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2006年07月20日
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カテゴリ: 内政
昭和天皇が東京裁判のA級戦犯の靖国神社合祀(ごうし)に強い不快感を示していたことを記録した富田朝彦元宮内庁長官のメモが見つかった由。

靖国神社へ何故昭和天皇が参拝に行かなくなられたのか、昭和史の専門家の間では、A級戦犯合祀のため と言うのがいわば定説でしたが、これを富田朝彦元宮内庁長官のメモがはっきり裏付けた事は間違いなさそうです。

昭和天皇の戦争責任が議論される際、昭和天皇が戦争終結に示された決意と、天皇陛下万歳と先の大戦で戦火に散った英霊を祀る靖国にそれまで続けていた参拝を(昭和50年を最後に)ピタリと止められた昭和天皇の 物言わぬ日本国の象徴の姿を読みとることが出来ます。

極東軍事裁判に於いて、東条英機元首相は、自己弁護を尽くすまでもなく絞首刑を甘んじて受け入れました。おそらく、自己を弁護すると言うことはその火の粉が天皇に降りかかることを承知していたことと思われます。

昭和天皇は、外国にとやかく言われて靖国神社参拝を保留にしたわけでは無く、ご自分の判断でなされたわけで、昭和の時代を厳しく生き抜いた象徴天皇の面目躍如と感じます。

富田朝彦元宮内庁長官のメモは、正しく昭和天皇の発言を記録した ものでしょう。





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最終更新日  2006年07月20日 18時30分56秒
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