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ぼくとしちゃん

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July 8, 2025
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エフェスを見学した夜はブルサに泊まりました。
ホテルはヒルトンです。
このツアーは各見学地で最高級のホテルに泊まります。
カッパドキアでは洞窟ホテル。
パムッカレではコロッセア、地中海では豪華クルーズ船ジェミニ号。
そしてイスタンブールではシェラトンです。

ブルサに泊まったのは位置的にエフェスとイスタンブールの間に位置するからでしょう。
余談ですが、エフェスからブルサに向かう途中にイズミルが有るのですが、
ここ数日間イズミルでは山火事が続いていたので、心配しましたが、影響は有りませんでした。




大きなモスクです。
モスクに入る際は、どのモスクでも服装に注意が必要です。
半ズボンは禁止で、女性はスカーフを付け、靴は脱がなくてはいけないので靴入れの袋が必要。

高い尖塔にはよく見るとスピーカーがついていたりします。
1日5回のお祈りの時間を知らせる為です。

信者の場合は入る前に身を清めます。


日本でも神社に参る際には手を洗いうがいをしますが、同じですね。
イスラム教は偶像崇拝を禁止しているので、仏教やキリスト教のような像は有りません。

その方向が分かるように礼拝スペースがあります。


あくまでもスペースでアラーの神の像があるわけではありません。
このモスクのキブラ壁(カアバの方向を示す礼拝堂内部正面の壁)に設置された
窪み状の設備スペースを「ミフラーブ」と言い、三日月と並んでイスラム教の象徴です。

但し、雑念が湧いたりすると困るので、偉い人や身分の高い人は専用の場所があります。


他人にジロジロ見られないように部屋になっています。
それにしても壁には何か字が書いてあるのだが、全く読めない。もはや絵柄にしか見えません。

神聖ではあるのだが、僕にとっては単なるイスラム教の教会なので見学はすぐに終わりました。
次は「美しい村ジュマルクズク」。


何も無い。
僕にとっては単なる昼食場所。

そしていよいよイスタンブールに向かう。
ボスフォラス海峡には大きな橋が架かっており、この橋がヨーロッパとアジアをつないでいる。
このボスフォラス橋を渡ってイスタンブールの新市街に入るのだが、
ガイドさんの説明がよく聞こえなくて、
たまたまバスの車内から適当に撮影した写真の中にいくつか見たいと思った場所が写っていた。


ドルマバフチェ宮殿である。
そばには時計塔もある。


両方ともバスの窓越しに移したんだけれども、良く撮れたと思う。
ちなみにここは裏口で、正面はボスフォラス海峡に面している。
7月9日にはボスフォラス海峡のクルーズ船に乗るので、その日に写真を撮ったので見ると奇麗。

新市街からガラタ橋を通って旧市街に入る。


この写真の位置はガラタ橋の上である。
橋の上をマルマライ(日本で言えば東海道線かなぁ。アジアとヨーロッパを結ぶ鉄道)が走る。
正面は有名なYeniモスクである。でかい。

そしていよいよこのツアーのメイン、イスタンブールの見学が始まる。
最初の今日はトプカプ宮殿。
トプカプ宮殿とはトルコで「大砲の門の宮殿」と言う意味らしい。
物騒な名前だが、15世紀から19世紀までのオスマントルコの皇帝が住んだ宮殿である。

さっそく中に入る。
まずは皇帝の門。


但し通り過ぎてから撮影したので、宮殿内側から写した写真。
この写真で言えば右手、皇帝の門から出たすぐならば左手にはアギア・イリニ聖堂がある。


アギア・イリニ聖堂は最古の聖堂で、ビザンチウム時代には既に有ったらしい。
アヤ・イリニ聖堂と読む人もいる。
アギアあるいはアヤとは「聖なる」と言う意味である。
写真が小さいのでよく見えないが、
中央のドームの上の金色の尖塔の先端には三日月がついているらしい。
ここはモスクではないのについている。
(三日月はイスラム教の象徴なので、通常モスクには三日月がついているそうだ。)

