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この時期、花粉症の私はクシャミはもちろん、鼻水ポタポタ (汚くてすいません。)を抑えるため、マスクの下にタオルハンカチを重ねて使用している。今年は新型コロナウイルスが世界規模で大流行なため、マスクが不足しがち。市場でも手作りマスクが販売されるようになってきた。折り目があるタイプのマスクより、立体型のマスクの方が個人的にはフィット感がお気に入り。折り目タイプのマスクの在庫はまだあるが、立体型マスクの在庫が底をついてしまった。このタイミング、立体型マスクを自分で作ってみようとチャレンジ。やや大判のタオルハンカチ、同じものが2枚あるので、1枚をマスクに。 使い古してやや縮んでいるが、28cm × 28cm 程度の大きさ。裁縫は、苦手な部類。もちろん、ミシンなんか持ってない。 なので手縫いで。何か参考になる作り方ないかなぁ~と見ていて、「手縫いで作れる」というタイトル発見。【無料型紙】手縫いでも作れる立体マスクの作り方(子供・大人サイズ)Mask patternhttps://youtu.be/EjydGGlXJi8早速参考にしながら作成。 パターン作成の縫代をとるのに、Youtubeをよく見てたら、定規で測ってきっちり。仕事が丁寧。私ときたら、定規など使わず適当で。この差に自分で自分に呆れた。 とはいえ、なんだかんだで完成。タオルについてた刺繍を活かしました。ハンカチタオルとお揃いだよ~ん。 完成までに2~3時間かかった。どんだけ~(笑) この方はお裁縫得意だから、サクサクと手際よく、16分程であっという間に完成されて・・・。女子力の差を感じるわ~。 でも、装着感はGoodなのだ。(自己満足)
2020年03月29日
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富士市のかなり北の方にある「大渕笹葉」を堪能した後は、せっかく北上してきたのでもう少し足を延ばして「社会福祉法人 誠信会」へ。 ここの敷地内には、『富士山の雪解け水』と『石油採掘跡地』が遺されています。 「石油採掘跡地」 二の丸という巫女が、戦時中に「富士山麓に石油が出る」という神のお告げを聞き、大がかりな石油採掘事業が始まったといわれています。巨額が投じられ、5年にも亘り石油採掘されました。1000m以上の深さに達するが、一向に石油が出ず、徐々に事業が消滅していきました。石油が出た際に貯めるタンクが、いくつかは現存するそうです。予言が当たらなかった二の丸、その後どうなったんでしょうか?? めっちゃ気になる~。資産家も巨額出資されてたでしょうから、ただでは済まなかったでしょうね・・・。「富士山の雪解け水」 飲み水ではありません。と書かれてなかったので、ごくごく飲んじゃいました。冷たくて美味しい。ここは「富士山登山ルート3776」海抜0メートルから富士山頂(標高3776メートル)を目指す全長約42kmの登山ルートの通過ポイントの一つです。 桜がちらほら咲いていました。ピンク色なので早咲きの桜なんでしょう。十分堪能した後は、取引先の方から教えていただいたお寿司屋さんで、「日替わり すし春ランチ」と、取引先の方のおすすめ「芽ねぎ」を頼んでみました。 めっちゃ美味しい。ネタがいい!! こんな美味しいお寿司は久々~。ここはまた来ると決めた。超お気に入り。 お寿司屋さんの駐車場からは富士山がきれいに見えました。ランチ時のちょろお出かけ、堪能しました。
2020年03月26日
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朝から富士山が雲一つなく、くっきり見えるので、富士山を撮影しに行ってきました。 毎週金・土・日に開館される古民家を活用したアートスペース「冨士芸術村」から歩く。芸術村からは要所要所に大渕笹葉の看板が設置されているので、地図がなくても迷わず行ける。芸術村横の駐車場には行き方の地図も設置されているので、大体の場所は把握しておく。 しばらく林道を森林浴しながら歩く と、いきなり辺り一帯が茶畑の場所『大渕笹葉』にでます。 ここは、電柱や電線が入らないので、富士山と茶畑の絶景撮影ポイントとなっている。 出発時には雲一つなかった富士山に雲が出始めてますが、景色が美しすぎて全く気にならない。富士山もですが、辺り一帯の茶畑が素敵です。 ここだけでも絵になる風景。 癒し~。毎年、GW時に開催される「おおぶちお茶まつり-富士山&茶娘撮影会-」お茶まつり開催時はかなりの混雑なのでしょう。駐車場の増設工事中でした。が、新型コロナウィルス感染拡大が危惧されることから、今年は茶まつり中止。残念ですね。
