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Aquitaine et Midi Pyrenees (8) パリとトゥールーズを南北に結ぶA20までの道のりは、それ自体がすでに大きな移動区間となるほどであった。途中、二年前の地図では示されていなかった高速区間が開通しており、そこここで見る道路建設ラッシュの勢いを感じさせる。この道はパリを中心とした南北の高速がいくつかあるなかで、リヨンとボルドーを結ぶ高速として重要度が高いのであろう。途中、高速道路と並行するように飛行する軍用機をみる。高度はどれくらいなのだろうか。あまり音や振動はないが、あきらかに「低いな」と思わせる、自家用プロペラ機のような高度で、スーッと通りすぎて行った。そしてその途中で機体をほぼ90度ひねり、はるかかなたでだんだんとカーブしながら消えていってしまった。訓練飛行なのだろうか? いずれにしても、日本ではそのような風景に出会ったことがなかったので、驚きとともに、ちょっとした興奮を感じた。高速が絶え、N89に合流する。ロン・ポワンに接してショッピング・モールがあったので給油のため立ち寄る。Perigord ペリゴール地方と呼ばれるこの一帯は、国道の街を見ていてもそれほど大きな人口を抱えているようにはみえないが、ショッピング・モールは他の地方と同様に広大で、一面に駐車車両がみられる。給油所にも8カ所ほどポンプがあり、大渋滞するわけでないが、ひっきりなしに稼働している。間もなくA20へ到着しようという頃、右手に川がみえてきた。地図をみると、Vezere ヴェゼール川である。街の名前を失念したが、この川から駆け上がるようにして作られた城館のひとかたまりが、太陽に照らされてややオレンジがかった色をみせており、一瞬目をうばわれた。 A20に入ってからは終止単調な130~150km/hのクルーズで、行きと同様、少ない排気量による余裕のなさで振動に苦しめられた(最もそれはパリ到着後がひどかったが)。ただ、前にも書いたように、単調なドライブの中、天気が良いままだんだんと太陽が西におちてゆき、それによる、丘に広がる放牧地の風景の変化が、随分と心をおちつけてくれたように思う。 太陽が沈む頃、我々はLimoge リモージュに入ろうとしていた。と、前方の街の方が雲に覆われている。雲は、夕陽に照らされてオレンジからピンク色に染まっており、空の純粋な色でもなく、かといって濃い霧でもない、ちょっと不思議な感覚にみとれていたら、それがすごい降雪であることを、すぐに思い知らされた。どれくらい前から降っていたのかはわからないが、ボルドーであった時と同様に、街に近づくと、高速脇の土手に、うっすらながらしっかりと雪が積もっているのである。リモージュの街の脇を抜け、車はここから長い下りに入る。山地はもう終わりだ。ひどい降雪と、頻繁ではない交通量のため、道路上にも雪が積もり始めていた。ほとんどの車が80km/h以下で走行している。と、反対車線で、玉突き事故が発生していた。上りなのにブレーキなどでスリップして止まれなかったのかと、自分もブレーキを試してみる。ほんの少し強く踏んだだけでタイヤがロックしてしまう。こんな下り坂では、100mあったって止まれる自信はない。昨年聞いた、高速の上り坂でトラックがスリップして道を塞ぎ、そのまま動けなくなってしまったために、後続車が10時間も閉じ込められたという話しが頭によぎる。対向車線でははやくも長い渋滞の列ができてしまっていた。坂を下り、しばらく走っていると、やがて雪は消えてしまった。雪のままよりはずっと良いが、この変化はこわい。晴れの気持ちから切り替えができないまま、さっきの車は事故に陥ってしまったのかもしれない。車はその後、小休止を入れながら夜21時頃にパリに着いた。高速でのパリの入り口となる大料金所を越したところで、車両積載式の速度取締機をみる。ナントの方から合流してきた車とで、だんだんと道がにぎわう。さらにリヨン方面からの車と合流すると、高速は直線になった。今までとは異なり、高速はオレンジ灯によって、前照灯が不要なほど照らし出されている。旅はだいたい都会に戻ってきて終わる。オルリー空港の脇をとおり、エッフェル塔のサーチライトを見るといつも、「あぁ旅が終わってしまう」と実感するのだ。走行距離は3300kmだった。
2005/02/28
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Aquitaine et Midi Pyrenees (7) ここには夏の最後に一度訪れたことがある。ちょうどボルドーの各地の風景を見に行った時のいちコースとしてだ。今回は同乗の友人がまだ行ったことがない、ということと、冬の様子を改めてみるのも悪くない、ということで、もう一度通ってみることにした。ここは昨日宿泊した街からすぐ北のほうで、本来ならば今日も、まずここを通ってから、午後に砂丘に行くという予定であったが、午後からの雨の天気予報があったために前後したのだ。同じ高速を2度も3度も通るのはバカらしいが、これも旅ならではの出来事だ。アルカッションからボルドーを再び南に迂回し、南東へ下る。今度は昨日よりももう少し先のSortie 5を出る。ここから北に上ってドルドーニュ川とガロンヌ川に挟まれたワイン畑の丘陵地帯を走り、次いでドルドーニュ川沿いにしばらく西へと進み、St.Emillionを目指すのだ。 高速からは、北にD933をひたすら40kmほど上る。いくつか小さな街を抜けて行く。まわりはなだらかな丘にまばらにブドウ畑があるのみだ。時折、大きめのシャトーをみかけるが、あまり集中的につくっているような気配はない。 県境の脇を走るD18を走る。ミシュランの地図で緑色に塗られた「景色の良い道路」というのを通っているのだが、他と特別変わりのないような景色が続く。川や山の地形を読みながら道を選択して行く方が、もしかしたら確実であるかもしれない。ドルドーニュ川に下りて、たどりついた街で昼食をとる。ワイン関係でやってくる外国人に慣れているのだろうか、アジア人をみても全く顔色はかわらない。特別、差別的な扱いがされるというわけではないが、地方では外国人慣れしていない人がいるためだろうと思われる、ちょっとした警戒心のようなものを感じる時がある。我々の場合は、フランス語で会話をすればそれはもうすぐに打ち解けてしまうものだが、仏語を知らずとも、せめて挨拶などちょっとした単語は使っていきたいものだ。この街からしばらくドルドーニュ川の見え隠れするD130を下流方向へ向かって進み、Castillonで橋をわたって、St. Million周辺へと入っていく。花で飾られた橋の向こうに、小さな家々とその奥の教会がみえる。典型的な構図だが、やはりそれぞれ少しずつ違う所がある。例えば教会の尖塔の作りであったり、家のタイプであったり、橋の欄干、街灯、川岸の様子などである。ロワールの古城で有名な一帯は、よく飾られたきれいな川沿いの道が多いが、このあたりの川は比較的自然な状態で残されているようである。 St. Emillionのあたりは小さな丘がいくつも連なっていて印象的である。その原因としては、一面埋め尽くすかのような、ブドウ畑と、威厳あふれるシャトーの存在があると思われる。一部の畑では、まわりを古い石壁によって取り囲まれたものがあった。これらは特別な格付けのワイン用のものであろう。St.Emillionは、二つの丘の稜線とその間の谷の部分によって馬蹄形の外観をみせる比較的大きな街である。丘の頂上部に教会と、見張り台のようなものが建ち、谷の部分には、レストランが立ち並ぶ広場がある。街は全体が濃い黄土色の石づくりの古い建物によって作られる。教会脇のテラスなどから街を見下ろすと、茶色の屋根と家の壁が様々な方向で寄り合っているのが見え、その向こう、ドルドーニュの方には、どこまでもブドウ畑が見渡せる。駐車場はあることはあるが、秋の最盛期などは、ちょっとした場所さえ、みつけるまで苦労するであろう。駐車場前で開くまで待つか、離れた所に路上駐車するしかない。ここからはA10でトゥール経由でパリへ帰るのが早いが、我々は近くのA89からPerigueux ペリグーを経由し、行きと同様、A20を遡っていくことにした。
2005/02/27
