日々始まり

日々始まり

2018年12月22日
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コノハナサクヤ姫


【よろしくお願いします。細胞が休む間もなく思考しているとすれば、その結果、答えは意識のどこに現れるのでしょうね。細胞が状況を危険と判断したとすると、想念であれば恐怖?思考であれば、回避方法の探索?などでしょうか。どちらもありそうですね。】


ほほほ、何が起きておるか分からぬとも、胸がざわつくと申すであろう。
思考のきっかけは、まずは魂からじゃ。


考えるとは、意思があってこそよの。
意思は思考でも想念でもない。
現象を見つめる、それが意思の行為じゃ。


内側に隠れておる何かがあぶり出されてくるのじゃ。


その何かが考え始めるきっかけとなる。
あぶり出される程に、正体が明らかとなるよの。


【魂と意思の関係はどうなるのでしょうか。】


きっかけと申したように、魂の意思は身体を見つめ考えておることをあぶり出す。


魂は、その思考を己の内側に再現するのじゃ。
まあ、たとえを申せば、水晶の玉に映る景色よの。


身体の意思は正体を知ろうとつぶさに景色を見つめる。
つまり、己の思考の正体を自身が明らかにするのじゃ。


声が山に「こだま」するように、思考は意思に「こだま」する。
その思考と意思のざわつきが想念よの。


【意思が思考にデータを集めさせ、その意思が情報処理し、意思による答えが想念なのでしょうかね。】


意思は答えの中身をあてにしておらぬ。
何が出てくるか、興味津々よの、意思が感情であればな。


じっくり考えておる時は、「わからぬ」と、うなることもあろう。
答えがでた時は、気持ちも晴々しいものじゃ。


意思があってもデータを集めるだけの存在であれば、答えは不要よの。
人とて外からの意思に思考を動かされてしまえば、答えの想念も利用されるだけじゃ。


意思が曲がれば思考と想念も曲がるのじゃ。


ほほほ、身体の細胞のように、魂も意思の粒の集まりよの。
その意思を真我と申すのじゃ。


【ありがとうございます。】





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Last updated  2018年12月22日 15時29分44秒


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