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27日から母と暮らすようになった。母がインシュリン注射を打つのは、朝食前と夕食前の2回のみ。(以前は3回、4回打っていたんだけど。)私のところに来て、朝前と夕前の血糖値が400台なのである。最高血圧は朝は130~110、夕方は150~130で比較的落ち着いていて、血圧は大丈夫なのだが、血糖値が・・・・(((p(>o<)q))) ギャアアア!!! 高血糖が続くから、怖くなり、今日、大学病院へ母を連れて行った。担当の先生はいらっしゃらないそうで代わりの若い先生が診察をして下さり、インスリンの量を増やす事に!朝前 6単位 → 8単位夕前 4単位 → 6単位更に血糖値が高いようであれば、スケール打ち!200~300 +2単位301以上 +4単位スケール打ちは母が脳内出血で入院してる時に初めて知った。血糖測定して、その数値によって、単位が変わる。どうにか、母の血糖値が下がりますように(-||-)合掌
2007.01.31
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私のところに来て、興奮して寝付かれないのか、眠ってる私に話しかけてくる母。ふと目を開けてみると、母は起きていて、椅子に座り、テーブルの上にまな板を置いて、いちご、バナナ、りんご・・・等のフルーツを包丁で切っている。その音がうるさくて、眠たい目をこすりながら、起きてしまった。時計を見ると5時!どうしてこんな早い時間に起きて果物を包丁で切ってるのか、聞いたところ、兄の家では包丁を使わせてもらえなかったらしく、包丁を使う事が楽しみだったとのこと。果物もちゃんと切れてるから、私は母をそのままにして再び、眠りに入る。朝、起きてみると、母の切ったフルーツが冷蔵子の中にあった!りんご、バナナが酸化している・・・・母は自分の切った果物にヨーグルトをかけて美味しそうに食べていた。
2007.01.29
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★闘病生活46日目★母が転院してから、今日で11日目。電車に乗り、3時間ちょいかけて、母が転院した病院へ。前の病院と違い、綺麗な病院だ。正面玄関から病棟行きのエレベーターに乗り、母の病室を探す。ロビーで夕食を食べてる母を見つけた。車椅子に乗った患者さん達が集まり、お喋りしながら、ご飯を食べている。夕食を食べ終わった母を病室まで連れて行く間、どれぐらい歩けるか、見せてもらった。廊下の手すりで横歩き出来る程度。。。12日前に見たときよりもしっかり歩けるようになっている。この調子で少しずつ、良くなっていって欲しい。
2007.01.27
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★入院35日目★ 母が脳出血で倒れてから35日が経った。今まで予期せぬ事が次から次へと起こった。先生からは、あと1~2週間が山でしょうと言われ、助かっても寝たきり、車椅子に乗っても介助が必要な状態だと言われた。もし、呼吸が危なくなったら、人工呼吸器をつけるかどうかの問題でもすごく悩んだ。ICUでは意識が戻らない母の顔を見て、のまま、どうなっちゃうんだろうと不安でいっぱいだった。脳外科の病棟へ転床してからは、昨日、私がお見舞いに来た事すらも覚えていない母にびっくりし、愕然とした。認知症(昔は痴呆症と呼ばれていた)にかかった老人のようになってしまった母・・・。家に帰って泣いた日もあった。手は浮腫み、左半身不随な状態。これから、どうなるのか考えるだけで不安でたまらなかった。いろんな事が起こったが、その後、回復も早く、麻痺側の左手も腕があがるようになり、頭まで上げることもまっすぐ伸ばすことも出来るようになった。麻痺側の左指も動く。リハビリを始めてから、びっくりするほど、手足が動くようになった。8月25日から理学療法士さんが母の後ろにつき、歩行練習も始めた。「足首も手首もだらりとしてないから良かったね。」と母は理学療法士さん達から言われた。今日、母は兄が住む近くの病院へ転院する。母が倒れてから35日目。正直、ここまで良くなるとは思わなかった。今、この状態だったら、杖をついて歩けるぐらいには回復するだろう。麻痺は少し残るかもしれないけど、今後、リハビリを頑張って欲しい。
2007.01.26