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Aquitaine et Midi Pyrenees (6)朝は7時半から朝食にして、9時ちょっと前に出発した。外気温がどれくらいなのかは見ていなかったが、あきらかに氷点下で、まずは車のガラスの氷とりが最初の仕事となった。教会前の芝生にも氷がはり、吐く息の白さとともに、いかにも朝の風景であった。いつもよりちょっと長く暖気して、国道に戻る。空は昨日の午後に続いて、いくつかの白い雲がある程度で、良い天気であった。予報では、午後からは時折強い通り雨が来るとのことであった。高速の両側には、枝をおとされ、幹だけとなったブドウの畑がひろがっていた。所々にどっしりとした2~3階立てのシャトーがみられる。右手のガロンヌ川へ向けてゆるやかに下っていくブドウ畑の丘はまた川の向こうから次の丘へと上って行き、その奥へと、どこまでも続いていくかのようである。 ボルドー方面へ目をやると、どうにも悪そうな黒い雲が低く街を覆っている。その向こうの海岸まで続いているのかと心配になる。通り雨の雲ならばいいのだが。。。そう思っているうちに、雪が振ってくる。しかも本格的だ。まわりの車も次々にスピードを落とす。道路脇をみると、どうもちょっと前から降り続けているようでたかが数センチだろうが、しっかりと積もってしまっている。しかし、ボルドーのperiph ペリフ(周回高速道路)を抜け、南方へ向かうと、その西の海岸線は晴れているようだった。どうして街の上ばかり雪になっていたのだろうか。 ボルドーから遠ざかると、天気は急激によくなり、ピラ砂丘近くのArcachon アルカッションへ向かうA660へ分岐した時にはもう、一面青空であった。背の高い松のような木が一面に生い茂っている。落葉の茶色とやや濃い幹の色、その上の深い緑、それがほぼ同じ高さで切れて鮮やかな青空とつながっている。おそらく夏であればもっともっと深い青空であったのだろうが、曇り続きでなんとなく滅入っていたこの旅行で、晴天は文句なく気分を高揚させた。A660が終わり、そのまま国道へとつながる。両脇の松林は、ところどころで切り開かれており、バンガロー小屋やアスレチック施設のほか、フランスでは珍しくゴルフ場までもが木々の間からみられた。これは、英米からの観光客が多いということを示している。我々はここで、市街地中心部に行かず、直接砂丘を目指す。Pyla ピラ砂丘は、その堆積する砂の高さにおいてヨーロッパ第一であるとのことだ。砂丘という所にさえ行ったことがないので比べることもないのだが、ヨーロッパ一高い、というのがどれほどのものなのかはやはり気になる。駐車場入り口と書かれた標識に従って進むと、駐車場は有料であった。しっかりしている。フランスで気づいた点としては、このような自然の施設では、あまり露店などでお金を稼ごうとはせず、ただひたすら入ってくる人からお金がとれるように、入場料や駐車料をこまめにとるという点である。また、意外なことに、入場料などは、日本よりも高い。午前中であるので、県外ナンバーが目立つものの人影少ない。駐車場からは、松林にはばまれて砂丘らしきものは見えない。また、海の気配もあまりしない。と、歩いていくと、だんだんと木々の間から薄い黄土色の砂丘が姿を現しはじめてきた。たしかに丘状になっている。というよりも、高い!20mはあろうかという背の高い木をはるかに凌ぐ高さだ。 砂丘の前にたちはだかった時、その高さに改めて驚かされた。100mちかくあるのだろうか? 木の高さなど問題にならない。そしてその丘の斜度がまたすごい。目の前にいきなり立ちはだかっているのである。まっすぐ登って行くのを避けて、多くの踏み跡通り、丘をまきながら登る。それでも深い砂に足をとられて疲れる。晴天に恵まれてよかったが、海沿いであるために強い風が吹くであろうと予想し、上着を着てきたのだが、全くの無風であり、カンカン照りの太陽のもと、この冬の最中に汗をかきながら登ることとなった。頂上からの眺めは、なにか地球全体を見渡しているようなそんな気持ちになるような広がりがあった。前には遠浅の大西洋、後ろには一面松林が広がっている。その緑と青の間にこの黄土色の砂丘がある。頂上付近には無数の踏み跡があり、それが太陽の光の陰陽をつくりだし、目が冴えるようなはっきりとした風景をつくる。砂の表面をみると、風紋がない。ここではあまり強い風が吹いていなかったのだろうか。。。 こんな所で、満天の星のもと、風と遠い海の音を聞いて一晩すごせたら、忘れられない記憶となるだろうと想像する。案内板をみると、この砂丘の森林側には、テント場などの宿泊施設があるようだった。めずらしくひとつの場所でゆっくりと過ごし、この旅行の最後のポイントとなるボルドー東部のブドウ畑一帯へと向かうことにした。
2005/02/26
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Aquitaine et Midi Pyrenees (5) St.Jean de Luzへと向かうCorniche(断崖の眺望の良い道路)は、海面からはやや離れすぎているような印象もあったが、それでも充分に大きな海の存在を感じさせてくれていた。右に左へとなだらかに曲がっていく道路は、木のない丘の頂上からやや下りた所を、あまり高度をかえず快適につくられていた。ほんの10分程度の道であったが、随分と気分転換ができた。 Bayonneに向かう途中、豪華なバカンス都市として知られたBiarritz ビアリッツを通っていく計画はどうだろうか、という話しがでた。この冬の寒い時期でもあるし、もともと我々はそれほど豪華な旅をしている訳ではないので、どう見てもその街の前評判と目的がそぐわないのである。海沿いのきれいな街、というのは、明日にもまた行くであろうとの意見がまとまり、やや押し迫ってきた時間を稼いでいくことにした。Bayonneは、ハムの名前で時折みかけることもあったので、おそらくは食事をするにしても居住者価格で食べられるだろう、という予測のもと訪れてみることにした。サンドイッチを食べるのもいいが、せっかくなので、もし郷土料理的なものがあったら試してみよう、ということだ。高速出口からしばらく、おなじみの感じのあまり良くない一帯を抜けて中心街へと入る。この街にはAdour アドゥールという川が流れており、そこにかかる大きな橋と、やや暗い感じのする原色系の家々、そしてやや一段高くなった所へ尖塔をつきあげる教会がひとつの絵のようになった場所だ。日曜日であったという事もあり街は閑散としているが、大通り沿いにひとまずカフェレストランのような所をみつける。Brasserie ブラッスリーというやつで、カウンターがあり、そこでコーヒーやビールを飲む人がおり、なかなか入るのをためらわれるような、場所だ。しかしながら、実際に自分でカウンターで立ちながら飲んでいると、入ってくる人をつい、見てしまうから、カウンターの人々に一斉に見られて、よそ者扱いされるような気持ちになるのは、ちょっとした錯覚であろう。(そう思わないとごはんも食べられない)いちおう、この辺りのバスクという名前と、バイヨンヌという名前が入った料理があったので、注文する。ソースが、トマトソースにタマネギやら何やらが入った、あまり「独特」というほどのものではなかったので、拍子抜けした気持ちにもなったが、実際はそんなものだ。昼を適当にすばやく切り上げ、今日のホテルへと急いだ。ホテルはここから180km。一度ボルドーまで上り、そこから南東に折れて20kmほど行く。ガロンヌ川沿いのワインの産地だ。高速A63が、しばらくして国道N10になる。ほぼ平らな道を、ひたすら進むのみである。左手には広大な松林がひろがっている。その向こうには海があるのだ。時折海辺の街へと曲がっていく車を見た。 途中、曇っていた空が動きはじめ、だんだんと雲の色が薄くなっていった。これは午後になっていったという時間のせいなのか、それともピレネーから遠ざかっていったためなのか、はわからなかったが、これから向かうホテルでは、周囲をちょっと散歩して歩こうと思っていたので、この天気の好転は本当にうれしい。 ボルドーからA62へ乗り、料金所を出た後でSortie3のLangon ロンゴンで降りる。ホテルは、川向こうの小さな街、St. Macaire サン・マケールである。