらいいな重度の知的障害を伴う自閉症児「難儀なやっちゃ!」と思うけどでもでも、かわいい私の3号大変だけど自立への道をみんなで歩いていこう!だから、あと2年不安だけど特別支援学級で頑張りますねこの先どんでん返しがないことを祈りつつ3号の進路終わりにしたいと思います。長々お付き合いくださってありがとうございました。
2008.11.26
先日2号の学芸会の衣装の件で旦那の姉が来てくれました。2号の学芸会のお話は「すずめと子すずめ」に書いてありますがその時、話の流れから義姉は「1号ちゃん、高校は上を目指しなさいよ」と言った。その時思ったのは「じゃあ、3号にとって上を目指すってどういうことかな?」悶々としながら娘達を公文に送っていった。途中娘達に、3号の姉としてどう思うか聞いてみました。すると2号は「先生も大変だとは思うけど~折角ココまで頑張ってきたんだから、小学校を卒業させてやりたいな」多分自分がもうすぐ卒業だから、余計にそう考えるんだろう1号は「早く就職に向けて、養護学校に行ったほうがいいんじゃない?でも、『光とともに~』とかにも書いてあったけど、養護学校って『参観』とかはすっごくいいけど、普段はそうでもないってあったよ」公文に送り届け3号とおばあちゃんが待つ家へ帰った。娘達の考えを伝えてみた。「勉強も出来ないような人が、就職なんかできるわけがない。3号は小学校で頑張っているんだから、このまま小学校を卒業させてやればいい!」(ちょっと支離滅裂気味です)お婆ちゃんはお婆ちゃんなりの愛し方で3号を愛しているのだ。(私の不在時等よく3号を見ていてもらいます。2人で野菜を採ってきては、2人でサラダを作っています。レタスをちぎってお皿に並べることもお婆ちゃんが教えてくれました)不憫で、可愛くて仕方ないのだ。翌朝、1号と2号とパパにお婆ちゃんの気持ちを伝えた。すると2号が「私も養護学校を見に行きたい」と言った。私:じゃあ、29日(土)に学芸会があるから見に行こうか?2:うん!行く!私:すごいよ~みんなすごく頑張ってたからね~。1号は?部活か?部活だね1と2:でも、期限は26日だったよね?私:あ、だめじゃん要するに、養護学校でやるようなことを私が家で教えてあげられればいいのです。でも、実家の事もあるし・・不安だし、自信がない養護学校に行ったとしても変化に弱い3号の事私が養護学校に通わないといけない事は目に見えている移行を遅らせれば(要するに中学から)変化に弱い3号は大きな体で抵抗してくることだろういや、5・6年で移行していても中学部に変われば、また、なじめない?抵抗する?う~ん、う~ん3号に1番いいほうは・・と考えながら、自分の都合も考えてしまうう~ん、う~んどうしたらいいんだぁ~
2008.11.21
昨日は寒かった。3号に上着を持っていった掃除の時間だった給食の後、先生にも理由はわからなかったらしいですが泣けちゃう事があったらしく私が行ったときもなんかメソメソでも一緒にユリノキの葉っぱを拾った。ご機嫌は回復放課になった3号は倉庫の前に立っていた私も少し離れたところ(10~20m位)で立って見ていた。すると女の子5~6人が倉庫に来た中の1人が3号に声をかけた(反応のない3号)違う女の子が声をかけた(反応のナイ3号)次の瞬間「ばーか」と言う声が・・・(違う子の声か?違う男の子達がふざけていた声が風にまぎれて聞こえてきたのか?)その中の1人が私に気がついた。何やら焦っている二回目に話しかけた女の子多分3号とあまりかかわりのない学年の女の子達だろう(多分5年生)(6年は2号の学年だから割と理解してくれているし4年は3号の学年だからやはり理解がある)やっぱり、「ばか」って言っちゃったんだろうかね。だから私を見て焦っちゃったんだろうか1号が在校中にもこんな事があった1号が6年生で2号が4年生3号が2年生でしたタイトルは『弟をばかにする人がいます』←リンクが貼ってあります。よかったら読んでみてください3号には「ばか」と言われてもその意味すらわからない風邪が通り過ぎて行った位にしか思っていない様子悲しかった。