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January 13, 2025
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2025年は正月から晴れ渡り、初日の出を見に行った。
横浜ベイサイドアリーナからの初日の出。


雲一つ無い気持ちの良い初日の出。

2025年最初のわの会のイベントは鎌倉の建長寺の見学。
建長寺は誰でも知っている、横浜市民なら1回は行ったことがある有名なお寺。
臨済宗建長寺派の大本山で、
正式には巨福山建長興国禅寺(こふくさんけんちょうこうこくぜんじ)と号する。
鎌倉五山の第一位で、境内は「建長寺境内」として国の史跡に指定されている。
吾妻鏡によれば建長3年(1251年)から造営が始められ、同5年(1253年)に落慶供養が行われた。

開山(初代住職)は南宋からの渡来僧・蘭渓道隆(大覚禅師)である。

この地は、元は「地獄ヶ谷」と呼ばれる処刑場で、
地蔵菩薩を本尊とする伽羅陀山心平寺という寺が建っていた。
建長寺の本尊が禅宗寺院の本尊として一般的な釈迦如来ではなく地蔵菩薩であるのは、
こうした因縁によるものである。
また、心平寺の旧本尊と伝える地蔵菩薩像は今も建長寺に伝来しており、
仏殿には、本尊の地蔵菩薩坐像(室町時代の作、像高2.4メートル)、
もとこの地にあった心平寺の旧本尊地蔵菩薩坐像、
千体地蔵菩薩立像、千手観音坐像、伽藍神像などを安置している。

内部の配置は下図の通り。
今回はわの会のK嬢が「正統院」の案内・説明をしてくれるのがメインで、



まずは総門から入場。


建長寺の特徴の一つが境内の中の主要な建物の配置。
上図を見ても分かるように、
創建当時の建物は失われたとはいえ、
総門・山門・仏殿・法堂(はっとう)・方丈が一直線に並ぶ伽藍配置は、

なお、地形の関係で総門 - 山門間の参道は斜めになっている。

総門の次は三門


三門の手前には「さざれ石」が有る。


東京の日枝神社にも有るけれども、国家「君が代」に歌われる石である。
「さざれ石の巌となりて」と言うように長い年月を表す際に使われるたとえの石。
何で仏教寺院の境内に神道の象徴ともいえるこの石が有るのかが不思議だけれども、
考えてみれば建長寺には半僧坊と言う奥の院が有り、本来は神社的な性格が有ったのかも?

三門に着く。


三門をくぐると仏殿と法堂があるが、まずは今日のメインである正統院に行く。
正統院はわの会のK嬢の案内で、写真を撮ってはいけないと言われたので写真は無い。

正統院(しょうとういん)は、第十四世高峰顕日(こうほうけんにち)の塔所。
高峰顕日は後嵯峨天皇の皇子といわれ、鎌倉では第二世兀菴普寧(ごったんふねい)に学び、
無学祖元の法を嗣ぎ法衣と法語を授かったといわれている。
ちょっと不思議なのは、
本尊の文殊菩薩よりも大きい木造高峰顕日坐像(重要文化財)。
しかも本尊をさしおいて中央に座り、本尊は脇に控える形になっている。
ちょっと罰当たり?
まぁ、後嵯峨天皇の皇子ならば、文殊菩薩よりも偉いのかもしれない。
だって文殊菩薩は日本人じゃないから。他所の国の神様だから仕方ない。

冗談はさておいて、次は半僧坊。但し、入口まで。
上まで上ると、僕ら年寄りはくたばってしまうし、時間的に無理。
と言うことで、入口。鳥居が有る。狛犬もいる。え?あれって狛犬じゃなくカエル?


いかにも相模の国らしい。
三浦半島を始めとして、相模の国は仏教と神道が入り混じっている。
狛犬の居るお寺や、注連縄(しめなわ)の有るお寺、
本来は神社のものである本坪鈴(ほんつぼすず=拝殿の鈴)が有るお寺があちこちにある。

この半僧坊権現は1890年つまり明治の初めに静岡県浜松市の方広寺から勧請したものらしい。
ここで気がつくのは1890年と言う年号。
江戸時代までは優勢だった仏教が、明治維新によって一気に不利になる。
慶応4年(1868年)政府によって「神仏分離令」「神仏判然令」が出される。
その結果、長年仏教に圧迫されてきた神職者により全国に廃仏毀釈運動が広まる。
全国で仏具や仏像が壊される事態になって政府はあわてて、
「神仏分離が廃仏毀釈を意味するものではない」との注意を改めて喚起したが、
その際に、お寺側も生き延びる為に、色々と考えたのだろう。
この半僧坊も知恵者の坊さんの生き延びる策だったのだろうと思う。