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前回の続き。星野監督が代表監督に決まって、喜ばしいこと、この上ない。星野さんといえば、一番、先にイメージするのが、糖尿病!母が同じ糖尿病、おまけに飲んでる物も・・・・糖尿病と聞いて、糖尿病=デブという図式が出来上がっていて、そう思う人は多いでしょう。全くの偏見です!!逆に痩せてしまう人もいるんです。まさしく、母がそう。星野さんもそのタイプでしょう。久しぶりに星野さんをネットやTVで見たけど、星野さん、少し、ほっぺたがふっくらした?糖尿病って逆に痩せすぎると太るのが難しいようでそう考えると、星野さん、糖尿病が改善されたように見えちゃうんです。糖尿病=デブで皆がみんな、ダイエットが必要とは限らないんですよね。聞くところによると、糖尿病で痩せるのは病気が重いと聞きます。糖尿病って血糖値のコントロールも体重のコントロールも難しい病気です。
2007.01.25
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2008年、北京オリンピック出場で野球の日本代表監督に星野仙一が就任にした。星野さんといえば、健康面の不安から阪神の監督を退いている。こちらのHPによると、高血圧、不整脈、胃炎、糖尿病と、星野監督は中日の監督時代から現在まで、数種類の薬を手放せない状態にあります。阪神電鉄の幹部が“絶対匿名”を条件に、こう語っています。「われわれの間では、監督の身体がギリギリの状態にあることは周知の事実。実はマスコミに報じられていませんが、監督は球団に何度も身体の異常を訴えているんです。そのため、いまは一人暮らしをしている監督を大阪市内のホテルに引っ越しさせて、24時間態勢で不測の事態に備えるという案も検討されています」。健康に不安のある星野さんが代表監督を務めても大丈夫なの?と心配する人も多いだろう。しかし・・・星野さんが代表監督を務めようと決断を下したのだから、健康状態は良くなってると解釈できる。何故、そう思うのか?私も母も飲んでいる健康食品を星野さんも飲んでいる。飲むとすこぶる体調がいい!!(体調がよくなって、安心して飲むのが面倒になって、飲まなくなってしまうのが一番いけない。。。反省)母も脳出血で退院してから、一つ多く飲んでいるが、今のところ、血圧は安定している。仮に星野さんが脳卒中で倒れたとしても私の母のように回復が早いはず。あまり飲んでいなくてもこんなに早く回復出来る。星野さんなら良い物をいっぱい飲めるから回復はもっと早いはず!!な~んて、不謹慎な事を書いてしまいました。ごめんなさい。星野さん、体調が良くなって問題がないと思ってもあまり無理はしないでね。健康面で星野さんを見て思うこと。続きです。★商品に興味がある方はこちらからメッセージを下さい★
2007.01.25
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★入院15日目★午前中、母は3回目のCTスキャンをとった。午後、病院に顔を出し、担当の先生から、画像を見せて頂いた。救急で一番最初にとったCTスキャンの画像(8月1日)はとても酷かった。髄液が貯蔵されてる脳室にも血が流れてしまってる脳室穿破。3cm × 4cmの右脳視床出血。どれも広範囲に渡る出血だ。先生の説明を聞きながら、あの時はもう命は助からないだろうと思っていた。その後・・・一週間毎にCTスキャンをとっているのだが、順調過ぎるぐらい、出血の部分が小さくなっていった。今日は2回目のCTスキャン画像と今日とったCTスキャン画像を見比べて見た。脳幹に少量あった出血が消えている!脳室の出血も消えてる!すごい!殆どの出血が消えてしまった!!残るのは、出血元とその周辺。先生にどのぐらいの大きさかを聞き忘れてしまったが、2回目の画像と見比べてみたら、出血部分がかなり消えてしまった。
2007.01.24
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★入院14日目★ 午前中、病院に顔を出すと理学療法士さんがいらっしゃってた。今日の午後から、車椅子に母を乗て、外に連れ出し、状況を見ながら、立てそうなら、立たせてみる予定だとか・・・今日から、ベットの上ではなく、ベッドから離れたリハビリを少しずつ、始めていくそうだ。 + + + +夕方、病室を訪れ、近くに居た看護師さんにリハビリの状況を伺ったら、一時間、車椅子に乗っていたら、疲れてしまって、立つ事まで進まなかったとのこと。夕食後、母は急に頭が痛み出してしまい、寝てしまった。
2007.01.23
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★入院11日目★午後、病院へ行ったら、母の様子がいつもと違う。具合が悪そう~!顔色も悪く、ぐったりとしている。看護師さんに聞いてみたら、先生のお許しが出て、午前中、お風呂に入ったそうだ。お風呂に入っただけで疲れてしまった母。これから先、大丈夫かな?
