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★ エンツォ・マレパッソ (vm) Enzo Malepasso
本名ヴィンチェンツォ・マレパッソ (Vincenzo Malepasso)1954 年 5 月 31 日ナポリ生、 2009 年 4 月 27 日ミラノの南郊外にある小さな町シツィアーノ (Siziano,) 没、作詞・作曲家、音楽プロデューサー、歌手。
歌手デビュー当初はポール・キャッシュ (Paul Cash) という英語の芸名を使い、作曲の場合バッド・ステップ (Badstep) というペンネームも使いました。

活 動期間 : 1974 年 – 2009 年 4 月
所属レコード会社 : Omnia (Nappoleon) 、 Dig-It 、 Polydor 、 Aleph 、 Durium
サンレモ音楽祭出場2回 : 1980 年第2位、 81 年参加
サンレモ音楽祭出品6曲 :自己出場曲、 83 年 14 位、 84 年 5 位、 85 年 8 位、 86 年 10 位
経歴からすると歌手生活は10年ほどで作詞・作曲家、プロデューサーの経歴が圧倒的に長いものでした。
ナポリの音楽高校で対位法と作曲法の課程を卒業し、20代前半から他の歌手のために曲を書き始めました。
1974年、 マルチェロス・フェリアル (Los Marcellos Ferial) ののリーダー、マルチェロ・ミネルビ (Marcello Minerbi) が興したナポレオン (Nappoleon) という小さなレコード会社のサブレーベル、オミニアからポール・キャッシュ (Paul Cash) の芸名で両面英語で歌い、レコード・デビューしています。
ONP-9005 (1974 年 Omnia (Nappoleon) - Durium) Together/Happy fool (come Paul Cash)
ONP-9005
DG
-1134
DG-1134 (1976 年 Dig-It – CGD Messaggerie Musicali) 15 Anni/Lo Spazzolino [ ヴィンチ・ディ・カーザ (I Vicini Di Casa)]
鳴かず飛ばずの状態だったと思われますが、再びマレパッソの名前が出るのは作曲家としてでした。76年メロディー・ポップ・バンドのヴィンチ・ッディ・カーザがディグ・イット (Dig-It) からのシングル・デビュー曲をクラウディオ・ダイアノ (Claudio Daiano) の詞に作曲しました。この曲が76年年間ヒット・ランク81位に入る彼らにとって大成功となります。
どういう経緯か判りませんが79年ポリドールから“ Mannaggia ”をエンツォ・マレパッソの芸名で再デビューし、アルバム「 Agrodolce 」も制作されました。
2060-188 (1979 年 Polydor – Polygram Dischi) Mannaggia/Andiamo Al Cinema
2060-188
2448-090 
2448-090 (1979 年 Polydor – Polygram Dischi) Agrodolce
1 .Buon Divertimento
2 .Volgarità
3 .Un Argomento In Più
4 .Il Tempo Di Un Panino
5 .Fra La Ragione E La Pazzia
6 .Mannaggia
7 .Caldo
8 .Andiamo Al Cinema
9 .Tira A Campà
10.Carta D'Identità
翌80年サンレモ音楽祭に“君は元気かい”で初出場し表彰第2位となります。80年の年間ヒット・ランク72位に入る成功を収めました。歌手として短い活動でしたが一瞬の輝きを見せます。
2060-218 (1980 年 Polydor – Polygram Dischi) Ti Voglio Bene ( 君は元気かい )/Considerando Che...
2060-218
2448-108 
2448-108 (1980 年 Polydor – Polygram Dischi) Enzo Malepasso– Ti Voglio Bene
1 .Ti Voglio Bene ( 君は元気かい )
2 .Il Tempo Di Un Panino
3 .Andiamo Al Cinema
4 . Mannaggia
5 .Un Argomento In Più
6 .Caldo
7 .Considerando Che...