下りてすぐに合流したN113の左にはSNCFの線路がみえている。そして川では、みごとな赤レンガのアーチを描いていく。ここで電車が通ったらまたきれいなのに、と思いながら右手から右後ろを見ると、また、Langonの教会を中心とした街並みが、ガロンヌ川の一段上に広がっているのが見える。やはり、風景の中に、川だとか海だとかの要素が加わると、その変化によってより多様で美しい風景ができるのだろう。St.Macaireからは、あらかじめインターネット地図で2つの縮尺でプリントしておいてもらったものを見ながらホテルへと進む。小さな旧市街だが、見上げるような石の門をくぐり、普通自動車でもぎりぎりなくらいの道を徐行していく。ひしめくような黄土色の石でつくられた家の壁が、このひっそりとした旧市街の静かさを暗く守っているようだ。車は直進していき、日のあたる教会の前にとまった。教会も決して大きなものではないが、脇には小さな回廊があり、芝生の緑と、建物の濃い黄土色、影の色と太陽の色で、その小さな空間にさまざまな色彩を容れた不思議な空間だった。 我々はホテルに荷物を置き、その石造りの旧市街を軽く散歩し、ゆっくり風呂に入り、食前酒を飲み、きれいに飾られた夕食をとった。余裕を楽しむならば、このように17時にはホテルに着いて、その夕暮れと夜を楽しみたい。そうした場合、田舎旅行の好きな我々は、思い切り市街地から離れた所にあるホテルに泊まることにしている。
2005/02/25
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Aquitaine et Midi Pyrenees (5) 朝9時に友人とホテルで落ち合う。家内にとってトゥールーズは随分久しぶりなので、ちょっと街を流してから出ることにした。駅前のホテルから運河沿いに北へ向かい、すぐに左へ折れる。デパートなどが立つ大通りの右脇を、5階ほどあるアパートに挟まれながら市庁へ向けて進む。日曜の朝で全く人気がないが、この辺りには、小さなブティックやレストランが立ち並ぶ。トゥールーズのレストランは、大きな都市にありながら、価格が安めだ。どうも、学生の数は他よりも多いから、という話しがある。また、タパスというスペインの小皿料理を出す店が多い。これらをちょこちょことつまみながら、日本のビアガーデンのように大量にのまず、ぬるくなったビールをいつまでも飲むのだ。店は採算とれるのだろうか。。。市庁舎前広場は、周囲を赤レンガの建物で囲まれたおよそ100mx200mほどの広場で、地面がきれいな石板で覆われている。そこからはやや放射状に小さな道がのびていて、狭い道の両側に10テーブル程の小さな店が立ち並ぶ。これらの建物は歴史を感じさせるというものではないが、古くから残る街並みの中で人々の活気が今も生きているということがおそらく、暗い感じの小道を快適にしている。一方通行に悩まされながら、ガロンヌ川沿いへでる。街路樹越しに、対岸には赤レンガの病院がみえる。堤防の上の広い散歩道と、狭い車道、ひしめき合うように立ち並ぶバーの数々が、この川沿いの一区画のにぎわいを想像させる。橋をわたり、高速へ通じる国道に入る。川をわたってからあまり経たないうちから、街は急に暗いイメージになる。トゥールーズも大都市のひとつとはいえ、パリなどに比べるとやはりまだまだ小さい。歩いて散策するのにちょうど良いくらいだろうか。高速に入る。ここからはBayonne バイヨンヌまで一気に進み、そこから南に県道をいくつか変えながら丘陵部を通り、スペイン国境すぐ隣のSt. Jean-de-Luz サン・ジャン・ドゥ・リュッツへ降りる。この海岸線の街からすぐ北東のBiarritz ビアリッツまで、Corniche コルニッシュと総称される崖状になった見晴らしの良い道路を通っていくことにした。そして、昼食をBayonneでとり、その後は、180kmほど離れたBordeaux ボルドー近くの村のホテルへ行く。早めにホテルに行って、その辺りをゆっくりと散歩したり、ホテルレストランでの食事を楽しむ日にする。 もし晴れていたら通っていたであろう、高速A64の南側はやはりまだ深い雲で覆われていた。山の影はまるでない。なだらかな丘が両側に広がる高速を進むと、1時間ほどでLourdes ルゥードゥ北側の街Tarbes タルブに着く。Lourdesは日本ではルルドと呼ばれており、聖母マリアの奇跡の水で知られている。しかし街は完全に観光化されており、奇跡の水を汲むものも、マリア像にかたどられたプラスチックボトルという有様だ。さまざまな医学的に説明の困難な治験記録を持っており、現在であっても信心深いキリスト教徒たちが巡礼している。トゥールーズから2時間程経った所で、高速道路が終点に近づいてきたため、Aireに入る。日本でも同様だろうが、フランスではトイレ事情がより困難であるため、高速のサービスエリアのよく整備されたトイレを使うことが多い。道路は海岸に向けて最後の降下へ入る。街がひろがっているのが見える。だんだんと雲が晴れてきて、幸いにもそれらの雲の間から、雪をかぶった青い山の稜線を垣間みられた。パリにいて、こうした雪山を見ることのなかった私にとって、ピレネーを去る前の最後の贈り物のようであった。 A64が終わり、自動車専用道路のままD1へつながった。Bayonneへの出口の標識を通り抜け、Sortie5から、D755、D3と南下する。なだらかな丘の稜線上のカーブの連続する70km/h道路を上っていく。そこで、まわりに見える家屋の顔つきがまったく異なっていることに驚く。茶色の屋根に白い壁、そして真っ赤な雨戸だ。家は平屋よりも2~3階立てのものが多く、アルプスの山小屋のような雰囲気にも似ている。これらは果たして個人の所有する別荘なのだろうか。 D4に入って、Sare サール(?)という街に入る。多くの車は左のD406に曲がっていく。彼らは峠をこえてスペインへと行くのであろう。ここから渓谷状の道を20km行けば、もう国境である。我々はこのままD4をとり、峠へ至る。左手に緑に覆われたひときわ高いきれいな三角形の丘が見える。それをまくように左方向へ進路をかえながら、道はやがて坂を下りきって、高速道路の下を通過し、N10へと出る。地図上でCorniche Basque コルニッシュ・バスクと書かれた海岸線上の道はD912。国道から細い道を抜け、D912に合流してから少し走ると、突然景色が広がるのだ。
2005/02/24
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旅行から帰ってきました。これから、過去の日記へ戻り、見てきた風景などを書いていきます。いちおう、数字データですが、4泊5日3300km高速代100ユーロガス代250ユーロといった所でしょうか。昼ごはんは適当にサンドイッチ、夜はホテルの料理とすると、一日でおおよそ二人で100ユーロ。さらにこれにレンタカー代を入れると、なかなかの出費になりますね。。。
2005/02/23
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Aquitaine et Midi Pyrenees (4) 面倒くさがりですいませんが、画像回転しわすれました。部屋をかりた人のアパートです。朝起きるとすでに10時を過ぎていた。他の人はまだ眠っている。雨戸を完全に閉められた曇りの日は、冬眠でもできるのではないかというほど暗い。仕方なくオレンジジュースを飲み、紅茶を入れ、部屋の壁に貼ってあるトゥールーズの地図を眺める。ドライブ好きの全ての人にあてはまるとは思わないが、実際に旅行に行くよりも、もしかすると地図を睨みながら「あそこが良さそうだ」と考えを巡らしているほうが楽しいのかもしれないと思う。そして何よりも道を覚えるのが好きだ。出身地でない街に友達を連れ立って行ったときに、「あぁだいたいここは分かるから問題ないよ」とか言うのが結構好きだ。。。結局1時間ほど遅れて他の人たちが起きる。友人が買い物をしなければいけないので、今日は残されたわずかな午前中をそれにあて、どこか街中で昼食をとり、午後は、ついにピレネーを目指すこととする。友人は、19時頃から他のつきあいがあるため、そのまえに軽食をすませるとして、実質使える時間は4時間程度である。