江戸こぼれ話 笑左衛門残日録

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小便爺 出物腫れ物… 朽木一空と五林寺隆さん

2020.01.09
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​​​ 忍草 浅草花川戸町 七軒店

​​ 戯噺 老忍礫の退四朗衰記 3


 なあに、何処へ住もうと、どんな仕事だろうと、
 銭があろうとなかろうと、別嬪だろうと、色男だろうと、
 『幸せ』とかいうものには、とんと、関わりはござんせんよ、
 要は心持ございますから、
 旨いものを食ったって、冷や飯を食ったって、 あしたになれば、皆同じ、
 ​糞になって尻からでてきちまいますよ、​

 陰庭 (いんば) 退四朗は、草と呼ばれる下忍であったが、もう還暦を過ぎた老人であった。
六十を過ぎたら、故郷の伊賀、曲崖郷に隠居して、畑でもいじくりながら、 ゆったりと余生を過ごすのが、忍草として働いた退四朗の老後の夢であった。
 忍草のように、いつ密命がくるかと、びくびくすることもなく、自分を隠した嘘の生活でなく、 自分の顔で、自分の言葉で、正直に、おだやかに暮らしたかった。
 裏表なく生きるとは、どんなに安穏なことだろうか、目を瞑って想像すると、心が浮き浮きしてくるのであった。
 現に、伊賀の里では、忍者としての仕事を終えた、老人がおなごや子供たちとゆったりと、のどかに暮らしていた。
 だが、悲しいかな、陰庭退四朗は伊賀の里に帰れない事件に巻き込まれてしまったのだ。
 同じ伊賀曲崖郷で弟のように可愛がっていた、三郎太が抜け忍になった。 忍者組織から抜けるのは許されない掟だった。許せば、忍者の組織が潰れる。
 すぐに、伊賀の頭から三郎太暗殺の指令が出て、江戸の頭目、上忍の筧三蔵から、 陰庭退四朗にその三郎太を始末する密命がきたのである。
 上忍の密命に逆らうことはできない、逆らえば、また其の身も消されることにる。
 三太郎は忍者の中でも、動物のまね声や他人の声色を使う特異な技(わざ)を持っていて、 座持ち芸人の太鼓持ちとして、敵の懐の中に紛れ込み、五車の術、喜車の術、を使い、 敵をおだてて、喜ばせ、ご機嫌を取りながら、諜報活動を行い、隙を狙って密書を盗み出したりした。
だが、まだ若かった三郎太はそんな生活に飽き飽きしていた。
 もっと違う生きかたがある筈だ、まだ知らぬ幸せというやつがあるはずだ。
 このまま幇間 (ほうかん太鼓持ち) の忍者で年を取っていくのは耐えられない、という気持ちが強くなり、 山の向こうにあるかもしれぬという幸せを求めて、伊賀の里を捨て江戸に逃げた。
 だが、江戸へ潜り込んでも、抜け忍となった三郎太が飯を食うためには、得意技の物まね芸で身を立てるしかなく、 深川永代寺門前の芝居小屋で白足袋に雪駄、扇子 (せんす) をぱちぱち鳴らしながら、 鶯や猫、犬、鶏などの動物の物まねをして、舞台に上がっていた。
 忍者として仕込まれた秀逸な動物の物まね芸は大受けで、江戸屋猫八と人気を二分するほどだった。 だが、それこそがが運の尽き、伊賀の捜索隊にすぐに三郎太の居所がばれてしまった。
 ~コッコッコッコッ、コケコッコォ~と、
 三郎太が鶏の鳴き声の真似をし大きな口を開けた時、
客席から放った退四朗の礫 (つぶて) が口から入り、咽ぼとけを塞ぎ、三郎太はあっけなく窒息死した。
 仕方がなかった、止むを得なかった。 江戸の頭目上忍の筧三蔵から の密命である、殺らねば退四朗が殺られる。伊賀忍者の残酷な掟である。
 だが、身内ともいえる三郎太暗殺の密命に退四朗はある疑念も感じていた。
 もしかして、三郎太暗殺の密命は退四朗を伊賀の里に返さないための謀 (はかりごと) だったのではないだろうか?
 案の定、伊賀の里、曲崖郷の村人は密命であろうと、身内の三郎太を殺した陰庭退四朗を許すはずもなかった。 退四朗は伊賀の里、曲崖郷に帰ることはできなくなったのである。
 老後のささやかな夢は消え、帰るべき故郷を失った。
 江戸の片隅の裏長屋で孤独に生涯を終えるしかないのだった。
 陽の当たらない湿った地面に苔が生えるように、 退四朗の躰からも暗く黒い苔が染み出ていた。
​  つづく  朽木一空​






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最終更新日  2020.01.09 11:30:31
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