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TV見てたら 学生の寮が映った。瞬間、見ちゃダメ!と言う自分と 見るんだ!と言う自分がいた。胸がバクバクしてきて 呼吸が苦しくなってきた。 頑張って少し見てたけど…ダメだ……TVに背中向けて すぐに薬飲んだ… 隣りで一緒に見てた旦那に… 『あたし…寮が映ったら…見れない…』と言ったら 旦那は 静かに 『うん』と、うなずいてくれた。 私は『あんたは見れる?…』と聞いた。 旦那は また『うん』と うなずいた。 今も私を苦しめる… 一日も忘れたことない… 考えない日はない… 息子は…どうなんだろう… 傷は癒えたのだろうか… 苦しんでいないだろうか… 神様、ご先祖様…どうかどうか…息子をお守りください… 息子に与えられる苦しみは 私にお与え下さい。 お願いします… 。
2009.02.20
娘二人が学校から帰ってから バレンタインデーのチョコ作りしてた。 お姉ちゃんは 初めてのチョコケーキの予行演習と トリュフチョコ。次女は チョコ味のパウンドケーキと トリュフチョコ。彼氏用と友チョコ用、先輩用で お姉ちゃんは 32人分。次女は 彼氏用と友チョコ用で 24人分。綺麗にラッピングして さっきやっと出来上がった(汗) お姉ちゃんは 明日本番のチョコケーキを焼くのだ(汗)次女はお菓子作りが大好きで得意だけあって チョコ味のパウンドケーキは抜群に美味しかった~☆ トリュフも めっちゃ美味しかった~♪次女は 手の平を氷水で冷やしながら ラップを使って上手に真ん丸に丸めてた。そんな次女を見て みんなが 次女の小さい頃のことを思い出したと口々に言った。次女は 小さい頃 泥遊びが大好きで 真ん丸のお団子を作るのが天才的だったのだ。真ん丸でピッカピカのツルッツルのお団子を作ってた。それは本当に凄かった。大理石みたいにツルッツルで鏡みたいに光ってた。 本人いわく 砂と土の配合が大切で 重ね付けの回数や握り具合など 研究に研究を重ねた物で 偶然ではないのだ。雨の日は、選りすぐりの大切な砂を濡れない場所に保管していたらしい。そこまでは知らなかった(汗) 次女は体から お日様の匂いのする子だったな。 明日のお姉ちゃんのチョコケーキ、上手く焼けますように☆ 二人のバレンタインデーが 幸せな日になりますように☆
2009.02.13
亡くなられた力士のお父さん、どうかどうか…頑張って下さい。
2009.02.12
お買い物に行った☆久し振りに高速乗って 遠方まで行った。お正月に旦那の運転で初めて行った所。自分で運転しないと 道って覚えないんだよね。ナビは便利だね。 それなのに 最後 後少しの所で迷ってしまった(汗) コンビニの人に聞いた。ホッ…(汗)ようやく到着。娘二人とお買い物☆楽しかった♪ やっぱり女の子はいいな。女同士はいいな。大人になるにつれ 姉妹は いいな。 私には姉妹はいないから欲しかったな。娘には姉妹いて良かったぁ☆♪高速乗る前に 長いトンネルがあって ドキドキしたけど 薬飲んでたから大丈夫だった。帰りも大丈夫だった。 良かったぁ☆
2009.02.12
息子の合格通知が届いた。息子のいい笑顔を見た。それが何より嬉しい。
2009.02.10
私が手芸を好きになったのは 中学一年の時に友だちになったハマちゃんが 手芸好きだった影響だ。ハマちゃんは 手作りの筆箱を持っていた。厚紙を台紙にして その台紙にピッタリと合うように 布地をミシンで縫っていた。台紙と布地の間に薄く綿を入れていた。今 チェック柄が流行っているけど、当時もチェック柄が私達の間では 可愛くておしゃれだった。今の流行りのチェック柄は まさに私達が中学生の時 マフラーやハンカチやスカートなど いろいろ持っていた。高校一年の娘に 私が使っていたマフラーを 使うならあげようと思って古い物を入れてあるタンスの中を探したけど なかった…。おかしいなあ。結婚する時持って来たと思ったんだけどな?タンスを整理した時 あったはず?おかしいなあ…残念…。話がそれたけど その筆箱の布地もチェックだった。とってもお洒落なチェックだった。他の誰も持っていないお洒落で可愛いチェックだった。 そして 手作りなのが 魅力を倍増していた。 私は魅せられてしまった。