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村上和雄先生の遺伝子のスイッチの切り替えの話はとても参考になります。村上先生の話によると体質的、遺伝的にガンや脳卒中などにかかりやすい人がいる。しかしそういう人のすべてがガンになったり、脳卒中で突然死するわけではない。ガン細胞は毎日健康な人でも3000個くらいはできている。それをTキラー細胞などが処理してくれている。免疫細胞の力が弱ってくると、がんを発症させる遺伝子のスイッチがオンになるのです。脳卒中は血圧の高い人がなりやすい。脳卒中を発症させるスイッチがオンになると、血流の通り道が狭くなり、絶えず血管に負荷がかかる。そして血管の中の弱い部分にこぶのようなものができる。これが破裂すると命に係わる。MRIやCT検査で命に係わるコブが見つけると、すぐにクリーピングやコブをふさぐ手術をする。これは応急処置になります。ただし他の個所や心臓を取り巻く血管などに波及する可能性は残ります。私は体質的に痛風の徴候がある。尿酸値が高いのです。以前発作を起こして足の先を針でつつかれているような痛みが走り、歩行困難となった。これは体質的にプリン体がたまりやすく、しかも排出できない体質ということだった。プリン体を多く含むビールや白子や明太子やシシャモなどは控えた方がよいと言うことだった。以後1ヶ月に1回は医師の検査を受けて、注意事項を守るようにしている。現在はかろうじて7以内に収まっている。気を抜くと痛風の遺伝子のスイッチがオンになるので監視は怠らない。村上和雄先生は、遺伝子は中立であり、自分の体質や遺伝的傾向を把握して、定期的に検査を行い、その上で心身によいことを重ねていけば問題はでてこない。悪いことを重ねれば不具合がでてくると説明されている。体質、遺伝的なものは、制御できないので、検査をこまめに行い、その変化の兆候を早く掴むことがとても大事ということになります。早期発見、早期治療で脳卒中や心不全の突然死が予防できるのです。がん検診も必要です。すい臓がんは沈黙の臓器と言われおり、検査を怠り知らないうちに発症すると死に至るガンです。それを踏まえた上で、心身に良いことを積み重ねていきましょう。みなさまもいろいろと工夫されていると思います。ここでは私が心掛けて実践している一端をご紹介します。・体に良い食事をとる。脳が欲しがるものを取り過ぎるのは考えものです。腸には1兆を超える腸内細菌が住み着いており消化吸収を助けてくれています。セロトニンなどもそのもとは腸で作られています。脳よりも腸が喜ぶものを中心にした食習慣を作り上げる。野菜の繊維は腸が一番に好む食べ物です。野菜を主力にした食事に変える。・規則正しい生活、ルーティンワークを大事にした生活習慣を作り上げる。その際物そのものになりきることで、問題点や課題は次々に見つかります。日々取り組む課題が明確になると、これが生きがいに結びつきます。目標と言えば、1年間の目標や生涯目標も持つことも有効です。・太陽の光を浴びながら、一日30分程度、インターバル速歩やストレッチなどの適度な運動を心がける。セロトニン神経系や自律神経系を整えることです。・不安への対応法としては、積極的に対応した方がよいものと、神経症的な不安に分けて対応を誤らないようにする。例えば、地震対策を怠ると足元をすくわれます。神経症的な不安は森田理論を理解して、生活に応用活用していくことが大事です。経済的な不安は大きなストレスになるので、人生90年時代に向けて、ある程度の人生設計を立てておくことが欠かせません。・良好な人間関係作りを心がける。基本は森田理論の不即不離を応用していく。その他、感情と行動の分離、気分と感情の分離、笑顔でのあいさつを心がける。人が喜んでくれることに積極的に取り組む。感謝の気持ちを忘れないようにする。村上和雄先生が指摘されているように、体質や遺伝的に問題があっても、そのマイナスの遺伝子のスイッチをオンにしなければ、深刻な心身の問題は発生しないという考えは無視できないと思います。
2026.07.26
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宇野千代さんは、「幸せのかけらは幾つでもある。ただそれを見つけ出すことが、上手な人と下手な人がある」と言われている。小さな楽しみ、小さな喜び、小さな感動、小さな感謝さがしを心がけて生活している人は幸せな人生を送ることができると思います。反対に、小さな不安、小さな問題、小さな課題、小さな不満、小さな不平、小さなグチを膨らませてしまう人は苦難の人生が口を開けて待っています。感謝の人生を送るためには小さな楽しみ、小さなよいこと探し、小さな感動、小さな感謝さがしを日々積み重ねていくことだと思っております。どんなことが考えられるでしょうか。最近の私の例からご紹介します。・コンクリート突き破って雑草が伸びている。その生命力の強さに感動した。・インターバル速歩をしている時に、道ばたに咲いている花を見つけた。・梅が今年は鈴なりだった。今年も梅酒が飲めそうだ。・3月に仕込んだ味噌がカビも生えずに発酵が進み完成した。・今年の自家用野菜(ミニトマト、ナス、ピーマン、シシトウ、カボチャ)の初期生育がうまくいった。・ミニトマトのビニールの雨よけが完成した。・草刈り作業を楽しくするハーネスを見つけた。・バイクの風圧と風きり音を軽減する風防を見つけた。・南京玉すだれを友人から格安5000円で手に入れた。口上を覚えた。・血液検査をしたら問題になる所見はなかった。・今日もブログの原稿を1本作った。・一人一芸の練習を一通りできた。ストレッチも入念にした。・アルトサックスの練習ができた。・今日の日記に、良かったこと、楽しかったこと、感動したこと、感謝したいことを書くことができた。これらは、規則正しい生活やルーティーン作業のなかで、たくさん味わうことが肝心だと思います。感謝の反対は、「あたりまえ」と言うことだそうです。「あたりまえ」のことにも感謝の気持ちが湧いてくるようになると、「人生の達人」と言えるようになるかもしれません。
2026.07.25
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昨日の引き続きです。3、感情の法則③「感情は同一の感情に慣れるに従って、にぶくなり不感となるものである」も活用していきたいものです。いくら良いことに気付いても、そのままに放置しておくと薄れて忘れてしまうということです。そうならないためには、メモ書きして残しておくようにする。これは以前の生活の発見誌に「紙切れ法」として紹介されました。殴り書きのようなものでも構いません。後で思い出すきっかけになればよいのです。スマホのカレンダー機能は行事予定は確実に捉えることができます。現在はグーグルキープやメモ帳もあります。簡易録音機や卓上カレンダーなども意外と役に立ちます。4、感情の法則➃は、「感情は、その刺激が継続して起こるとき、注意をこれに集中する時に、ますます強くなるものである」というものです。これは欲望に弾みがついてしまうと、欲望が欲望を生んで際限がなくなる。最悪依存症に陥ってしまうということです。アルコール、薬物、ネットゲーム、風俗、グルメ、ネットでの買い物などがあります。脳のなかではドーパミンやβエンドルフィンという神経伝達物質に乗っ取られたような状態になっています。人間一人の力ではどうすることもできなくなります。そしてどんどんのめり込み、逃れようとしても今度は離脱症状で苦しむことになります。最悪の場合、自己破産や社会的制裁を受けることになります。対策としては、欲望が暴走しないように予防措置を講じることです。普段から「少欲知足」「吾唯足知」を心がける。依存対象には絶対に近づかない、制御力を持っている人と一緒に行動するなどがあります。その他、日常生活の中で小さな楽しみや喜びを見つける習慣を作る、などがあります。5、感情と行動の分離・・・不快な感情、怒りの感情と行動をきちんと分ける。人生という舞台で役者を演じているという意識をしっかりと持つ。具体的には、まず「割り込み動作」を身につける。次に不快な感情、怒りの感情の脱同一化を目指す。これは自分のマイナス感情を客観的に眺められる能力を身につけることです。流れる雲を価値批判しないで、災害現場に急行して被害状況を実況中継をするリポーターを自分の中につくり上げる。これはマインドフルネスの手法です。6、気分と行動の分離・・・いやだ、面倒、しんどい、やる気が起きない、つらそうだ、面白みがない、気がすすまない、障害物が大きすぎる。どうせ失敗するなどという気分が沸き起こると、仕事をさぼる、ドタキャンする、社会的責任と義務を放棄する。子育てをしなくなる。これらは主観的事実でどうすることもできません。主観的事実に対して客観的事実があります。客観的事実は、自分を取り巻いている状況、他人の都合や考え方、自然の状況などに耳を傾けることです。この2つの事実の調和を図る必要があります。行動は主観的事実よりも客観的事実を中心に基づいて行動すればうまく収まることが多くなります。
