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わたしが小学生であったその当時ケーキといえばバタークリーム製と生クリーム製二種類の選択肢があった。バタークリームのものはチープで庶民的。それに比して生クリームのものは、少々高価で贅沢なものであったと記憶している。家族の誕生日やらクリスマスやら年に数回のケーキという贅沢品を食す機会にバタークリーム製、生クリーム製、そのいずれかを選択する比率我が家に於いては、当時の家庭経済事情もあったのだろうかバタークリーム製に軍配。しかしながらそんな中でも、希に生クリーム製が食卓に並ぶことがありそんな折には我が両親など「やはり生クリームは違うな。旨い、旨い。」口を揃えて贅沢品中の贅沢品に舌鼓を打ったものである。わたしはというと、舌が肥えている筈もない飢えた糞餓鬼でとりあえずケーキであれば何でもおいしい。ところが、街角のあちらこちら、ジングルベルが流れる12月のと或る日子供会なる会合の主催する、クリスマスパーチーなる催しのテーブル上に並んだのが、小振りながらも派手にデコレーションされたバタークリーム製のケーキ。お調子者で欲張りなわたしは、余ったものから他人が残したものまでここぞとばかり食い散らし平らげ、その結果「ああ、旨かった。満足、満足。しあわせー。」という具合にはいかずバタークリームの、間の抜けた甘味が消化器官のみならず血液中にまで浸透し、体内をゆっくりどろどろと循環している様でうえっぷ、喉元までこみ上げてくる。ケーキの上に咲き乱れる薔薇の花薄緑や薄桃色した塊が一層ずしりとクドかった。理解し得ない教訓めいた言葉の端切れが玉汗となって湧き出、こぼれる。ぐへへ、それどころでない。げろっぱ、げろげろ。その日の出来事を境にわたし自身、バタークリーム製のケーキを敬遠するようになり両親の「生クリームは旨い」という言葉に敢え無く賛同することと相成った。同時に我が家の食卓からバタークリーム製のケーキは姿を消した。あれから三十数年、意外にも無類のバター好きへと成長したこのわたくし。豚骨ラーメンにトッピング。トーストした食パンには山の様な塊を塗りたくる。熱により溶解した乳脂肪分の風味と含有する塩分のハーモニーがたまらんのである。数年前、マヨネーズをこよなく愛する人々が“マヨラー”などと称され話題となったがバター愛好家はさしずめ“バタラー”とでも呼ぶべきか。飽食の時代と云われる昨今生クリームケーキの勢いに圧され、バタークリームケーキは何処へやらこの時代に在りて、もう一度食してみたいのである。その味や如何に?まだ何処かで製造されてるのかなぁ。ヲシテネ。
2007/02/28
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連日の寝不足。時間配分がうまくいかず、どうしても就寝が午前2時を過ぎる。もともと寝不足には弱いんだよね。
2007/02/22
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カネ食わせろ。鈍色の空。寒さが違うね。やっぱ。これは何の骨でせう?ヲシテネ。
2007/02/20
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噂のインド口からデマカセだったんだけどね・・・はは。ヲシテネ。
2007/02/19
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「幸せのちから」という映画を観た。実話をもとに綴られたこの物語は度重なる不運により崩壊した家庭ドン底生活を余儀なくされた主人公が息子を引き連れ、辛く悲しい現実を踏み越えて暮らしを立て直すべく這い上がっていく、というもの。子役俳優の演技がどうだとかいう評価など何だか興醒めなので敢えてここではしないが上を見て前向きに必死で生きようとする主人公の力強さと親子愛魂を揺さぶられるものがあった。護るべきものがあると人は頑張れるのね。俺の生活の根底に在るのは怒りと失望感。何気なく擦れ違う無神経な貧民に苛立ちブラウン管の中、低脳ぶりを晒すあほタレントに嘔吐。俺を飼い慣らしたつもりでいやがる腐敗組織に頭痛をおぼえ呼べどつぎ込めど返さぬ、木霊と実意に地団太。国民から絞った税金を湯水のごとく私事に浪費する官僚という名の寄生虫に食あたり。果ては日々の狭間で己の不甲斐無さに墓穴を掘り続ける。これを映画にするなら「幸せのちから」ならぬ「呪いの雄叫び」わはは、タイトル原型をとどめておらんがね。ストーリーはこう。憤怒の焔をくすぶらせたわたくし、主人公が腹の中にどろどろ渦巻く怨念を根源力とし、成り上がり大成。世間という空にまたがり胡座をかく暗雲のごとき鼠輩どもを正当な手段でもって公然と踏みつぶし、はみ出た臓腑を蹴散らし唾を吐きかけ、生皮を剥がす。ざまあみやがれ、と肩怒らせて、血反吐を吐きつつ大笑い。 THE ENDヲシテネ。
2007/02/04
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