前のニュースで、Andorra アンドラへ抜けるN20は途中で通行止めであることがわかっていたし、この2日間を見ても山の方はほとんどいつも雲がかかっていたので、山へ行くのはほぼあきらめていた。問題は、「どこまで近づけるか」である。まずはトゥールーズからN20で東南東へ進路をとり、Foix フォアという街まで行く。それからは、おそらく西へ進路をかえて、山脈と並行に走り、それなりに楽しんだら北へ上ってトゥールーズに帰ろう、ということにした。とりあえずはFoixまで行くことだ。Foixまでの70kmはほとんど平坦な道が続く。眼前にあるはずのピレネーが雲に覆われているために、車窓の風景もありきたりに感じてしまう。知り合いの実家がこの近くにあるのだが、そこは、このN20から右に分かれた後県道をしばらく走っていくところにあり、よくよく思い出すと、昨日走ったトゥールーズ西部の風景に似ている。そういえばその知人も、周囲に家がなく、日常のパンは1週間にまとめ買いをし、大型冷凍庫に保存し、食べる前日の夜にキッチンに置いておくのだと言っていた。フランスの郊外、地方では、業務用かと思うような大型冷凍庫を見ることが多い気がする。 Foixへあと10kmという所で急に山岳地らしくなってくる。道路のすぐ右側に川がみられるのは、ここが峡谷状になっていることを意味している。川には堤防もなく、深い草とまばらな林が美しいが、両脇の山には雲がまだかかっている。残念だ。 Foixという街は、想像していた以上に大きく、そしてやや観光地化されていた。たしかに街の中心部は2kmも走れば抜けてしまうのだが、川に沿った崖のぎりぎりにまで建物が並び、街路樹と広い歩道、中央の公園を持った大通りがあり、ちょっとしたブランドのチェーン店があちこちにみられる。特筆すべきは一段高くなった崖の上の城である。やはりスペインとの戦いで必要だったのだろうか、こんな山の中までも立派な塔をいくつも持った城郭があるのは、ちょっとした驚きである。さて、これからの進路であるが、ここにたどり着く前に、電光掲示板におよそ40km程先の街からは通行止めであることが表示されていた。そこに至る前に、Foixの10km先のTarascan タラスカン(?)から西に折れるD618が魅力的であった。地図上では標高1250mの峠を越える、カーブの多い道で、見晴らしも良さそうであったが、やはり雪が心配で、また時間の余裕もあまりないということから、やはりFoixから太い線で書かれたD117をとることとした。 たしかにそこかしこにはっきりと雪が積もっている。これで一番高い所でも標高600mであるから、その上に行くのはやっかいであっただろう。チェーンを巻いて通ることは可能だし、道の整備もかなりなされているので(塩撒き、除雪)、不可能ではないが、いずれにしても雲の中に入ってしまえば楽しさは半減ではすまない。我々は時折、時折通り過ぎる街の風景を遠くにみながら、よく整備された県道を走り抜けていく。St. Girons サン・ジロンというFoix程の大きさの街で、北へ向かうD627へと進路を変えた。この街はFoixと比べると観光的な要素が全くなく、ただのコンクリートのアパートが並ぶだけに見える。やはり何か普段の生活と違うものを見たいという意識が強いのだろうか、「古い町並み」というよりも、「古く見せる町並み」に気を引かれてしまいがちだ。 D672は、山間に開かれた道を曲がりながら、トゥールーズへと向けて徐々に標高を下げていく。やはり、同様の風景でも国道と県道では景色の見え方が全く違ってくる。道路のすぐ近くから見えるし、街も近い。 午後もだいぶ時間が経ってきて、昨日と同じように雲が晴れてきた。太陽が西へ傾き、正確な間隔で並ぶ街路樹がその影を道路上へ落とす。 一日がまた足早に過ぎ去っていこうとする。夕暮れのそう長くない時間は、緩慢な長距離ドライブの中で目の前の風景をダイナミックに変えてくれる。この時間はむしろ、運転自体単調であった方がいい。景色も、山岳地帯よりも、平地や丘陵地のほうが、木や家や雲などの影がみわたせて好きだ。トゥールーズまでの高速でまた、一回通り雨にあった。高速の最高速度が130km/hから110km/hになるが、それでもまだ早すぎるほどで、タイヤが急激にたまった水にとられる。友人を街中におろし、私は家族と合流するために国鉄駅前のホテルの近くに駐車する。明日はもうトゥールーズを離れる。家族の到着を待ちながら、私はまた地図と睨み合っていた。
2005/02/22
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Aquitaine et Midi Pyrenees (4) 夕方の4時過ぎに友人と合流し、今夜の宿に荷物を置き、我々はトゥールーズ東部に向かうことにした。ここからおよそ1時間のところに、かつてスペインとの戦争に備えていた古い城のあるCarcassonne カルカッソンヌという街があるので、夕暮れから夜になる城の様子を見に行こうというものだった。ただ、途中のサービスエリアで考え直したことは、二人とも既に何回かそういった風景をみているのに、もう一度行くのはどうか、、、ということだった。というよりも、友人の気持ちが「地中海」へ傾いているようで、すでに車に積んできた地図では切れて表示されていない地域をしきりと気にかけているのだ。Aire de repos(サービスエリア)内の池。トゥールーズからはピレネーも大西洋も、地中海も近い。そこで我々は、夕陽に映えるカルカッソンヌの城を高速道路から遠目に眺めながら、進路をさらに東にとった。カルカッソンヌの城の風景については、いずれ他の機会に紹介することにする。このあたりは、南は当然ピレネーであるが、北側にもそれなりの標高をもつ山岳地帯があり、ちょうど広めの渓谷のような地形となっている。それらの稜線は高度を下げながら次第に合流し、高速道路上で小高い峠となって終わる。ちょっとした岩稜帯を両脇にみながら、地中海まで50km程のゆるい下り坂となる。視界がひらけ、あたかも地中海までみえるようである。高速道路はNarbonne ナルボンヌという大きな街で南仏とスペインを結ぶ高速道路に合流する。さきほどからしきりに「Barcelonne バルスロンヌ」と書かれた標識が目につくが、それは、バルセロナを示す仏語である。我々はナルボンヌで高速を降り、国道に入って南下し、湖へと向かう県道D112を目指す。進入路を一度間違えたものの、湖の方へ向かい、先端部へと到達した。小さな集落がある。灰色の壁に、白や緑の雨戸が閉じたままになっている建物が多い。フランス人は別荘を持つ人が日本よりも多いようで、特に海沿いなどにいくと、それがよくわかる。ちょうど今のような風景で、おそらくは夏のバカンスの時にしか人は帰ってこない。いくつか、ここの県のナンバーと思われる車が駐車され、そしてパリ近郊のナンバーもいくつかみられた。夜になり、寂しい街灯の中を歩く老人を二人ほどみかけ、一度だけ対向車に出会い、我々は湖についた。ここから先は地図上では細い一本の線でかかれている。湖から出て海を望む岬を半周する道路で、その行き着く道路は、先ほど入ろうとしていた県道だ。左に湖、右に海と遠い海岸線の街灯をみながら我々はこの岬へと進んだ。ところが、困ったことにこの道はまったく舗装されていなかった。舗装されていない砂上の道は、その上、雨のせいかいたる所に大きな水たまりと、タイヤでえぐられた穴があり、前輪駆動の普通自動車では多少不安が残った。「スリップしたら倒木でもかませて出よう」などと思いながらも先を進む。冬でなければ窓を全開にして海の空気を吸うであろうし、夜でなければ波をみながらピクニックでもしただろうが、どうにも冬の夜では窓を閉め切って前に進むしかない。しかも同乗しているのが同姓の友人とあっては、まったく何をしに来ているのかわからない状態だ。途中ドライバー交替で外に出たが、やはり風も吹いて寒い。街の灯も遠く、空が澄んでいたのだが、残念ながら月がでていて星空も楽しめなかった。もう目的は、はやく街に戻って、一刻も早く夕飯にありつくことであった。さて、歩くような速度で20分ほど進んだ先にあったものは、予想と反し県道ではなく、小さなブドウ畑であった。このような海沿いで、掘れば塩水が湧いてくるような所でどうしてブドウ畑などを作っているのだろうと思ったが、問題はそれよりもむしろ、道を見失ってしまったことだった。