2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全43件 (43件中 1-43件目)
1
大掃除まがいのことをする。一年で一番嫌いな日。お片づけ好きの家内が不機嫌だから。そんな日に、下のお店に2名来客。謀議。現実逃避も含めて謀議に熱中。夜には、するめをかじりながら一献。家族はTV。私は読書。来年はどんな年になるのやら。
December 31, 2005
コメント(0)
朝から、片付けと電話。なんだかどうでもいいことで忙しい。なし崩しの新年到来は避けたいなぁ....。
December 30, 2005
コメント(0)
朝から、掃除。洗濯。子供と遊ぶ。ようやく年末らしい様相を呈してきた。案件が一件いやな様相を呈してきたけど、まぁ、年始になるまで放っておこう。
December 29, 2005
コメント(2)
最近、ひたすら歴史小説を読むようになった。いわば歴史を舞台にしたフィクションであるので、そこに歴史上の真実を求めるなんて読み方は当然していない。その昔は、そういうスタンスであるからこそ、そんな中途半端なフィクションなんか読まん。という姿勢で全然手付かずだった。実は、結構、自他ともに認める多読家だったりするが、そこいらにあまたある歴史小説はほとんど手をつけていなかった。しいて言えば、せいぜい、平家物語とかいわゆる古典を読み下す程度。現代作家の書いた歴史小説なんて、非常に限られていたりする。その私がここのところ、その毛嫌いしていた歴史小説以外読まないという不思議な状態である。きっかけは歴史調査から始まり、便利な時代考証のネタ程度だった。だけど、家内が会社からもらってきたりとか、友人知人が書評をつけて紹介してくれたりだとかするうちに、その多読化に拍車がかかって、いまや暇さえあればなんか読んでいるという状況。正直言ってどれもこれも面白いと思う。歴史上の知識を得るという楽しみよりは、人物像と出会うという楽しみだ。実際にそれぞれの主人公が、歴史上そういう人物かどうだったかは、別問題。あくまで、歴史を舞台にした虚構のキャラクターとして、そういう人物像を伝え、生き方を伝えるというその歴史小説の面白さは、なるほどなぁと思う。と同時に、舞台を作る手間は省けて作家にとってはいいよなぁ、などと不届きなことも思う。最近この手の本を読んでいて思ったことがひとつある。人間大して変わらんなぁと。いや、歴史上の人物を見てというのではなく、これをガリガリ読んで面白がっている自分を再発見してそう思う。多分、僕が読んでいる続っぽい歴史小説の数々は、誰が読んでも面白いものだろう。今まで僕が多読したものを読んでいようがいまいが、実は日々の糧としてそんなに大きく変わるものじゃない。むしろ、こういう続っぽい歴史小説のほうが人の心を動かしたり、日常の生活への潤いや、やる気や、方向性を生み出して影響力があるような気がする。そう思うと、どんなに努力をしても、人間そんなに変わらんなぁ。と。ま、とはいえ、呉下の阿蒙なんて言葉もあるので、常に自己研鑽は重要。なので、歴史小説の多読を続ける(笑)
December 29, 2005
コメント(4)
朝起きる。家内が仕事納めということで出勤。私は、子供と遊んで午前中を過ごす。午後、家内が半休を取って帰宅。島根からのお客様に会いに名古屋駅へ。愛知県にUターンして、一旗?あげたいとか。一応、こちら生まれの人には釈迦に説法とは思ったが、愛知の特殊事情を説明。帰宅後、家族で鍋をつついて寛ぐ。近所の若者から電話が。書籍の貸し出しの約束をしていたので、夜中に外出。喫茶店で話という予定が、居酒屋で話ということに変更。本の解説を中心に酔っ払いの与太話。ほろ酔いで帰宅。子供らは就寝済み
December 28, 2005
コメント(2)