2020年03月26日
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「びく石」を堪能した後は、『水玉神社と十四地蔵尊』へ。 この分かれ道の上の道へ。下の道は「びく石」へ。『水玉神社』 参道では、苔の花が最盛期を迎えているようです。 そして、神社前の川沿いでは、菜の花が満開。 『十四地蔵尊』 駿河一国 百地蔵尊第十九番 昔、ホウエンさん(祈祷師のこと)が笹川の部落へ住み着いた人達のために十五の玉を下さった。これを氏神様とし、家内安全と部落の安泰、発展を祈願しお祀りした。突然の地震か大雨か大きな山崩れがあり、氏神様である十五の玉神様が埋まってしまった。土砂を掘り返したがどうしても十四の玉神様を見つける事が出来なかった。幸い、埋まらずに一体が見つけられ、この一体を水玉神社として、見つけられなかった玉神様は、十四地蔵尊として祀られました。「勝覚法師」 笹川の落人屋号[表]家から分家した「仲家」のさらに分家の「隠居家」という貧農の家で生まれた幼名:伝左衛門 は、子供のころから神仏を祭り敬い、祈りや呪文を唱え、霊感が働いて予言をしたり、悪霊を取り除くすべを覚えたり、人々に功徳を恵んだり、生まれながら神の化身といわれる子供だった。村や近隣の町村、遠州伊豆方面に至る広範囲に亘る地域に信者がいて、厚い信仰を受けたそう。勝覚法師 没後、明治44年 十四地蔵尊わきに建立し、祀られました。ハイキング、地蔵尊を堪能した後は、道の駅『玉露の里』。 行きに竹の子と切干大根(手作り)を。 帰りには玉露ソフトクリームを食して早々に戻りました。 クリームに玉露茶葉が入ってます。竹の子は今年初物です。楽しみ~<タケノコの選び方>・ずんぐり太く短めのもの・皮の色が薄い物(伸びすぎて長かったり、日にあたり過ぎて皮が濃くなってしまったものはアクが強い)・根もとの周りの赤いぶつぶつが少ない物。(多い物はアクが強い)
2020年03月23日
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藤枝市にある石谷山に、多種多彩な奇岩・巨岩が点在するという、通称『びく石』。新型コロナウイルスの影響で中止になりましたが、昨日は「びく石山開き」。山は積雪だったり凍結していると危ないので、山開きしてから。と、山開き翌日にお弁当持参で今年(2020年)に入ってからの本格登山ハイキングに行ってきました。 「びく石」への登山コースは多々あるのですが、今回は沢山の奇岩・巨岩が見られる【笹川八十八石ハイキングコース】から臨みました。(ふるさとの自然観察路百選の道) 現地駐車場内にあるコース看板ですが、沢山の色んな岩を楽しめそうです。ちょろっと歩いた茶畑前からスタート。 最初の奇岩「表石」と「手洗石」 「仏石」 行者が昔ここで亡くなられた とのこと。 「恐竜石」 方向によってはそう見えるのか。どちらかというとイロカエルアンコウっぽい。縦バージョンが恐竜っぽいかな?「おむすび石」 おむすびは 右の?左の?両方かな? 「赤石」「黒石」 赤石は岩肌か赤いからでしょうね。黒石は草に覆われ、よくわかりません。「三ツ石」「眠り石 と あんどん石」 もやは草でうっそうとしており、どれがどれだか・・・「なめくじ石」と「ほこ石」(奥) 「天神石」「のぞき石」 「のぞき石」はどこかを覗けば何かが見えるのか??石が葉に包まれて何も見えない。(笑)「めがね石」 「五色石」 水で流すと五色の色がでる らしい。試してみたかったな。「座禅石」 岩の上で座禅できるからと思ったら、僧侶が座禅している姿に見える。って、え~っっ!!「らくだ石」 フタコブラクダですね。「がま石」 「がま」ってカエルですよね?どの辺が?? っていうより、桜が満開できれい~!! 富士市での桜が見られる公園では、咲き始めでまだまだこれから。といった感じなのにここでは既に満開。まさか桜が愛でられるとは・・・。ちょっと嬉しい。「なだれ石」「菊石」「見上げ石」 「こうもり石」 ちょっとした洞窟みたくなってて、コウモリでも潜んでいそうだからでしょうね。 怪しげな梯子を上る。「想像石」「像石」「くじら石」 くじら石はもはやデカすぎて広角レンズでもないと収まり切れません。「まわり石」 山道がまわっている。実はこの「まわり石」をぐるりと回ると「展望石」に。 石に登ったところからの展望です。