言葉の散歩路

2004年03月10日
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んんーっ*≧∇≦* 最後どーなるんだろー?

「りんちゃんのおじいちゃん」
…いー響きですねー
すっかりやさしいおじいちゃんちゃんの顔でしたねー(^^)
ちょっとまだ戸惑い気味なところがまたオツで♪
誰だっけ?この人。
他では何演じてたっけな…見事です、俳優さん。


浮気はいかんなぁー
してたんだ、三年前に一回…
「たった一回」はいけませんよ、「たった」は。
「も」 だからね。


草ナギ(あの字、機種依存文字でエラーになるんだねー!)くん演じる父親が主役としてのドラマになってるから、どうもわたしみたいな単純なのはそっちに感情移入してしまうんだけど…
実際だったらどーかな。
このドラマだったら絶対最後は父親側に引き取られてほしいんだけど!
りょう側…じゃない、母親側になっちゃったら…うう…

「後悔してるんです…二度としません…何もいりません…だから母親でいさせてください…」
この泣き落とし(って場面じゃなかったけど^^;)はずるい。
裁判官、すっかり同情モード。

こんな感想持っちゃうわたしってかなり根性曲がってる?




けど現実問題。

以前、離婚問題抱えてる人が身近にいました。ちょっとここで彼女の説明をいたします。



彼女は…真面目だけれど男気が強いと言うのか、誰かに頼りたいと思ったことも思うこともないと言う人だった。そういう感情理解出来ないみたいだった。こだわりが強くて、自分の好きなもの、嫌いなものははっきりと別れていて。

そして残念ながら、この結婚相手のことは「嫌いなもの」の方に分類されてしまったわけで。
顔も気持ち悪くて二度と見たくないとも言ってらして。(おいおい)
それでも子供だけは欲しくて、そっちの方も全く積極的でなかった相手をなんとかその気にさせてやっと1人作った。(爆)

相手の収入もいいしその親も資産家で、結婚後すぐに、彼女が率先して家を建てた。たんまりとお金をかけたこだわり派の彼女の好みをふんだんに取り入れた立派なお家を。

自分でもよく言ってたけど、一旦嫌だと思い始めるとどんどんエスカレートして、とことん嫌いになるらしい。
それで。離婚を申し込み。。。
けど相手はきちんと仕事をして何も悪いこともしてないのにいきなりそんな事を言い出されて納得するはずもなく申し出を拒否。
彼女はもう我慢出来ないから子供を連れて実家へ帰る。
そこで離婚と親権の裁判沙汰へ。

初め彼女は、
「私が悪い。周りから言われるまま、結婚てそんなものだと思ってた。けど、もうあの人と生活していくなんて出来ない。私が、考えが無さ過ぎたのは誤るから…何もいらないから…お願いだからこのまま離婚させて下さい…お願いします…お願いします…」

そう言ってた。
自分の非も認めて、子供の事も真剣に考えてるんだし、何とか彼女に人生のやり直しするチャンスが来ればいいと応援した。

勝手をしたからあまり実家が協力的じゃなくて子供が実家で気を使うのが可哀想だからと安アパートを借りて、子育ても仕事もしながら裁判所へ行ったり、2年間頑張って、ようやく離婚が認められた。親権も彼女に…。
それがわかった瞬間、彼女はわたしに電話をくれた。泣きながら「ありがとう…ありがとう…」って。わたしも嬉しかった。彼女が頑張って来たのをずっと見て来たから。

ところが。
いざ離婚が決まったら。親権を勝ち取ったら。
決まってしまえばこっちのもの、とばかりに、慰謝料は取れるか、養育費は月々いくらまでならふんだくれるかと、まるで豹変したかのように見えた。
何故だか…今までのわたしが見て来た彼女の全てが、自分の都合のいい言い分にしか思えなくなって、一気にひいてしまった…。
全ては、自分の理想だけに囲まれた生活を手に入れる為、それだけの裁判だった…?  と思えて。