2026.06.26
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生活の発見会では、集談会で自分のことばかり話すのではなく他人の話をよく聞きましょうと言われます。相手の話や行動に対して、共感や受容できないなと思っても、とりあえず形だけ整えるようにしていると、そのうち共感・受容できるようになります。すぐに反論・反発しないように心がけましょうなどと言われます。これは、集談会に参加し始めた人に対しては必須だと思います。では、長く集談会に在籍している人が、不安や症状について話される場合があります。自己紹介や体験交流の場で、何度も同じ話を聞いている人にとっては、つい「また始まった」という気持ちになりませんか。この問題を考えてみたいと思います。初めて参加した人がいる場合は、自分の神経症の経験を詳しく話すことは、とても大切なことだと思います。この場合は、その人一人に向けて、自分が過去に不安や症状に振り回されて観念上の悪循環、生活上の悪循環について、赤裸々に告白していることになります。初心者はその話から私と同じような問題を抱えた人たちの学習会なのだと理解します。本当なら隠しておきたいような、失敗体験、挫折体験、傷ついた体験、誤った考え方、誤った行動などを公開することは大変大きな意味かがあります。では初参加者がいない場合はどうでしょうか。しゃべっている人は、しゃべることによって精神交互作用を助長することになります。森田では「不安や症状はそのまま抱えて、なすべきをなす」という方向を目指しているのに、真反対のことをしているということになります。またそういう話を何回も聞いている他の参加者はうんざりしてしまいます。このような時は、次のように対応してみるのは如何でしょうか。相手が今興味を持っていること、これから取り組んでみたいこと、最近おもしろかったこと、楽しかったこと、役に立ったことなどから話題を提供してもらうようにするのです。たとえば先日の集談会の自己紹介でこんなことがありました。先輩の方に触発されて、自家用野菜作りを始めました。でも出来が良くなかったです。その話を具体的にしてもらうと、他の人も興味深く聞きます。中には野菜作りの名人がいて、コツを伝授してもらうこともあります。こういう方向は、「不安を抱えたまま、なすべきをなしている」相手の姿勢を高く評価して、援助していることになります。これが、昨日の投稿記事の「私はあなたの伴走者、あなたは私の伴走者」につながります。長く在籍している人の生活や趣味、好きなこと得意なことに話をふって聞くことは楽しいものです。
2026.07.18
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アメリカの大リーグで、「アダム・ダン率」が話題になっています。これは、(ホームラン数+四球数+三振数)÷打席数で計算します。三振数が極めて多いが、四球とホームランも多いのが特徴です。これが50%を超える選手はほとんどいないのが現状です。シカゴホワイトソックスの村上宗隆選手は、2026年5月21日時点で、ホームラン17本、四球35、三振69で、合計121です。打席は212ですから、57%になります。村上選手はヤクルト時代の2022年に三冠王のタイトルを獲得していますが、そのときのアダム・ダン率は約49.3%です。この年は打席612、ホームラン56本、四球118個、三振128個でした。三振も多いいが、それと同じくらい四球を選んでいる。ホームランは断トツに多い。ちなみに、その翌年は、リーグ最多の168個の三振を期しています。村上選手は大リーグのシカゴホワイトソックスで打撃スタイルを変えたのではなく、日本にいた時と同じスタイルで野球に取り組んでいるのです。この数字は、メジャーリーグを代表するスラッガーであるフィリーズのカイル・シュワーバー選手の全盛期に匹敵するレベルです。ちなみに、大谷翔平は約44%、松井秀喜は約33%、イチローは約17%です。いかに村上宗隆選手の「アダム・ダン率」が飛び抜けているかが分かります。村上選手の打撃スタイルは明確です。きわどい球は振らずに四球を選び、甘い球は一撃で仕留め、その代わり難しいストライクへのスイングは三振も恐れない。普通の選手は、ホームランや四球が多いという優れたところよりも、三振が多いことを欠点と捉えて、そちらの方に注意や意識が向くのではなかろうか。村上選手は三振が多いのは相手投手の攻めの方が勝っていた結果である。勝つか負けるかの厳しい戦いをしている限り、当然相手が勝って自分が負けることはあり得る。野球の場合は負ける回数が多くなる競技である。三振が多いことを怖れていると自分の打撃が狂ってしまう。それよりも、甘い球は一撃で仕留めてホームランにする技を磨くことに力を入れる。自分はホームランバッターだから、ホームランが打てなくなると、存在価値はなくなってしまう。打つのが難しい球や自分がボールと思った球は思い切って見送る。それが結果として、四球で塁に出るのも、三振でベンチに退くのもその時の運しだいだ。村上選手は自分の長所や強みをよく理解している。さらに自分の役割や目標が明確になっており、ブレがない。目標を達成するために全エネルギーをそこに投入している。これは神経質性格を持っている人は是非とも参考にして、取り入れていく必要があると考えます。つまり、神経質性格の長所や強みを再認識する。自分の才能や能力を再認識する。その長所や強み、才能や能力を活用して、どんなことに取り組むのか。どんな人生を切り開いていくのか。目標が定まったら、わき目をふらないで努力を怠らないように心がける。
2026.07.24
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2026年5月10日に九州から派遣講師をお招きして講話を拝聴しました。その中で印象に残った話をご紹介したい。最近思うことですが、神経質の症状というものは、片腕を失った人と同じに考えてよいのではないかと思います。神経質の症状は、誰にでもありがちな当然のことだとよく言われますが、そうばかりは言えない面もあるように思います。やはり一つのハンディだと思います。片腕を失った人が、その腕をつなぎ合わせようと一生懸命に不可能な努力をしている状態、これが神経質の症状にとらわれている状態ではないでしょうか。片腕を失ったままで、そのままでできる範囲のことを精一杯やっていく以外にないと思うのであります。私たちも、一つの症状というひとつのハンディを背負ったままで、精一杯生きていく以外にない、これが「あるがまま」の生き方だと思います。私が森田を学んで得た結論は、「しかたがない」ということです。自分以外の自分になりたいともがき苦しんできたわけですが、自分は自分である以外「しかたがない」わけです。自然も、人も、家族も、また自分自身も、自分の思うようにならない。これが事実であり、これも「しかたがない」ことです。自分を否定して意のままに操りたいと思うところから苦悩が始まるようです。ではどうするか。「その時、その時の目的に向かって、自分の出来る範囲のことを、自分なりに精一杯やる」以外にないようです。これが「あるがまま」なのだろうと思います。その他参考になったところをランダムに紹介します。・人生は思い通りにならない。人生はすっきりしないのが当たり前だ。・神経症的な不安は受け入れなくてもよいのです。肝心なことは人生を全うすることです。苦しいときは苦しむ以外にない。はからいながらでも目的から目を離さないで行動していく。行動は不安や症状を抱えたまま、イヤイヤ仕方なしにするものです。・「はからうこと」は「あるがまま」に反することであり、「はからわない」ようにすることが「あるがまま」と考えられがちだが、これは間違いです。「はからう心そのままでよい」のです。はからいながら、苦しいときは苦しみながら、毎日の生活を進めていく以外にない。・ここで大事な事は、書痙の人が、単に「そのままでふるえながら書いていけばよい」ということではなく、肝心なことは毎日の勤めを果していくことです。目的本位の行動を続けていくことが大事です。震える時にどうするかというような生活の一部を問題にするのではなく、生活全般を問題にするところが、森田療法の最大の特徴でしょう。
2026.07.10
