ゆめ☆こうじょう
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僕は今どんな色を描いているのだろうか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・前回ブログを書いた後、ブログを開くことはなかった。今朝久しぶりに開いた。1年半以上前の年明けの寒い時期、東京で書いたブログ。いっぱいいっぱいの状態、それでも無理して進もうとしている当時の気持ちがよみがえる。ううん、懐かしい。今でも思う。あれだけ仕事と向き合い、戦った日々はない。24時間、休みもなく、常に炎上していた。人間が力で無理やりまわす、綱渡りな人間システムだった。でも、今なら分かる。あのときの自分は誤っていた。むちゃな要求や罵声を浴びせたお客様のお偉いさんの言ってたことも理解ができる。仕事でめちゃめちゃな状態の部門があり、敢えて乗り込んでいった。お客様メンバーも従えて、リーダとして仕切り、矢面にたち、めんどくさいことも、泥仕事も進んでやりチームワークを固めて、それはそれですばらしい形になっていった。ストックホルム症候群???ただ、それは溢れる仕事を尋常じゃない時間と労力・・・まさに力技で仕事をまわすことだった。回らなかったところでまずはまわすこと・・・それは間違っていなかった。半年くらいして結果が表れ、消費税8%のお祭り騒ぎも乗り越えて、多方面から評価をいただいた。間違っていたのは、その先だった。つまり改善することに目が向かなかった。そんなことする時間がない。これ以上働かせるのか、、、現場が混乱する。それよりも今やるべきことがある。そんな感じだったのかな。お客様はいろんな角度からいろいろ言ってくるが邪魔で感じてならなかった。そしてさらに間違った方向に走り続けてがんばった。お客様のトップから見たら「改善したい」という目的があった。いつまでもこんなこと続けてられないやろ!って思うのは当たり前だ。っが、僕がそれを抑え込む形になってしまっていたのかな。むしろ回らない方がよかったのかもしれない。悪をあぶりだすためには・・・。だんだんあたりもきつくなった。走っても走っても裏目に出るばかりだった。ただ、当時の僕はそれが分からなかった。見えなかった。僕だけでない。僕の上もグループ全体も。がんばりが足りないとばかり思っていた。それで走りきった日、前回ブログから2ヵ月後、僕はついにカラダが動かなくなった。自律神経がとんでしまった。初めての経験だった。頭では会社に行かんと・・・って思っていても脳からの指令がどこにも伝わらない。偶然にも同日、一緒に戦ってくれていたウチの部長も脱落した。ちなみにその1ヶ月前にはお客様の管理職も脱落した。おふたりとも優秀で屈強なマインドの持ち主だった。それから僕はひっそりと東京生活にピリオドをうち関西に戻った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それから1年経ち、今年の冬。気持ちの整理がつき、お世話になったお礼すら言えていなかったのでお客様のところに伺った。トップの方が1時間も時間を取ってくれて会議室でいろいろ話をした。なにがいけなかったのか、どうあるべきだったのか、それから双方の近況等・・・・・・。あの状況でまわすとこまで持っていき、次に進める舞台を整えた功績をほめてもらえた。ただ、なんでもやりすぎやと。脱落したあと、メンバーが危機感を感じてみんながもっと前面にたって必死でカバーしていたと。できたんだよ。それを1人で抱えてこんでしまって、まわらなくなって、潰れたんだよって笑顔で言ってくれた。そこにはいろんなあたたかい気持ちが溢れていた。ひとつの区切りがついた。東京での3年弱の必死な日々が自分の中でやっと消化できた瞬間だった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カラダは昨年の春には元に戻りそれからは1年以上普通に働いている。波はあるが全然平気だ。フルマラソンも完走したし、すこぶる元気だ。でも、自分自身に納得がいっていない。手を抜いている訳ではない。むしろ真面目にやっているが充実感を感じない。なんでだろう。ここ1ヶ月くらいずっと考えていた。それが最近分かった。視野がせまくなり、相変わらず目の前のやっつけ仕事になっているんよね。また、目的があるが、たまにその目的を達成するための方法・手段が目的にすりかわり、結果として外していたり、後で言われて「げっ!」って気がついたり、、、なんか歯車がおかしい。東京でのあの経験が全く活きてないんよね。考えることを怠っている。「経験」って体験したことを次に活かし徐々に改善していくこと、成長していくことのカタチであって、繰り返しているうちは、それは経験ではなく、逆にその当時の時間と労力とムダに捨ててることと同じやねんね。こんなにもったいないことはない。残念すぎる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昨日、東京の時に一緒に働いていたメンバー(彼も今は関西)とランチに行った。そこで出た話は当時は「しんどかったけど東京の日々は充実してたなぁ~」っていう話。お互いに思っていた。あれだけ本気で必死に走り続けたから、セピア色に色あせても自分の中で輝いているんやろうね。でも、最近の僕はたぶん未来からふりかえっても輝いてはいないだろう。いや、ふりかえらないだろう。妥協や、逃げや、誤り、怠り、納得できないいろんなものがあるから。真剣に彩った色はどんな形であれ、それが成長の種となり、人生の糧となる。未来でもそれがきっと活き、今より更にいけてる人間、イメージに近づける人間になれてるんやと思う。仕事では次が決まった。僕はたぶんまたまた東京に行くことになりそう。新しいお客様。一つの仕切りなおしかな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕はそこでどんな色を描いていくのだろうか?
2016.07.28
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