2007.01.22
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★入院8~9日目★8~9日頃から、食事を残さずに食べられるようになった母。倒れる前に飲んでいた健康食品を少し飲ませたら、ぐしゃとなってやつれていた顔がみるみるうちにしゃっきとなって、生き生きとして、顔つきが変わった。それから、食欲が湧いたのかもしれない。
2007.01.21
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★入院5日目~10日目★この期間、日記を書いていなかった。何故かというと、自分にストレスが貯まってしまい、代わりに弟や弟嫁に病院に行ってもらっていた日もあった。10日までの間で病院に泊まったのは、1~2日。朝起きると、母が上半身を起こしていて、パルスオキシメーター(って言うのかな?体内の酸素を計る機械)の線をものすごい勢いで自分の元にたぐい寄せ、ひっぱっている。やめて~!!大声を上げ、母と格闘してたら、看護師さんが気づいて、やってきてくれた。さすが看護師さん、母を押さえてくれた。母は小柄なほうだから看護師さん一人でどうにかなるが、大柄な人だと看護師さん2~3人は必要。。。。汗医療機器を壊すと大変だから、母の手足は紐でベットにつながれてしまった。脳がむくんでいるせいで、ベットから転げ落ちそうになるし。精神科病棟もこんな感じなのかなぁと思うこともしばしば。。。今、思えば、母が入院して10日目までぐらいが一番、しんどかった期間かなぁ~。
2007.01.21
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★入院4日目★お昼すぎに病院へ行くと母はもう既に食事を食べたのだと言う。母は脳出血で入院してから幻覚や妄想をするようになり、歩けないのに病院1Fを歩いたとか、外の芝生の上を歩いたとか・・・事実と違う事を言う。看護師さんに確認するとお昼1/4ほど食べたとのこと。先生、糖尿病だっていう事忘れて、普通食をオーダーしちゃって、デザートにあんこが出てきてね、お母さん、ぺろ~りと食べてしまったの。と、看護師さんが笑いながら、先生のミスを教えてくれた。あんこは母の大好物だ!母は入院初のお食事に大好物のあんこが出てきて、喜んでぺろ~りと食べてしまった。甘い物はストレス緩和にもなる・・・。母の話だと食事中に先生が見に来られたとのこと。その時は・・・既に時は遅し!だった。先生にしたら、さすが、糖尿病患者!と思ったかもしれない。母は大好物のあんこを出してくれた先生を良い先生だとひたすら感謝していた。母の回復ぶりには正直、みんな驚いている。先生の話では、来週からリハビリをする予定だとおっしゃっていた。4日前の深夜は、救急車で運ばれて、酷い状態で母の死を覚悟していたのになぁ~。
2007.01.20
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★入院3日目★夕方、病院へ行くと、病室にすい飲みがあり、母に聞くと、もう水を飲んでいると言う。もう水を飲んでよいらしい。早速、水を買いに行く。4本購入。買ってきた冷たいペットボトルを母を見せると私の手からがっつりと取り上げ、息継ぎもせずにごくごくと勢いよく、水を飲んだ。副看護師長さんから、「息継ぎしないで飲んでも大丈夫?」と心配されたぐらいだ。ぬるいお水ではなく、冷たい水をいつでも飲めるようにと副看護師長さんが冷蔵庫を持って来てくださった。「ねぇ。CTスキャンの画像見た?あんなに酷く出血してたのに」と母の凄まじい回復にびっくりしていた。私も母の回復ぶりには驚いている。弟はお通夜、お葬式、お墓の話まで考えていたのになぁ~。これからどうなるかは、やはり、母の状態を見ていくしかないだろう。*(注意)病室で病人に水を飲ませる時はベットを45度以上にお越しましょう。私は最初の頃、180度で飲ませていました。気管支に水が入ったら命取りでした!