結婚して以来、家内と同じ方向を向いて物事をした記憶がほとんど無い。夫婦二人なら、まだ、仕事は仕事で楽しんで、遊びは遊びで一緒に楽しんで、家庭のことはそこそこに、という形もとれて同じ方向を向くことも出来るかとは思う。うちの夫婦は、私の仕事の都合と家内の体調の関係で夫婦二人の間はほとんど別居状態で、ようやく同居できたら子供がいる状態。仕事のこともある程度分担。子供がいると、家庭はそこそことはいかない。なので、家庭のことはある程度分担。分担比率は各家庭でそれぞれだろうけど、とにかく、同じ事をするという機会は日常的に激減する。きっと高度成長期は、仕事100%と家庭100%で夫婦分担だったんだろう。現代は分担比率は相互にそれぞれあるのが普通のようだ。とにもかくにも分担せざるを得ない。それだけ、ひとつの所帯という仕掛けは内向き(家庭)と外向き(社会)と複雑になっている。分担している相手がやることをいちいち気にかける余裕は無い。少なくともうちの夫婦はそう。こうなると、背中合わせになって、社会と家庭と立ち向かう戦友そのものである。他方が討ち死にしたらおわり。ついでに、他方が裏切ってもおわり。手を抜いてもおわり。でも、それだけ信頼できる相手じゃないと、一緒に家庭の維持と社会へのかかわりを同時には出来ない。多分、大方の家庭は、子供が出来るまでの間に、いろいろな場面で同じ方向を向いて、お互いのその方向へどれだけ強いかを確認しあって分担しているんだと思う。で、想定されるパフォーマンスを省みて、自然と分担が決まるんだろうなぁと思う。が、うちはそんなこんなで、戦いながら分担するという感じ。おかげで夫婦喧嘩は絶えない。今年も絶えなかった。でも、これはしょうがない。背中合わせで一緒に戦うしかないんだし。これからもきっとそう。時々向きを間違えたり、転んだり、弾が切れたり、いろいろなことが起きると思う。でも無事一年過ごせたのは、とっても嬉しい限りだ。
December 28, 2005
コメント(2)
今日は三河は朝から雪。この際なので、子供は休み。ということで、今年の保育園は終了。で、子供がいつも家にいる羽目になったので、うちの仕事も事実上冬休み。でも、そういう日に限って仕事がいくつか入る。しかも、嫌いなコーディング(^^;というか、本業外のコーディング。非営利活動なので我慢してやる。好きだの嫌いだの我慢するだの言っても始まらないんで、サクサクと作業。でも、全部、リダイレクトもの。いろいろと仕掛けの凝らしたリダイレクトなんだけど、とにもかくにもリダイレクト。一段楽したと思ったら、又連絡が。これまた、リダイレクトネタ。もー。リダイレクトだらけの日。とりあえず、全部完了。サーバーが落ちさえしなければ、これで大丈夫なはず。甥姪が春休みのおかげで、子供らと遊んでくれていて、これだけ作業集中が出来た。まぁ、大家族のメリットで。
December 27, 2005
コメント(0)
朝、三河湾の朝焼けで目覚める。眼下に広がる蒲郡の町並みと三河湾の風景はなかなかのものである。で、朝ご飯を食べて、一路、大須へ。こまごまと買い物。途中、矢場とんに荷物を忘れるなどハプニングがあったものの、無事買い物を完了。予定より早かったので、セントレアを通過し、まるは食堂へ。あくまでも、本店。セントレア店ではない。カニと蝦蛄と熱燗。子供らもいろいろ食う。併設の温泉「梅の湯」で一服して、帰宅。こちょこちょと、残務を処理して終了。就寝。
December 26, 2005
コメント(2)
昨日も働いたんで、たまには家族でどこかに行こうということで、ラグーナ蒲郡へ。と、のんびり家族サービスをしている日に限って事態は進展するもので、バシバシとメールと電話が入ってくる。つーかさ、日曜日じゃん。少しは遊ばせてよ。結局気もそぞろだけど、PCがあるわけでなし、作業スペースがあるわけでなし。進まないものは進まない。あきらめて、子供らと遊ぶ。その日は、そのまま三河湾スカイラインを登って、宿泊。なかなかの絶景を眺めて寛ぐ。
December 25, 2005
コメント(0)
クリスマスイブ。でも、朝から終日わくわくセンター。怒涛のように、進んでいない研究用のデータ整理を一気にこなす。あとは、センターからの送付物を次々と作る。封筒詰等単純作業。かなり忙しく仕事。今年最後のわくわく出勤も終了。白菜とチンゲンサイをいただいて帰宅。子供がケーキを食べないで待っていてくれる。クリスマスパーティ。つつがなく家族だけの時間を終了して、就寝。