「鏡石」「腰叩き石」 「腰叩き石」は、ここで疲れてくるので腰を叩きたくなる。とのコメントが。(笑)ここから竹林の道が続く。 竹同士がカーン、カラカラ、笹がサヤサヤ。と、竹の奏でる様々な音を聞きながら急勾配の山道を行く。 笹川集落「落人の段」 南向きの日当たりの良いこの場所は、笹川集落では文治元年(1185年)源平合戦で滅亡した平家の落人。新舟部落では元弘二年(1333年)護良親王の身代わりになって殺された家臣の子孫が南北朝の戦いに負け、この地に住みついた落人。と言われ、どちらの「落人」か定かではないが、集落の入口付近に開拓者たちが追っ手を見張る場所にしていた「上の山」があるようです。竹林、森林の道から突如として現れる巨大な岩が見え始める。 どうやら「びく石山頂」に到着したようだ。 山頂の看板が2箇所にあるのですが・・・。(^▽^;) 標高526mと記載されている方が本当の山頂かな? 「びく石」はここより少し下るみたいだったので、先に山頂でランチタイム。 日当たりのいい場所に、テーブルとベンチ、手が洗える水道までもが完備されていて手が洗えるのは嬉しい。花粉症で顔も洗いたかったので重宝します。食後は「馬の背広場」からの眺望。 里山と駿河湾が一望。今日は見えないが、左端にちょろっと富士山が見えるらしい。 『びく石』 茶摘みに使う「びく」に似ていることから名づけられた巨大岩。めちゃくちゃデカイです。 ここで初めて人に出会った。(笑) 岩の下に子供がいるのですが、分かりますでしょうか?高さが記されていないが、岩の大きさが判りやすいです。「びく石」を堪能した後はひたすら下って戻る。下りは乾いた砂地が多いので滑りやすく、何度も滑ってしまった。そして、最近では珍しく、帰りに「がま石」辺りから筋肉痛きた~ が、普通に歩けるのでこのまま「地蔵尊」を巡ります。 つづく<参照>びく石コース(中級コース)https://www.city.fujieda.shizuoka.jp/trip/travel_around/hiking/1450045454258.html笹川八十八石コース(上級コース)https://www.city.fujieda.shizuoka.jp/trip/travel_around/hiking/1450045562365.htmlびく石コースhttps://hellonavi.jp/trip-idea/tokai/detail21.html笹川八十八石・びく石コースhttps://www.city.fujieda.shizuoka.jp/material/files/group/92/79060065.pdf
2020年03月23日
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激レアマンホールといえば、富士市内には他にもある。富士市の商店街の中で、唯一といっていい程 栄えている吉原商店街付近の御幸通りにあるマンホールが富士市で唯一らしい。「夕焼け富士」激レア 唯一ということは、「岳南排水路管理組合」が設置されたマンホール同様、激レアですね。(当blog参照:激レアマンホールと富士山)「白雲と富士」レア 色のついてないバージョンは富士市内ではあちこち見られる。JR「富士」駅周辺ではカラーマンホール「赤富士」がよく見かけられる。(当blog参照:富士)富士市のマンホールは、地下の下水道管の汚水の流れる方向が分かるように富士山の頂上が流れの方向を指しているそうです。もう一つ激レアマンホールがある。JR「吉原」駅から歩5分程南東にある「木之元神社」 この下にある「六角井戸」 奈良時代の霊亀元年(715年) 奈良の木之元神社本体は「井戸」とされている。ここ鈴川の境内地には霊峰富士山頂より連なる地下水がこんこんと湧き出る聖地。ここに六角形の井戸を造り「御神水」としてまつり、年に一回お水取り行事が行われている。 このマンホールからお水取りが行われているようです。デザインも説明通り富士山から流れ出る地下水が六角井戸から噴き出している様子ですね。サイズは通常のマンホールの半分程度の大きさのマンホールで小さいです。激レアマンホールはJR東海道新幹線「新富士」駅の南側と北側にも。(当blog参照:新富士駅富士山口)北側には先日訪問した「大渕笹葉」の写真転写マンホール。南側には「田子の浦港と工場夜景」の写真転写マンホール。 と、同じ市内でもマンホール色々。新型コロナウイルスで外出自粛モードの首都圏。引きこもりばかりではストレス。人との接触を避けた、「マンホール散策」など いかがなもんでしょうか? 外出がダメ?