2007.01.19
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★入院2日目★ 1/17の日記の続き午後、病院へ行く。 母は既に脳外科へ転棟していた。話しかけたら、しっかり目を開き、私のこともちゃんと分かっていた。倒れた時の状況をこの時はしっかり言えた。(後々、言えなくなるが) 助かってよかった~前にAさんから言われた通りだった。麻痺があって、体が不自由になって、どんなに悲惨な状態になっても生きていたいと思うものなんだって。麻痺はあるが、動かないと思っていた左手も左足も少し動いたからびっくりした。脳がむくんだ後が怖いって聞くけど、これからどうなってしまうんだろう。これから先の事を考えると不安でいっぱいだった。
2007.01.18
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★入院2日目★ 午前10時半頃、ICUの先生から電話があった。あ~あ、もう母はあの世へ行ってしまったんだと思いながら、先生の話を聞くと午後にICUから脳外科へ転棟するとのこと。え!それって、状態が良くなったからなんですよね?と先生に何度も聞いてしまった。良くなったようだ。自分のこの目で確かめないとどんな状態かが分からない。
2007.01.17
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1/15の日記の続き母の身に付けていた指輪、靴、洋服・・・などが入った青いビニール袋を片手に持ち、病院を出た。外はまだ暗く、タクシーで帰ろうかと思ったか、家が近いため、歩いて帰った。肩を落として家路につく。午前5時前だった。救急の先生から、家族にすぐに電話して下さいと言われ、弟には夜遅かったけど、深夜1時頃連絡をした。午前6時以降、親戚に電話をして、母が倒れた事を報告する。話を聞いた人はみんな驚いていた。母を何とか助けたいと思い、健康食品やサプリメントに詳しい知人に電話をする。午前8時か、9時頃だったと思う。知人は良い物があるからと、お昼頃に会う約束をする。忙しいのに私や母のために時間を作って会いに来てくれる。何よりも嬉しかった。お昼過ぎ、知人と会う。知人とは3,4年も会っていない。聞くと、2年前に旦那さんをスキル胃癌で亡くしたそうだ。家族に病人が居ると聞いてなかったから、何よりも驚いてしまった。いつも太陽みたいに輝いてニコニコ笑って優しく親切なAさんという印象だったから、苦労してるようには、とても見えなかったから、余計に驚いてしまった。私は、母が死にそう、そして、麻痺が残って生きたとしても、母は全然幸せじゃないんじゃないかと言ったところ、Aさんは「仮にお母さんが助かって、寝たきりになっても麻痺が残っても、生きてて良かった!って言うわよ。死にたいとか、麻痺が残って、こんな不自由な体になって・・・って言うのは甘えだから。」と。私はその言葉を聞いて、本当?母は「かたわになるぐらいだったら、死んだほうがまし」と言っていたよ。Aさんが言った言葉を信じられなかった。Aさんから頂いた良い物を母の口に入れるため、病院に急ぐ。ICUに行くと、弟の家族と兄嫁が担当医の先生から母の病状について説明を受けていた。母に会いに行く。まだ意識が戻っていない。苦しそうだ。ICUから出ると、弟と弟嫁が母の呼吸が危なくなったら、人工呼吸器をつけるかどうか悩んでいた。結論が出ない。救急の先生から聞かされた決断を迫られるってこういう事だったのか・・・。この日、私は一睡も出来なかった。
2007.01.16