ここをすぎて中へ進むと表敬の門がある。
よくトプカプ宮殿入口と言う写真が有ればたいていはこれである。


この門は天井が綺麗。


お金がかかってるなぁ。

中庭に入ると左手奥には「ハーレム」の入口がある。男の憧れのハーレムである。


でもここに来て説明を聞いてえー!っと思った。
皇帝も可愛そうなものである。
ハーレムの最初の部分は「母后の間」つまり皇帝のお母さんのへや。
皇帝が自由にお姉ちゃんとイチャイチャできないじゃん。


母后の間そのものは写真に撮り忘れたので、 暖炉のみ
調べたら暖炉じゃなかった。
これはミフラーベと言ってイスラム教でお祈りをする聖なる場所らしい。
調べてみて良かった。

まぁでも皇帝も自分の部屋に来れば大丈夫。


日本でも中国でもそうだけれども、偉い人は一段高い所にいるのね。
でも意外にシンプルだと思う。もっとチャラチャラしているかと思ってた。
そして皇帝の寝るベッド。


ただ、ここが寝室だと説明をされたけれどもベッドらしくない。
調べてみたら、
中央右の窪みは「ミフラーベ」かもしれない。
やっぱりちゃんと調べてから見に行かないとダメだなぁ。

もしかして後から見たこっちがベッドかなぁ。


たぶんこっちじゃないだろうか?
なお写真の中に「暖炉だと思う」と書いたのは怪しい。
ミフラーベかもしれない。

ただ、ハーレムと言っても女だけじゃなく、宦官達も居たらしい。
奴隷長の人形が有った。


ガイドさんの話によると、渋滞するのでガイドさんは途中では説明できないそうで、
部屋の中の色々は中庭に出てからしか説明できないのだそうだけど、
中庭に出てからだと説明を聞いても分からないと思う。

ハーレムを出て宝物館的な部分に行く。
ここには僕の大好きな宝石がたくさん有る。
まずは86カラットのダイヤモンド。


最初は撮影禁止なのかと思っていたんだけれども、外人さん達はみんな写している。
だったら僕も大丈夫そう思って撮影することにした。
このダイヤモンドはイスタンブールの海岸で漁師さんが見つけたんだそうだ。
ところが漁師さんはその価値が分からず、宝石店の店主にだまされて3本のスプーンと交換した。
(店主もそれが本物のダイヤとは知らなかったのでだましたのではないとも言われている)
なので、このダイヤは「スプーンダイヤモンド」と呼ばれている。
いくらくらいの価値が有るんだろう?

次に欲しかったのは巨大なエメラルドがはめられた宝刀。


このエメラルドは世界一のエメラルドだそうだ。
皇帝はエメラルドが好きだったようで、(ルビーなどもあるけれど)エメラルドが多い。

この箱は何を入れていたのかは分からないけれど、大きくて美しい。


欲しい。

宝石以外にも武器類が飾られていた。


西洋は「剣」しかないけれど、トルコには日本と同様に「刀」がある。
これもエフェスの「卍」と同様に何かトルコと日本の密接な関係を匂わせる。
この手の「刀」は馬に乗った場合に威力を発揮するので、
日本の刀は、日本に馬が入って来た時に一緒に伝わって、日本独自に発展したのかもしれない。
ふとそう思った。

騎馬民族と言えば、何故かトルコの衣装はモンゴルの衣装に似ている。
宝物館の次は衣装館が有った。


トルコ人は黄色人種じゃないんだけれども、日本人や中国・モンゴル人と共通点が多いなぁ。

衣装館を出ると中庭。左手に厨房棟が見える、煙突がすごい。


ここの棟の裏側に回ると厨房の様子が分かる人形が有る。


あまり衛生的ではない。
その傍に面白い物が有った。


宮殿の柱頭かなぁ?ちょっとギリシャの柱頭に似ている。
そして、何回も日本とトルコには共通の文化が有ると主張したが、中庭に決定的な壺が有る。


日本の縄文時代から弥生時代の壺そっくりだと思う。
絶対に古代日本と古代トルコには交流が有ったのだと思う。
遠いし海を越えないといけないので、大規模な交流は無かったと思うけれど共通点が多い。
そう言えば、日本の正倉院の宝物には西アジアのガラスの器などこの辺の物が結構あったなぁ。


この茶碗は(トルコから日本に来るまでかかる時間を考えると)古墳時代の物だと思う。
古代の日本とトルコには絶対に何かあると思う。

明日はいよいよアヤソフィア。






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最終更新日  July 22, 2025 06:53:30 AM
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