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森田理論に「生の欲望を発揮する」というのがあります。森田先生の時代は、都会で一旗揚げて故郷に錦を飾るという風潮がありました。「仰げば尊し」の歌詞の中にも、「身を立て、名を上げ、やよ励めよ」とあります。今そんなことをいうと何を粋がっているのだと笑われます。大げさなことを言う身の程知らずの奴だと言われるのが関の山です。そういう意味では、現代人の生の欲望は骨抜きにされているとも言えます。今の日本では、欲しいものがほぼ何でも手に入り、飢えて死ぬ人もいません。生活にカンフル剤を打って、今の生活をもっと楽しむことができればそれでよしといった風潮です。でもカンフル剤は即効性はありますが、持続性はありません。逆に離脱症状で苦しむことになります。人間が生きる欲望や目標を見失うことは、死ぬより辛いことだと思います。太平洋上で自分の位置がわからなくなり、あてどもなくさまよっているようなものです。課題や目標、夢や希望を見失うと、注意や意識は内向的になります。自己肯定感が持てなくなり、自己嫌悪、自己否定で苦しむようになります。「1億総半病人」という言葉がありましたが、1億総うつ状態と言っても過言ではありません。うつ状態というのは、心の中で1年中雨が降り続いているようなものです。うっとうしくて気が狂いそうになります。考えただけでも怖いです。では今の時代、どうすれば「生の欲望」を活性化することができるようになるのでしょうか。まずは、短期目標、中期目標、長期目標を明確にすることから始めたいと思います。短期目標・・・日々の目標を持つ。そして1週間の目標を明確にする。中期目標・・・元旦に一年間の目標を明確にする。例えばバイクの免許を取る。自家用野菜作りを始める。アジサイの挿し木に挑戦する。3000m級の山で一番登りやすいと言われる乗鞍岳に登る。など。長期目標・・・生涯目標を持つ。例えば、ボケずに元気で100歳まで生き抜く。そのための学習会に参加する。ブログを生涯わたって続ける。次に、仕事をする場合、ただ単に給料をもらうためだけだと考えると仕事は苦痛になります。人生のかなりの部分を占める仕事が苦痛というのは何とかしたいです。仕事を面白くするコツがあります。それは仕事をする中でチェックポイントを明確にして、問題点、課題、不具合ヵ所、改善点、改良点を探すようにするのです。まるで宝物を探すようなつもりで仕事をしていくことです。そして見つかったらそれを忘れないようにメモしておく。課題や目標が明確になると途端にやる気が出てきます。仕事に対する生きがいというのはここがポイントになると思われます。さらに仕事を面白くするコツは、「行列ができる法律事務所」というテレビ番組が教えてくれています。それは仕事を面白くするために、相手をどうすれば喜ばせることができるか、どうすれば相手を感動させることができるかという目標を持つことです。「行列ができるラーメン屋」「行列ができるお寿司屋さん」も同じことです。こういう目的を設定すると、俄然やる気が出てきます。生きがいが生まれて、人生を謳歌することができます。集談会では1年に1回くらいみんなの前で発表するようにすることが肝心だと思います。
2026.07.20
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森田先生が言われている「自然服従」という言葉ですが、大変に重みのある言葉です。自然というのはとても幅広い、天候や地震、火山の噴火なども自然現象です。これらに対しては、できる限り予防対策を講じる必要があります。にもかかわらず、想定以上の災害が発生した場合は、好むと好まざるにかかわらず、受け入れざるを得ません。森田先生は、不安や不快な感情も自然現象であり意志の自由はないと言われています。夏は暑い、人前は恥ずかしい、心配ごとは苦しい、これらはすべて心の自然の現象であって、どうすることもできない、しかたないから、そのままに我慢しておくのを「自然服従」という。これに反して、人前で平気に振る舞おう、心配ごとを取り除いて楽になろうなどと考えて、我情を張るのを「自然に反抗する」と申します。イヤなことは苦しいけれども、しかたがないから我慢して、現在の境遇に応じて、なすべきことを忠実に為すことを「境遇に柔順」と言います。(現代に生きる森田正馬のことばⅡ 白揚社 83ページ参照)森田先生は、不安や不快な感情に対しては「自然に服従」する態度が大事になると言われています。これは、不安になったら不安のまま、怖いと思ったら怖いまま、不快になったら不快のまま、後悔の気持ちが湧いてきたら後悔したまま、罪悪感が湧いてきたときもそのまま、はからいの気持ちが湧いてきたときもはからったまま、苦しくて気が狂いそうだと思ったときもそのままにして時間の経過にまかせる。反抗する態度はご法度です。自然に湧き上がってきた感情に対しては、「絶対服従」「完全服従」という立場です。取り除いて楽になろうとか、苦しいので目を背けて逃げ回っていると、神経症でのたうち回るようになります。これは言葉では理解できますが、実行はなかなか困難です。それができないから,強迫観念で苦しんでいるわけですから。これに対して、森田先生は「境遇に柔順」になることが重要だと言われています。「自然に服従」することが、難しい人はこちらに力を入れた方がよいと思います。これも難しく考えるのではなく、「凡事徹底」の生活をするように心がける。規則正しい生活を作り上げて、ルーティーン作業に従って手足が自動的に動いていく状態にしていく。この時考え事を司っている脳の前頭前野は休んでいます。ここがポイントです。楽しいことやなすべきことを前頭前野で考えてからおもむろに行動しようとすると、迷いが生じ、気分本位になる可能性が高くなります。物そのものになりきって生活していると、小さな気づきや発見、小さな感動や感謝のかけらは幾つでも見つかります。これを簡易録音機などにすぐに吹き込んで宝物をみすみす逃さないようにする。課題や問題点や目標が明確になれば、心身ともに外向きになります。これが不安に振り回されないコツとなります。
2026.07.12
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森田先生は慈恵医学校の「精神病学」の講義をするようになったのは、大学卒業後9か月目だった。1時間の講義のために8時間かけたという。もしこの時に「自分は講義をする自信がないから、1年先に延ばしてもらいたい」と言えば、チャンスはするりと逃げていってしまっただろう。仕事は他の人に回り、自分にはもう二度とチャンスは回ってこなかったかもしれない。「イエスかノーかに迷うときは、断然イエスと答えること」そしてのっぴきならない状況に自分を追い込んでいく。背水の陣をひいて、運命を切り開いていくことが大事です。そうすれば、できないと思うようなことでもできるようになります。できなくても、どうしてできないのか分かる。失敗に学んで、次に生かすことができる。(森田正馬全集 5巻 536ページ参照)誰でも初めて取り組むときは予期不安でいっぱいになります。それ以外でも、一人で知らないところに行く、雲の上のような人に頼みごとに行く。彼女や彼氏に交際を申し込む。初めて車を運転する時なども不安や恐怖でいっぱいになります。成功するというイメージが湧いてこない。成功するというイメージが湧かないことに気合だけで敢えて取り組んでも失敗するに決まっている。そこで予期不安を軽減させるか、無くすることを考えます。例えば訪問営業をする時、当然冷たく断られることが怖いわけです。でも仕事だからさぼるわけにはいかない。どうするか。そうだ、セールスの本をできるだけたくさん読んでセールスの基本や極意を身につけることが肝心だ。そのために喫茶店などに入り浸り一生懸命に学習する。ある程度安心・安全な心の状態を作り上げて、重い腰を上げて仕事に行く。でも現実は断られてばかりで仕事にならない。これはまだセールス理論が甘いからだ。さらに学習にのめり込む。悪循環が続く。森田先生に言わせるとこんなやり方はダメだと言われています。不安でいくら尻込みしようと、セールス技術がいくら未熟であろうとも、その不安を抱えたままで、実際に営業活動に取り組まないと成果は上がらない。失敗から学んで成功のコツを掴むこともできない。だいたいセールスなどと言うものは、断られることの体験を数多く積むことで鍛えられる。そういう人がセールスの世界で生き延びている。断られることから逃げてばかりいると、成績不良でやめさせられることになってしまう。ここでのキーワードは「ダメでもともと、成功すれば儲けもの」です。自分を成長させて、器の大きな人間になるためには、頭の中で考えているだけではダメで、失敗の経験から学び、改良や改善をくり返すことが大事になってきます。
2026.06.30
