壮年の森 放浪日記

2005年09月04日
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カテゴリ: 随想
 只野には、未だにすっきりわからないことがある。テンのうち方である。未だに感覚でうっている。テンは読点である。

「きつねさんは、おおきな こえで よんで みました。」
 テンに加えてスペースが存在する。余計わからなくなる。こんな風に思ってしまう。
「きつねさんは、おおきなこえで、よんでみました。」
 これは極端な例だが、何気なしにテンをうちすぎた、ということがないだろうか。

 只野はずっと懸念していたことがある。小学校1年の頃である。只野は授業中、前の席の悪友と無駄話をしていた。(ここでも「只野は、授業中…」か「只野は授業中、…」かで迷った)ちょうどその時、先生がテンのうち方を説明していた。只野は聞き逃してしまった。だからテンのうち方がわからなくなったのだと思いこんでいた。

 ところが、である。誰が書いてもこれだというテンのうち方に出会ったことがないことに気づいたのである。こういうときは文科省だろうと思い、調べてみた。


 三、テンは、第二の原則として、副詞的語句の前後にうつ。

〔附記〕この項の趣旨は、テンではさんだ語句を飛ばして読んでみても、一応、文脈が通るやうにうつのである。これがテンの打ち方における最も重要な、一ばん多く使はれる原則であつて、この原則の範囲内で、それぐの文に従ひ適当に調節するのである。
(昭和二一年三月、文部省教科書局調査課国語調査室で作成したもので、文部省で編修又は作成する各種の教科書や文書などの国語の表記法を統一し、その基準を示すために編纂した四編の冊子のうちの一編より抜粋)


 最後の一文である。「それぞれの文に従い『適当に』調節する」のである。どおりで教科書にも書いてないことになる。マルのうち方は明確である。書くまでもない(マル)。

 日本語ならではの曖昧な原則である。少なくとも英語にはない。加えて日本語の場合「曖昧」でも「あいまい」でも「アイマイ」でもよい。只野はたまに意思をもって「アイマイ」とする。

 実は只野は、日本語文章の曖昧なきまりを歓迎している。微妙な表現ができる。
 ただ、小学1年のテスト「テンのつけ方」で×がついたことは逆に解せないことになる。





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最終更新日  2005年09月04日 10時53分34秒
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