2020年03月19日
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富士山から流れ出る「潤井川」ここで【逆さ富士】が見られるらしいので、食後の運動に散策。 必ず見られる訳ではないようです。水の量に関係するよね。 ちょろっと歩いた中では、ここが一番よく見えたのだが、実際はどこなんでしょう・・・。川向うに見えるレンガ造りの塔が気になったので渡ってみました。 水無堰水門の塔のようです。そして、この先の北側の道路沿いに富士市唯一の激レアマンホールがある。 岳南排水路管理組合が設立50周年記念(平成30年9月30日)として制作設置されたもの。富士山、製紙工場、岳南排水路、桜えび に しらす、と富士市に関係するものばかり。なかなかいいデザインですよね。 このマンホールを見に行きたくて、場所を聞いたら、広報誌を送っていただいた上、詳しい場所まで教えてくださった。ありがとうございます。 ここは駐車場がないので、川の南側にあるスーパーに車を停めて歩いたほうが無難かな。 川の北側は畑が広がり、富士山一望できる。桜の季節には川沿いに桜が咲くようですので、桜を愛でにまた再訪したいと思います。
2020年03月18日
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鮮魚売り場で『デンデン』という魚を目にした。しかも沼津産。静岡の地物です。何これ? 名前も初めてなら 魚も初めて見た!! 目が水晶のように透き通っててキレイです。 オオメハタ属3種[オオメハタ][ワキヤハタ][ナガオオメハタ]の呼び名を【デンデン】と言うらしい。たぶん静岡では。市場魚介類図鑑で確認したところ薄ピンク色がかっているので「オオメハタ」だと思う。基本情報によると、漁獲量はあまり多くない。そのため産地周辺で主に流通する。とな。レア物 という事ですね。ラッキー 鱗とワタを取ってくれているので調理しやすくなってるのがいいです。どういう食べ方がいいのか、その場でネット検索。刺身、塩焼き、煮つけ など だったので、とりあえず2匹は煮つけにしてみました。 めっちゃ美味しい~。身もほろほろと取れやすく、小さいながらも食べやすい。味は淡泊で、メバルに似てるかなぁ~。翌日は焼きにしてみました~ 軽く塩を振ってしばらく置いてから焼いた。焼いても身がほろほろ取れやすく食べやすい。いい塩梅でめっちゃ美味しかったです どっちの食べ方も美味しかった~またデンデンに出会ったら絶対買いです。
2020年03月18日
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現在発生している新型コロナウイルスの話によく似ているという【首都感染】を読んでみた。 内容は、中国の雲南省でヒトからヒトへと感染する新型ウイルスが発症し、村から村へ、感染が拡大し、滅村していくおり、中国で行われているワールドカップを機に、世界各国へとウイルスが運ばれ、パンデミックをひき起こす。というストーリー。感染した場合、38度以上の高熱、咳、呼吸困難、前身の臓器の機能不全、等の症状。最後に死。読めば読むほど、新型コロナウイルスによく似ており、感染が怖くなってくる。「ウイルスは人を区別するわけじゃない。等しく平等だ。」これ、名言だと思いませんか!? まさに その通りなんです。そう、誰もが何の根拠もなく 私だけは大丈夫(感染しない)と思っている。この小説は、約10年前に猛威を振るったインフルエンザ。が題材のようである。既に10年も経っているんですね。実はこの時、私もインフルエンザにかかってしまいました。しかも、勤務先のビル内初感染。社内初とか、都道府県内初とかって一番大ひんしゅく。その時は 申し訳ない気持ちでいっぱいで・・・。感染原因は、おそらく沢山の人が集まる場所へ出歩きすぎ だった からと思われる。パンデミックは出歩き、人が多い場所へ行くことにより、感染が広がる。とはいえ、通勤のため満員電車に乗るのは致し方ない。ですよね。企業・経済は休まず動いてるんですから。海外のように外出禁止令がでない限り・・・。小説では、元WHO感染症対策本部の医師と首相、閣僚たち、他 とで どうやってパンデミックの拡散を防ぐか。という内容。医者の三種の神器 として、マスク、手術用ゴム手袋、解熱剤のセット があげられている。一般庶民としては、マスク、手洗い、うがい、消毒。コップ、ハンカチ、タオルなどの使いまわしはしない。換気をよくする。