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「心の旅」「生きがいについて」という本を書かれた精神科医の神谷美恵子さんは「生きがい」について次のように語られている。1、 審美的観照(自然芸術その他)、あそび、スポーツ、趣味的活動、日常生活のささやかなよろこび。この中には、生きがいと本人すら意識しないものもあろう。毎日生活していることが楽しい。生きていること自体が生きがいである。これは森田的な考えだと思う。別に生きがいとか考えていなくても、ほんの小さな日常の生活の中に、気づきや感じが発生する。それをもとにして創意工夫が生まれて、次から次へと行動実践が拡がっていく。2、 学問、旅行、登山、冒険などに取り組んでいること。知識欲、経験拡張欲、征服欲、闘争欲などに従って行動していること。また所有物を増やすことや種々の物の収集などに一生懸命になっていること。3、 種々な生活目標、夢、野心を追い求めていること。その内容も卑近なものから社会的、政治的、宗教的、宗教的理想や実践運動の計画までいくらでもありうる。目標を持っていることは大切である。4、 人との暖かい共感、友情、愛の交流があること。人から尊敬や名誉や服従を受けること。人から必要とされること。マズローの社会的所属の欲求、人からの承認の欲求を満たすことである。5、 自由を謳歌していること。自由に自分の世界を拡げられる境遇にあること。6、 自己実現の欲求を持っていること。独自性の発揮は生きがいとなる。それまでになかったものを作り出すことは、とりもなおさず自分の生きている証である。7、 自分の存在意義が感じられるような仕事や使命を持っていること。生きがいというものは、人間が生きていくためには、空気と同じようになくてはならないものである。しかし、私たちの生きがいは損なわれやすく、うばい去られやすい。人間の根底そのものに、生きがいをおびやかすものが、まつわりついているためであろう。生きがいというものは、森田先生の生の欲望の発揮に邁進しているとき、あるいはマズローやグラッサーが欲求論で述べているように、欲求の実現に向かって努力しているときに感じられるものである。前進する努力を止めた時、生きがいはすぐに失われてゆく。森田理論では努力即幸福という。努力する中に生きがい自体はあるのかもしれない。
2014.07.19
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五木寛之氏が心掛けている人間関係は「淡く長く」だそうです。「兄弟姉妹は他人の始まり」といいます。冷たい言い方ですが、つい生じる甘えを自覚するうえで、とても意味のある言葉だと思います。兄弟姉妹でも他人であると思えば礼節も尽くさなければなりません。そうしていると、密接なつながりを実感する瞬間があるものです。心の底から感謝の気持ちが湧き上がります。夫婦の関係もそうです。もともと生まれも育ちも違う人間が一緒にいるわけです。いくら長く一緒にいようともそれぞれがよく分かっていないことがあって当然なのに、いつの間にかわかっているはずだ、わかって当然だ、となってしまう。肉親だから助け合うのは当たり前、夫婦だから愛し合うのは当然だという前提になってしまうと、そこに欲が出てきます。でも他人だと思えばそんな欲は出てきません。友人関係でも同じことが言えます。困った時に友達に助けを求めても、他人なんだから助けてくれなくても当たり前です。ところが、思いがけず手を差し伸べてくれたとしたら、それはほとんど奇蹟と言っていいようなことでしょう。そう考えて、「なんてありがたいんだろう」と思う方がいい。ですから私は、この人はすごく好きだ、友達になれそうだと思うと、かえって気をつけて、距離を保つようにしてきました。親しくなるのはいいのですが、少し距離を誤ると、どうしても甘えが出てきてしまう。荘子は「君子の交わりは淡きこと水のごとし」と言いました。水のような付き合いでないと長くは続かない。人との交流というのは川のように流れていくほうがいいのです。そして遠くからお互いのことを思いやり、見守っているといった付き合いが一番良い友情の形ではないかと思うのです。大切に思う人ほど、他人であることを忘れない。親しき中にこそ礼儀あり。親しさの距離を間違えないようにしましょう。(ただ生きていく、それだけで素晴らしい 五木寛之 PHP研究所 30ページ)この人間関係の極意は、森田理論の「不即不離」の人間関係のことですね。必要な時に、必要に応じて、必要なだけの人間関係を心がける。時、場所、環境が変われば付き合う人がどんどん変化していく。コップ一杯の人間関係作りを目指していると、失敗する確率が高くなります。コップに少しだけの人間関係作りを心がけている人は、人間関係の悩みが少なくなるだけではなく、困った時の相談相手を数多く持てることになります。
2022.12.31
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田舎の講中の奥さんが亡くなられたので葬儀に参列した。まだ60代であったという。原因はくも膜下出血であったという。倒れるまでは元気であったようです。ただし時々頭が痛いと言っていたそうです。帰宅してから少し調べてみた。くも膜下出血は、脳の表面を覆っている「くも膜」という薄い膜の内側に出血が起きる脳卒中の一種だという。非常に恐ろしいというイメージがありますが、原因やリスク要因がはっきりしているので、日頃から対策を講じていれば予防できます。血縁関係のある両親や兄弟姉妹、祖父母や叔父叔母がくも膜下出血で倒れた人がいる場合は要注意です。こういう方は脳動脈瘤ができやすい傾向があります。この病気は、脳動脈瘤が破裂することが発生原因です。また健康診断で血圧が高いと言われている方も要注意です。その他、タバコの吸い過ぎや過度の飲酒もこの病を誘発しやすいそうです。そうした傾向がある方は、定期的に血圧測定をする。血液検査をする。その結果、薬物療法が必要になる場合があります。脳動脈瘤は、時々MRIやMRA検査を受けることが必須です。破裂する前の動脈瘤が早期に発見できれば、その大きさや位置に応じて、破裂を防ぐための手術(クリーピングやコイル塞栓術)ができます。森田理論に「死は恐れざるを得ない」というのがありますが、くも膜下出血でいえば、その病気の予備軍であることは、血縁関係や定期的な血圧検査などをすればあらかじめ分かるわけですから、準備万端予防をすることが必要になります。森田理論では、「死の恐怖に取りつかれるのではなく、生の欲望の発揮に注意や意識を向けていくことが肝心である」と言います。私はその前に、死の恐怖を感じたら、できる限りの予防策を講じることが欠かせないと考えます。予防策を講じないで、手遅れになってしまうことは悔やんでも悔やみきれない。生活の発見会の協力医の伊丹仁朗医師も、ガンになったら自分が自分の主治医になったつもりで、万全を尽くすべきであると言われています。そのうえで、現代の医学で対応できない病気に対しては、好むと好まざるにかかわらず、それを受け入れるしかありません。その時は残された時間を精いっぱい生き切ることが大事になると考えます。みなさんの考え方はどうでしょうか。
2026.07.19
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集談会でイヤイヤ仕方なしの行動の是非の話がでました。イヤイヤ仕方なしの行動は間違いだらけになりませんかと問題提起されました。本音が拒否しているのに無理やり行動してもしんどいばかりだといわれるのです。目標に向かって努力するのが人間の本来性と言われますが、その反面しんどいこと、面倒なこと、努力を要求されるようなことはパスしたい気持ちも持っています。その相反する二つの考え方が絶えず綱引きをしているようなものです。努力することがしんどいときはつい楽なほうに流されてしまいます。森田ではこの問題をどのように考えているのでしょうか。イヤイヤ仕方なしの行動を回避する人は、行動する前に頭で意欲を高めようとしているのではないでしょうか。事前に安心や確信や自信を作り出そうとしているようにみえます。頭で成功するためのシュミレーションを行い、80%くらいの成功確率があると判断できれば、そこで初めて行動に着手しようとする。成功確率がおぼつかないときは積極的に動くことを控える傾向があるように思います。失敗する確率が高いことに手を出すことは労多くして無意味だ。行動する前から成果が上がるかどうかの詮索ばかりしている。軽はずみな見切り発車は絶対にしたくない。やって見なければ結果がわからないのですが、失敗することを恐れてしまう。対人恐怖の人は他人からバカにされ、批判・否定することは受け入れられない。思い切って行動に移ったとしても、途中で躓いてしまうと、すぐに努力することをあきらめて撤退してしまう。こういう気持ちを持っている人は、引っ込み思案で体験不足に陥ります。子供の頃にけんかや失敗の経験を数多く積み重ねていると大人になってそれが生きてきます。反対に子供の頃にイヤなことや面倒なことから逃げ回っていると、大人になったときにどう対応してよいのか迷ってしまいます。結局目の前の障害を乗り越えることができなくなります。普通の人は嫌な気持ちになっても、必要なときに必要なことから安易に逃げてはいけないものだと考えています。また目的の達成は最初から頭で考えたようにうまくいくわけはないと考えています。目の前には数多くの試練が待ち構えているのが普通の状態だ。目的を達成するためにはその問題や障害物を乗り越えていくことが不可欠だ。目的を見失わないようにして、二歩前進一歩後退の気持ちで取り組むことだ。すぐにあきらめては果実は手にできない。むしろそれらを乗り越えて目的を達成していくことが人生の醍醐味だ。失敗を数多く経験すると、成功へのヒントが蓄積されてくる。人間的にも試練を乗り越えることで一回り大きな器の人間になれると思っている。普通の人は現状を踏まえて目的を下から上目線で見ているのです。「かくあるべし」を振りかざして、上から下目線で見ているわけではありません。自己嫌悪、自己否定で苦悩することはありません。普通の人は現実や現状に根を張って「事実本位」の生き方をしているということになります。これが森田理論が目指している方向です。イヤイヤ仕方なしの気分本位の行動は回避した方が賢明だと思います。