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1/14の日記の続き 病院に着くと、母は救急へ運ばれた。私は事務処理を終え、救急室の前で先生が出てくるのを待つ。すると、母を乗せたストレッチャーを看護師さん達が猛スピードで別の違う部屋へ連れていった。私も急いで追いかけていくが、どこの部屋へ入ったかが分からない。CTやMRI等のレントゲンを撮っているんだろう。暫くして、脳外科の先生から呼ばれ、救急室で説明を受けた。先生:脳出血です。私:え!!!! 先生:これだけ広範囲に出血して、脳室にも 血液が流れてしまってます。(命を つかさどる)脳幹にも少量の出血が ありますから、この1~2週間が 山でしょう。助かったとしても、車椅子 に乗って、誰かの介助がないと車椅子 を動かせないでしょう。手の施しようが ありません。私:(うわ~。死の宣告だ~)ごめんなさい。 先生の仰ってる事がよく理解出来ません・・・。先生:(CT画像の出血部分を指差して) 3cm × 4cmぐらいですね。私:うわ~。癌でも3cm×4cmだったら、 大きいですね~。もう助からないかも しれないですね。先生との会話はこんな感じだった。まるでドラマのシーンみたいで唖然とし、泣くにも泣けなかった。母は145cmの小柄。頭に3cm ×4cmの出血を負っているからもう助からないだろうと思った。救急室で先生の話を聞いた後、母の居るICUへ。酸素マスクだろうか。口にマスクをして、腕には点滴をしている母の顔を見て、ICUの先生から話を聞く。救急の先生と話は同じだった。CT画像も見せてくれて、一番、酷く出血しているのが、頭の真中だと分かり、もう助からないと思った。暫くして、母とのいろんな想い出を思い出す度に泣いてしまった。母の意識が戻ったとしても、下半身付随で麻痺が残るだろう。私の頭の中は母との過去の思い出とこれからの未来の事が頭の中でぐるぐる回って、パニックを起こしてしまっている。
2007.01.15
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私が仕事から帰って家に着いたのが24時。玄関の鍵を開けて、トイレに行くと母がうつぶせになって、倒れていた。ぐったりとしていて、いつもと様子がおかしい。(まだ、この時は話が出来た。)どうしようか一瞬躊躇ったが、救急車を呼ぼうと思い、119番に電話をした。糖尿病の持病があることと、数年前に、脳梗塞で倒れたこととを伝え、救急隊員が到着するまで母がいつも飲んでる薬やインシュリンの注射と保険証、入院になる可能性もあるだろうと思って、タオル、下着類を用意した。救急隊の人が部屋の中に入ってきて、母を救急車へ運んだ。だが・・・・救急車は走りだそうとしない。近くに居た救急隊員に尋ねると、搬送先の病院を探しているというのだ。救急病院は限られてしまって、どこも、今の時間はいっぱいなのだと言う。脳外科と内科の先生がいる病院で、先生の手が空いているかどうかを確認してからじゃないと運べないのだと。医療現場の実情を知って愕然とした。既に4件断られた。今までかかった病気を一から説明するから、一件がとても長い。倒れたらすぐに病院に運んでもらえると思って今まではそう思っていたのに・・・・。やっと5件目にして、一番最初に断られた病院が受け入れOKしてくれた。やったっ~!!やっと決まった。すぐに救急車は走り出した。だが、話かけても母は言葉を返さず、反応しなくなった。意識障害に陥ったのである。母の手を触ると既に冷たくなっていた。びびったが、お腹を見ると呼吸している。私はその時、何とか助かるだろう~、大丈夫だろう~と楽観視していた。
2007.01.14
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昨晩、巨人の工藤選手をテレビで見ました。工藤といえば・・・・40半ばで野球選手として20年のベテラン選手。工藤選手もサプリメントを飲んでいるって言ってました。サプリメントを飲んで足りない栄養素を体に取り入れ、維持してるのでしょう。ふだんの食生活で何十品目もの栄養素を摂ろうとするのは難しいから、サプリメントや健康食品に頼って、足りない栄養素を補給する事は、寧ろ、大切な事ではないでしょうか。ちょっと前までは、サプリメントを飲んでると奇異な目で見られる時代もありますが、今はコンビニやマツキヨなどでサプリメントが置かれてる時代。いつの間にかフツーになってしまいました。でも、サプリメントも健康食品も効く物と効かない物があります。効く物だと、飲んですぐに分かります。あ、効いてる♪これ、いいな♪って感じで。一時期、太ってしまって、テレビの通販でL-カルチニンやαリポ酸が脂肪を燃焼してくれると聞いて、すぐに近くの薬局へ。買って飲んだものの、あまり効果がなかったような。100円ショップやコンビニ、薬局で売られてるのは効果がなさそう~。お医者さんで反対される方もいらっしゃいますが、私が過去に働いていた医学部の基礎の教授は私がシフト制の仕事をするようになった時にメラトニンを勧めて下さいました。時差ぼけにとても効くらしいです。9年前、医学部教授がサプリメントを勧めて下さいましたが、研究されて、成分が分かる先生はいい物はいい物だと分かっていらっしゃるのです♪
