PR
カレンダー
カテゴリ
コメント新着
キーワードサーチ
翌日、身体はものすごく消耗しているのに、どうしても出かけたくて、というか、昨日は自分の意思で出かけた訳ではなく、ただの運搬係として呼び出され雇用されただけであって、ご飯はおいしかったけれど、別に食べたいものだった訳でもなく、もんもんのボルダリング体験を見学して甥っ子の成長を垣間見られて誇らしかったけれど、それは決して昨日の私が切望していたことではなかった。
更に、体調が回復して口やかましくなってきた母に朝から小言を言われ怒り心頭に発し、どうやってこの怒りを抑えたものかと目尻を吊り上げてジリジリし、このままだと母を殺しかねないとさえ感じ、ハッとそんな自分が恐ろしくなったので、疲れているにも関わらず出かけた。
すべてなかったことにしよう、幻だったのだと、記憶を消すために。
私は一人になれる時間を欲した。
静かに思考を巡らせて記憶を真っ平らにしたかった。
私には結局誰とも会話をしない荒み切った生活が合っているのだ。
小説を読む、美術館へ行く、映画の世界に浸る、日課であるブログを淡々と書く、これ以上の幸せがあろうか。
母との生活に限界を感じる。
否、とっくに限界は超えていたのであった。
15
年ほど口を利いていない。
こんな生活に何の意味があるのだ?
神様、なぜこうなったのでしょうか。
テーマパークから帰宅 2026/05/12
もんもん、大人の階段上る 2026/05/11
お姑さんが 2026/05/10