テクニカル的には円売りゴーサイン

2005年12月01日
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ドストエフスキーのカラマーズフの兄弟の中の有名な章(大審問官)で彼が言っているように、人間は与えられた自由意志によって非常に苦しんでいます。当然、この小説の中では教会。。。はたまた政府などによって統制され、導かれ、自分は何も考えずについていく。。。このスタンスの方が断然楽です。その分、教会やら政府やら。。。この小説では枢機卿などの責任者にものすごいプレーッシャーがかかるわけです。この指導者達が正しい道に導いてくれるなら、人々は楽して人生をある意味謳歌できるわけです。ただこの指導者達は万能ではありません。特に当時の枢機卿などと違い現実の政治家はほとんどセルフインタレスト。。。良くて自分を指示してくれるインタレストグループのことしか考えていません。人任せにしてよい時代はとうに終わってしまったのです。いくら苦しくても人は自由意志に元ずいて生きていかねばなりません。そうしないのであれば人として生まれた意味がないし、現状においては確かに楽かもしれませんが、後で大きなしっぺ返しを為政者から食らうことになります。苦しんで自由意志にもとずいて生きることにより人間としての自分と言う存在を確認でき、そこに苦しみに対応する喜びが得られるわけです。こうした喜びは必要ないという人は確かに人間と言うよりは人の皮をかむった動物と言われても仕方ないのではないかと思います





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最終更新日  2005年12月01日 16時03分21秒コメント(0) | コメントを書く


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