8 .Volgarita
9 .Tira A Campà
10.Carta D'Identità
サンレモの余勢を借り80年2枚目のシングル“ Resto Con Te ”を出しましたが、満足な成果は得られません。
2060-232 (1980 年 Polydor – Polygram Dischi) Resto Con Te/Biografia Di Un Amore
2060-232 
前年実績のお陰で翌81年サンレモ音楽祭に“ Amore Mio” で連続出場しましたが、ニ匹のドジョウはいず、入賞すらできませんでした。
2060-240 (1981 年 Polydor – Polygram Dischi) Amore Mio/Senso Vietato
2060-240
82年 CGD 傘下のアレフ (Aleph) で“ Canzoni Nuove ”を出しています。
AH-28003 (1982 年 Aleph – CGD Messaggerie Musicali) Canzoni Nuove/Ultima Cena
AH-28003
Ld ・
Al-8190
Ld ・ Al-8190 (1984 年 Durium - Durium) È Bello Dire Anche Ti Amo/Parliamo (con Fiordaliso)
81年に仕事仲間の作詞家デスパ (Depsa) が見出だし、82年サンレモ音楽祭の新人の部でデビューさせたフィオルダリーゾ (Fiordaliso) に84年から楽曲を提供し、プロデュースもしました。
84年サンレモ音楽祭に出場曲“お月さまなんて欲しくない (Non Voglio Mica La Luna) ”をルイジ・アルベルテッリ (Luigi Albertelli) の歌詞にズッケロ (Zucchero Fornaciari) と共作、アルベルテッリと共同プロデュースしました。
この曲は(私も80年代のカンツォーネで好きな曲の一つです)84年年間ヒット・ランク34位の大成功で、フィオルダリーゾのみならずマレパッソの代表作となりました。
3枚目のプロデュース曲“ È Bello Dire Anche Ti Amo ”でフィオルダリーゾとデュエットし、マレパッソの最後のレコードとしました。
これ以降ソング・ライター、プロデューサーの仕事に専念します。フィオルダリーゾとの関係は彼女がドゥリウム在籍した87年まで続きました。
80年代後半、彼はメキシコ、スペイン、オーストラリアで働き、それらの国でも8つのゴールド・ディスク、1つのプラチナ・ディスクを受けました。イタリア国内でも多くの有名歌手に楽曲の提供、プロデュースをします。
87年から96年の間にニーノ・ダンジェロ (Nino D'Angelo) のアルバムを9枚以上制作しています。94年ジジ・ダレッショ (Gigi D'Alessio) の3枚目のアルバムをプロデュースました。
98年ルカ・セーペ (Luca Sepe) をプロデュースし“もう少しだけ (Un Po' Di Te) ”でサンレモ音楽祭新人部門3位、最終日7位入賞の好成績を残し、この仕事を最後に引退しました。
2009年ミラノの南郊外のシツィアーノで亡くなりました。
エンツォ・マレパッソの国内盤はありません、エンツォ・マレパッソは以上です。
★ ブルーノ・ダンドレア (vm) Bruno D'Andrea
本名ブルーノ・ノリ (Bruno Noli)1950 年 7 月 7 日ジェノヴァの北40 km にある小都市トルトナ (Tortona) 生、歌手 。

活 動期間 : 196? 年 – 現在
所属レコード会社 : Real Music 、 Fonit Cetra 、 CBS 、 12 Inch Stars (Dig It)
サンレモ音楽祭出場1回 : 1980 年入賞 (16 位 )
公式ホームページ : http://www.brunodandrea.com/home.html
非常に若い年齢からプロ活動を始め、地方のダンス・ホールで演奏するバンド、ノッタンブリ (I Nottambuli). にギタリストとして雇われました。その後自分のバンド、ブルーノ・ダンドレア・バンッド (Bruno D’Andrea Band) を結成し音楽活動をしていました。
やがて作詞家でプロデューサーのルイジ・アルベルテッリ (Luigi Albertelli) と作曲家ヴィンッチェ・テンペラ (Vince Tempera) に見出され、歌手の ドゥルピ (Drupi) 、ルイジ・アルベルテッリと作・編曲家エンリコ・リッカルディ (Enrico Riccardi) の3人で設立したレコード会社 レアル・ミュージック (Real Music) と契約することが出来ました。