海と反対側は、高さ5mほどの台地状になっていたので、そこに道があるのかと歩いて登ってみても、やはりちょっとしたブドウ畑しかない。月のない夜であれば、ここからの星は空を埋めるであろうと一瞬イメージが頭をよぎる。「仕方ない、戻ろう」そうして我々はナルボンヌの街へと帰りついたのだった。ここで夕食をとるかどうか話し合っていると、Narbonne-plage と書かれた標識をみつける。plage プラージュとは浜辺のことだ。地図ではもうはっきりとはわからないが、この街の海辺が近くにあるらしい。海辺であれば少なからずレストランもあるだろうし、なによりもきちんと地中海に触っておきたい。さっきはタイヤのスリップがこわくて、そんな気持ちの余裕などなかったから忘れていたのだ。我々はこの標識についていくことにした。しかし、よくよく困ったことがおきるものだが、10分以上走っているのに全く到着する気配がない。むしろ、道は上に登っているのである。そしてついに、「Narbonne-plage 15km」といった標識をみるに至って、どうもこれはNarbonneの街とは別の区域にある所なのだ、という考えに到達した。道はどんどんと山道に入っていき、背の低い草に覆われた丘にそって曲がりくねりながら、浜辺へといちおうは近づいていく。暗くて見えにくいが、この辺りもいくつかの丘によってつくられているようで、もし夏の昼であれば、熱い太陽に照らされた丘と海のコントラストを眺めながら、時速70kmで入ってくる爽やかな丘陵地の風を受けて走ることができたのであろう。たどりついた地中海は、ただひたすら黒く、ひたすら寒かった。完全にバカンスシーズンを外した海岸には人はなく、なぜかと問いたくなるように一軒だけ空いたバーが唯一の光源であった。「とにかく海に触っていこう」と車をでたが、とにかく寒い。強い風のために、砂浜にはきれいな模様ができて、踏むたびに砂が風に流されていくのがわかった。思えば、ニースの方の海岸にはあまり砂浜はなく、小石に敷き詰められた浜辺であった。結局ナルボンヌの市街地で夕食をとり、トゥールーズに帰ってきたのは夜の10時。帰った先で行われていたパーティにつきあって、眠りについたのは2時半過ぎであった。
2005/02/21
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Aquitaine et Midi Pyrenees (3) 旅行計画を練っている時、ピレネーから続く丘陵地帯に目がとまった。地図上ではこれらの丘陵はピレネーからまっすぐ北方にいくつもの稜線を走らせている。パリから西へレンヌの方へ行く時など、いくつもの丘を上り下りしながらまっすぐと進む道に出会う。トンネルを掘るほど高い山でもなく、また迂回していく道もまたないようで、5%以上の坂をただ直進していくのだ。しかしながら、地図ではこれらの道は随分と曲がりくねっているようで、どうやらつらなる丘もそれなりの標高であるようだった。同行の友人が予定のある午後の3時間ほどは、その辺りを散策することにした。中心街で友人をおろし、ガロンヌ川をわたり、広大な土地をもつ古い病院の脇をぬける。この病院と、大きな橋、そして川岸の石畳、これらは見事な赤レンガによってつくられており、日中、夕方、日暮れ時にそれぞれ異なった美しさをみせる。夜は夜で、空にうっすらと尖塔の影がうかび、また川がゆったりと曲線を描いているために川沿いにずっと続いていく街灯のラインがやさしい。病院脇を通過した後、車はまず県道D622に入る。この県道で街の中心部から郊外の住宅地を通っていく。トゥールーズのすぐ外周は新しい何の飾りもない建物が多いが、また離れた集落となると、地方色を感じさせる街となる。特にここでは教会が独特で、やはり赤レンガによってつくられているのだが、それが角張った尖塔ではなく、円柱のようにのびていく。各階のしきりは白く塗られており、装飾の少ない塔のあざやかなポイントとなっている。 こうした街を2~3抜けていくと、広大な丘陵地帯となる。不思議なのは、冬の最中であるにもかかわらず、丘が緑に包まれていることだ。これらの多くは牧草のような背の低い草のようである。また道路沿いや家の周囲には松のような常緑樹が多くみられる。以前リヨンの西部郊外をドライブした時に似たような標高差のあるいくつもの丘が折り重なる風景をみたが、ここでは街の集落が小さく、より緑地が目立つ。そして多くは小さい倉庫などを持つ一軒家である。これらの家屋は旧市街にみられる赤レンガ造りではなく、白っぽい壁にオレンジの瓦、というスタイルが多い。雨戸にラベンダー色やあざやかな青がつかわれていて、目を引く特徴のひとつであるようだった。車は丘をひとつ越え、ふたつ越えしながら、車線のひかれていない小さな県道を進んでいく。丘が並列して直線状にのびているせいか、県道の左右はどこまでもみわたせる。午前中には雲で覆われていたこの一帯は、午後2時を過ぎた頃から晴れはじめ、まだ雲は残るものの、視界は充分に確保されていた。ふと、右斜め前に、細い稜線上を走っていく道をみつける。その道を降りて行った先500m程の所には、農家らしいいくつかの棟によってなる家がみられた。ちょうど県道からつき出た谷をみわたす見晴し台のようなそんな地形の上にできた家だ。「上下水道はどうしているんだろう」という疑問が不意にでてくるほどの、集落から離れた家だ。どうしている、といって、別に井戸を使っているというわけでもないからちゃんとひかれているわけだが、それにしてもこういった所まで整備されていることは、この自然の中にいるとなかなか簡単には信じられない。 思わず引き込まれ、その途中まで車を走らせるが、2頭の番犬に吠えられた所で引き返す。それにしても、一日の始まりと終わりをこうした自然の中で過ごすことができるのは幸せなことに思う。次に変えた県道は、標識がしっかりしていなかったため一度見落としてしまった。おおよその目安を走っているので、次の集落の名前が書かれた標識をみた所で間違いに気づく。もう一度、通るべき街の名と県道の番号を確認する。分岐点から到着する最初の街の名を覚えていれば問題ない。分岐点を南方へ折れてしばらく進むと、周囲の景色は、再び街の風景へと変わっていった。高速道路のインターにつながる道へと連絡したのだ。1時間程度のちょっとしたドライブであったが、その前までフランスでも五指に入るかのような大きな都市にいたということを忘れるような風景だった。トゥールーズへと向かう高速にのりながら、一度、雹を含む集中豪雨におそわれたが、その後は、低く厚い暗黒色の雲も過ぎ去って、きれいに洗い流された街に迎えられた。
2005/02/20
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Aquitaine et Midi Pyrenees (2) 写真左、アルビ。教会の下にひろがる赤い街とドルドーニュ川。写真右、トゥールーズ南西近郊のとある街。教会の尖塔のつくりがおもしろい。朝9時、我々はホテルに程近い国道N88上にいた。中心街から離れた集落が国道沿いにつながっていっている。赤レンガの建物にまざって、ここ1~20年ほどに建てられたかと思われるような白い飾り気のないマンションがみられる。ここでは純粋なフランス人はまだそれなりの人口を維持しているようだ。小さなスーパーもいくつかみられるが、八百屋、肉屋、パン屋などの個人商店もまだまだ元気だ。朝市の時間にぶつかってしまったため、街を抜けるのに少し時間を使ってしまったが、予定では12時頃までに再びトゥールーズに戻ってくることになっている。街を出ると、両脇に木肌の白い樹木の並ぶ街道となった。いくつかrond point ロン・ポワン(ロータリー)を通り、高速A68に乗る。雲が暗くたちこめるあいにくの天気だが、それなりの視界は確保できた。それに昼になると晴れることはよくある。 トゥールーズから南に行くともうすぐにピレネー山脈だが、このあたりはちょっとした丘陵地にすぎない。所々にトウモロコシを干す柵状の巨大なケースがみられる。トウモロコシ畑、麦畑は高速からみる風景でもっとも頻繁にみられるものだ。近づいて土にさわってみるとまた異なるが、遠くから見て通り過ぎるだけではまったく味気ない。1時間しないうちにアルビに着く。ここは以前来たときに迷ってさんざん市街地を走ったのでもうOffice de tourismeを探す必要もない。