人が集まる所へは行かない。極力 家から出ない。などの地道な努力。 ↑これらは、どのウイルス感染においても基本ですね。空気清浄機がウイルスを完全に除去できる、ウイルスは人が作ったもの。「中国科学院 武漢国家生物安全研究所」(武漢 P4 研究室)からウイルスが漏れた説や研究所のずさんな管理、などの噂も流れました。ウイルスは空気中にはそれほど多くはおらず、空気感染はしない。感染者による咳やくしゃみの飛沫、その飛沫の塊(クラスター)の浮遊感染によるものが多い。DVD等を借りる機会があれば、【感染列島】という映画を見てほしい。冒頭で、飛沫感染の様子を細かく映像化しており、とてもよく解る。ウイルスは自力では生きていけない。他の生物の細胞に入り込み、そこから増殖することが存在目的。そして、ウイルスは湿度の高いところでは長く生きられない。とはいえ、今回の新型コロナウイルスは 温かい地域でも発生している。(以下の地図参照) Novel coronavirus (COVID-19) situation / 制作:WHO(世界保健機関) Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE / 制作:米国ジョンズ・ホプキンズ大学のシステム科学工学センター (CSSE) 新型コロナウイルス感染症 国内事例 / 制作:厚生労働省 都道府県別新型コロナウイルス感染症患者数マップ / 制作:ジャッグジャパン株式会社この本を読んでいると、今、私達はどうすればいいのだろう・・・。と深く考えさせられる。この時期だからこそ、読むべき本かもしれない。今回の新型コロナウイルスにおいては、お年寄りや子供など、体力の弱い人に感染すると死に至る。自分が原因で、と考えたら恐ろしい。特に皆さん、咳にはすごく敏感。電車内でも、咳をしただけで いちゃもんつけられたり してる動画もあったり・・・。かと思うと、感染者がうつしまくってやる!と夜な夜な出歩きまわってる輩がいたり・・・。ちょうどこの時期、私は花粉症真っ盛りのシーズン。花粉症だったからマスクの買い置きあったけど、そうでなかったらマスクの買い置きなんてないですからね。その上、数年前に山ヒルに遭遇してから、ヒル対策用に買っていた消毒液のお陰で、消毒液も我が家にあったが、これも普段なら ない状態だった。何が功を成すかわかりませんね。ウイルス予防商品においては、誇大表示も多いので、よく確認しましょう。新型コロナウイルス感染症の拡大に対応する際に消費者として御注意いただきたいこと/消費者庁※ 各感染者数や注意喚起においては、随時更新されていますので、その都度ご確認下さい。
2020年03月16日
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伊豆滝山不動からほど近い所に重要文化財指定の代官屋敷があるので、訪問。 NHK大河ドラマ「西郷どん」で「島田家屋敷」の設定としてロケ地になったようで、以前にも同じくNHK大河ドラマの「篤姫」でも使用されたようです。 徳川時代初期より幕末に至るまで、代々徳川幕府の世襲代官を勤めた江川氏。天保5年(1835年)韮山代官に就任。(江川英毅・久夫妻の次男。第36代当主) その中で幕末の江川英龍は体制側にありながら革新思想を持ち、農兵の組織、大砲の鋳造、品川台場築造の計画等を勧めたことで知られ、「世直し大明神」と呼ばれ、領民からの信頼も厚かったようである。重文指定は以下です。「主屋」「肥料蔵」「東蔵」「書院」「仏間」「武器庫」「表門」「関係資料・写真」「韮山役所跡」受付で頂いた邸内案内の順に巡ります。①「桝形」 代官が外出する際、人数をそろえるのに使用。幕末には農兵の訓練場としても利用された。②「表門」 元禄9年(1696年)築。③「きささげ(木豇豆)」 ささげに似た細長いさやの実は利尿薬となる。北条早雲が植えたとの言い伝えのある古木。④「役所跡」 役人が執務した建物のあった場所。現在は梅林となっている。「主屋」 ⑤「土間」 50坪の広さ。 下右の写真はパン窯です。伊豆石が使用されています。 この時代にパンを焼いていた。という事実にビックリ。 革新思想というのも納得。受付で、1842年 日本で初めて焼かれたパン「パン祖のパン」130円 と幕末の味 「昔ながらのカネイルコックカステイラ」100円 を買ってみました。 「パン祖のパン」は、歯がかけるほど本当に硬いので気を付けて!と言われた。