2007.01.13
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母は脳梗塞で3週間入院しました。救急車で運ばれ、救急外来で悪いところが見つからなかったのに入院して退院日、前日に悪いところが見つかったのですから!もう入院しないと駄目だ~って本人が思ったら、先生に訴えるしかないですね。退院日、母を迎えに行きました。お会計を済ませ、母を迎えに。翌日、以前、私が勤めていた大学の付属病院へ。若い先生が対応して下さいましたが、以前、私が基礎の教室に勤務していた事を話すと母の担当医は講師の先生に決まりました。それから、一年間・・・・。退院後、2~3ヶ月は血糖値は優秀でA1Cも7弱ぐらい。(その後、0.1ぐらいに上がりましたが。)退院直後は守るのですが、年月が経つと忘れ、外食も増え・・・・知らずのうちに母は動脈硬化が進んでいくのでありました。
2007.01.12
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母はおばあちゃんの家で倒れたので、搬送先は田舎の病院でした。糖尿病という病気をもっているため、内科へ入院。(田舎の病院なため、糖尿病、内分泌科専門の先生は居ませんでした。)入院してから、母の血糖値は依然と高いまま。インスリンはヒューマーカートR注とN注に変わったものの、母の担当の先生は消化器内科専門でどちらかというと癌専門の先生でした。担当の先生は糖尿病の管理が出来ないのか?はたして、興味がないのか?母の血糖血は高い状態が続きました。小脳梗塞が見つかり、先生には内緒である健康食品を母に飲ませ、それから、数日後のCT検査で母の血栓は見事に消えてました!先生が夏期休暇をとられる前日の事で、先生からは「僕が休みをとってる間、いつでも退院していいよ」とのこと。担当の先生が夏期休暇中は代わりの先生が母を診てくれ、インスリンの単位を決めて下さいました。まだお若いというのに!母の担当の先生よりも出来る先生でした。その若い先生が今まで母が通院した開業医の先生の治療がいかに駄目か、早く、この病院を退院して、お姉ちゃんに連れられて別の病院へ行くように教えられたそうです。そうなのです!!入院中、この先生、大丈夫なの?と疑問を持ったら、先生に不快感をもたせず、上手く、理由をつけて、転院するのも一つの手なのです。それか、看護師さんは先生がいかに出来るか、出来ないか、お見通しなので、看護師長さんに相談されるといいかもしれません。
2007.01.11
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母の悪いところがやっと見つかったのです!!脳梗塞でした!一般人の私が聞いたら、命に関わる大変な病気で数週間後?数ヵ月後?にはあの世へ行ってしまうのだろうと思いました。早速、昔、医学部で働いた時に知り合ったDrに電話をすると平然とした様子で担当の先生に内緒で小児用バッファリンをお母さんに飲ませるといいよと。早速、近くの薬局へ足を運び、薬剤師さんに小児用バッファリンの事を聞くと、薬局で買えるものと先生が処方されるものでは、成分が違うとのこと(←うら覚えですが・・・)母の担当の先生に小児用バッファリンを処方して貰えませんか?とお願いすると、血管を拡張し、血液が固まるのを防ぐ、プレタール錠50を処方してるからということで、知り合いのDrから入れ知恵された小児用バッファリンは計画倒れに終わりました。
2007.01.10