わたしも母に置いて行かれた子供です。
わたしの母も、とにかく離婚をしたかった、けれど30年以上前のあの時代では今ほど離婚が当たり前に聞かれたものではなかったし、何より父が承諾するはずもなかった。
とにかく家を出たかった。…りんちゃんのお母さんと似てますね。
子供の事は、とにかく出てから引き取りに行く予定だったと、その16年後に母から直接聞いた。

あんな草ナギくん演じるような父親ならよかったけど、典型的な昔の職人根性で、大酒飲み。人情には厚かったけれど気性が荒いので人付き合いは下手くそ。普段は穏やかで優しいけれど、カッとなったりお酒が入ると星一鉄モードに入ります。

おかげで授業参観に親が来たことは一度もなかったし、家庭訪問にも一度たりとも応じたことはなかった。仕事か、わざと出かけて。
今でもすごく嫌な気分で思い出すのが、学芸会の衣装作り。
自分でなんて作る頭もなかったし、姉だってまだ小学生か中学生、近所に頼れる人もいなかったし、父に「どうしよう」とか「これが必要なんだけど」などと伝えることも出来なかった。言ったって父に作れるはずもないし、どうにもならないと思ってたから。言えば誰かに頼んで作ってもらったかもしれないけど、当時のわたしにそこまでの考えは浮かばなかった。
結局は父にも学校の先生にも言えないで提出期限になって用意が出来ていなくて事が発覚。その後どうなったのかは思い出せない。先生が作ってくれたのか、衣装ナシでやったのか…

中学の頃、兄弟がみな就職して家を出て行ってからは、部活動が終わってみんなおなかを空かしての帰り道、
「あ~おなかすいたあ~!!今日のご飯なにかなあ~!」
と友達が言う度、わたしは心の中で
「ああ…今日は何作ろうか…」
と考えてた。
それがなんだかとても惨めで、寂しかった事を覚えている。


小さい頃から家の事をする子供なんて、別にわたしだけじゃないし、わたしよりはるかに不自由した人もたくさんいるだろう。
わたしは末っ子だったせいもあって、たくさん可愛がってもらえたしわがままもたくさん言って来た。姉達の方がずっと寂しい思いをしてきたはず。
だから、よくテレビのご対面ものにあるような、母親を恋しく思った記憶はない。
わたしの中に母親という存在は、今もない。
でも…
正直なところ、お手伝いさんは欲しかった。
掃除、洗濯、裁縫、ご飯作り、お弁当… 
楽したかっただけじゃんか、えへっ

それと、小学生の頃、元々が忘れん坊のわたしはよおーーーく忘れ物をした。
けど、周りにもよく忘れてくる人がいたのに、必要な時間までにお母さんが届けに来てくれたり、
「朝全部お母さんが用意しておいてくれる」
という人も少なくなかった。
わたしが忘れなければ全く問題ない話なんだけど^^; そんな人達を羨ましく、ちょっとひがみ根性でずるいと思ったりした。
先生も、親が届けに来た子を叱る事もなくて、同じ「忘れた」なのになんでわたしばっかり怒られるの…と理不尽に思ったりもした。


母親は大事。
父親ももちろん大事で、二人揃ってるのがもちろん理想だけど、特に、女の子は体の成長に伴った生活や体調の変化への対応もある。下着とかの配慮も。
男の子もあるんだろうけど…わたしにはわからないので(笑)
この辺りはずいぶん不便をした。


わたしは一番の父親っ子で、不便も辛さもあったけど、だからって今更母親に引き取られたかったなんて事は思わない。
飲んだくれでわがままで気性が荒くて騙されまくりのせいで借金だらけで、母が逃げ出して当然、苦労も当然、身から出た錆の父だけど、受けて来た愛情は確かなものと確信出来るし、それがわたしの基盤を作ってくれたと思えるから。わたしの人生はこれしかなかったんだと思える…なんとか(笑)


でも、わたしがした思いは、わたしの子供達にはさせたくない。
女の子でも男の子でも、母親の存在の大きさを、必要さを、身をもってしみじみ感じるから。

いつかわたしも、子供にとって大きな存在になりたい。





なんだか色んな事を思い出し、考えてしまうドラマですねえ







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最終更新日  2004年03月10日 10時24分11秒
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