2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全11件 (11件中 1-11件目)
1
いつもながら漠然としてますが、 なんだか色々、グワーンて感じに追い詰められてるような気がしてたりしてなかったり。 どっちなんだって話。 今日もこれから残業って話。 ああ、日本のお父さん。
2008/07/31
コメント(0)
相変わらず、痩せる兆候すらないわけです。 そういう努力もしてないわけです。 ただただ、スマートな体型が素晴らしいと言われるこの国の基準に不満を抱えるわけです。 たまたまこの国の人間の基準で考えるから、僕は太った人と言われるわけです。 明日から、食肉の基準にならないものかと思います。 食肉の基準ならこっちのものだと思います。 きっと美味しいと思う。 きっと食べる部分がたくさんだと思う。 捨てるとこないし、贈っても喜ばれるんじゃないかと。 加工もしやすいはず。 ということで、 明日からはそんな基準でお願いしたい。 強くお願いしたい。
2008/07/26
コメント(0)
今こうして、四十歳の立場になってみると、三十代のときの体臭なんて可愛いものだったなと思うわけです。 今と比べると、日向の匂い同然だった。 今と比べてしまえば、草原を走る風のごとくだった。 まさか自分の体から、カブトムシ売り場の匂いがするなんて、それは想像出来ませんでしたって話。 切ないって話。
2008/07/25
コメント(1)
四歳の娘は、絵本が好きだったりします。 四十歳僕が、絵本を読む係だったりします。 ちょっと体がシンドイとき、読むのが案外大変だったりするので、絵本作家の人達には、「文字数を少なくしてください」と言いたい。 少しだけ強めに言っておきたい。 いっそのこと、 五七五で収めてみたら如何か。 どんなに長くても、 五七五七七くらいで収めてみたら如何だろうと思います。 日本の心。 日本の文化。 僕の体調。 そんなことも考慮しつつ、絵本作家の人達は仕事してみたらどうだろうと思うわけです。 特にオチもなくの話。 いつだってオチなんかない話。
2008/07/24
コメント(3)
汗とか油とか、人として大事ななにかとかが流れ出る夏。 ああ、夏。
2008/07/19
コメント(1)
仕事がどうにもこうにもなわけです。 僕の生き方が、どうにもこうにもだからなのかと思います。 原油価格もどうにもこうにもです。 エコと言われても、どうにもこうにもですし、日記更新したところでどうにもこうにもです。 漠然と、どうにもこうにもな感じの日々。 みんな、ごめん。 ごめんは嘘。 嘘ついてごめん。 どうにもこうにもです。 どうにもこうにもなんです。 ああ、人生って素晴らしい。 なんて考えながら、じっと手をみます。
2008/07/16
コメント(1)
職場人たちが、 「おしぼりで顔を拭く人は許せない」 なんて言うわけです。 それは困ったなと。 それは大変な事態になったと思ったわけです。 僕、40歳だからね。 立派な中年だからね。 顔どころじゃないってこと。 首も拭くしね。 首の後ろだって拭くしね。 首は前と後ろ合わせて首だからね。 許されるなら脇だって拭きたいしね。 首と脇は親戚みたいなものだからね。 法律で規制されてないなら、背中とかも拭きたいしね。 首と脇と背中は、国境のない世界みたいなものだからね。 ちょっとした世界平和みたいなものだからね。 おしぼりは、繊維がつぶれるまで拭き倒すのが基本だろうって話。 そういう魅力を、おしぼりは持っているって話。 おしぼり、万歳。 ビバ、おしぼり! まあ、どうでも良い話。 いつだってどうでも良い話。
2008/07/15
コメント(0)
どうにもこうにもならない日々です。 彼女が 「そんなバナナ」 なんて言ってたりして、いったいどこの国の人だろうってこと。 どうにもこうにもならない日々です。
2008/07/12
コメント(0)
僕の職場は9割が女子なので、ちょっと気を使うことが多かったりするわけです。 昼休み、女子ふたりが来て 「どっちが若く見えますか?」 なんて訊いてきたりして、僕40歳男子いきなり大ピンチなわけです。 日本語って難しいのです。 ひとつの表現に沢山の言い回しが存在しているのです。 どちらも若いですよって言いたかったのです。 でも口から 「ドッコイドッコイです」 なんて言葉が出てきてビックリ。 きっとあの瞬間、誰かが乗り移っていたと思う。 とにかく、 僕更に大ピンチって話。
2008/07/11
コメント(1)
どうにもデパ地下を上手に歩けなくて、ダメな気分で胸がいっぱいなわけです。 (絶対に、一定の法則があるはず。)
2008/07/08
コメント(0)
年々、体が痛くなることに驚いたことはありません。 40歳の誕生日を迎えても、悲観したりとかもありません。 渡り鳥が、冬になると自分の国へ帰るように、ツバメが初夏になるとやってくるように、それは自然の流れだと思っていたからです。 ああ、自然。 母なる海。 父なる大地。 無意識のなかで、僕たちは悠久の時の流れの中にいます。 存在してるということ。 そんな僕が、今月の給与明細のなかに、 介護保険料の名目を見つけたときの驚きといったら表現出来ませんって話。 大変、僕歳を取ってる。 具合悪いなんて言ってる場合じゃない。 なにとかしないといけないのに、何して良いかわからないって話。
2008/07/02
コメント(1)
全11件 (11件中 1-11件目)
1