December 24, 2005
コメント(0)
最近いろいろと地域づくりやら住民参画やらという代物に絡むことが多い。そういうところに行くと、最近はパラダイムシフトととかもてはやされ、旧来の地域自治やらまちづくりのフレームが問題とされることが多い。旧来の仕掛けそのものが無問題とは考えないけれど、どうもその手の批判を聞くと、「そうかぁ?」と思ってしまう。根っこには既得権益者への批判があるんだろうが、どうにもこうにも、その矛先の向け方がおかしいように思う。いわゆる市民には、元々全ての権限があるわけだし、ぶーすか言う前に自分の権限を、適切に行使すればいいわけだ。知らぬ間にその権限をいくつか委譲しているものもあるが、委譲先から取り戻す方法も残っている。言い換えれば、最大の既得権益者だ。委譲された権限を持ている側も、市民が何もしないで文句ばかりいうと文句を言う。そりゃそうだ。委譲したことをやりたくないから、委譲しているわけだ。そんなもん、市民がやるわけないだろう。そのために、税金を払ったり、サービスを買ったりしてくれるわけだ。そういう部分を市民と行政やら大学やら企業やらが手を携えて協働とか言うと話は美しいかもしれない。が、ちょっと待ってとか思う。そもそも、お互いが相互に相手のことを考えて、持っている権限を最大限に発揮すればそれで済んでしまう話がほとんどで、いちいち協働だの何だの面倒くさいことをしなくてもいいんじゃないのか。協働のための時間的コストやら金銭的コストを考えたらムダそのものだ。実は地域づくりまちづくりで大事なのは、全ての地域のプレイヤーが、自分の本業に回帰することに他ならないのではないかと考えている。実は協働による新しいパラダイムなんていらないのだ。ただ、大切なのは、市民も行政も企業も大学も忘れていること。自分の本業と本筋を思い出すだけのことに過ぎない。新しい地域パラダイム論に浮かされている暇があったら、実は、中学校の公民の教科書でも読んだほうがいいのかもしれない。
December 24, 2005
コメント(2)
朝、外は銀世界。家内はとりあえず仕事に行く。子どもらは旗日で休み。ゆったりと遊ぶ。家内が半休を取って帰宅。雪はほとんど溶ける。夢のようなひと時だった。その後、わくわくセンターまで家内に送ってもらう。雪にみんな恐れをなしたのか、わくわくセンターも暇。数少ない内職をこなす。公私共にゆとりのある一日。
December 23, 2005
コメント(0)
朝、子どもらを自転車で保育園に送る。ちらほらと雪が降り始める。自宅で、内勤。研究の続きをする。雪が強くなる。とはいえ、会議に出席しなければいけないので、外出。まるで北海道。雪に打たれながら自転車でバス停まで移動。バスはかろうじて定時運行中。会議はつつがなく終了。が、雪はどんどん降り積もる。会議終了後はわくわくセンター。どんどん降る。雪が降りすぎ。まるで北海道。こっちに移り住んで以来始めての豪雪。で、わくわく終了後は飲みに行くと言う野心的な本日のスタッフ3人組。この後のみに行ってくるんだな。帰れるのかねぇ....。
December 22, 2005
コメント(2)
五反田のホテルで起床。特に予定がないので、遅めのチェックアウト。そのまま品川経由で新幹線で名古屋。で、名鉄に乗り換えて、うちの田舎の駅へ。待機タクシーもないので、とぼとぼと30分ほど歩いてかえる。東京での疲れがあるけど、こうして歩くと疲労回復感がある。帰宅後、少しだけ残務チェックをして、子供のお迎え。自転車で出発。なんか、道が遠く感じる。移動時間も長く感じる。東京から帰ってくるといつもこう。なんかあせっちゃうんだよね。あせっていい事はないはずなんだけど。家内が今日もロングの残業。大変らしい。子供と遊びながら、時間をつぶす。疲れが出てきたんで、先に寝そう...。
December 21, 2005
コメント(0)