実際、乾パンよりも硬いが、入れ歯や差し歯ではないので、硬いながらも噛み砕ける。イタリアのビスコッティみたいにコーヒーに浸しながら食べると美味しく頂ける。味は全粒粉小麦の味そのもの。材料もシンプルで、全粒粉小麦粉、塩、米糀「昔ながらのカネイルコックカステイラ」は甘食をカステラ味にした感じで、柔らかい。材料:卵、小麦粉、砂糖、酒種 カネイルはカーネル→Colonel(大佐)の事かなぁ??「台所と流し場」 「じゅくの間」の電気が面白い。 洋のシャンデリアを和の木枠で囲んだ障子タイプのペンダントライトになっています。⑥「生き柱」 立ち木をそのまま柱にしたと伝えられる。⑦「棟札箱」 判るでしょうか?てっぺんに箱があるんです。日蓮聖人直筆の曼荼羅が棟札「火伏せの護符」として納められている。この霊験により、江川邸は今日まで火災にあったことがないと伝えられる。 天井は釘を使わず、木を組んだ構造です。風通しが良さそうです。が、冬は寒そう?⑧「井戸」 元禄年間(1688~1703年)頃まで江川酒を造っており、酒造用に用いられていた可能性がある。⑨「西蔵(肥料蔵)」 正面から見ると将棋の駒のような形をしていることから「駒蔵」とも呼ばれる。⑩「南米蔵」明治25年(1892年)築 ⑪「北米蔵」大正8年(1919年)築 ⑫「宿り木」 桜の木に楓と樫の木が宿った宿り木。1つの木に3つの木は珍しいですね。 春には桜、秋には紅葉が楽しめるようです。⑬「武器庫」 幕末に作られた蔵。⑭「パン祖の碑」 天保13年(1842年)4月12日 兵が携行する「兵糧パン」として乾パン第1号が焼き上げられました。昭和27年 全国パン協会は英龍を「パン祖」として、この碑を建てた。⑮「びらんじゅ(毘蘭樹)」 バラ科の常緑樹で、樹皮が自然にはがれ落ち、赤い肌が見えるため、この名がある。また、身ぐるみはがれた様子になぞらえ「博打の木」ともいう。⑯「裏門」 文政6年(1823年)築。門扉には多数の鉄砲玉の穴や矢じりの跡があるそうだが、よく考えると門扉を写真に撮ってませんでした。<参照>↓ こちらのHPに弾痕などの跡が写った写真が掲載されています。<写真・パンフ>JAPAN GEOGRAPHIC 静岡県伊豆の国市 江川家住宅https://japan-geographic.tv/shizuoka/izunokuni-egawake.html<江川太郎左衛門英龍と三島>http://egawatarouzaemon.sa-kon.net/index.html江川太郎左衛門英龍氏の実績等が詳しく掲載されています。観光地に行くと 大阪弁だからか、どこから来たの?とよく聞かれます。現在は富士市在住なので、富士市です。と答えると、まぁ近いですね。という回答が多い中、富士市はディアナ号が千本浜の沖あたりに沈没し座礁した関連性より戸田号(船)再建に大きく貢献された方だと教えてくださいました。(上記「江川太郎左衛門英龍と三島」の「ディアナ号沈没と救出」にも記されています。)江川邸 なかなか見応えありました。見学後は江川邸駐車場目の前の「いちご直売所 岩本農園」でいちごソフトを。 ミルクよりも氷が多めのソフトクリームでした。夏にはさっぱりしそうです。 そして、いちご直売所で「甘さ控えめ自然の味 自家製いちごジャム」を買って帰りました。スーパーに売ってるゼラチンだけのものではなく、大きな苺がゴロっと入ってて値打ちあり
2020年03月09日
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[文覚さんと毘沙門道]を後にし、向かったのは『伊豆滝山不動』というところ。 ここは、治承4年8月17日、源頼朝は山木目代平兼隆を夜襲し、この山木の地で源平合戦の火ぶたが切られた『源平合戦端緒の地』 これに先立ち、この滝山不動で平家の流人文覚上人と頼朝が平家追討の策謀を練ったと伝えられる。『不動堂』 こちらには、源頼朝旗上げをするため文覚上人と共に祈願崇拝した不動明王があるようです。そして、奥の院へ向かうべく道は、巨岩をぬって山の方へ。 丁目が刻まれた石碑がありました。 奥の院『滝山不動』 源頼朝に平家打倒を勧めたとの謂れから、旗揚不動とも呼ばれている。 そして、奥の院の下には、鎌倉時代の僧、文覚上人が隠れたとされる洞窟『文覚上人の隠れ穴』があるらしいのですが、???。 どこにあるのか、わかりません。洞窟は、配流されていた奈古谷の毘沙門堂へつながっていると言い伝えられている。『滝山明神』 天保3年奉納後、一度盗難にあったが、日本橋の古道具屋で哀れな姿で見つかり、再納された。『不動ノ滝』落差18m 多賀火山の溶岩の端にかかる滝です。(伊豆半島ジオパークの一つです。)滝は普段、ちょろちょろとした水量らしいのですが、前日が雨だったのもあり、そこそこの水量。ラッキー