まだやっぱりこんな事は日常茶飯事的にあったんだ予測はしていたけど知らないで通り過ぎてきてしまった。先生はきっとそのことも私に言いたかったに違いない段々ドッチボールしている子達の中に入っていったので私は外に誘導しに行った。すると今度はドッチボールをけっている子達の中にはいっていった。ボールをけっている子達は上手に3号をよけている危ないからと誘導しても3号は動かないボーっと何かを考えながら?立ち尽くしている授業がもうすぐ始まる(三分前)曲がなった3号も素直に下駄箱に向かった3号は三年半この風景をどういう風に捉えていたんだろう社会に出たらもっと風当たりは強くてもっと危険です。それを考えたら5年生の子達を責める気にもならなかった。私が見ていたことを知ってあの子達は焦っていた。それだけで充分です(ただ私が悲しかっただけの事で)5時間目は学芸会の劇の練習だった。先日見学したので(とてもかわいらしかったです)3号と実母の冬物を買いに行く事にした。公務の先生とすれ違った(いつもご苦労様ですと声をかけてくださった)校長先生とすれ違った(私に声をかけたそうだったけれど、やめて下さったみたいでした)期限はあと一週間やっぱりまだ考えは渦巻いています。どうする・・3号のお母さん!よろしかったらコメントはこちらの掲示板へどうぞ(^^♪
2008.11.20
小学2年生のときに2回(+授業参観にまぎれて他のママさんと一緒にを含むと3回)今回で2回合計5回、見学に行っています。2年生の時に見た光景との違いそれはこども達自身がかなり落ち着いてきたと言う事だから先生達の指示が入りやすいそして見学に行った先生の力のあること!学芸会に向けてすごかった子供たちもすごく頑張っていた「行くべきだ!3号は養護学校に行くべきだ!」私の心の中で私が叫んでいる。でも、「3号は変化に弱いんだよ。行ってすぐは、変化に対応し切れなくて今以上に泣いてばかりに決まってるよ。今でも朝が起きれなくて大変なんだよ。遠くなったらもっと大変だよ。実家の面倒も見ながら、遠くなる3号の学校に通えるの?」と、もう一人の私が横からそそのかす。姑も、「お母さんがギリギリの生活をしているからこそ、今のところにいたほうがいいよ。どこに行ったって、あの子の伸びるスピードは変わらない。どんなに素晴らしい先生がいたとしてもやれることには限界がある」(そういう割には、私が学校に覗きに行き、ついていてやるべきだともいう)要するにこの年代の人は「養護学校はかわいそう」という意識がつよすぎるのでしょう。変化に弱い3号3号に今1番必要なのは何?慣れ親しんだ学校?素晴らしいノウハウ?養護学校を出てきてからも覚えていてもらう為に、もう2年地域で頑張る?いや、それは逆効果か?一昨日教頭先生が声をかけてくださった。「どうですかお母さん悩んでいますか?大丈夫ですか?どちらにも一長一短があるので、難しい決断です。でも、決めたら、それを信じてやっていくしかないんですよ。決めるまでは迷いますが、決めたら迷ったらだめですよ。信じるんですよ」とりあえずの小学校への意思表示の期限は「11月26日」です。毎日、気持ちが変わります。グラグラゆらゆらしています。ちなみに主人は「養護」です。よろしかったらコメントはこちらの掲示板へお願いします(~_~)
2008.11.19
さて、6時間目のクラブ活動へ移動しようとした時ランドセルを持っての移動が嫌なのかそれとも、窓から外を眺めていたかったからなのか弟君が促しても私が促しても、動きたがらない3号道中、いちいち嫌がって大泣きしながら壁に引っ付いたり逆送したりすったもんだで、やっと図工室にたどり着きました。クラブは美術部です。担任の先生が美術クラブ担当だからです。一緒に制作活動をしたのですが・・・3号には難しいです。だから先生が、他の子達を見ながら3号や弟君の指導もしています。先生は大変です。帰宅して、ふと3号は先の見通しがつかないから嫌がっているのではないか?そう思ったので、連絡帳に「クラブに行く前に『スクラップブック』かその写真を見せて連れて行ったらどうでしょうか?」と書いてみた。すると、「いつもはそんなに泣いていませんよ。お母さんがいるのに帰れないのが嫌だったんじゃないでしょうか?」確かにそういうこともあるかもしれません。でも、いちいちあんなに泣いていたんじゃ・・・そして、もう一度、今度は1人で養護学校の見学をさせていただくことにしました(9月末に、担任と3号と私と3人で養護学校に見学に行ったことがあります)~つづく~よろしかったらコメントはこちらの掲示板へどうぞ(^^♪