朝、神田のホテルを出て大塚に。そこの漫画喫茶で一仕事。振込み等々の業務を遂行して、五反田に移動。ホテルにチェックイン。即、目黒の研究所に移動。新潟の県庁の方々と打ち合わせ。その後、研究所の忘年会。いつもの面子と懐かしい面子が混在。大先生より研究の論理上の穴がないか追及を受ける。忘年会終了後、元同僚に電話。関係者に知人も多いので、新宿に移動し、さらに飲む。って、昨日来た店じゃん(^^;五反田に戻って就寝。結構早い。
December 20, 2005
コメント(0)
朝から雪。早朝から家内と一緒に子供を送り出して、東京へ出立。雪で遅れに遅れて、夕方にようやく到着。ホテルに直行して一眠り。その後、昔の下宿の友と新宿で忘年会。最近、かなり無理な飲み方をしても飲んでも次の日に残らない。おまけに記憶も残らない(笑)強くなったんだか弱くなったんだか。
December 19, 2005
コメント(0)
久々の休日。朝のんびり起きて、子供と散歩。雪がちらつく。非常に寒い。一度帰宅し、体が温まったところで、家族で買い物。リサイクルショップとスーパーを巡る。必要なものを買い込む。帰宅後、家族で鍋。家族団欒の夕食。明日の出張準備しなきゃ。
December 18, 2005
コメント(0)
久々のわくわくセンター。やることは山のよう。何をトチ狂ったのか客も朝から山のよう。ろくにお昼も食べれない。夜はわくわくサロン。講師の先生をよんでセミナー。終了後飲み会。電車が止まって、終電が一時間遅れ。結構寒いが徒歩で帰宅。帰宅後メールチェックして研究データの転送忘れが発覚。次に行くのは22日。その間結果を出力できない。明日の出張までに何とかしたかったのに。厳しいなぁ....。
December 17, 2005
コメント(0)
今日も家内が子供を送ってくれた。で、今年最後の請求書発行の準備。あと、研究のデータ解析作業を平行して行う。夕方、子供を迎えに行く。日中もずいぶん寒くなってきた。家内が帰宅後外食。若鯱家でカレーうどん。少し遊んで帰宅。地味な一日。
December 16, 2005
コメント(0)
朝、家内がご飯を作る。味噌汁の具は大根。上の子が保育園の食育の一環で植えて掘ってきたものだ。形はひん曲がっているし、なりも細い。でも、子供が掘ってきたのかと思うととってもおいしい。「馬鹿みたきゃ親みろ」というのは私の両親の口癖だが、その気持ちは良くわかる。だって、これ美味しいもん。今まで食った大根で一番うまい。子供を保育園に家内が送り出してくれる。確定申告の入力に専心。控除以外の入力が終わる。おー。今年は黒字のみならず、納税が発生しそうな情勢。過去最高の営業利益(笑)。個人営業に営業利益とか経常利益って概念があるのか?まぁ、株式運用はうちの事業枠じゃないんで、経常利益の上乗せはありえんけどね。でも、とにかく周りの人々に感謝。控除分が結構あるんで、納税は微妙だけどね。まぁ、来年もうヒトがんばりだ。子供を迎えにいって、帰宅。昨日できなかった電話をして済ませる。いつも申し訳ない感じです。電話終了後、子供のお風呂とご飯をすませる。家内が帰宅しない。結婚来、最長の残業。家内の会社も過去最高益。忙しくて当然。でも、大変そうだなぁ....。帰宅するなり安心したのか、下の子は寝ちゃった。仕事を手伝ってあげたいところだけど、いまさら家内の会社に入社するわけにも行かないし。
December 15, 2005
コメント(0)
この年の瀬を舞台にした、昔話の東西の両巨頭といえるのが「マッチ売りの少女」と「かさじぞう」。雪の都会を、ろくに売れない日用品を売って、年を越そうというお話であるところも同じ。ある意味で、両者ともに最後は救われるお話なんだけど、ヨーロッパと日本の大きな違いを感じる。日本は、昔から支配者による小作人等の締め付けが厳しいと思われがちだが、ヨーロッパのほうのシビアさはその比ではなかったようだ。階級構造の強固さは、ヨーロッパのほうが遥かにきつかったそうだ。その辺は宗教観や倫理観にも現れているだけではなく、こういうお話にも現れているといえるだろう。マッチ売りの少女は、死後、神によって魂が救われる。だが、かさじぞうは、生きている間に長者にまでなる。