2024.03.25
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森田理論では、あくなき欲望の追及は百害あって一利なしと言います。不安を活用して意志の力で適度に制御しなければ、人間関係は対立するようになりますし、自己破産を招くことがあります。心身の健康を害し、社会から排除されることにもなります。これはあたかもブレーキの壊れた車に乗って坂道でアクセルを踏み込んでいる状態です。欲望の暴走を野放しにしておくと大惨事を招きます。欲望の暴走はどんなところに起きているでしょうか。世界を見渡せば絶えず紛争や戦争が起きています。話し合いによる問題解決ではなく、武力で優る国が弱い国に戦争を仕掛けています。大国の覇権争い、自国の利益優先の態度、為政者の個人的利益の拡大などが原因です。その他、人間による自然の収奪があります。酸性雨、温暖化、海洋汚染、熱帯雨林の森林破壊、オゾンホールの出現、資源の枯渇、自然循環を無視した農業などで地球は病んでいます。個人の問題としては依存症があります。アルコール、ギャンブル、薬物、ネットゲーム、買い物、風俗依存などがあります。森田では精神拮抗作用という考え方があります。欲望が起きると、同時に不安が湧き上がり、欲望の暴走が制御されて、調和やバランスが保たれているというものです。この機能が正常に機能するためには、理性や意志の力が必要になります。飛行機が離陸するために加速を始めると、ある限界点を越えてしまうと、どんなに突発的なトラブルが発生しても停止させることはできないといいます。滑走路からはみ出して大惨事になるからです。欲望の暴走も同じことが言えます。欲望の暴走が起きている為政者、国は何としても中止してもらわなくてはなりません。当の本人には制御能力が破壊されているので、周りの人が忠告してあげなければなりません。仮に現在うまく立ち回っていても、いずれ長い歴史のなかで淘汰されてしまうでしょう。個人の依存症の場合は、脳が依存物質に乗っ取られているような状態です。人間の意志の力ではどうにもなりません。依存対象には決して近寄らないようにすることが一番です。そういう人が単独行動をとることは極めて危険です。制御力を持った人と行動を共にすることが欠かせません。最終的には、医療的措置をとることになります。さらに自助組織に参加してみんなで取り組むなどの方法があります。森田理論では、「生の欲望の発揮」が大きく取り上げられています。それと共に、欲望の暴走の弊害とその制御能力をいかに獲得するかについても議論してみる必要があると考えています。
2026.06.16
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精神科医の高橋伸忠さんのお話です。Kさんという50代の独身の女性がおられました。3年ほど前から耳鳴りがひどくて、10か所以上の大学病院などで精密検査を受けられました。どこに行っても「耳や脳にはまったく異常がない」といわれました。でも本人はつらいのです。「耳鳴りは雪が降っても蝉が鳴く」というような苦しさがあるのです。心理的な影響を疑った耳鼻科の医師が、精神科医の高橋さんを紹介したのだそうです。心理療法のおかげで長い間治らなかった耳鳴りが、1週間前からすっかり解放されたそうです。しかし耳鳴りが治った途端にその女性は自殺されたというのです。普通に考えると耳鳴りが無くなったのだから、自由に生活を楽しむことが出来そうな気がします。この方は、耳鳴りを治すことが唯一最大の目標になっていたのではないでしょうか。ひょっとしたら耳鳴りはなくならないかもしれない。一生耳鳴りを抱えて生きていくなんて耐えられない。と思っておられたかもしれません。ところが心理療法のおかげで、思いもかけないことに完治してしまったのです。すると途端に生きる目標を失ってしまったのです。これは森田で言う手段の自己目的化が起きていたのです。神経症に陥っている人も同じようなことが言えます。私は対人恐怖でしたが、苦しんでいる時はとてもつらいものです。なんとか取り除きたいと思うのは当然のことです。そしてそれだけにとらわれて30年も40年も苦しんできたのです。それだけに注意を集中させて、精神交互作用でどんどん増悪させてきたのです。今は森田理論学習のおかげで、そのからくりと進むべき方向が分かります。つまり症状はある程度抱えたまま、日常茶飯事を丁寧に物そのものになりきってこなしていくこと。そして行動実践する中で見つけた、課題や夢や目標に向かって努力していくこと。人生においては症状をなくすることに集中していくよりも、その方がはるかに意義があるということでした。症状を抱えたままその方に舵を切っていくことができるようになると、一つの能力を身につけたということです。その能力はプロスポーツで注目される人と同じように、素晴らしい特殊技能の持ち主として人の役に立つ仕事ができます。今神経症で苦しんでいる人はその能力を身につけるようになるとよいのです。高橋医師は「何の症状もない百点満点の健康」を生きる目的にしてはいけないと言われています。気になる症状があったら、早めに医師の診断を受けることはごく当然なことです。しかし、複数の医師から異常なしと言われたら、それ以上こだわらないことが大切である。現代は「一病息災」ではなく、「二病息災」、「三病息災」の時代です。いくつもの病気を抱えながらも、前を向いて、人の役に立つ生き方をしてゆきたいものです。(幸せの見つけ方 高橋伸忠 PHP 175ページ参照)
2015.01.30
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アドラーは、「怒りは第二次感情である」と言っています。人は不安や恐怖、嫉妬、寂しさ、無力感、自己嫌悪など、自分の中に受け入れがたい「一次感情」があるときに、それを隠すように怒るという言動をとるものだという考えです。例えば、幼い子供が危険な行動をとり、ヒャッとさせられた親が「危ないじゃないの」と言って怒ることがあります。このような言動の前には、そんなことをすると子供がケガをするかもしれない。大事故に巻き込まれるかもしれない。命を落とすようなことになるかもしれない。こうした第一次感情が隠れているという考えです。現実には子供に怒りをぶっつけているのですが、前提として「びっくりした、ハッとした、心配だった」という第一次感情があるのです。これは森田理論でいう初一念という直観的な感情のことです。第一次感情は、心配だった、不安になった、恐ろしかった、寂しかった、悲しかった、がっかりした、嫉妬したというようなものです。素直で直観的な感情です。ところがこの第一次感情は、意識することもなく、すぐに消えてなくなるという特徴があります。そして人間には引き続いて第二次感情が出てくるようになっているのです。そしてつい、これに基づいた言動をとってしまうのです。この感情は目の前に起こった出来事や事実に対して、弁解、言い訳、ごまかし、隠ぺい、逃避、否定が含まれているのです。相手に対しては叱責、非難、拒否、無視、抑圧、否定などがあります。観念や理性に基づいた「○○しなければならない」「○○であってはならない」などという「かくあるべし」が多分に含んでいるものです。「かくあるべし」を優先した言動は、現実や事実と激しく対立します。すぐに自己嫌悪、自分否定、他人否定で対立関係に陥ります。怒りはこの第二次感情に基づいての言動ということになります。第二次感情に基づいた言動は、弊害だらけというのはお分かりだと思います。突発的な怒りの感情は6秒でピークに達し、それをやり過ごすことができれば次第に沈静化するといわれています。その6秒さえやり過ごせば、怒りに任せて他人を傷つけたり、人間関係を悪化させる行動を控えることができやすくなります。それに加えて、第二次感情を見極める習慣を作ることが大切になります。自分や他人を批判、否定するような気持ちはすべて第二次感情です。そんな時は第一次感情に立ち戻ることが肝心です。危険な行為をしている子供に対して「だめだ、すぐにやめなさい」ということも時には大切です。でももっと大切なことは、第一次感情に立ち戻れるかどうかです。この例で言えば、「お父さんはびっくりした。とても動揺した。でも何事もなくてうれしかった」ということになります。その言い方のほうが子供との関係はよくなってきます。これが森田理論で学習している「純な心」の生活面への応用ということになります。
