江戸こぼれ話 笑左衛門残日録

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小便爺 出物腫れ物… 朽木一空と五林寺隆さん

2021.02.02
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​​   ​​ しゃっくり同心茂兵衛事件帳 12

​  ​十文飯屋 6 旗本屋敷 宝の山かがらくたか​​​





 がらがら、
本所の質屋、銭落屋貧左衛門の 戸を開け、北町奉行所の同心野呂山茂兵衛 と小者が店の中に体を入れた。​​
 「いらっしゃいませ、これは、八丁堀の旦那、、さて、どんな御用で」
 主人の貧左衛門、黒羽織に腰に十手を差した同心の格好を見て、どうみても、質入れに来たわけじゃあなさそうだし、捕り物でもなさそうだ、いつもの笑顔で、揉み手をして迎えた。
「実はな、お主が旗本相手にやってる商いだが、旗本屋敷から片っ端から、担保だと言って火鉢から掛け軸、家具や鍋釜、蒲団まで、持ち出してるって話しじゃねえか、ちと、悪どすぎるんじゃねえかと、苦情があがってきていてな」
「悪どいなんて言われたってお役人様、御定法に背いてるわけじゃありませんよ、
 札差(公儀公認の金貸し)が見放したお武家様をお救いしているだけのことでございますよ。 感謝こそされ、恨まれるようなことはありません。
 あっしらのような気弱で、刀を持つことも許されない小質屋(こじちや)の防衛でございますよ、それに、お武家様にも納得ずくで曲げて(質入れ)いただいておりますんで。」
「だがよ、旗本も苦しいのだ、その旗本屋敷の中を空にしちゃあやりすぎじゃあねえのかい?」
 「旗本屋敷には宝の山が眠っていて、それを、わたくしが根こそぎ担保にとってるって? 御冗談でしょう。質屋が旗本屋敷のがらくたを集めてきたって、商いにはなりませんよ、 ご覧になりますか、店の中のがらくたを、こんなものでも担保をとらなきゃ、 貸した金が戻ってこないのでございますよ。貸した金を返してもらうのは 当たり前でございますよ、お役人様、 わたくしどもも、遊びでお金を貸しているわけじゃありませんのでね、 担保を頂いておるのでございます。
 お金さえ返していただければ、このがらくたみんな、お返ししたいのですよ、 もう、店の中ががらくたで埋まりそうございますよ。 さっさと、とりに来て下さいと、旗本様にお伝え願いませんかね。」
 銭落屋貧左衛門はあくまで下手、揉み手に笑顔は忘れていない。
「だがな、今じゃ、旗本家の内情も大変なのだ、内職をしたり、慎ましく暮らしているのだ、 その旗本を丸裸にして喜ぶような真似は慎んでもらえぬかのう、」
「八丁堀の旦那、そうはおっしゃいますがね、お武家さんは私らと比べれば、百倍以上も広いお屋敷に住み、女中や小者を召し抱え、いい着物を着て、何の努力もせずに、武士の矜持などと、 威張り腐って、町人を見下しているじゃありませんか、自業自得ってえもんじゃないですかね、」
 貧左衛門、口調はきついが口元にはいつもの笑みを浮かべていた。
 「貧左衛門、と申したな、お主は町人だな、武士だってな、誰もがなりたくって武士になってるわけじゃねえんだ。 出自で決められてるんだ、産まれたところが旗本なら徳川幕府を護るために働く、そこからは逃げれねえんだよ。
 俺なんぞは三十俵二人扶持のサンピン侍の薄給で、奉行所へ行けば、あちこちに頭を下げていなきゃならねえ身分だよ、 いくら働いても、身分は変わらねえ、行く末は決まってるんだ、毎日提灯張りしなきゃ、暮らしに追いつけねえのが実態よ。
 旗本だってな、旗本をやめたくともやめられねえんだよ、だからよう、旗本の次男三男が暴れてるのよ、奴らだって愚ぐれたくて愚れてるわけじゃねえんだ。
 士農工商の身分制度だなんて、世間は言うがね、この頃じゃあ、商人に武士は頭が上がらねえし、百姓だって武士よりいい暮しはしてる。町人の百姓も武士なんかよりよっぽど自由に暮らしてると思うんだがな。
 それにな、武士の世界の中は身分制度が厳しくて、雁字搦めなんだよ、旗本も御家人もその身分制度の中で身動きがとれねえんだ。借金しなけりゃ武士の体面が保てねえんだよ、 贅沢なんかしちゃいねえ、みんな爪に火を灯すようにして暮らしてんだ
そこのところ、考えておいてくれねえか」
