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October 6, 2025
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10月2日はわの会のイベントで金沢区釜利谷を歩いた。
このルートは僕がわの会に加入したすぐ後に一回行ったルートなんだけれども、
今回は禅林寺の和尚さんのお話が聞けると言うことで、
再度のルートとなった。
ちなみに前回のブログはこちら。
横浜市金沢区わの会2回目のイベントに参加しました。

今回のルートはこちら。


この地図は国土地理院の地図で、過去の地形が分かるようになっている。

有名な金沢八景の「小泉夜雨」の絵の船が往来している部分である。


ちなみにこの辺が「小泉」だったと言うのは、
上の地図の中に「小泉」バス停があることからもかる。
ここからは少し南になるが、六浦から朝比奈に至る途中には小泉家の跡が有る。


いまでこそ横須賀を本拠地にしているけれど、
小泉純一郎一族の出自は金沢区だったんですね。
そして御先祖様はこの小泉(こずみ)だったのかもしれない。
ここ手子神社から大道は白山道(はくさんどう)で結ばれており、縁が感じられるので。

ルート最初の部分の宮川は上でも書いたけれどかっては海の中。
17世紀に永島祐伯による開拓が行われるまでは平潟湾から続く入り江であったが、
埋め立てられ、現在は区役所や金沢警察署、商業施設などが立地し、

主要部分の町名はこの地を開拓した永島祐伯の雅号に因み「泥亀」と言う町名。

この宮川の土手部分にはかって桜並木が有り、親しまれていたらしい。
小学校の教師をしておられた角田武夫さんと言う方が描いた「金沢百景」と言う絵の中の
「大川堤」と言う絵を見ると、金澤山をバックに桜並木の川の堤が描かれ、
その解説によると紅白の幕を張りめぐらした茶店が出て大変にぎわったと書かれている。


代わりに宮川が整備された際に、あらたに植えられた栗の木等が見られる。


ものすごい量のいがぐり。子供達が食べたのかなぁ?

ここを少し上流に行くと手子神社が有る。
わの会のテキストによると、手子神社はかっては皆手子神社と呼ばれており、
祭神は大山祇命。瓊瓊杵尊の奥様のお父さんですね。
細川陸奥守家臣の伊丹左京亮経貞が瀬戸三島明神を富ヶ谷に勧請したのが始まり。
社殿前には寛文11年(1672年)銘の石燈籠型庚申塔が有る。
ただ、どれがそうだか、僕は耳が悪くてよく分からなかった。


代わりに享保2年(1717年)の物。


左側を見ると享保2年とはっきりと読める。

境内については前回のブログで書いたので省略するが、
普通は天邪鬼等を踏みつけている狛犬が、
ここでは踏みつけているのではなく、(本来天邪鬼が居る位置にいる)子犬を優しく見ている。
手子神社らしい。


手子神社をあとにして、釜利谷小川アメニティを通る。
ちょっとだけ涼しい。小川の中には沢山アメンボとニナ(巻貝)がいる。
アメニティは8年の工期をかけて1993年に完成。
このアメニティの下には元の宮川が暗渠として流れている。
いわゆるアメニティは、川の源流近くで自然の景観が残されている場所を、
水があふれないように対策を行い、周辺環境との調和を配慮した整備事業のこと。
いやこんな所の狹い川は溢れないだろうと言うのは自然の脅威を知らない人である。
僕のおじさんの家は長崎の水害で、傍に有ったたった幅3mくらいの川があふれて流された。
山が貯えた水が突然流れ出すと、
普段はチョロチョロとしか流れていない小川が牙をむいて家さえも流すのである。
こういう事業は大切だと思う。

アメニティを過ぎて自性院につく。


自性院は永正年間(1500年頃)の創建で本尊は聖観世音菩薩。
伊丹三河守が幼くして亡くなった2人の子供の菩提を弔う為に創建したらしい。
手子神社も伊丹一族が建てたらしいが、伊丹氏はこの付近の名門。今でも子孫がいるらしい。
境内には宇賀山王社がある。(入口は別にある。)


元は付近の坂本に有ったらしい。
それを霊夢を見た大久保主水忠行の奥さんが祀らせたらしい。
なお、忠行は神田上水の元小石川上水を開削した功により、
家康から「主水」を許されて、家康から主水を「モント」と発音するように命じられたらしい。
「門戸」のシャレ?

最後は禅林寺。


境内には柿の木が有り、たくさん実がなっていた。


鳥はいないのか、全然食べた形跡が無かった。もしかして渋柿?

禅林寺は明応の創建(1493年頃)で、本尊は薬師瑠璃光如来(元本尊は華厳会釈迦如来立像)
鎌倉公方足利持氏により創建されたらしい。
ここも手子神社同様に伊丹左京亮経貞が荒廃していたのを再興したらしい。
ここには安永9年(1780年)に家康の御神影と御道具が下賜され、
坂本村の村民だけが参拝を許されていたが、
現在は毎年4月17日の家康の命日に一般人も参拝可能。

そして今日のメインである住職のお話が本堂で始まったが、
僕は耳が聞こえないので、仕方なく御本尊を眺めていた。
最後は坂本のバス停で解散した。
距離的にちょうどよく、お天気も暑すぎない日で、気持ち良かった。





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最終更新日  October 9, 2025 05:42:53 AM
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