2019.10.27
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やましたひでこさんのお話です。断捨離イコール捨てることみたいに思われがちなんですが、本来は自分とモノとの関係を見つめ直して選び抜くこと、モノの片づけを通して自己を深く探究し、心の混沌を整理して人生を快適にするツールなんです。断捨離は実は、モノを通した思考の片付けなんです。そしてそれをするためには、モノの片づけ以前の価値観の問い直しが必要なんです。とっておこうという気持ちがあるのは、そのモノに価値を感じているからですよね。ではその価値について、本当にきちんと思考しているだろうか。どういう価値を感じてそれをとっておこうとしているのか。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 藤尾秀昭監修 致知出版社 370ページ)断捨離できないのは、「いつか役に立つときがあるかもしれない」「せっかく買ったものだから、処分するのは忍びない」などという気持ちがあるからだと思います。では新しいものに買い替えるときの気持ちはどんな時でしょうか。型が古くなり流行遅れになった。性能や機能面で最新のものと較べると見劣りがする。古いものを下取りしてくれるので、この際思い切ってリニューアルしよう。以前森田の「物の性を尽くす」を実生活に大いに応用されている方がいました。・家電量販店では大画面のテレビを売っているが、我が家は昔からある小さなテレビを見ている。・スマホは持っていない。パソコンはあるが、ワードやエクセルで使っている。メールはできない。・音楽は昔からあるラジカセにカセットテープを入れて聴いている。・我が家の貯えはそんなにない。うちは子どもがいないのでそんなにお金を必要としていない。年金だけでささやかな生活している。・本は図書館で借りる。映画は市の映像ライブラリーで見る。・自家用野菜や加工食品はいろいろと作っている。料理は魚の粗などを買ってきて、絶品の味に仕上げることが楽しい。・田舎に住んでいるので車は必需品である。現在の車は10年以上乗っている。定期的にメンテナンスを心がけて動かなくなるまで乗り続けたい。この方の考え方は、現在所有しているものを、壊れて使えなくなるまで、修理しながら使うという考え方なのです。すぐに性能や機能がよいものに買い替えるという発想ではない。森田先生は風呂の残り湯も雑巾がけや、打ち水、植物の水やりに利用されていた。朝の洗面も洗面器一杯の水で済ますように心がけておられた。野菜市場に落ちている野菜のクズを集めてきてウサギなどのエサにしていた。捨てられていた古下駄は風呂の焚きつけに利用する。原稿は新聞広告の裏を利用する。森田先生はその物が持っている価値を見つけ出して、最後の最後まで活用されていた。生活必需品については、便利なものを手あたり次第買い替えるというやり方ではない。古くなっても修理して使えるものは、最後まで大切にして使い切るという考え方である。物にとっては命が尽きるまで大事にされ、活躍の場が与えられるので本望である。これは物だけではなく、人間においても存在価値を認めて、その能力をとことん活用していくということになる。
2025.02.07
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感情と行動をきちんと区別する方法については、山崎房一氏の話が参考になります。人生はドラマ、人間はみんな役者 社会が舞台意志の弱かった私は「己に打ち克つ」ということが理解できなかったそれは 本心に関係なく演技することだ役者になることだ と知って納得できたのです役者は気分がすぐれないときでもまた嫌な相手であってもいつも最高の演技を見せてくれる役は、本心とはちがうところにあるからです本心でない言動は噓であり道徳に反するという考え方が人間関係をこわしてしまうのは役を演じることを忘れ本心をむき出しにしてしまうから本心で生きる人を世間では未熟で幼稚な人と見ます他人は私を 私の外面 即ち 言葉や態度で評価する今までは私は私の内面 即ち 心の動きで自分を評価していたそのような自分を自分の心の動きで評価する無意味なことはやめること人間関係を円滑にし 心の安定を願うなら言葉や態度を心の動きから完全に切り離し役を演じながら生活すればいいそうすれば人相もよくなるその妙を心得ている人物を私たちは円熟した人と呼ぶのではないでしょうか(心がやすらぐ本 山崎房一 PHP研究所 80ページ)不快な感情のまま、不快な気分のまま、体調不良のまま、ネガティブな思考のままに行動している人は、人生という舞台で大根役者を演じていることになります。大根役者はいずれ人生という舞台から引きずり降ろされ、孤独な人生を送ることになります。自分がどんなに惨めな状態にあろうとも、そんなそぶりを微塵も感じさせない役者になりきる。そんな能力を身に着けた人を、敬意をこめて「森田の達人」と呼ばさせていただきたいと考えます。
2025.10.20
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森田先生は「君子は和して同ぜず、小人は同して和せず」と言われています。君子の例として西郷隆盛を挙げておられます。西郷隆盛は、薩摩藩内や明治政府内において、様々な意見を持つ人々がいる中で、感情的に対立するのではなく、大局を見据え、協調的な態度で臨もうとしておられました。しかし、自分の信念を曲げてまで他者に迎合することは決してありませんでした。征韓論における彼の主張や、西南戦争に至るまでの経緯を見ても、自分の正義や理想を貫き通そうとする強い意志が感じられます。西郷隆盛は自分の意見を持たずに周りに流されたり、表面的な同調だけをするような人物ではなかったようです。西郷隆盛は、自分の確固たる意志を持ちながらも、相手の立場や気持ちを理解し、尊重しようと努めた人だったようです。自分の考えとは違っていても、話し合いによってみんなの意見がまとまれば、自分が先頭に立って行動をする。まさに男のなかの男のような人です。彼の魅力は、その二つの要素が矛盾することなく共存し、高い次元でバランスがとれていた点にあるのかもしれません。ここで「君子」を「森田の修養の進んだ人」人に置き換えて考えてみたいと思います。森田の修養の進んだ人は、「和して同ぜす」、森田の修養が進んでいない人は「同して和せず」の傾向が出てきます。森田の修養が進んでくると、相対立していることが目の前にあるとき、両面観の立場から検討していくことができる能力を獲得した人だと言えるのではないでしょうか。例えば、森田先生のところに入院していた患者が、うさぎ小屋の掃除をしていた時、野犬が飛び込んできてうさぎを噛み殺してしまったという事件がありました。ここで修養の進んでいる人と進んでいない人の違いが如実にでます。修養の進んだは、「わあ、可愛そうなことをしてしまった。玄関の戸をきちんと閉めておけばこんな悲惨な事にはならなかった」と思うでしょう。修養の進んでいない人は、「これは入り口の造作が悪かったら起きたことだ。私の責任ではない」と思って言い訳、弁解、責任転嫁、自己保身に走ってしまう。修養の進んだ人は、森田先生と共に悲しむということになります。以後二度とこんなことが起きないように工夫をするでしょう。修養の進んでいない人は、森田先生から叱られないように自己防衛のことばかり考えます。にもかかわらず、森田先生から大目玉を食らうことになります。今後うさぎ小屋の掃除は懲り懲りだといってうさぎ小屋に近づくことがなくなります。この時に、「ああ、かわいそうなことをしてしまった」という初一念の感情をしっかりと受け止めていたら次の展開はまったく違っていたはずです。森田の修養で最初に湧きあがってきた感情を大切に取り扱うということが身についていたら、その後森田先生から罵倒されることはなかったはずです。
2025.10.21
