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2014.06.21
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 都議会議員のセクハラヤジについて思ったこと。

 発言権のない人が議員席のどこからかあの手の差別的な暴言をヤジとしてわめく、ということはよくありまして。
しかしこれってネットで匿名なことをいいことに国籍や性別、容姿に関して差別的発言をガンガン書いているのと大差はないと思ってます。

 どちらも表立って顔を見せないから過激なことを言える。暴言が書ける。議員会場で「子供が産めないんだろう!」とヤジを叫んだ誰だかわからない議員と、ネットの匿名掲示板で「女なんて~」的発言をしている人間に、そう明瞭な差はない。ネットを見ればもっと過激な言葉をノリやファッション感覚で使っている人間もたくさんいる。

 「いや、ネットと違ってあれは議会という公の場所で言っていい場所じゃない~」という人もいるかもしれないが、ネットでもリアルでもどっちも同じ。その手の発言というのは自分の脳内で思っているだけなら、表に出さなければ問題ないけど、どんな形であれ個人が特定できる状況で外に出したら世間からそういう反応がある。その反応が怖いとわかっているから、ヤジや便所の落書き的なネット匿名を使っている。過激な差別発言ができる。

 以前、匿名掲示板の情報流出から作家の発言者のIDがばれて多くの差別発言の履歴が表ざたになって謝罪、というケースがあったけど、その手の過激な発言は社会的地位を失っても言わなければならない、という覚悟がない人間には、あまりに重すぎる言葉であることは自覚すべきだと思う。それだけ他人を理不尽に傷つける可能性がある言葉であるのだし。

 ネットにあふれる「本音」と称した差別発言と上のヤジとの差はなく、どちらも特定されると困るのは発言者だ、という話で。

 表現の自由とは「こういう言葉も発せられることを許されている世界」でもある。これはマンガやアニメなどの表現規制反対する側が常に自分の中に持たなければならない矜持で、ここに関して「そういう発言をした人間を罰しろ」とは思わない自分。とくに過激発言(ネットでの書き込みも含む)に対して、同じ言葉で集中攻撃を喰らっているのは相手にも同等の発言する表現方法があるということ。相手を(言葉で)切りつけた分、自分も切り付け返された、ということになる。


 発言の責任を取るというのはその発言で自分がどう思われるか、であり。その発言行動の自由は認めたい。その過激な発言で傷ついた側の人からボコボコにされる覚悟の上で、だが。





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最終更新日  2014.06.21 11:35:13
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