現世利益をしっかり得ている。日本という国はそれだけ階級構造が甘く、現世利益を得ることが不可能ではなかったということの表れでもある。また、帰宅しても売れないと受け入れてくれないギルドの親分しかいないマッチ売りの少女。他方、かさじぞうは、売れなくても「しょうがない」といってくれて、ともに貧しさを共有してくれるやさしい相方。この辺にも、平均的貧しさのありようの過酷さが現れているといえる。子供の頃から読み聞かされた話が、子供の思考や精神構造を作る。どっちを読み聞かせるかで、逆境で来世利益方の子供になるか、現世利益方の子供になるかがある程度は決まるかもしれない。
December 15, 2005
コメント(2)
小さい頃、親の都合で転校することが常だった。小学生の頃から、別に転校すること自体そんなにいやなことではないし、むしろ楽しいと思っていた。そういうところは、先天的な「のら」だったのかもしれない。よく、前の学校の友達の家まで、一人で自転車や国鉄で行って泊まってきてた。友達の幅を広げることは、結構楽しかった。転校先で友達を作ることはさほど苦労をした記憶はない。いつのまにか誰かと遊んでいる。と同時に、クラス内外のグループの垣根を越えて普通に友達を作れた。まぁ、転校生の特権ともいえるんだろうなぁと、今は思う。で、その垣根を越えた友達のなかから、実は気が合いそうと思う人を普通にマッチングさせていたような記憶がある。そう思えば、昔から紹介屋だったのかもしれない。でも、紹介した友達同士が、自分抜きでとても楽しそうに遊んでいるのがとっても寂しかった記憶も良くある。紹介するまではテンションが高いのに、紹介しちゃうとすぐにイジケ虫になっていた自分を、最近良く思い出す。最近、のらSOHOなんてレッテルが貼られるぐらい、日本全国飛び回って(今年は本当に飛び回ったと思う)、いろいろ人と人を繋いでいる。なんか、子供の頃の自分に戻ったようなものだ。たしかに、その後は自分抜きで進む人間関係がほとんどだ。そういうところも子供の頃と一緒だ。確かに、自分抜きでことが進んでいくことに、若干寂しい気分もなくはないが、しっかりとマッチングできたという充足感が、最近はある。寂しさより充実感があるというのは、やっぱり、家族がいるからかな、と思う。そういう意味では家族の間の信頼が磐石じゃないとこういう生き方は非常に難しいんだろうなぁ。ということで、私のマッチングでメリットがあったと思っている方は、私の家族にも感謝してください(笑)
December 14, 2005
コメント(0)
朝、家内が子供を送ってくれる。感謝してるんだけど、どうも表情と態度に出ないらしい。喧嘩腰で出て行く。子供らと家内がいなくなったあと、懸案の確定申告用の領収書請求書等々の入力作業。去年まで使っていたエクセルのマクロではない、違うやつを使ってみることに。理由は特にないが、検索しても見つからなかったから。今ダウンロードしてもどいつもこいつも昨年度申告用なんだけど、そんな激しく変わるものでなし、とりあえずサクサク入力していく。領収書だけ半年分。あんまり集中していると、肝心なことを忘れる。電話を忘れる。仕事を忘れる。家事を忘れる。こりゃまずい。とりあえず、かろうじて子供だけでも迎えに行く。子供を連れてきて、お風呂に入れて、ご飯を食べさせて、テレビとか一緒に見ながら時間を過ごす。こういう喧嘩をした日に限って、帰りが遅い。おまけに携帯を忘れている。いつ帰ってくるか分からない。なんか、反省。
December 14, 2005
コメント(0)
朝、起きて洗濯機を回す。家内は会社へ。子供らを起こしてご飯を食べさせ、保育園へ。戻ってきて、洗濯物を干す。干し終わったところで、たまっていた校正を行って、先方と電話打ち合わせ。そのあと資産運用。その他、詳細な作業を済ませる。子供らを保育園に迎えに行く。お風呂に入れて、少し遊ぶ。遊び終わったころに家内が帰宅。カニを食べに行く。ひたすら殻からカニの身をはずして、子供らに与える。腹減った。帰宅してから、少し仕事。就寝。
December 13, 2005
コメント(0)