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私は週末の家庭菜園に力を入れています。これは60キロ離れたところに田舎があり、主に125ccのバイクで出かけています。ツーリングも楽しみです。時間は片道1時間10分ほどかかります。年間育てる野菜は数多い。ジャガイモ、タマネギ、冬野菜としてハクサイ、ダイコン、キャベツ、芽キャベツ、ブロッコリー、ホウレンソウ、ニンジン、夏野菜としてトマト、ナス、ピーマン、シシトウ、カボチャ、枝豆などである。今日は私が掴んだ春夏野菜を上手に育てるコツについて紹介します。仕事があるので週末や祝日、有給休暇をとって出かけています。ウィークディは手入れできません。ウィークディの水やりは自動灌水装置で行っています。畑は幸運にも実家の周りにあり、井戸水をポンプでくみ上げています。電源にタイマーを取り付けています。時間になれば水やりが自動でできます。蛇口のところから3ヶ所に分けてホースを伸ばし、その先にホームセンターの自動灌水チューブを取り付けています。安価です。暑さに応じて1日に1回から3回、15分程度自動で水やりができます。野菜作りをする時は、周りの草を刈ります。そしてミニ耕運機で耕うんします。そして牛糞堆肥、化成肥料、苦土石灰をまいて1週間は寝させます。最近は「リキダス」という微量要素を含んだ液体肥料を定植の時に使っています。気をつけたいのは鶏糞堆肥です。土の団粒化は期待できません。これは堆肥とはいっても肥料ですから、肥料過多になります。その後植えつけです。野菜はほとんど連作障害があります。特に、ミニトマト、ナス、ピーマン、シシトウ、ジャガイモなどのナス科の野菜は必ず植え付け場所を変える必要があります。そうしないと病気に罹りやすくなりますし、収穫量が少なくなります。1週間後に植えつけです。野菜は初期生育がとても大事です。これは子育てと同じです。つきっきりで面倒を見ることが必須です。野菜の苗がきちんと育つ期間は、無理しても何回も帰省します。というのは、地温が15度以下に下がると大きなダメージがあります。天気予報の最低気温はとても気になります。あと大雨も気になります。さらに、定植したての苗は風に極端に弱いのが特徴です。用心しないとすぐに枯れてしまいます。これらの対策としては、必ず黒マルチをしています。そこに植えつけます。風対策としては、畑の廻りにシカやイノシシ除けの防護柵を取り付けています。そこに風よけ用の網をぐるりと張っています。さらにしばらくは白の寒冷紗で苗を完全に覆って保護しています。これは100均で安く手に入ります。ミニトマトは雨に弱いので株全体をミニハウスのビニールで覆います。きちんと張らないと雨が降ったときにビニールが破損します。ビニールの張り方はコツがあります。これが分かるのに3年くらいかかりました。5月中旬以降になると、苗が大きくなって寒冷紗の中が窮屈になります。まだ独り立ちしているわけではないので、今度は肥料や堆肥の空き袋で作った行灯を取り付けます。風よけにはこれが一番です。初期生育を無事に通過すると一安心です。これは6月いっぱいかかります。野菜作りのコツは初期生育にあるというのが私が野菜から学んだことです。7月くらいから芽かきと追肥が大事になります。ミニトマトは10段くらいになると、それ以上は実はつきません。早く収穫が終わってしまうので、多少煩雑になりますが芽かきは厳密にしなくてもよいと思います。その方が収穫量が多くなります。私たちは専業農家ではないので、専門家の芽かきや誘引法はあまり参考にならないと思っています。この点では少しすぼらでもOKです。ナスは絶対に芽かきが必要です。ナスは芽かきをしないと木が大暴れします。特に接ぎ木苗の根元から盛んに芽が出てきます。これを確実に取り除くこと。そうしないと実がなりません。ピーマンなどは込み合わない程度の芽かきをします。シシトウは特に芽かきや誘引は必要ありません。追肥は根が伸びる先端に化成肥料を2週間に1回一つまみくらいやります。カボチャは伸び放題に伸びてきます。きちんと誘引してやることが必要です。特に、防護柵に蔓を絡ませて横に伸びてきます。そこに棚を作ってやるとよいようです。収穫期は7月からになります。ミニトマト2本、ナス2本、ピーマン2本、シシトウ1本、カボチャ2本を植え付けていまが、最盛期を迎えると山のように収穫があります。ナス1本から150本は確実に収穫していると思います。夏のマーボナスは極暑を乗り越えるスタミナ源です。晩酌の楽しみです。とにかくよくできるので、料理や加工方法はいろいろと勉強しました。食べ切れない野菜は近所の人や知り合いにお裾分けしています。こうしてみると、野菜作りというのは学校の先生が生徒を統率したり、会社の管理職が部下のマネージメントしているのと何ら変わりがないように思います。ニンジン、ホウレンソウ、枝豆などは自宅で芽出しをしてから、畑に移植するとほぼ成功間違いないと思います。これらの野菜は芽出しが特に難しいのです。枝豆は鳥がやってきて食べてしまいます。あとは栽培時期を間違えないことです。キュウリは作りません。毎日収穫しないと、次の日にはもう食べられなくなるほど大きくなりすぎるのです。今までいくら廃棄したことか。これは毎日畑に行く人はよいと思います。ジャガイモ、ダイコン、タマネギなどは誰でも比較的楽に作れます。神経症で悩む前にまずは家庭菜園をというのが私からの提案です。畑が借りれない人は、まずはベランダのコンテナ栽培から取り組みましょう。趣味と実益を兼ねた家庭菜園は楽しいですよ。
2026.05.06
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フィギュアスケートの坂本花織さんが25歳で引退した。フィギュアスケートの選手寿命は短い。世界選手権やオリンピックでメタルを取ったような人でも、おおむね25歳までには引退している。フィギュアスケートの選手は、引退後どうするのか興味が尽きない。人生90年から100年時代に突入しているのだから、引退後の人生のほうが圧倒的に長いのである。ここで燃え尽きてしまうと、しばらくは無為の人生に甘んじてしまうことになる。フィギュアスケートの選手は、選手寿命が限られているのだから、現役の時から、次に挑戦することを明確にしておくことが必要になる。坂本選手は、スケートの指導者になることにしているという。この問題を考える時に、井上富雄氏の「ライフワークの見つけ方」という本が役立つ。井上氏は、日本IBM常務を務めた後、45歳で転職して、経営コンサルタントになった。井上氏曰く。昨年までで、私の「一人目」の人生は終わり、第二の人生ではなく「二人目」の人生を歩んでいる。二人目の人生における私のライフワーク、経営コンサルタントである。65歳までの約20年間で、ピーター・ドラッカーのような世界的なコンサルタントをめざしたいと思っている。そしてそのあと、65歳から85歳までの20年間に「三人目」の人生を送り、三人目のワークライフを見つけて、人生を3倍生きることに挑戦してみたいと考えている。そういえば、外科医だった人が、転職して日本料理の世界で活躍しているのをテレビで見たことがある。帚木蓬生氏は、精神科医だったが、今やベストセラー作家である。私の知り合いには、小学校の教師をしていた人が、公認会計士の資格を取り20年くらい公認会計士の仕事をして、その後また代用教員や塾の先生をしていた人がいた。その他、営業の仕事で頑張っていた人が、造園や盆栽作りの仕事についた例もある。野球選手だった人が、レモン農家に転職した人もいる。土木会社に勤めていた人が、ドローンの会社を経営している人もいる。一旦燃え尽きても、新たな気持ちで意欲的な生き方ができることもある。普通は生涯にわたって取り組む仕事を見つけていくことが肝心だと考えますが、その枠にとらわれなくてもよいということだと思います。人生を3つに分けて、20代から40代、40代から60代、60代から80代までに取り組むことを見つけるのも一つの考え方だ。別に3つにこだわる必要もない。例えば人生を2つに分けてみるのは現実的である。例えば、20代から50代、60代から80代というふうに考えてみる。特に転職が一般的という社会では、人生を2度楽しむという考え方は必要なのかもしれない。そのためには、20代までに大まかにやってみたいことをいくつか決めておくことだ。目標が明確にならないと、人生を2倍、3倍と楽しむことはできない。生活費にある程度余裕が持てるようになれば、別に仕事だけに固執する必要はなく、趣味や特技や研究やボランティアの世界に挑戦することもありだと思う。(人間学を学ぶ月刊誌 致知 2026年6月号 106ページ参照)
2026.07.15
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世の中には「送り付け商法(ネガティブオプション)というものがあります。どこで住所を調べたのか分かりませんが、私のところに注文していないのに紙袋にはいったバックが送られてきました。二人家族のだれも注文した覚えがありません。上海から送られたものということは分かりましたが、送り主はアルファベットで書いてあり、よく分かりません。料金は後日請求と書いてあります。不安になって、消費生活センターに電話してみましたが、ずっと電話中でつながりません。次に思いついたことは、最寄りの警察署に電話してみました。警察官は5分くらい事情を確認して、住所、氏名、生年月日を確認後、これは警察署で「落とし物、不審物」として保管しますといって持ちかえりました。この時点で、送り付けられた商品と私の関係はなくなります。つまり警察と送り主の関係に変わります。後で送り主が分かり、警察署に出向いて写真を撮ったり、送り主に送り返すなどということはできなくなります。次に、高額の請求書が送られてくることが予想されます。グーグルジェミニに聞いてみました。回答は次のようなものでした。①現在、日本の特定商取引法(特商法)では、注文していない荷物を受け取った場合、「消費者がその商品を直ちに自由に処分してもよい」と定められている。開封しようが、捨てようが、法律上まったく問題はありません。警察署が不審物として持ちかえってくれたのは正解です。②「後日請求」と書かれているので、忘れた頃に振込用紙などが届く可能性があります。この場合は次のように対応してください。絶対に支払わない。連絡しない。相手の目的は、不安に駆られたあなたからお金を振り込ませること。または連絡させて「本物の電話番号や個人情報」を引き出すことです。請求書が届いても完全に無視してください。③請求書などの「証拠」は保管しておく。届いた請求書、封筒、あるいは宅配便の伝票などは、捨てずに手元に保管しておいてください。万が一の時に証拠になります。警察に荷物を引き渡した日付や、対応してくれた警察署の名前もメモに残しておくと安心です。④もし催促がしつこい、あるいはどうしても不安が消えないという場合は、局番なしの「188」(消費者ホットライン)に電話してください。私と同様の「送り付け商法」で困っている方は、参考にしてください。