「旦那、もしかして、ご直参の旗本、河野倫太郎様が出奔してことで、私を責めておいでですか? それはお門違いでございますよ、あの方は、自由を求めて旅だったのでございますよ、 ええ、私は三十両あの方に貸したままでございます。あの方の家財はここに眠ったままですよ、貸し倒れでございます、被害者はわたくしの方でございますよ」
 銭落屋 貧左衛門は柔和な顔を見せてはいるが、なかなか弁のたつ男だった。 貧左衛門、の言うことにも一理ある、と、茂兵衛は思った。
「ところで、貧左衛門、おめえの妹のおびんが三笠町で 大盛り飯に汁とおかず付いて十文という信じられない値段の 一膳飯屋をやってるな、 しかも、貧しい子供からはその十文も取らねえってことだ、御立派な商いなんだが、やっていけるはずもなく、誰かが、米を提供してる、それがおめえさんだってことはお見通しなんだよ」
「へいっ、その通りですが、それがなにか罪になりますか?」
「貧左衛門、よいか、そのおかげで、近所の飯屋や蕎麦屋が干上がってるんだよ、 いつまでも、こんなことは続かねえだろうよ、続かねえことをやっても 世のため人のためとは言えねえんじゃんねえのかい、 しかもその米の出処が旗本から巻き上げた銭というんじゃ、黙っちゃいられねえんだよ、 いいかい、このままじゃ、おびんの飯屋にも手を入れなきゃならねえな」
 銭落屋 貧左衛門、さすがに堪えた。 この質屋もおびんのやっている飯屋を助けているという、やりがいと、喜びが支えていたのだ。 そのおびんのやっている十文飯屋が潰されてしまうなら、何にもならない。
 「わかりやした、八丁堀の旦那、おっしゃる通りにいたしますよ、質屋銭落屋はたたみましょう。 ただひとつ、お願いがございます、旗本様の苦境はわかりました。
 今後は質入れは致しませんが、旗本家の不要なものを買い取るということは ようござんすね、せめてもの、わたくしのお救いの気持ちでございます。
 今までの貸付金の金利も頂きません、旗本様が元金のみ帰していただければ、担保のがらくたはお返ししますと お伝えください、それでよろしゅうございますか」」
 貧左衛門は笑皴を浮かべて、あっさりと同心野呂山茂兵衛の要求を飲んだのだ。 貧左衛門は人(他人)と争えば損をする、争えば笑皴は消える。消えれば幸せではなくなる。 ずっと、そう思って生きてきたのだ。
 銭落屋は旗本を救うために旗本の曲がり(質入れ)を受けていたが、 それが争いのもとになるのでは何にもならないことだった。
 自分の父が質屋への借金で母を質入れし、それが原因で揉めて、 旗本に無礼打ちで死んだ父の怨みを晴らすようなことが心の底のどこかあったのかもしれない。 だが、今奉行所の野呂山茂兵衛から旗本の窮状を聞き、 もうやめようと思ったのだ。笑って暮らしてなけりゃあ、ケチ人生失格だ。 けちの極意は笑皴だ、笑皴を失ったら、幸せなけちではいられないのだ。
 丁度、  銭落屋 貧左衛門が同心の 野呂山茂兵衛に答えた時、 岡っ引きの丑松に連れられてお貧(びん)が入ってきた。
 「兄さん、もう、十文飯屋にお米をくれなくいてもいいわ、だって、そのために笑って暮らせなくなるんじゃ嫌だもの、何のために暮らしているのかわからないもの、
大丈夫よ、自分でやる、そのほうが子供たちのためにもなるわ、誰かの助けがなくちゃできないことじゃ、ずっと続けてはいけないわ、それに、江戸の人たちはみんな優しいわ、 なんとかなる、それに、笑いながら子供たちと過ごしたいもの、」
 貧左衛門は自分の決断におびんも賛成してくれていることが嬉しかった。
 ~さて、今度はなにをしようか?またごみ拾いをするか、~
 貧左衛門の笑皴が顔中に拡がっていた。
 北町奉行臨時見廻り同心野呂山茂兵衛は、ほっと肩の荷を下ろした。 これで、遠山金四郎からの難問を無事果たしたことになる、やれやれだ、、
 肩を廻して大きく手を大空に広げた。
 ~貧左衛門、という男、なかなかいい奴だなあ~
 「茂兵衛の旦那、今日はしゃっくりがでませんな、日本橋の薬種問屋伊勢屋の
 柿のヘタの黒焼きの柿蔕湯(していとう)をもう、飲みましたかな、」
 「丑松、嬉しい時にはな、吃逆じゃねえ、屁が出るんだよ、」


 つづく 朽木一空





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最終更新日  2021.02.02 00:00:18
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