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新しい職場に転職して1週間が過ぎた。 今の職場は介護職。マスコミで「キツイ、汚い、給料が安い」ために職員不足な業種だ。 あたしが勤めた老健は、医療法人が運営しており、とっても丁寧なケアをしている(と思っている)。 あたしが配属されたのは認知症のフロアで、全員会話が成立しない。重症の人になると、意思疎通もできない。 一番怖いのは、足腰が弱っているのに立ち上がって歩いたり、車椅子のフットレストの上に立ち上がること。これがでちゃうと、もうどうしようもない。仕方がないのでしばらくお相手をして気持ちの切り替えを図る。 でも、実は意外と言葉がない人の方が混乱しないこともある。 会話が成立すると思って油断していると、相手の妄想だったり、過去のことだったり・・・当然こちらの言ったことを記憶していることなんて皆無に近い。 「口は災いの元」・・・これって認知症の人にも当てはまるのかも・・・w あたしが勤めている老健は、理学療法士が他の施設よりもたくさんいる(とのこと)。 毎日、1人1人にマッサージやリハビリを行いっている。以前車椅子だった人が支えがあれば歩行可能になっていくのを見ていると、老いというのは関わる人の数によって遅くすることができるのではないだろうかと思ってしまったりする。 どんな徘徊の可能性のある人も昼夜問わず拘束なしで見守り、怪我や誤飲も起こさない。 職員は肉体労働であるにもかかわらず、昼休憩以外は16時まで休みなしで働いている。 帰るときには体中汗べっとり(涙)でも、汗くささなんて気づかないほど必死で働いている。 きついけど、やりがいのある職場だと思う。 これまで職場のことならほとんど知っているような状況から、目の前の人間の対処すらどうしていいのかわからない毎日。体以上に、こういう精神的な面がきつい。 いつまで続くかわからないけど、とりあえず、「明日も頑張ろう」と自分を励ましながら1日を終えている今日この頃だ。
2010.05.29
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退職の日がきた。 後任のバイトの覚えが半端なく悪いため、仕事が全く進んでいない。 明日も多分、夜遅くまで仕事をしていくことになるんだろうな・・・ たかが退職。 明日に備えて眠らなければならないのに、全く眠れない。 たかが退職、されど退職・・・ 思っていた以上に、自分の中での職場の存在は大きかったんだなぁ・・・ 17年間が、自然に浮かんでくる。 いろんな人とぶつかった いろんなミスをした たくさん怒られた たくさん泣いた でも、一番頭に浮かぶのは いろんな人に優しくてもらったこと たくさんの人に囲まれて、いい仕事をたくさんさせてもらったこと たくさんの暖かい言葉をいただいたこと 毎日、たくさん笑ったこと あたしの17年は、常に多くの人たちに支えられた17年だった。 「困ったときに、いつも助けてくれてありがとう」 多くの方に、この言葉をいただいた。 でも、これは違う。 あたしこそが、みんなに助けられ、育ててもらったのだから。 「惜しまれながら辞めていくなんて、労働者として最高の贅沢だよ」 元旦那に言われた言葉。 多くの人に育ててもらい、その人たちに「ありがとう」と言われながら辞めていくあたしは、確かに贅沢で幸せ者だと思う 今日で職場ともお別れ。 夜が明けたら、最後の闘いが始まる たかが退職 されど退職 まだまだ 眠れそうに ない
2010.05.19
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今日は「Mayday」。労働者のお祭りだ。 メーデーとはどんな日なのか。日本共産党のサイトから抜粋した。 「メーデーは、1886年5月1日、アメリカの労働組合が八時間労働制を要求してストライキ・デモ行進を行ったことが起源です。当時は12~14時間労働が当たり前でした。このため、アメリカの労働者は「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」という「8時間労働の歌」を歌いながらたたかい、8時間労働制をかちとりました。 しかし、運動の中心地だったシカゴでは5月4日、ヘイマーケット広場に集まったストライキ参加者を武装警官が襲い、多数の死傷者が出たのをきっかけに、資本家側は8時間労働の約束をほごにします。 そこで、労働者側は、ふたたびゼネストでたたかうことを決め、世界に共同行動を呼びかけます。これにこたえて、労働組合・社会主義運動の国際組織だった第2インターナショナルは89年7月の創立大会で、この日を「法律で8時間労働日を決めるよう要求する国際デモンストレーションの日とする」と決定。翌90年に各国で第1回メーデーが実施されます。 日本では、1920年5月2日(日曜日)、上野公園で5千人が参加したのが最初です。集会では「(ストライキ等を弾圧した)治安警察法17条撤廃、失業の防止、最低賃金制の確立」を決議。8時間労働制、東京市電争議支援、シベリア即時撤兵の動議を可決しています。 その後、戦前のメーデーは1935年の第16回まで各地でとりくまれましたが、36年の2・26事件で戒厳令が敷かれたのを機に禁止されました。 戦後は、46年の第17回メーデーから復活。東京では“人民広場”とよばれた皇居前広場に約50万人が集まり「民主人民政府の即時樹立」「食える賃金を」などを決議しました。 皇居前広場のメーデー使用は、サンフランシスコ講和条約発効直後の52年の「血のメーデー」事件後、占領軍指示で使用禁止とされ、東京地裁は違法としますが、政府が控訴し、禁止に固執したため、会場はその後、明治神宮外苑に移されるなどの経緯があります。」 労働者が自由になるためには、権力者と闘って勝つ以外にない。それは暴力ではなくて、みんなで力と知恵を合わせて権力者を倒すこと・・・要するに政治を変えることだ。一般国民の権利が保障されているヨーロッパでは、常に労働者や貧困者が闘ってきた。 「自分も、仲間も幸せに」これが、労働者が幸せになるためのキーワードだ。 日本はどうか? 自らを「中流」と称し、テレビのお笑いやアイドル、グルメやショッピングにのめり込むだけの毎日を送る。大事なのは自分だけ。隣で餓死者が出たって気にしない。児童虐待で死亡事件でもあれば「よく悲鳴が聞こえていました」と恥ずかし気もなくインタビューに出てくる。 考える力は麻痺し、「国が悪いのは政治のせい」と何でも人のせいにする。政治参加しない自分の責任なんて考えも及ばない。権力者や金持ちにへつらい、隣人を攻撃しては正義の味方になったような気になっている。 ・・・こんな国が幸せになんてなれるはずがない・・・ 今年入った新人に、とある管理職がこう言ったそうだ。 「労働組合は自分たちの賃金をあげてくれるところだ」 だから入れ、とまでは言わなかったそうだが、雇用者に媚びを売る中間管理職が多い中、自ら闘うことしか賃金のアップは図れないと諭したこの人はすごいと思う。 まだまだ、日本も捨てたモンでもないようだ。 今日はメーデー。 労働者が労働時間短縮や賃金アップを掲げて集うお祭りの日。 転職したら参加できるかわからない。今日は楽しんでこようと思う。
2010.05.01
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