2026.07.21
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対人恐怖症の人は、その言葉が意味しているように人が怖いのです。そういう人は、職場や友人との良好な人間関係を築く、営業活動で成果を上げる、部下を指導したり、組織をまとめる仕事に就くと苦労します。次第にストレスがたまり心身ともに疲弊してきます。対人恐怖症の人は、愛着障害を抱えているのか、親の神経質体質を受け継いだのか、原因ははっきりしませんが、他人はうっかりしていると自分に危害をもたらすかもしれないという先入観を持っています。これを仮に遺伝的体質としましょう。しかし仮に遺伝的体質を持っていても、人間関係で対立して会社で孤立し、仲間から排除されて、天涯孤独の人生を余儀なくされるわけではありません。人間関係に問題がある人は、遺伝的素質に加えて、普段の生活態度が大きく影響しています。たとえば次のような傾向に心当たりのある人は要注意です。・明るく笑顔での挨拶を軽視している。無視している。・自分の都合ばかりしゃべり、相手の話に対して聞く耳を持たない人。・自分のミスや失敗、欠点や弱点を隠したり、ごまかしたり、言い訳したり、他人に責任転嫁する人。・怒りや不平不満の感情が発生すると、ストレートに相手にぶっつけてしまう人。一言多い発言を押さえることができない人。・相手のことを、上から下目線で非難、否定、叱責、拒否、脅迫、強制してしまう人。・欲望の暴走に対して制御機能が働かない人。・社会的な義務や責任を果たすことが眼中にない人。仕事では与えられた仕事のノルマを果たさない。冠婚葬祭を無視している。納税の義務を果たさない。町内会行事などに全く参加しない。・気分本位で、他人との約束をすぐに反故にしてしまう人。ドタキャンが常態化している人。・絶えず金銭問題や異性関係の問題を起こす人。この問題について、遺伝子研究の村上和雄先生が興味深い話をされています。ガンになったり脳卒中で突然死する人は、遺伝的、体質的に病気を併発しやすい体質を持っているのは確かです。しかし実際には命にかかわるようなガンにもならない人も多い。また、くも膜下出血や動脈瘤の破裂で突然死しない人も数多い。それはマイナスの遺伝子のスイッチがONに入らなかったからである。OFFのままでやり過ごすことができたということです。マイナスのスイッチがONになるのは、定期的な検査を怠り、最初の病気の徴候を見逃してしまうこと。また片寄った食習慣、暴飲暴食、昼夜逆転の生活習慣、過度な心身のストレス等の外部要因などが相互に影響し合ってシナジー効果を起こし、いつのまにかマイナスの遺伝子のスイッチがONに入ってしまうということになります。一旦マイナスの遺伝子のスイッチが入ってしまうと、弾みがついて、さらに加速してしまうので、手遅れになることが多い。遺伝的、体質的な面はコントロールできませんが、そのほかの面は意識すればコントロール可能です。そこに力を入れることで、マイナスのスイッチをONにしないことが肝心です。この話は人間関係で問題を抱えている人にとって参考になります。人間関係が破綻して、天涯孤独の人生を余儀なくされるというのは、元々遺伝的、体質的な面があって、そこにマイナスの生活態度が追い打ちをかけて引き起こされていると理解すると分かりやすい。マイナスの生活態度は森田理論などを活用して、いくらでも改善の余地があります。森田では、不即不離の人間関係をお勧めしていますが、人間関係で大きな問題を抱えて投げやりになることは避けることができます。
2026.07.23
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イスラエルの建国後、キブツと呼ばれる農業共同体で、ある革新的な子育てが試みられた。子供たちは子供の家で暮らし、専門のスタッフが昼も夜も交代で子供たちの世話をしたのだ。母親は授乳の時間にだけやってきて、それ以外は職場に戻って働いた。開墾や農作業などに多くの人手を必要としたため、女性の労働力が子供に奪われないように、子育ては効率化されたのだ。ところが、この試みは、思ってもみない副作用を生むことになる。愛着が不安定な子供が急増しただけではなく、大人になってからも同じ傾向が見られたのだ。愛着が不安定な人では、対人関係の問題を抱えやすく、情緒不安定な傾向や親密な関係を避ける傾向が見られた。専門の職員が交代で世話をするといった方式は、効率的ではあるが、子どもの側の事情を無視したものだった。子どもに必要なのは特別な存在との関わりだった。必ずしも親でなくてもいい。特別の存在が、その子が必要とするとき、いつでもそばにいて、その子の求めに愛情を持って答えてくれさえすればよいのだ。キブツの教訓は決して遠い国の話ではない。日本でも生活のため、あるいは何らかの理由で母親が働かざるを得なくなって、生まれてすぐに子供を保育園に預けるというケースが増えている。その結果、子供と一緒にいる時間が少なくなっていく。このことが子供達のその後の成長過程の中で、神経症を発症させたり、うつなどの神経障害、パーソナリティー障害、発達障害などの問題を生じさせている可能性がある。ハリー・ハーロウは愛着の形成が子供の成長や発達において、命にかかわるほど重要な問題だということを示した。アカゲザルの子供は、母親がいないとほとんど育たず死んでしまうしかし、母ザルの人形を作って与えると、子ザルはその人形に抱きついて、どうにか育つことができる。抱っこしてつかまれる存在が、生存のために栄養と同じくらい必要なのだ。ハーロウは、柔らかい布でできた人形(ソフトマザー)と、固い針金でできた人形(ハードマザー)を作り、どちらにでもつかまれるようにした。ハードマザーの方には、ミルクが飲めるように哺乳装置を取り付けた。にも関わらず、子ザルが圧倒的に長い時間を過ごしたのは、ソフトマザーの方だった。柔らかい感触を持った、居心地のいいスキンシップを必要としていたのだ。しかし、母ザルの人形に捕まってどうにか成長しても、母ザルに育てられなかった子ザルは、不安が強く、誰とも交わろうとせず、社会的行動を行うことができなかった。それでも、なんとか同年輩の子ザルと遊ばせることで、ある程度社会的行動を発達させることができたが、どうしてもうまく身につかないことがあった。それは、正常な異性愛や子育ての能力だったという。母親に育てられなかった子ザルは、成長して大人になっても性的な営みでつまずくか、万一子ザルが生まれても、育てようとしない。母親による養育は、単に心理的にとどまらず、生理的なレベルでも、子どもの発達に関わっており、それが欠けることは社会生活や子育てに必要な能力の発達を不十分なものにしてしまいやすい。(母親という十字架に苦しんでいる人へ 岡田尊司 ポプラ新書 82ページより引用)これらは、子供の成長にとって愛着の形成がいかに大事であるかということ示している。愛着の形成は0歳から1歳6ヶ月の間に形成されるといわれている。少なくともこの期間は母親は子供のそばにいて育児に専念するということが望ましいということである。子供ができれば、どこの家庭でもそうしているように思いがちであるが、最近は夫婦二人が働かないと生活が成り立たないという社会状況がある。1年も経たないうちに保育園に預けざるを得ないという家庭も増えているのではないか。そういう子供が青年期、大人になって、他人が信頼できず、情緒不安定で苦しまなければならないとしたら残念なことである。だからせめて子供と一緒の時は、精一杯一緒に過ごすことを心がける必要がある。しかし不幸にして愛着障害を抱えた人はどうすればよいのか。これについても岡田尊司氏が上記の本で説明されている。日を改めてご紹介していきたい。
2017.03.12
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