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カテゴリ: 中国語
『知音夢裡尋』(2005.09.11)より。

昼過ぎまで在宅作業。衛星でニュースを見てたら卓球の福原愛選手のドキュメンタリーやってた。うちの一族にいてもおかしくない系統の顔立ちなので、以前からなんだか無意味な親しみがある。でも、やっぱり注目すべきは彼女の中国語だ。16歳の歳であの中国語はやっぱり感心する。僕が彼女の年齢の時はすでに中国語学習歴は8年に達していたけれども、16の今頃はちょうど、それまで身につけたものを全部捨てさせられて、一から発音の猛特訓をやらされていたところだ。きっと同じ世代だったら、激しく発奮していたにちがいない。

でも、上達の理由として「中国にいるから」とか「必要があるから」というのがよく言われるようだけれども、実は正しいようであんまり正しくない。特に前者。

その言語が話されている場所にいるだけで、その言語がうまくなるなんてのは幻想、かなりのカン違いだ。確かに単語やイディオムレベルではそれらしいものが身につくかもしれないし、要領のいい人は、そこから会話みたいなものに持っていくこともできるだろうけれど、あくまでその程度のものである。いわゆる「環境」という要素で複数言語話者になれるのは母語の干渉の少ない5、6歳ぐらいまでで、それ以上の年齢では、ただ暮らしていただけじゃ何にも起こらない。(それにバイリンガル、トリリンガルという状況が「うらやましい」ものであるかというのも、心して考えるべきだ。これもやはりモノリンガルが陥りやすいカン違いのひとつ)

それはどこそこに一年とか、二年留学しました、なんて人を見るとよくわかる。留学帰りなら周囲は暗黙の了解として「語学は問題なし」として扱ってくれるから、誰もその人の語学力を疑おうとしないけれども、実はこんな馴れ合いの傾向が大学の語学教育のレベルを下げていたりするから、実はとても由々しきことである。まぁ、これは例には事欠かないと思うので多言無用だと思うけれども。

やはりどこにいようとも、地道で、かつ体系的な学習は不可欠なわけで、ネイティブの環境で生活できるという幸運にめぐりあえても、それを活かすだけの努力は自分で意識的にしなければ、ただの自己満足でおわってしまう。「生活できてんだから、たぶん、語学的にも問題ないんじゃないか」という都合のいい暗示にかかってはいけない、ということだ。単語を自分の都合で並べているだけでは、それは会話とは言わない。

愛ちゃんもそうだし、ハリウッドに進出している非英語母語話者の俳優たちも英語を猛勉強している。むろん、陰の努力にはあえて触れないのがマナー。でもかと言って、ぜんぶ「環境のおかげ」にしてしまうのも失礼なわけで、結局「おフランス帰り」というだけでチヤホヤしていた明治、大正の時代から日本人は精神構造に進歩がないということなのかもしれない。





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最終更新日  2007年06月19日 22時31分30秒


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