いつごろからあっていつまでいるのかわからない移動式遊園地も大通りの公園内に健在していた。高速から降りてこの大通りに入り、噴水や旧市街の入り口に広がるカフェ群をみながらさらに進むと、下り坂から橋へと出る。tarn タルン川だ。左後ろをふりかえると、そこには階段状にのぼっていく赤レンガの町並みとその頂点に立つ教会がみられた。橋をわたり終えた所に停車できる場所をみつけ、しばらくそれを眺める。川の流れる音がかすかに聞こえる。みてみるとこの橋のもう少し街に近いほうに古い橋がある。この橋は花で飾られた昔ながらの堅牢な石造りの橋で、正面にはそびえ立つ教会、左右には広く深いタルン川がみえる。教会はまた独特で、なにか要塞のようでもある。左右脇の入り口部分は白い石で細かく飾られているのだが、全体的には赤レンガの直線状の壁で囲まれている。それがどこまでも高くそびえ立っているのだ。我々は、この教会の脇をとおり再びタルン川をわたり、アルビの街を後にした。もっと時間があったならば、タルン川の上流を遡ってみたかった。ちょうどこのアルビから東に登ると国立公園に指定された区域があるのだ。しかし、我々は逆に下流へと向かう。ここからアルビを見下ろすような丘沿いの県道へ入り、ワイン生産で名のあるGaillac ガイアックを目指す。 斜面を削った県道はややきついカーブが続く。車通りも少なく、運転そのものが軽快で楽しかった。斜面からはタルン川と、所々に川沿いの小集落がみられた。川にかかる橋は遠くからみるとまたきれいで、広い川幅にかかるいくつもの石のアーチとその影がゆったりと流れる川の姿にアクセントを加えている。しばらくいくと、突然ブドウ畑がみられるようになった。どうやらガイアックの近郊に着いたようだ。ブドウ畑は、南側に面する丘の斜面をかたどるように広がる。畑の上にはカーブを持つと思われる広めの家屋がみられ、これらは3方を松のような常緑樹に囲まれていることが多かった。時折、試飲・直売と書かれた看板をみつけたので、土産にと思いその中から一軒、建物のきれいな販売所に入る。 丘の斜面は、下にいくほどなだらかになるため、上から見下ろすと高さのそろったブドウの木々が扇状に広がっていくようにもみえる。 夏や秋であれば葉も茂り生き生きとしていたであろうが、すべての葉を落とし、小枝もきられたこの寂しい風景もまた、ブドウ畑のひとつの魅力に感じられた。販売所では、もちろん味の表現などはできないのだが、ひととおり試飲をさせてもらい、友人とともに3本求めた。5ユーロほどのワインで、市価と大差ないようだが、中間業者によって貼られるチケットなどがないことや、実際にそのワインが育った場所を見て試飲し選んだということが、空港の免税店や街のワイン店で購入するのと大きく違う良い点に思われた。ガイアックの中心街は結局丘陵地へとうかいすることで通らず、そのままもうしばらく丘の道を楽しんで、国道N88へと戻り、トゥールーズへと帰りついた。
2005/02/19
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Aquitaine et Midi Pyrenees (1) 朝のラジオで聞きかじった所では、ピレネーを越えてAndore アンドールへ向かう道が雪で通行止めになっているらしい。トゥールーズから、東南東に100kmほどいった所だ。当初、そのあたりの道をまわってこようと思っていたため、その無念さは大きいが、それよりも降雪による全体的な影響の方が心配である。何よりも、パリからトゥールーズへ下りるまでには、中央山地などの比較的標高の高い地帯があるのだ。時間は午後4時、通常であれば高速道路を使っておよそ6時間後にはトゥールーズへ到着する。私は、助手席に高校時代からの友人をのせ高速道路A10に入った。幸運にも帰宅ラッシュとなる17時前にパリを出ることに成功したのだが、それでもOrly オルリー空港から出てくる車によって混雑していた。彼らはおそらく空港勤務の人々であろう。朝7時頃にも、彼らが空港に向かう姿がみられる。A10に入るためには、パリからまずA6にのり、Bordeaux ボルドー、Nantes ナントゥ方面のA10へ分岐していくのだが、これをもうすこしA6に乗ったまま進むと、ちょうどオルリー空港の脇を走る。交通量の多いオルリー空港では、走行中の自動車のすぐ上を交差して通過していく飛行機を見る事ができる。車はほぼ150km/h程で流れにのって、Orleans オルレアンまで続く平地をひた走る。オルレアンまではおよそ1時間、そこでロワール川をわたり、Limoge リモージュ方面へとさらに南下するのだ。高速道路であるので、あまり景色を楽しむことはできないが、2月現在で17時半頃におちる陽と、それにともなって変わる空や大地の色は、長いドライブの退屈をなごませてくれる。平地の夕暮れの美しいところは、土や枯れ草がオレンジに照らされ、そこここに区画されているかのようにみられる林が落とす長い影や、石造りの農家の姿が、一見単調な景色にアクセントをつけているところだ。また、地域によって少しずつ異なるスタイルを見ていくのも悪くはない。オルレアンからA71へ入り、鬱蒼とした森に包まれたロワール川を渡り、Vierzon ヴィエルゾンを通過、このあたりで平地がおわり、次いでA20でChateauroux シャトルーへと着いた頃には、あたりは完全な夜となっていた。幸い懸念していた降雪はなく、道路の凍結もなかった。ここまでおよそ3時間程走っただろうか。我々は休憩とドライバー交代をかねて、Aire エールに入った。 やはり1400cc 75馬力の車で150km/hでは振動が激しい。高速で長距離移動をするならば、少なくとも1800ccは欲しい。その後また3時間ほどで、我々はトゥールーズへと到着した。同乗の友人はもともとトゥールーズに居たので、市内の地図は特に必要としなかったが、それでも少し迷う。そして金曜の夜ということもあって、人や車が出ている。トゥールーズという町は、大変すごしやすい。パリと比べて小さく、中心街がコンパクトにまとまっているが、レストランやバーの数は、とても1年では行ききれない程ある。町並みはレンガの赤色にほぼ統一され、明らかな地方色がみてとれる。これはスペインに近いせいだろう。話されている言葉はフランス語であるが、発音は仏語初心者でもわかるほどに異なっており、時には「これはスペイン語か」と思うほどの発音もきかれる。我々は中心街北東部にある国鉄駅から運河沿いに500mほど行った安ホテルへと入った。繁華街の辺境はどこもあまり良い雰囲気はない。街灯の数が減り、いたずら書きが増え、売春婦が立つ。あえてそういった状態を見に行く必要はないし、何かそのために具体的な行動を起こすこともないが、「美しいフランスだけではない」ということは忘れないでいたい。実際問題としては、強盗などの犯罪に会わないための予防策としてこうした状況を覚えておくことは必要であろう。明日は、トゥールーズから北東に向かったAlbi アルビとGaillac ガイヤック、それからトゥールーズ西部の丘陵地帯へと向かう予定だ。
2005/02/18
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明日から週末を利用してAquitaineアキテーヌ地方に行ってきます。ピレネー山脈をみるためです。本当は最近できた地上高300m以上というMillauミヨーの高速道路の橋を通ってみたいのですが、コース的に難しいのと、通行料をどんだけとられるかわからない(調べていない)ということから、今回は大西洋側に集中してこようと考えています。なお、昨日のテレビで見たところ、ピレネー山脈は雪と氷に覆われており、チェーン規制のみならず、通行止めの場所も出るなど、あまり好ましい状況ではありません。できるかぎり、その懐へ迫っていこうとは思っているのですが、もしかしたら、遠くから雲に覆われた山塊らしきものを写真におさめるのみになるかもしれません。あとは、スペインとの国境であるBiarritzビアリッツに行きます。そこから、砂丘で有名な一帯へと北上し、Bordeaux ボルドーからはまっすぐパリへと帰ります。そういったわけで、ちょっと日記の更新はできません。<フランスで最初に運転した日、(14)/14までアップ>