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明日はいよいよ退院!という時に母から電話がありました。退院が延期になってしまったのです。悪いところが見つかってしまって、先生から退院にストップがかかってしまったのよと涙声の母。小脳梗塞?聞いて驚きました。長嶋さんもなってしまった脳梗塞。聞いて、私も目の前が真っ暗になりました。脳梗塞・・・・・ 弟に電話して報告すると弟もびっくりして、言葉数が少なかったのを今でも覚えてます。(続きは次回へ。。。。)
2007.01.09
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病院に到着して、母は救急で色々な検査をしました。しかし、悪いところは見つからず、大丈夫だから帰って下さいと先生に言われたのですが、体のどこかがおかしいと察知した母は入院したいと先生に強く頼み、入院しました。*医師法で患者から入院したいと申し出があった場合、医師は断る事が出来ません。入院してからも検査はしたのですが、悪い所が見つからず、退院前日となり、明日はいよいよ退院という時でした。(続きは次回へ。。。)
2007.01.08
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2003年の夏、母は実家で洗濯をしてる最中に倒れました。その場に私は居なかったので、後で聞いた話ですが、しゃがむようにして下にうずくまったそうです。程度も軽く、暫くして、通院してた開業医に自ら、電話をして、楽な方を上(下?)にして休んでて下さい。それでも辛いようでしたらまた、連絡を下さい。と指示されたそうですが、耐えがたく、母自ら、救急車を呼び、病院へ。(続きは、次回へ。。。)
2007.01.07
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昨年の夏に脳内出血で入院した母。回復は順調で11月中旬に退院。退院後に母は糖尿病を患っていた事を職場の人に話すと糖尿病って贅沢な食事をしてるからなるのよ!とか美味しいものを食べ過ぎてるからなるのよ!とか、言われてしまい、娘である私も凹んでしまって。そんなに美味しい物や高い物を食べてはいないのに、どうして、世間ってこういう事を言うんだろうって悲しくなります。全くの偏見です。糖尿病を背負ってる人なら、こういう事を言われると尚更、悲しくなったり、辛くなったりしませんか?
2007.01.06
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母がインスリン注射をしてから、かなりの年月が経ってるけど、後から、知って、恐怖に思ったこと。それは母が18、9年通院してた開業医の先生のところで、毎日、決まった時刻に血糖測定をしてないのに、朝、昼、晩とインスリンの量を先生が勝手に(感で?)決められてたこと。数年前に発症した脳梗塞後に、大学病院の内分泌科の講師の先生に診てもらうようになって、糖尿病になって、20年近いのに母が家で血糖測定をしてない事に先生もびっくりされてた様子でした。その先生に診てもらうようになってから、一日、4回、血糖を量り、手帳に記入。その記入された一ヶ月間の手帳のデータを元にたとえば、昼前に低血糖が多いとなると、朝のインスリンの量を減らしてくれたり、その逆で血糖値が高いと量を増やすようです。そうやって、インスリンの量を調整します。後で怖い治療を母がされてたんだと思うとくやしさもありますが、長年、通院してた先生に文句は言えません。何故かって?高校生の同級生のパパだったから。くやしくても目をつぶりました。糖尿病になったら、お医者さんは内分泌科の専門医か糖尿病の専門医に限りますよ。
2007.01.05
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1/2の日記より低血糖になった事をかかりつけの医者に話すと食い足りないからだ!と言われてしまった母。あんまりだと思いませんか?低血糖になる=薬の量が多いって事です。食い足りないからだ!と先生に言われたら、頑張って、低血糖になった時以外も頑張って、ご飯を食べようとしてしまうじゃないですか?インスリンの量を多く指示しておきながら、食い足りないってどういうことですか?と、私だったら、先生に聞いてしまうだろうなぁ~。こういう聞き方をすると医者ってプライドもあるから、ムっとして、高慢な態度に出てくるかもしれないけど、本当に良い先生って患者さんの話を良く聞き、分かるまで説明して下さる先生なんですよね。