REAN-14010 (1976 年 Real Music – Dischi Ricordi) Siamo Noi/Che Pazzo Son Io
REAN-14010
REAN-14016 
REAN-14016 (1977 年 Real Music – Dischi Ricordi) Ti Parlerò D'Amor ( 愛を語らん )/Bella Così
レアルから戦前カフェ・シャンタン時代のレビューから戦後まで活躍したワンダ・オシリス (Wanda Osiris) の“愛を語らん (Ti Parlerò D'Amor) ”や“ Siamo Noi” 、 “Bella Così” などをシングル盤で発売しました。ブルーノ・ダンドレアは経歴に明記されていませんが、 カサデイ (Casadei) のようなリショ楽団に近い存在だったと思います。
79年ルイジ・アルベルテッリは前年秋アメリカでTV放送が始まったロビン・ウェイrムス (Robin Williams) 主演のホーム・コメディ「 Mork & Mindy 」をイタリアでも放映するに当たり、主題歌をブルーノ・ダンドレアに歌わすことにしました。しかしレコード会社レアルの経営が思わしくなく、彼をフォニット・チェトラに移籍させ3枚目のシングル盤を出しました。
SP-1715 (1979 年 Fonit Cetra - Fonit Cetra) Mork & Mindy /Na-No Na-No
SP-1715
SP-1723

SP-1723 (1980 年 Fonit Cetra - Fonit Cetra) Mara (マーラ)/Replay
TVホーム・コメディ番組のテーマ・ソングが成功し80年サンレモ音楽祭出場が決まりました。初出場で幸運にも入賞(実質20曲中18位)することが出来ました。
サンレモ音楽祭出場曲の後の仕事もTV番組のテーマ・ソングでした。RAI - 1の子供向け番組「 3, 2, 1... contatto! 」の“ Ty Uan ”で歌手名もリ・アトミ (Gli Atomi) を使います。
SP-1726 (1980 年 Fonit Cetra - Fonit Cetra) Ty Uan/Ty Uan (strumentale) (con lo pseudonimo Gli Atomi)
SP-1726
A-1754(CBS) 
A-1754(CBS) (1981 年 10 月 CBS – CBS Dischi) Stellina Love Song [:Vincenzo Tempera]/ Marmellata Albicoque [Bruno D'Andrea Vincenzo Tempera] Colonna Sonora Originale Del Film "Il Turno" Di Tonino Cervi
81年トニーノ・チェルヴィ (Tonino Cervi) 監督で音楽がヴィンチェンツォ・テンペラのコメディ映画「 Il Turn 」の挿入歌“ Marmellata Albicoque ”を歌い、オリジナル・サウンドトラック盤としてCBSから発売されました。
レコード歌手としてのブルーノ・ダンドレアの経歴はここで一旦終わります。ダンドレアは元のダンス・バンドに戻り、87年国際的で標準的なリショのダンス楽団に編成し直しています。
95年第1回国際ダンス音楽フェスティヴァルに出場し、96年の決勝戦にコラッド・カステラーニ (Corrado Castellari.) と共作した“ Set’Acchiappo ”で優勝しました。
97年クラウディオ・バリオーニ (Claudio Baglioni) とファビオ・ファツィオ (Fabio Fazio) が司会する RAI- 3のヴァラエティー番組「アニマミア (Animamia) 」に出演し、ヨヴァノッテ (Jovanotti). と彼のヒット曲“ Na-No Na-No ”を歌いました。
そういうこともあってかディグ・イットのマキシ・シングル・レーベル、12インチ・スターからB片面ですが“ Na-No Na-No が出ました。
TIX-061 (1997 年 12 Inch Stars – Dig It International) 12” Maxi Ufo Robot [Actarus]/ Na-No Na-No [Bruno D'Andrea]
TIX-061 
彼は現役リショ楽団としてダンス・ホールに出演し、演奏活動を続けています。
ブルーノ・ダンドレアの国内盤はありません、ブルーノ・ダンドレアは以上です。サンレモの歌手たち 651 ミーナ 14 & … 2023.07.25
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