2005/02/17
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一日が終わり、静けさを取り戻した宮殿前広場ヴェルサイユの夜景にはあまり馴染みがないと思う。外から見て終わりになってしまうからだと思うが、もし車で通り過ぎるだけだったとしたら、全く事情が違う。たとえば、昼のうちにパリをまわり、その後、北のChantillyションティイに登り、パリ北西を迂回しながら、ヴェルサイユへと降りていく。ヴェルサイユの市場のある広場周辺などで夕食をとり、ライトアップされた宮殿を見て行く。パリ北部のどこまでも平坦な耕地、古い船が岸に並ぶセーヌ川沿いの風景、深い森の中に一本だけのびる県道、郊外のゆったりした雰囲気の中での夕食、パリへと帰る高速から見えるライトアップされたエッフェル塔。こうした様々なパリ近郊の風景の一部にヴェルサイユのこの夜景があったとしたらどうだろうか?私はそういった理由で、レンタカー旅行を案内するのだ。<フランスで最初に運転した日(12)/14をアップしました>
2005/02/16
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夜のサクレクールと、ペリフから見た裏のサクレクール車でサクレクールに行く場合は、徒歩で行く時のように表からアプローチするよりも、裏から廻った方が良い。ひとつには、表側は、ムーランルージュや歓楽街などのためにほぼ全日にわたって渋滞がひどいということがあるが、それよりも、裏から廻った方が、聖堂へのアクセスが良いという点がある。モンマルトルの丘の北側の一部には、静かで昔風の町並みが残っている。東側は観光としてはあまり雰囲気はよくないが、西側から登ると、モンパルナスの墓を超える橋を渡り、ゆるやかなカーブを描きながら登って行く美しい並木道に出会う。もし駐車する場所がみつけられたら、近くのパン屋さんで買い物をしてサクレクールでピクニックをするのも気持ちいい。聖堂の付近には駐車スペースがあるが、空いている場所をみつけるのは、あまり簡単ではないだろう。もしかしたら、5分程歩くぐらいの所に停めることになるかもしれない。あるいは、ちょっとだけ景色を見て次の場所にいくならば、聖堂のすぐ下に一時停車することもできる。警官がまわってきても、車に人がいれば注意されることもあまりないだろう。そのまま登っていくと、サクレクールのすぐ横を通り抜け、再び裏手にまわり、もとの所へ戻ってくるが、その途中には、貴重なサクレクールのぶどう畑が左手にみえる。とりたててどうというものではないが、周りのアパートとの奇妙な共存がおもしろい。写真左は、パリ周回高速道路(通称ペリフ)北部からみたものだ。近づいて見るのと異なるのは、それがパリの一部として風景の中にちゃんと溶け込んでいることが確認できる点だ。また、高速という生活道路の中から見ることで、なにか身近な存在であるかのように思えることも、興味深い点だ。レンタカーの魅力は、もしかしたら日常的な感覚を味わえる点にもあるのかもしれない。<フランスで最初に運転した日(11)/14をアップしました>
2005/02/15
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モンサンミッシェルから40分ほど車を走らせると、城塞の街として有名なサンマロにたどりつく。この街の魅力は、時折訪れる激しい波にあると思う。風速30m/sec(フランス式には時速100km)におよぶ風がふきすさぶ中で城塞の壁にたつと、すぐ目の前まで打ち寄せる波しぶきを体に受けることもできる。駐車場は城塞の中で探さず、外のパーキングに停めると良いだろう。せまい石畳の城塞内の街は、車よりもゆったりと歩いていくほうが心地よい。サンマロは小さな岬の西側に位置する街だが、30分ほど行った東の端にはカキで有名なCancale(コンカル)という小さな街があるなど、この一帯での細かなドライブは変化に富んでいる。<フランスで初めて運転した日(9)(10)/14をアップしました>
2005/02/14
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バトームッシュなどと同様の視点を車の中から楽しめる。パリ市内であっても、渋滞を避けられれば気持ちよいドライブができる。特に深夜や早朝は普段の観光では得られない魅力がある。パリの南西部、ブローニュの森のあたりからセーヌ沿いの道に入ると、現在取り壊し中の古いルノーの工場から始まり、やがて目の前には遠くエッフェル塔が見えるようになる。いくつかの異なった様相の橋を超えていくと、エッフェル塔の手前に自由の女神がはっきりとした姿であらわれ、それらの間にある二層になった橋の上層には、時折地上部が多い地下鉄6番線が横切るのを見ることができる。天気が良いと、その向こうにはまたサクレ・クールと、その丘の裾に広がる無数のアパートたちを見渡すこともできる。そこから車はしばらく川面から遠ざかり、エッフェル塔の真横を通った後、たくさんの街灯や噴水、一本にすっと立ったオベリスクを中心に据えたコンコルド広場に出る。ここからが写真に出てくる風景となるのだが、ちょうどオルセーの見えるあたりからまた川面に降りていくと、著名な建物の数々を、頻繁に通過する橋の合間から見ることができる。この自動車専用道路は、そのままパリの東へ向い、財務省の大きなアーチを抜けたあとしばらくして、パリを出る。すばらしい30分あまりのコースだが、日中は速度取締りが頻繁におこなわれているため、空いている時などは注意が必要だ。
2005/02/13
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小型車が多いパリの街角で比較的よくみかけられる広告つきSmart数年前からのSmartブレイクは信じがたいものがある。たしかにフランスでは免許のいらない2人乗り小型車が根強くあり、それらに類似している点から馴染みやすいということや、パリの交通状況にそぐうという点など、それなりの理由はある。しかし、あれよあれよという間に、オープン仕様が出て、今度は4人乗りができている。Smartだけではないが、フランスでは「広告を貼って低価格で購入」というようなキャンペーンがあるようだ。(フランスだけではないのかもしれないが)特に、メルセデスのAクラスと、この写真にあるようなSmartに多い。私は案外、このようにちゃんとデザインされた広告ステッカーが結構お気に入りである。それはちょうど自分の車に、ピレリだのレカロだののステッカーを貼っていたような感覚だ。それはそうと、トヨタエスティマを最近よく目にする。タクシーなんかが多いが、随分と躍進したものだ。トヨタといえば、最近ではヴィッツ、ファンカーゴ(ともにヤリスという)が多いのだが、大型車もレクサスやハリアー(なぜかこれもレクサスという)などが売れている。たいしたものだ。こんどフランスでよくみかける日本車についてリストアップしてみよう。<フランスで初めて運転した日(9/14)アップしました>*いままでのものに数点、写真をそえました。
2005/02/12
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Chamonix シャモニーから東へ、Zermatt ツェルマット北を抜け、イタリア国境を目指す。シャモニーからイタリアに入る時は、多くの場合環境問題や火災などで話題にのぼるモンブラントンネルを抜けてアオスタという街に抜けるのが一般的で、時間も早いようだが、一方で北東へ進路をとりN506にのり、Forclaz フォルクラツ峠を通るのも良い。のんびりと峠に向かううねった道を登っていく。峠の駐車場からは、フランス側の谷を見下ろす散歩道があるので、気分転換によい。この辺りは膝くらいまでの草が生えているくらいで、眺めが良い。ここからツェルマットに近い街までは、狭い峡谷状の急斜面にワイン畑が広がっており、古い集落もみられる。こうした、観光から離れた村々を見て走るのも心地よいが、もちろんツェルマットに行くことも目的に入れるべきであろう。それにしても、暖かい日があると、夏のことを思い出す。緑と、空の深い青と、山頂の雪、その上の雲の流れ、太陽の光が強すぎること。山の、涼しく適度な湿りを含む風を、窓から出した手に受けて走る。夏の山地のドライブは私にとって大切なひとときだ。<フランスで初めて運転した日(8)アップしました> (14で終了)