ハマちゃんに作り方を教えて貰って 布地屋さん2軒を回って見つけたチェックで 筆箱を作った。 私は誇らしい気持ちと 何か安定した満たされた気持ちがしたな。 ハマちゃんのお母さんは、ハマちゃんやハマちゃんのお姉ちゃんの学校の制服を自分で縫ってしまうほどの人だった。 凄いなあ!と感嘆したものだ。 ハマちゃんはそんなお母さんの影響を受けたんだな。お母さんが制服を縫ったから、ハマちゃんの制服は私達より決まっていた。上着はほんの少しウエストで入れてあって、丈は短めで、スカート丈はかなり長めにして貰っていた。今の女子学生はミニだけど、当時は長いのが流行りで、不良と呼ばれる女子はくるぶしまであったな。ハマちゃんは背が高くてスマートで、顔も色白で可愛いかったから、学年でも、目立ってた。ちなみに私の通ってた中学はマンモス校で13クラスあった。私が中学の頃は サブバックは 手提げバックだった。単に 手提げと言ってた。べティとか、スヌーピーなど 流行りのキャラクターが印刷された手提げを持っている女の子派と 手作り手提げを持っている女の子派がいたな。私は やっぱりハマちゃんの影響で 手作り手提げ派だった。どんな布地でどんな裏地にしようか。数少ない布地屋さんを何回も往復して、布地選びをした。楽しかった。アップリケはどんな図柄にするか、図案を考えるのが 楽しかった。春休み、夏休み、冬休みになると 手提げを作った。それは 高校三年生まで続いた。 あっ、手提げ作りは 正確には 子供達が小学校を卒業するまで続いたんだった。 高校を卒業してから 次に手提げを作ったのは 第一子の息子が生まれて、オムツや哺乳瓶やいろいろ入れる為の ママさん手提げバックだった。内側に 哺乳瓶用の小袋や サイズの違うポケットなど付けて工夫した。キルト地で、取っ手を三つ編みにした手提げと、もう一つは、ミシンでアップリケした、綿入れの手提げを作った。アップリケの方の土台の生地は、中学時代から 憧れていた、ベビー子供服のファミリアでよく使われている定番のチェック柄。これを作った時、一つ夢を叶えた気がしたな。
2009.02.07
ブォイスを観た。涙が止まらないよ。何であんな悪い奴がいるんだ!糞野郎!あんな奴が この日本には ウジョウジョいるんだ。許せない奴が ウジョウジョいるんだ。いい子が 何で死ななきゃいけないの!TVのドラマじゃない。あれは現実。怖い。守らなきゃ。私の大切な人は 絶対に守らなきゃ。守らなきゃ…守らなきゃ…
2009.02.02
息子の大学受験。今日 受験会場がある県まで行く。朝 旦那が高速バス乗り場まで送って行く。去年の八月 大学受験資格を得て 今年一月 センター試験を終え とうとう今日の日が来た。去年の今頃…… こんな日が来るとは 想像も出来なかった… 息子が元気になって良かった。と…今は言いたい… 息子が百パー元気になったとは 思っていない。一年で百パー元気になれるとは思えない。傷が消える、傷が癒えるとは思っていない。 でも、前向きに生きて行こうとしてる。頑張ろうとしてる。私が こんなじゃダメなのに… 月日と共に 息子が受けた傷がどんなだったか、悔しさと共に私の心に刻まれて行くのである…見れない映像や文字文章が増えてしまった… 私に出来てしまったトラウマ… 胸がバクバクしてくると薬をすぐ飲む。年が明けてから そんな日が増えた。 私は何と馬鹿な母親だったか…今更ながら 自責と後悔。 あの時 息子の望み通りしてやれなかった。悔しい…。息子を卑劣で残忍に痛めつけた子は 一流会社に就職が決まったらしい。息子があの学校に入学した時 入りたかった会社だ。 悔しい…。悔しくて仕方ない…。世の中とはこんなものなのか。 学校も教師も警察も弁護士も… 大嫌いだ。 信用に値する人間が信用出来ない、裏切るのが…今の世の中なのか。私は 誰も信用出来なくなった。でも息子は まだ綺麗だ。純粋な心を持っている。その心を持ち続けて欲しい。自分に対してだけは。 人間の汚さ 知っただろう。それも自分の糧だ。自分の心の綺麗な部分は持ち続けて欲しい。明日の受験…祈るばかりだ。 今から近所の神社と家のお墓へお参りと報告してこよう。 守ってもらうんだ。
2009.02.02
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