2020年03月09日
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伊豆の国市の北東部にある奈古谷(なごや)地区、かつては20以上を数えた寺院と坂が多く、「奈古谷七堂七坂」という言葉が伝わっている場所へ行ってみます。『國清寺(天長山 國清萬年禅寺 臨済宗円覚寺派)』大本山円覚寺百観音霊場第三十番札所 康安2年(1362年)創立歴史的には「こくしょうじ」と呼ばれていたようだが、現在は「こくせいじ」と称されている。ご本尊が安置されている仏殿「大雄殿」延宝年中(1673~80年)の建立 ご本尊の『木造釈迦如来坐像』韮山町指定有形文化財 『庫裡』天明年中(1781~88年)建立と『鐘楼』延宝8年(1680年)建立 「文覚さんと毘沙門道」に「国清寺」が管理する『七つ石』と呼ばれる摩崖仏や梵字を刻んだ巨石があるので、順に巡ります。「山神社と富士山」 山神社は真ん中の大きな木のたもとにあります。富士山きれい~!!途中にあった説明文に、梵字や摩崖仏の地図があったので、これを基に巡ります。 『上組道祖神』寛延3年(1750年) 『両界曼荼羅種子』鎌倉時代中期 左側の胎蔵界大日如来の種子「ア」がかろうじて確認できます。 右側の金剛界大日如来の種子「パン」はなんとなく・・・。ほぼ見えなくなっています。『阿弥陀三尊種子』はこの石かなぁ~。 めっちゃ鬱蒼としてるし、石も苔むしてるようなので、確認しに行きませんでした。史蹟『文覚上人流寓之跡』『蛇石地蔵群』 石祠・・・乾元2年(1303年) 市指定文化財地蔵・・・延享4年(1747年)、天保2年(1831年)に祀られたもの。 灯篭・・・文政5年(1822年)①『蛇石』鎌倉時代前後 種子「ア」が掘られてるらしいですが、石が傾いたため、種子も傾いているそうです。が、見まわしましたが、よくわかりませんでした。里人を怖がらせていた白蛇を国清寺の高僧がこの岩に封じ込めたという伝説が名前の由来です。②『夫婦石』治承年間頼朝・政子夫婦が文覚上人を訪ねて来た折、この石に腰をおろして一息いれたという伝承あり。③『谷響石(こだまいし)』 南側の谷奥200mの所にあるらしいのですが、行きませんでした。ここより北側の川を隔てた旧道で手を叩くとこだまが返ったそうです。④『弘法石』市指定文化財 至徳2年(1385年)6月 写真では判り難いですが、線刻がはっきりしており、この摩崖仏はわかりやすいです。ここは道路から見えないが、大日石への分かれ道を下へ行くとみられます。⑤『大日石』市指定文化財 明徳2年(1391年)5月 苔が邪魔していますが、一応線刻もはっきりしており、確認できます。摩崖仏や石造物は、関東十刹に数えられ、南北朝から室町時代にかけ奈古谷一帯が一大霊場であったことを示している。地図の下の方に記載されている『観音堂』も霊場の一つのようだが、疲れたので巡ってません。摩崖仏は最初にあった説明文横の地図がないと、確認しにくかったです。あの地図を見ながら巡るべし!(拡大タグでトライしてみましたが、上手くいかなくて・・・)『菩薩林裏石仏群』宝暦13年(1763年) 入口のみで 行ってません。 石仏群入口には眼鏡をかけてお勉強しているお地蔵さんが・・・。笑福亭鶴瓶さんに似ている感じです。これは最近のものでしょう。毘沙門堂入口の鳥居は、NHKの大河ドラマ「草燃える」で使用されたらしいです。 『鳥居』大正12年(1923年) 『灯篭』文化13年江戸時代の再建と推定される参道の『仁王門』 階段が苔むしていて、めっちゃ雰囲気がいいです。鎌倉時代後期 延慶3年(1319年)の慶派によって造られた『木造金剛力士像』県指定重要文化財 平安時代末期、文覚上人と源頼朝により、奈古谷寺が大改修され、瑞龍山授福寺と改め境内に毘沙門堂、その下に金剛力士門を建立し、守護神とした。⑥『護摩石(硯石・鏡石)』 授福寺跡にあるこの石の上には、51cm四方の穴があけられ、文覚上人が護摩を焚いたとも、硯として使用したとも伝えられています。 上に登れるようになってますが、枯れ葉が積もってさっぱり分かりません。お椀乗ってるし・・・。鑿の跡も残っているらしいですが、こちらもよくわかりませんでした。「足柄桜」 満開できれいです。