2008.11.15
昇降口で心配そうに3号を探している先生の後姿をありがたく思いながら私は担任の先生に笑顔で声をかけた。ホッとした先生の顔そして、6時間目のクラブの様子も見たい旨を伝えた。よかったら次のコンピューターの時間もご覧になりますか?担任が言ってくれた1時間でも家に帰りたい気がしましたがコンピューターの時間も見ていくことにしたあまり関心がない3号あの手この手の担任3人でパソコンを覗いていたら扉が開いた一昨年の担任です。私を呼んでいます。別の部屋に通されました。「誤解のないように、もう一度念を押したいのですが『私達は決して、3号君の事を邪魔にして養護学校に行ってくれ』と言っているわけではないんです。3号君の為を思って・・小学校のカリキュラムでは3号君自信が大変で拒否反応を示しているから3号君の為を思って、もう少しゆるいカリキュラムである養護学校をお勧めしたんです」そうおっしゃった。そんなことは充分承知しています。私は誤解を解こうと一生懸命はなした。ついでに「配慮」の事をお願いした。でも、何だかハナシがすりかわる私が言いたい事が伝わらない。平行線の気がした。この先生には根本的に親の力を借りずに教師だけで問題を解決したいようです。この一昨年の担任は続けた。「担任の先生は、職員会議で何度も『3号君に自発的に帰って来て欲しいから見守りたい。3号君が変なところでさ迷っていたら、連れてきてください』と職員全員に呼びかけています。」そうだったんですか職員全員に伝えてあるんですね。知りませんでした。(それを聞いていれば私の不安や心配は半減していたことでしょう)更に一昨年の担任は続けます。「だからお母さんに来ていただいてやっていただくことではない」と・・???ちょっと待ってくださいよ。私は先週担任に確認しました「私が不定期に行っては逆に危険(お母さんが来るからいいや)な場合もあります。私が昇降口に連れ帰るといつでも、振り返ると先生が見守っていてくれる。それでは、私が行く必要があるのでしょうか?」と連絡帳で聞いたんです。「お母さんがお忙しいようでしたら、無理にではありません。ただ、3号君の現在の様子を見ていただくとよいと思うのでこれる範囲で来て頂いたらよいと思います」「それなら、気兼ねなく覗かせていただきます」そんなやり取りをした上での事だったのに一昨年の担任には上手く伝わっていなかったみたいです一昨年の担任は特別支援学級の主任だから要所要所に出てきます。過去のいきさつからお互いに?苦手?でも、誤解は解けて?私が校内に出没する許可が降りたみたいです。担任も「他の職員にも事情を説明して『これから3号君のお母さんが頻繁に出入りする旨』を伝えておきますね」とおっしゃった。まずは一安心・・でも、その後クラブの時間・・またまた変化に弱い3号は、てこずらせるのでした・・つづく・・ちょっと私の実母と私の体調が不安定なので更新が滞るかもしれませんご了承の程・・・m(__)m
2008.11.13
昨日のblogを書き上げた後その記事を要約して連絡ノートに書いてみた。「でも、この文章を読むと先生は絶対に気を悪くする」そう思ったので、朝担任の先生に、言葉で補足しておいた担任は理解してくれホッとして、実家の母のお世話をしに行った。母は今月誕生月なので介護調査院の方が調査にいらっしゃるからだった。介護認定の調査員さんが帰られて母のお昼ご飯と目薬と、飲み薬と洗濯とあれこれやってクッキーを食べ野菜ジュースを飲んで、3号の学校へ調度、掃除の時間でした。3号が泣いている多分掃除が嫌なんだろう大泣きしながら校舎の端へ逃げていった。「嫌だから泣いて逃げていけばいい」3号にそう思わせてはいけないので「だめ!、掃除する!」と言って捕まえて掃除場所に戻した。