2007.01.03
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母が約19年間も通院してた開業医の先生。勿論、母は気に入って、通院してたのですが、後になって、とんでもない先生だという事が分かったのです。低血糖になった事を先生に話すと食い足りないからだ!と先生から言われ、今まで糖尿病を勉強してきた母でも、それはおかしいと思っても仕方なく、その先生の所に通院していました。一昨年、脳梗塞で倒れ、これは大変だと思い、ちゃんとした先生のところで診てもらおうと思って、近くの大学病院に母を連れて行ったのですが、担当の先生に対して、信用が出来ず・・・どうしようと思いました。そこで、私が昔、勤めていた医学部(基礎の教室)の付属病院へ母を連れて行きました。講師の先生が母の担当医となりました。そこで新たなる事実が発覚!開業医の先生に19年間通院してる間、血糖値測定をするように指導されてなかったのです!!母の担当の講師の先生も実情を知って、びっくりして、何も言えずに聞かなかったフリをするしか方法がないようでした。低血糖になる要因として、食い足りないからだ!と言われた事を講師の先生に話すと、先生はきっぱりとこう指摘して下さいました。その先生は間違ってる!その後、1年間、その講師の先生のお世話になりましたが、半年ぐらい経ったところで、母がどうして、糖尿病になったのか、理由を突き止めてくれたのです。Uさんの場合は運動をしたら、すぐに下がる。食後30分後に運動してみて下さい。家に帰ってきて、先生の仰るとおりに食後30分後に運動をしたら、母の血糖値は下がりました。最初から良い先生に巡り会え、先生の言う事を守って、血糖コントロールが出来ていたら、かなり、改善が出来たかもしれません。良い先生に出会えること強い意志をもって、血糖コントロールが鍵となりそうです。お医者さん選びの一つの基準として、糖尿病の専門医をお勧めします。糖尿病を甘く見ないで!!ちゃんとした専門の先生にかかりましょう~!!■日本内分泌学会専門医 *専門医名簿の各都道府県を参照下さい■日本糖尿病学会専門医
2007.01.02
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★ 母(66歳)の20年間の糖尿病、その他病歴 ★ 1985年頃 糖尿病を発症。約2年後にインスリン注射開始。 2003年8月 62歳。脳梗塞で入院。(入院期間2~3週間) 2006年夏 65歳。脳内出血で入院する。(入院期間3ヶ月半)右脳 3cm ×4cmの出血。脳室穿破。脳幹に少量の出血。あと1~2週間が山。良くなっても車椅子で誰かの介助がないと 車椅子を動かせないでしょうと先生からきつ~い宣告を受ける。2006年冬3回目のお見舞いに行くと杖無しで歩けた。トイレに行く時は看護師さんが付き添わないと看護師さんから怒られる母。2006年冬退院。車椅子は不要。ふらふらしながらも杖無しで歩けた!!麻痺は無く、身体障害者にもならなかった。先生からはまだ脳血管性認知症という病名はつけられてないけど、それっぽい。
2007.01.02
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あけましておめでとうございます。新年を機にブログを作ってみました。内容は脳出血で入院した母について、書いて行こうと思っております。母は糖尿病(2型)と約20年間闘っています。糖尿病は痛みもなく、じわじわ進行していく、怖い病気だという事を多くの人に知ってもらいたく、このブログをこの度、開設いたしました。また、糖尿病や脳梗塞、脳出血で悩む方々、またはご家族の方の意見交換の場になればいいなぁと思っております。
2007.01.01
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