右肩下がりの人生
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先ほどネットニュースに『教師が黒板にイジメを呼びかける』という記事がありました。実際に私も小学校の教師によるイジメの助長で、学校での居場所が無くなり不登校の原因の一つにもなりました。このようにイジメの原因を教師たちが作っているケースも少なくありますせん!今日は、私が受けた教師からのイジメの助長を書いてみたいと思います。あれは私が12歳の小学校6年生の事でした。当時の担任は5年生から持ち上がりの、W稲田大学卒業で暴言暴力が当たり前の最低最悪の男でした。当時のTV番組とかで、クラス全員で縄跳びをして記録を競うような企画が流行っていました。その担任の教師も時々、普通科目の授業時間にもかかわらず、「今日は運動場で縄跳びしようか!」と、急に授業予定変更で縄跳びになったりしていました。縄跳びと言ってもTV番組の企画のような全員で一緒に跳ぶものではなく、一人一人が順番に回っている縄に入って跳んでは出ていくというものでした。「20回跳べたらアイスクリーム奢ってやるぞ!」などと言い、生徒と賭けをはじめました。もちろん体育が苦手だった私は大の不得意でしたので、たいがいは私かもう一人の運動が苦手な男子生徒が縄に引っかかって記録がストップしていました。「またN島か…」「ちゃんと跳べや!」「どんくさいわ!」「勉強ばっかりしとるからや!」私のせいで記録がストップするたびに同級生から責められます…。私はそんな予定授業が変更されての縄跳びの大嫌いでした。そんなある日、また「今日は勉強するのシンドイから縄跳びしよか?」と言い出しました。「縄跳びしたい人手をあげろ~」ほとんどの生徒は「やったー!」と喜んで縄跳びに賛同して手をあげていましたが、責められるのが嫌な私は手を挙げませんでした。クラスで1人だけ手を挙げていませんでした。すると担任の教師は「はい!N島が縄跳び嫌やって言ってるから縄跳び無し!」「N島がしたい勉強や!」そう言って教師は怒気を含みながら私を睨みました。同じくクラス全員の生徒が私を冷たい眼で睨みつけていました。その瞬間から小学校での私の立場が無くなりました。あの時の同級生に、比較的仲の良かった友達までも振り向いて私を睨んでいた眼や顔の表情が今でも忘れられません…。私のせいで縄跳びが無くなり、始まった授業中でも担任教師のイジメを助長する発言は止まりませんでした。授業中何回か「これで満足ですか?N島君」「こんな授業で満足いただけましたか?」と嫌味の発言を繰り返しました。まさしく最低のクズ教師でした。こんなクズ教師に私の人生を壊されたのかもしれないと思うと、本当に悔しくて無念です。生徒たちから『しばき』と恐れられたキレる言動。授業中の私語などで、埃をはたいて掃除する『ハタキ』の竹製の柄の部分で、生徒の顔面を何度も叩き、顔に血がにじむまでのミミズ腫れを何本を刻んだり、体育の時間に同じ運動場を使っていた1年生が邪魔だと背中から靴の跡がつくほど蹴り飛ばし、2mほど蹴り飛ばされた小さな1年生は両膝と両肘を擦りむき泣き叫んでいました。1年生の女性の教師も想像も出来ない行動に、蹴り飛ばした教師にただあやまるしか出来ませんでした。その現状を見て私は「殺される…」と最大の恐怖を感じました。インターネットが発達した今の時代は、その教師の氏名を検索すると出てきます。信じられない事に、未だに現役の教師でいるのです。何年か前には可愛い奥さんと結婚をし、バンドのような活動をしたり、地元の歌などを作って広報誌に載ったりして、まるで過去の暴言暴力が帳消しにし、教師をはじめた頃から優しい良い教師のような人格を演じているようでした。この教師の両親も教師だったようです。今の時代は、SNSなどで教師の体罰や事件がすぐに明るみに出るようになりましたが、ほんの氷山の一角だと思います。
2019/05/17
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