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****************************************ありふれた 小さなキズナでいいそっと 歩みを合わせていく僕ら・・・**************************************** バックホーンのライブ、行ってきました。 いろいろなことがおきて 本当に自分の気持に素直になれることができてきたのか それとも単に年齢を重ねていってしまっただけなのか 最近どうも感情が豊かになったようです。 キズナソングを聞いた時 涙を抑えることは出来ませんでした。 大好きなアーティストの大好きな歌 いつもヘッドフォンから聞こえていた声 いつもヘッドフォンから聞いている音 今日のライブ当日まで 本当にいろいろなことがあって 友との絶縁 別れ 食い違い 理解されぬ想い一人ぼっち 寂しい 会いたい 苦しい逃げたい 逃げたくない 離れないでどうして? なぜ?自分の幸せを願ってはいけないの?今、私は幸せなのに判ってくれないの? そんな感情ばかり そして一人よがりな勘違いを繰り返していて大事なことを見失っていました。 ライブ当日。 いろいろなことがありすぎて被害妄想気味だった私の心 ライブを一緒に見たかったと思っていた友達からも嫌われたのではないかと思い込みそれでも、自分が好きなアーティストのライブなのだから一人で元々見るつもりもしてライブに来たはずなのに、一人ででも楽しめるはずなのに何故か心は複雑なまま そんな心理状態のままライブがある東京へ向かいました。 そして。 ライブ前に、ずっとこの数ヶ月私を支えてくれていた親友と時間を過ごし自分のことを判ってくれている親友というのは本当にありがたいもので気を使うこともなく、思いっきり楽しんでいるうちに嫌なことや悪い考えが浮かばなくなって精神状態も落ち着きライブも一人ででも楽しめるような心理状態にまで回復したころ・・。 一通のメールが。 その相手は・・・ 嫌われたのではないかと思い込んでいた、一緒にライブを見たいなと思っていた友人からのメールでした。 メールの内容は何気ないなんでもない内容だったのですが 私にとってはそれがとてつもなく嬉しいことでした。 いろいろなことがありすぎて信じていた友人から嫌われたり無視されたりそんなことが相次いだせいなのか、物凄い被害妄想に走っていて嫌われたと思い込んでいたことにようやく気が付きました。 メールを送ってくれたその友人と後で会い話をしたとき嫌われたのかと思った、と言った私に対し意味がわからない、と一言だけ言いました。 多くを語らない仲では在るが故に、余計に、その一言で全て救われたような気がしました。 信じていなかったのは私の方でした。自分が大事だと思う人は自分で守るべきであって自分の事を見捨てない人は絶対に居る「私」という人物が誰の傍に居ようとも関係性が簡単に壊れるような事は無い そんな大事な事に気が付きました。 今回のバックホーンのライブでは「キズナ」が一つのテーマになっていました。 10周年というのもあったりライブの当日がちょうどバックホーンの10年前の初ライブの日だったとか何か縁やキズナやつながりを感じる日で10年前に出会っていなければ今ここでライブはしてない、と、バックホーンのメンバー同士、あの時声をかけてくれてありがとう、とか、ここまでひっぱっていってくれてありがとう、とか物凄く人のつながりを大事にしている事がよく伝わりました。 そして私自身も、今自分と繋がってくれている人々と出会えた事に心から喜びを感じました。 連絡をくれた友人も人が居なくなったと落ち込んでいる私をずっと支えてくれた友人も一人にさせないようにと気遣って友人と時間を過ごすように進めてくれた彼氏も一人にさせないように楽しませてくれた友人も離れていった友も みんな私にとっては大事な人。 だからせめて。 今もこうしてつながりあえている人たちは大事にしよう 本当にそう思いました。 キズナソングを生音で聞いて、感動して泣いてしまいました。 帰りのバスの中でも、自然と涙がこぼれ 翌日の夜も、曲を聴くたびに涙がこぼれてしまいました。 小さなキズナありふれたキズナ せっかく繋がった人との縁。 大事にしていきたいと思います。 今、私の周りに居てくれている人々全てに感謝しています。 つきなみな言葉しか出てこないけれど 本当に私の傍に居てくれてありがとう私とつながりをもってくれてありがとう 人は一人じゃ生きていけないそう思いました。 何かに躓いたら、必ず回りに誰かは居るから。 何かに絶望している人が今居るのなら その事を伝えてあげたいです。
2008年06月10日
いよいよです!バックホーンの武道館ライブまで!!大好きなヴォーカルの山田さんが書いていた最新のBlogに*************************************************生活の中で「さり気なく」という気持ちは相手を思いやる気持ちがあってこそである。さり気なさをもって何かを伝えようとしても途中から想いはどうでもよくなり、どうやって自分は自分を隠しながら振る舞えるか…になることがたまにある。そうなってくると、そもそも相手を思いやるということに「さり気なく」という接し方は必要か?と思う。そもそも相手にどれだけ真っ直ぐな思いやりを持てていてるのか。って事なのだろう。さり気なさ過ぎると気付かれないしね。****************************************************というのが書いてありました。すごく考えさせられました。さりげなくって、本当難しいです。辞書で調べてみたら、「それと無しに」というのが類似語であげられていて、それを調べると、「遠まわしに」とか「直接的ではなく」とか「こっそり」「暗に」という意味でした。このブログに対するコメントでいろんなFANの感想があってその中で、「さりげなく」っていうのは、その言葉を受け取った相手が決めることじゃないか?みたいな事が書いてあって、何となく私もそれに共感しました。例えば。自分が重たい荷物をもっていたとして。それを見ていた恋人が何も言わずにその荷物をもってくれた。よくある日常の場面ですが、荷物をもった恋人の意識の中では、重たい荷物を肩代わりすることが常識だと考えていたとしても荷物を持ってもらった側としてはそれが日常で無くなおかつ、何も言わずにスーっと当たり前のようにもってくれたことが「さりげない」と感じれば、荷物をもった恋人の行動は「さりげない行動」と捕らえられるわけで。要は双方の意識の差、なのだとおもいました。まあ、あとはこちら側が意識的に「さりげなく」したい、と思う行動をするというのは、「遠まわしに」とか「ひそかに」とか相手のことを思いやって「こっそり」と相手のやりたいことをやりやすいように準備したり、やってあげたりすること、なのではないでしょうかね。どちらにしても、相手のことを思って行動することそのものが「さりげない」の行動の原点だと思いました。山田氏・・・ライブ前にえらく深い言葉をくれました・・・。ライブ楽しみ!帰りのバスのチケットも新幹線チケットも未だな私・・ヤベー(--;)
2008年06月03日
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