南カリフォルニアの青い空

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2023.06.02
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お歯黒

 現代の日本人は、お歯黒(鉄漿とも書く)といったら能面と時代劇の映画でみるくらいだろうか。ウィキペディアに色々な説明があるが、私が覚えてるいわれは、後醍醐天皇の若い頃ひどい虫歯でボロボロの黒い歯をしていたので、「上様を恥ずかしめない」ためにと、家来全員が歯を黒くしたことから始まったと言うもので、他の説明より説得力がある。

 昔から、どの国でも権力者をたてる努力をしたもので、スペインでも舌ったらずの国王がSの発音をthでしか出来なかったらしく「国王を恥ずかしめない」ためにと全員がSをthで発音したところからカスティリオン地方のスペイン人はいまだにそう発音しているとか、インカ族だったか、マヤ族だったかの王子が斜視だったので家来全員目をよせるようになったとか言う話もある。

 筆頭の話に戻ると、私はもしかしたら日本でお歯黒をした人を見た最後の人間かもしれない。昭和20年代に疎開先の漁村で一人、30年代に東京で一人みている。最初の一人は小学生の頃、仲良くしていたカズエちゃんのお母さんであった。カズエちゃんのお父さんは目の不自由な針灸師で、お母さんもちょっと目が悪くて子供が5人いてボロボロの家に住んでいた。ある日、カズエちゃんが私のおはじきをごまかしたので、お母さんに言いつけた時「ヒロコちゃん(家)ち程ではないですけんど、こんなに落ちぶれても、元は武士の端くれです!自分の娘でも嘘や盗みはゆるしません」と言って「カズエ!ここにおいで!ヒロコちゃんからおはじきとったなら、すぐ返して、謝りな!」と怒鳴った時、口の中を見たのだった。

 家に戻って母に「カズエちゃんのお母さんの歯が真っ黒だった。」と報告すると、「それはね、お歯黒と言って昔は武家の既婚者がしてたのよ。今頃珍しいわねぇ」と言った。もう流行もすたれていたのであろう、自然に消えていったが、可なりのインパクトがあった。
 もう一人は、東京に戻って世田谷に三軒同じような安普請の小さな家をみつけ、その一軒を買ったばかりで、まだ近所の人も知らなかった頃の話。当時は隣組でのニュースを知らせる『回覧板』というのがあって、組長のニュースを読み終えたらお隣に回すのだが、ある日「これ、お隣にもってってちょうだい。」と祖母に言われて玄関の前で「こんにちは~、回覧板です!」と怒鳴ると、庭の右側から「あら~、ごめんあそばせ。今、髪の毛を染めてますので、ちょっとお待ちになって」と、浴衣姿のお年寄りの女性がタライの中から頭をもちあげ、長~い髪の毛を前に垂らして両手も水を切るために前に垂らしていたので、『まるで幽霊みたい』と思っていたのだが、更ににぃ~っと笑ったら真っ黒の歯をしていたので腰をぬかしそうになった。

「どなた?」と家の中から、か細い声が聞こえた。
「おた~さま~、お隣のお嬢様から回覧板ですって!」と玄関をあけると、 土間の後ろにある二畳間に布団を敷いて、そこにもっとお年寄りが横たわっていた。その『幽霊』の百歳に近い母親だった。

 家に戻って祖母に、「へんなのよ。お歯黒をした幽霊みたいな叔母様が、お庭で髪の毛染めててね、玄関をあけて、おた~様って呼んで私だけ中にはいったら、ミイラみたいな人が玄関に寝てた。化け物屋敷みたい。でも何故玄関に寝てるんだろう?」というと、「おた~さま?それって、天皇家しか使わない呼び名よ。おた~様は、お母様のこと、おも~様はお父様のこと。一体どういうお方だろう」と不思議な顔をした。それでも別に近所付き合いもせず、相変わらず私が回覧板を届ける日がつづいた。

 それから暫くたって、年に一度の園遊会に行った祖母が会場でぱったり、その『幽霊』と出くわして、「もしや、お隣の方?」「もしや、あのお謡とお鼓をなさる方?」と、互いに初めて知り合ったという具合。隣同士なのに、実に数年かかっていた。

 『幽霊』は、千種さんといって、おた~様なる『ミイラ』さんは明治天皇のお局の一人であった。「ヒロコ様は、気持ちが良いほど何でもはっきりおっしゃって、私だいすき。とんちがおありになって、面白い方ね。是非お友達になって。」といわれ、私は祖母よりちょっと若い、その千種の叔母様と友達になった。高校生の時だった。私は祖母にもいちいち報告するので、祖母や母も興味を持ち始めた。「ミイラさんが、明治天皇のお局っていう事は、千種の叔母様は大正天皇とごきょうだいって事?」「そうよね。そういえばお顔も似てらっしゃるわねぇ」とか、ヒソヒソと噂をしたが、想像であって真実はわからない。ただ、私との会話の中に面白いヒントがあちこちにかくれていた。

 例えば「今日は、父の〇〇祭の行事で皇居にいってまいります」とか、「私の妹は伊集院家に嫁ぎ(伊集院という陛下の侍従がいた時代)。」とか、皇居内のうわさばなしとか。勿論、私はこの歳になるまでその噂話の内容は家族の他に誰にも言ったことはないし、家族も口外などしなかった。そして、アメリカに嫁いだ後も、お亡くなりになるまで文通をつづけ、日本に帰る度に訪問をしていたので、珍しい話が沢山あるが、私が最後に見たお歯黒の人はその千種の叔母さまであった。









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最終更新日  2023.06.02 11:26:01
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