泣いている3号と一緒に葉っぱをゴミ袋に詰め掃除の先生(去年の担任)と一緒に倉庫にゴミ袋に持っていった。「ココからは放課ですか?」先生に確認をして、先生と別れ3号と一緒に最近3号のお気に入りの場所へ行った。3号はみんなの遊ぶ声を聞きながら空を見上げ癒されているようだった。ふと3号は校舎の時計を見た(様な気がする)すると走り出した。少し走って私のことを振り返り、私の手をつかんだ一緒にきてというかのように・・一緒に走ると校舎を一周して、最終的に下駄箱に戻ったのです。そして下駄箱には現在の担任の先生が、3号はどこにいるんだろうと心配して探していてくれました。担任の先生の想いは3号にいつまでも部屋掃除ばかりではなく掃除の班のみんなと・・・要するにレベルアップを図りたかったのですでも、上手くいかないと先生自身も悩んでいたのでしょう。これをもう少し続ければ3号はちゃんと戻れるようになるような気がしていた。一昨年の担任が朝のノートを見て憤慨しているのを知らずに・・・・・つづく・・
2008.11.12
前回の記事から、ずっと3号の進路を考えています。最近は3号の学校に入り浸り状態放課、掃除、授業そういった風景を見るたびに「何やってんだ?」「こんなんでいいのか?」「3号がやる気がなかったらほったらかしでいいのか?泣いてもなんでも、やらなくてはいけないことだと教えなくてもいいのか?」と学校での3号の有様を見るにつけ不満が募ります。それで、思い余って養護学校に電話しました。「お母さん、ちゃんと学校に言わないといけませんよ。言わない事には歩み寄り出来ませんので」とアドバイス。でも、実際問題言いにくい過去に「なぜ、前年の先生はこうしてくれていたのに、今の先生はしてくれないのか?」そんな様なことを訴えた事があります。その苦情は、前年の先生にお伝えしたのですが、途端にその前年の先生が不機嫌になり「お母さんはもう学校にそんなに来る必要はないんじゃないですか」と言われた事がありました。ところが今度は、またまた4月に先生が変わってまたまたてさぐり状態がはじまった。学校での様子を見に行けば「なんじゃこりゃ!」養護学校は、「お母さんが言いにくければ教育委員会に相談されればいいんですよ。」ともアドバイスしてくださいました。でも、直接教育委員会に行っては、後で学校に残りたくなった時にヤリずらいやはり順序としては、学校側におかしな点を論理的に指摘する事(でも、私はすぐ感情に走ってしまうので論理的に説明するのは苦手)うまく受け入れてもらえなければそれから、教育委員会でしょうか?そのためには、もう少し養護学校の様子を知らないと比較できないので再度、養護学校に「授業の様子をもう少しじっくり見学したい」とお願いしてみました。(今度は私単独で)本当に3号に良いと判断できれば、そちらにいくのがいいに決まってますからね日程については、学年の先生と相談してすぐにお返事を下さいました。地域の小学校と違ってなんと対処の速い事かこどもの特性を的確につかんでいるし、親の気持ちも的確に察してくれる学校側に、そのような力のある人が指導にきてくれれば・・(実際最初は、地域支援部に学校に来ていただくようにお願いしたのですが・・)イヤイヤ、小学校側でもわかってはいると思う上手く対処できないだけで・・(困)9月見学に行った時に3号を見て、どう思われたか。ついでに再度聞いてみた。「3号君は、配慮があれば特別支援学級でもやっていけると思う。養護学校に来ても学習する事がないわけではない」11月末の小学校の就学相談委員会に向け、あと二週間ちょっと私に考えられるすべての事をやってのけようと思うココが正念場です頑張ります!
2008.11.10
またしても・・今朝、4時ごろから起きていたのか布団で声がしていた。5時に起きて来たので、はんてんを着せてあげたらちょっと遊んで、また布団へ行ってしまった。6時半・・寝てる・・起きろ~!(ゆすって布団をはがす)ダメだ・・また遅刻か
2008.11.06
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