防犯効果のないものに効果があると民衆を煽って自治体に導入させる業者生態系維持に危険なものを安全と民衆を信じ込ませて自治体に導入させる業者行政への住民参画という幻想を見せて無意味なシステムを自治体に売り込む業者最近ブルーな3大御題。何がブルーって、信じ込まされた民衆の信心の強固なこと。下手な新興宗教なんざ比ではない。こんな下らんことで、そんなことがそんな短絡的な手段で実現できるなら今ごろ世の中もっと良くなってる。そりゃ、トリックのレベル的には、水や布団やつぼを売る訪問販売レベルの煽り方でしかない。そういう点で、簡単にマスコミとかに煽られる不勉強な住民が一番いかんのだろうけど、売る側も恥ずかしくないのかねぇ....。
December 13, 2005
コメント(0)
朝、久々に保育園に子供を送り出す。帰宅後家事をする。ネットをする。付箋紙ソフトを見つけてtodoを画面一面に作る。いやぁ、実に忙しそうだ。で、再び家事をする。電話打ち合わせをする。ネットをする。todoを見る。いやぁ、実に忙しそうだ。子供を迎えに行く。電話打ち合わせをする。ネットをする。子供をレッスンに連れて行く。エイデンで家電を眺める。帰宅する。todoを見る。いやぁ、実に忙しそうだ。ネットをする。作業が進んでないじゃん(笑)深夜なんで寝るか。
December 12, 2005
コメント(0)
朝、子供らがやたら早起き。総長の子供番組を見せて、朝食の準備。朝食を食べさせて、ちょっと遊んで昼食の準備。昼食を食べさせて、遊んで、お風呂に入れて、夕食の準備。夕食を食べさせて、遊んで一寛ぎ。家内が予定よりも早く帰宅。うちの事業所の収益向上をあちこちの寺で祈願したらしい。お守りが増える。ありがたいことだ。それもさることながら、一晩、家族が一人欠けている状態というのは、なんというか言葉にしがたいいやな感じだ。別に何か大変なことがあるというわけではないし、困ることが特にあるわけじゃない。今まで、気楽にアウェーに出ていたが、こういう気分なんだなぁと思うと、少しは電話の一本も入れるようにしようとか思った2日でした。
December 11, 2005
コメント(2)
最近、電子会議室のお仕事が多いわけなんだけど、匿名OKの会議室なんかもを運営しながら少し考えた。(メモ程度です)よく言われること1.匿名性を求める人はバーチャルもリアルも匿名性を求める2.場を荒らすような発言をするのは匿名で守られている匿名登録者で、プライバシーにかかわる政策に関する電子会議室の仕事をやったところ、この辺は必ずしも成立していないなぁと。プライバシー擁護派は実名登録で実名発言プライバシー不要派はそろいもそろって匿名登録で匿名発言つうか、おまえらやってること矛盾してないか?プライバシー不要だって言うなら、堂々と実名で主張せい!とか思うわけです。擁護派のほうが匿名じゃないってのは意外。言い換えれば、ネットで匿名じゃないと登場できない人は、リアルでのプライバシーは不要。1のよく言われる話は偽ということになる。で、議論の内容や進め方を見ると、匿名者のほうはそろいもそろって「みんなで和を持ってやりましょう。厳しい相互批判は止めましょう」という発言ばかり。むしろ、実名者のほうからの匿名者への批評、批判のほうが鋭く厳しい。完全実名掲示板では確かにさほどあれない。意外と、実名を出したほうが後ろめたさがなく、匿名でこそこそ発言する相手に対して、より強圧的になるのかもしれない。そういう意味では、2のよく言われる話も偽。匿名性を配慮した様々な試みが行われているにもかかわらず、いまだにうまく機能していない電子会議室。こうした神話をひとつづつ丁寧につぶして、電子会議室における匿名性の弊害とその意味を、一度考え直す時期に来ているのかもしれない。
December 11, 2005
コメント(0)