『毘沙門堂』 国清寺の守護神である毘沙門天をまつる寺承安3年文覚上人がこの地に流されたとき、源頼朝に源氏再興をすすめた由緒の地である頼朝が大願成就したとき、瑞夢をみて文学に毘沙門堂を建立させて瑞龍山授福寺と改名。慈覚大師作と伝えられる毘沙門像と、鎌倉時代の金剛力士像を安置するお堂が建っています。 毘沙門堂の本尊は、慈覚大師が作ったとの伝承があり、ご開帳は50年に一度だそうです。『毘沙門堂灯篭』享和2年(1802年) どの灯篭でしょう?? 全部かな?? ⑦『冠石』ここは更に文覚さんと毘沙門道を山手の方へ小一時間ほど歩く気がしたので、やめました。『毘沙門道』は中世以来、毘沙門堂への参詣道としての役目も担ってきたようです。 なかなか雰囲気のいい整備された舗装道路(林道南奈古谷線)で、巡りやすいです。が、七つ石を巡らずに「毘沙門堂」へ車で行かれる方も多いようですので、車にはご注意を 道路横を流れる小さな川のせせらぎや、竹林など、ちょろっとよそ見しながら小一時間。ここで、偶然にも関西を離れて50年の元関西人の方にお会いしました。「ここはウグイスは来るけどウイルスは来(け)~へんよ。」とダジャレ炸裂。(笑)50年経っても関西弁はぬけへんね。と豪語されておりました。判る気がする・・・。駐車場奥に『不動瀧』があるようなので、行ってみます。 瀧への山中にも巨岩がゴロゴロ 『不動瀧』文覚上人修行の瀧 歴史的な霊場、堪能しました。<参考>国清寺・毘沙門堂と奈古谷地区にみる歴史的風致 https://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/tosikei/documents/2-6bisyamondou-nagoya.pdf国清寺pdfhttp://izunotabi.com/wp-content/uploads/2015/03/kokuseiji.pdf
2020年03月09日
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本日は小春日和。コロナウイルス感染を避け、人出の少ない場所へと『柏尾峠』をドライブ。 海抜230mの柏尾峠には、天保3年に建立されたお地蔵さんがあります。 北街道がなかった頃、西側の長尾・平山、北沼上・則沢の村々と柏尾・梅ヶ谷などとの縁組の通い路でもあり、「嫁入峠」とも呼ばれた。 柏尾峠から望む清水市市街と清水港、三保の松原などが見渡せます。柏尾峠を経て静岡市の清水区~葵区にまたがる『梶原山公園』へランチハイキング。 公園へ続く入口には、こんな分かれ道があったが、「鬢水」の方には行きませんでした。 道中に咲く桜は、色的に寒緋桜(カンヒザクラ)かな? ほぼ満開で、ミツバチ達も大忙し。 ここは以前訪問した「一本松公園(当blog参照:一本松公園)」から歩約25分にある標高279mの梶原山(かじわらやま)。別名 夕日無山(ゆうひなしやま)ともいうそう。 鎌倉時代、源頼朝の重臣であった武将、梶原景時の終焉の地でもあるようです。 馬の足跡をくらますために、馬を後向きにして登ったという話が伝えられており、静岡市曲金の瀬名川(合戦川)には「矢射たむ橋」の名が残るそうです。(梶原山の伝承「三」) 一本松公園から見る富士山よりも、梶原山公園から見る富士山の方が位置的に良く見えます。標高差はあまり関係ないようです。 みんな考えることは同じですね。お弁当を手にここでランチを堪能する家族やハイカーでテーブル席は満席でした。一本松公園へも繋がっているが、今回は梶原山公園のみ堪能し、毎年恒例の つくし採りに秘密の公園へ。ここから望む富士山。 公園を流れる川にはエサが多いのか、沢山の鴨が群れていて、一部、マガモに加わり、茶色の頭のヒドリガモと黒にグレーのオオバン?も混ざっていました。 今年は2月末にいつも採りに行く場所に行ったら、全く生えてなく、約1週間後の今日、行ってみると めっちゃスギナの森。 スギナの間から つくしがニョキニョキ。タイミングって難しいですね。スギナが邪魔して、採るのが面倒くさいが、例年の2倍は採れたかも! 大きなボール2杯分です。つくしのハカマ取り、めっちゃ疲れます。(^▽^;)翌日はつくしの佃煮作り。大きなボール2つ分から1/4にまで減りました。水分の減り どんだけ~!! 既に死語かしら?(笑)
2020年03月06日
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