<後日追記>
半僧坊のカエルで思い出したけれども、
ここには虫塚と言うのが有る。


虫好きな解剖学者養老孟司さんの提唱で作られた「虫塚」。
奥には有名な建築家隈研吾氏の設計になる虫塚があるが、
養老孟司氏の別荘から運ばれたゾウムシのオブジェを取囲むように金網の虫かごが並んでいる。
さすがに建築家だなぁと思う。
僕らには意味が分からない。
設計の主旨に「生命の大切さ」とあるならば、虫をいれる虫かごは無いだろうと思う。
人間に捕らえられ自由を失った虫たちが哀れだと思う。
自然の中で(人生で無く)虫生を終わらせてやれよなと思う。

まぁそれはそれとして、カエルの話から思いついたのは、この虫塚だけではなく、
仏堂の中に隠された「フクロウ」。


こんなのが有るお寺って珍しいぞ。
建長寺の教えの中に「命の大切さ」なんてのが有るのだろうか?
いつか研究してみたい。
後日追記終わり。

まぁ、それはそれとして、半僧坊に登るのはあきらめて引き返す。
本当は方丈に入りたかったのだけれども、ダメだったみたいで通過。
ネットを見ると方丈の庭園の写真がたくさん有るので、日にちによっては入れるのかも?
ここの庭は


夢窓疎石の作らしい。いつか見に来よう。
方丈の入口は唐門。


建長寺の他の建物と同様に、関東大震災やその他の火災によりみんな焼けて残っておらず、
現在の建物は他から移築したものばかりなんだけれども、
これは芝の徳川秀忠夫人崇源院霊屋から移築したもの。
中の方丈は総門と同じく、京都の般舟三昧院から移築したものだそうだ。

なお、唐門は金色に輝いているが、これは2011年に本来の姿に再現されたもの。

唐門を後にして法堂と仏殿に向かう。ちなみに法堂は「はっとう」と読む。


法堂は禅宗以外の寺院の「講堂」に相当する建物。
入母屋造、方三間、裳階(もこし)付き、銅板葺き。
文化11年(1814年)の上棟、文政8年(1825年)の竣工である。
棟梁は建長寺大工の河内久右衛門。
内部には身舎・裳階の境に柱が立つのみで間仕切りはない。
床は瓦の四半敷きとする。歩くとからからとなって割れそうで怖い。
堂内中央奥に高さ2メートルを超える法座を設け、その奥に本尊千手観音坐像を安置する。


お釈迦様はこんなに髭が伸びるまでの長い期間断食をされて、痩せこけてしまったんだな。
聖者ってキリストも磔にされたけれども、苦行をしなければいけないんだ。
やっぱり僕は聖者には絶対になれないな。

なお、天井の雲龍図は鏡天井に直接描かれたものではなく別に制作された絵を掲げたものである。
鎌倉最大級の木造建築で2005年に重要文化財に指定された。


うん?
龍の足の指が5本?
実は龍の足の指は、その龍の位によって決まるらしい。
中国では皇帝の龍は5本、王子や位の高い貴族は4本、それ以下は3本に決まっているらしい。
日本ではほとんどの龍の足の指は3本に決まっている。
小泉さんは中国流に描いたんだなぁ。

仏殿の本尊は前述の通り、本尊の地蔵菩薩坐像がおられる。


頭が大きい。

仏殿脇にはビャクシンが有る。


ビャクシンはこれだけではなく、全部で7本有るらしい。
三浦半島を始めとした相模の国にはビャクシンが多い。
瀬戸神社にも(枯れて倒れているけれど)有る。

仏殿手前には触る模型が有る。


神奈川県葉山市の大下利栄子さんが代表を務めるユニバーサル絵本ライブラリーの提唱で、
視覚障がい者も手で触って歴史的建造物を感じることで、
共に旅の感動を分かち合えるようにすることをコンセプトに企画されたもので、
クラウドファンディングにより造られたものだそうだ。
とても良いことだと思う。
僕も耳が聞こえないので、健常者の方には分からないと思う辛さがちょっとだけ分かる。
だってカッコいい建物を目が悪い人だって知りたいよなと思う。

建長寺の最後は梵鐘。


藁葺きの屋根って良いなと思う。ハニワみたい。

ここで見学は終わり解散したのだけれども、
僕はせっかくなので、お正月だから?鶴岡八幡宮へお参りした。
その帰り、面白い物を見つけた。段葛の上で。


え?蛭子さんってあの蛭子さん?
面白いなぁ。歩いていると色々と見つかるよ。





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最終更新日  January 14, 2025 11:53:34 AM
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