2005/02/11
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夕日をうけるMt. St-Michelどうもページを見ていると、モン・サン・ミッシェルは随分人気があるようだ。一カ所の良い所には、一日の変化、季節の変化、年による変化すべてをずっと見ていたいという気持ちになるが、せめてモン・サン・ミッシェルには日の出から夜までいたい。しかし、日本語の通じる日帰りパックツアーではそういう訳にはいかないのが悩みだ。パリからTGVに乗ってRennesレンヌまで行き、一日6本程度でているバスにのると秋終わりから春のはじまり頃まで、日没なら見ることができる。大西洋に向かって静かにたたずみ、歴史を刻みつづけたMt.St-Michelを感じることのできる瞬間だ。もちろんレンタカーであれば、朝5頃にパリを出て日の出を見、ゆったり島を巡ったり、St-Maloサンマロなどの有名な街を見にいったりしながら、また日没を見て夜のライトアップを堪能して帰ることができる。できれば近くに一泊して近辺をもっと散策していきたい。*日本語OKの日帰りツアー朝7時とかに出て、朝食にはオニギリが出るとの話しが。お昼をかの島で食べるのも、せっかくの機会とは思うが、いわゆる「観光的」で「たいしてうまくない」のは仕方ない。しかもお値段はナカナカのもの。。。前にガレットをおやつ代わりに食べたが、味オンチの私でさえ観光地の厳しさに口数が減ってしまったほどだ。その辺は、サン・マロに別荘を持つ友達も保証済み。おそらく、事前にJambon(ジャンボン)ハムを買っておき、ホテルの朝食の時にパンとバターを失敬してサンドイッチを作って持参し、外の景色をみながらピクニックする方が楽しいのではないだろうか。この日記はmineral1210さんの>>この日記
2005/02/10
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凱旋門を北西からみた所。冬ならば8時頃でもこれくらい暗いパリは都会であるので、当然ながら渋滞はすごい。しかも、通勤に車を使っている人の割合は、東京よりも多そうだ。おおよそ7時くらいから9時すぎまで、パリへ向かう道、パリの周回高速などは特に念入りに渋滞する。しかし、8時頃まで、パリ内はそれほど渋滞もせず、そこからパリ外へ逃げ出せば、渋滞にまきこまれずに済む可能性が高い。もし、パリに何泊かした後に地方にでかける時は、朝の良い時間にでると快適な一日となるだろう。。。写真は、春頃だっただろうか、街はまだ街灯の明かりに照らされ、清掃作業が黙々と続けられている。凱旋門をはじめ、多くの建築物は光を落とされ、静まりかえっている。その下を通勤の車たちのヘッドライトが行き交っていく。通りの店は、すでに何人か待っている客のあるパン屋と、カフェ以外シャッターで閉ざされてしまっている。これから一日をはじめる その前のゆっくりとした胎動を車窓ごしに感じることができる。---------------------------------------------------------------------------Freepageの「フランスで初めて運転した日(6)」アップロードしました。
2005/02/09
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パリ北東100kmほどにあるPierrefontの城これをネタにページを作ってみたものの、フランス旅行で来る人で、「レンタカー借りよう」って人は実際んとこどんくらいいるんだろうか?商談とかの仕事で来た人で、勝手のわかる人がレンタカー、、、というのはそれなりにありそうな話しだけれども、「人生ではじめて」、、、という状況では、トラブルのことを考えると、とてもそんな気になれないように思う。まして、だからといって、何回も何回もフランスばかりに来つづけるような人もそんなにいないかもしれない。。。ところで、既に住んでる人は、適当に情報集められるだろうから問題はあまりないだろうけども、時々車かりて遊びに行ったりしてます~ ていう人はいるんだろうか?<フリーページで、「フランスで初めて車に乗った日」を開始><1~3、に続き、4と5をアップしました>
2005/02/08
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目にしてくれた皆様、こんにちは。これからネタがつきるまで、車から見たフランスの風景、小さな町の観光などについて記憶をたどりながら、お伝えしていきたいと思います。見てきたものを文章に写しかえながら、時折、いくつかの写真をリンクしたりするでしょう。しかし、これらはちょっとした旅の魅力の一部の紹介でしかありません。同じ目の前のものでも、どうしたって見る人の気持ちによって感じ方や、実際に目にするもの自体大きくかわってくるでしょうから、「ちょっと長めに書かれた旅行情報誌」というくらいに読んでいただければうれしいです。そしてなにより、これらの情報をもとに実際に旅立たれお互いに話し合うことができる日がきたとしたら、これ以上うれしいことはありません。それが、とりもなおさず、このページの目的でもあります。なお、車の借り方、交通ルールなどについて、順序だててご説明できればよいのですが、どうしても散逸ぎみになってしまうと思います。ただ、何かご存知になりたい情報などがありましたらお知らせください。まだ書いていないことでしたら、すぐにそちらに取り掛かります。それではよろしくおつきあいください。
2005/02/07
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Peugeot306 1.4L 75psこれからの車旅行記をつくるのに欠かせない主人です。子供ができ、両親など知り合いが仏に来るようになり、205も2年ほどで5ドアの306に乗り換え。これは170km/h巡航も可能で、燃費も悪くない。今後も1.5L以上の車は買わなくてもいいんじゃないかという考え方のもとになっている。ギアが5速まで使えるようになったので、高速道路での走行時に大変重宝している。燃費も、100km/h巡航で(ほぼ信号などなしで)16km/Lオーバー(フランス式にいえば6 L/100kmアンダー)スバラシイ。
2005/02/06
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Peugeot205 junior 1L45psフランスに来てしばらくして、子供ができたこともあって買った。205は日本でもGTiが有名だったこともあって、すごく欲しかった。3ドアが一番カタチとして好きだ。なにぶんフランスの中古車だと15万km以上走っている車はザラなので、そうするとエンジン交換という話しになったりするので「なるべく酷使されておらず、できる限り走行距離のいってない安いやつ」というのが目標となった。中古車個人売買サイトでみたところ、好きな赤で、おばーちゃんが使っていた7万キロしか走っていないのがあり、20万円くらいだったのでそれにした(フランスは中古車が高い)。正直、日本で買ったほうがずっといいと思った。日本の205サイトを見てみたりしたけれども、なに、「ドアから水が漏る」「コンソールから異音が」などとマイナートラブルで随分お悩みのよう。。。こちらは、「サイドミラー叩き折られた。窓ガラス割られた」「しゃーない、テープでとめるか、ビニールで覆うか。」だ。車の購入で飛躍的に行動範囲が拡がった。同僚の別荘や田舎に行けたり、電車やバスで行けない所にも行けた。120km/h以上で走るとオイルが漏ったり、アルプスを登る時に、2速でも息をつくなど、かわいそうな事もあったが、それなりにいたわりながら仲良くやれたと思う。今は、他の人の手にあるが、元気だろうか。随分前に「高速で休んだらそれっきり動かない」という電話をもらったが、ちゃんと直して使っているだろうか?
2005/02/05
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