携帯の電源が切れた。最近、使っている携帯の電池の調子が悪く、1度会話をすると2時間と持たない。ちなみにAUのInfoBarを使っている。別に電池の持ちが悪いのは、機種のせいではなく私の使い方だと思っている。なので、普通に考えれば、「買い換えればよい」という話なのだが、なかなか踏み切れない。こいつを買った理由は実はただ一つ。AUで、折り畳み(スライドとかも含む)ではない唯一の機種といわれたから。ものの扱いが乱暴なので、折りたたみのものはその部分の接触不良等から、すぐに壊してしまっている。なので、私の携帯の購買基準の重要なひとつだ。ただ、買ってみて、これはイラネーとか思っている機能は多数ある。アプリはいらん。スケジュールはいらん。電卓もいらん。等々。いるのはメールとWeb(仕事のメールをチェックするメーラーがWeb対応なので)と通話関連の基本機能。へたすりゃモノクロで十分。着メロもいらん。カメラもなきゃないで良い。逆にいるものがひとつ。長時間のバッテリー。というか、バッテリー容量が小さくても、携帯自体が省電力で長持ちするでも良い。いっそ機能をそぎをとして、本体を省電力にしてくれないだろうか。とか、思っていたら、知人が所有しているTUKAのとある機種は、結構、私の好みを反映している。とはいえ、TUKAに変えては電話番号は変わるし、料金メニューも変わる。悩ましいところだ。と、この一週間、会話中に電源が切れたり、着信が繋がらなかった各位への言い訳とする(^^;
December 11, 2005
コメント(0)
家内が早朝からあわただしくお出かけ。社員旅行で京都へ。帰宅は明日らしい。しばらくしてから、モソモソと子供らが起きだす。出張の疲れで、いま少し寝る。子供らは遊んでいる模様。腹が減りだしたようなので、朝ご飯を作るために起床。家事も仕事もできない。ひたすら遊ぶことに付き合う。結構、一人だと家事はやりにくいもんだ。ましてや仕事をや。それでも、下の子が遊び疲れたらしく、自然と昼寝。この隙に家事と仕事。ファシズムとバイオテロの会議室の一区切りを行う。出張中のものも含め留守電は山のようにたまっている模様。これで手一杯。留守電未チェック。家事で、できることは食器洗いが限度。積み木と工作に付き合う。やりっぱなしになるので、家の中が荒れ放題。家内から連絡ひとつこないし、なんだか父子家庭の休日のよう。こんな日もいいか。
December 10, 2005
コメント(0)
朝、ホテルをチェックアウト。打ち合わせの手合いは、みんなキャンセルになったので、マンガ喫茶で作業。そのあと、新幹線に乗って移動。携帯やらペットボトルやらやたら物が落ちる。何か縁起でもない感じ。名古屋から岐阜の山中へ移動。待ち合わせより早く某駅に到着。待ち合わせには選択肢はない。目の前の喫茶店で足休め。春から長引いている案件のクローズドのための訪問。岐阜の大物とその技術者と集合。恵那峡の奥に、知る人ぞ知る、ドーム状の木造建築がある。実はこの大物の御家。風景にマッチしているんだけど、何か変。普通、個人のうちとは思えないその風貌。その事実は人伝に聞かされて知っていたけど、まさかそのお宅訪問するとはついぞ予想外。内側から見ても、とっても不思議な御家。仕事の打ち合わせもそこそこに、この家自体の話題で盛り上がる。なんと、土台以外は全部自分で立てられたという。すごい。話が結局長引き、帰りは真っ暗。ぼちぼちと帰宅。疲れがどっと出て、すぐ就寝。明日からは家内が社員旅行でいない。
December 9, 2005
コメント(0)
2~3年前、起業関連セミナーが多かった。ここのところなりを潜めてきたので、いい傾向だとか思っていたら、またそぞろに増え始めた。昔は、経済活性化がメインで開廃業率の逆転+税収増を狙うために、若い大学生あたりをメインターゲットに「未来のホンダ、ソニーを目指せ」的な内容が多かった。どうも、最近の起業ものセミナーは趣が異なり、ニートとリタイヤ組の自分探し的な目的らしい。でも、その内容はというと、そんなに変わらない。ようは成功者をつれてきて、自慢話をさせて、聞き手をその気にさせて、実務的なことをそのあと話して、起業に結びつけちゃうという仕掛け。その先、死屍累々の失敗になることはほぼ自明。なんか、スキーをやった事の無い人間に、大倉山のジャンプ台(80m級)に吹雪の中連れて行き、金メダリストに一本実演させて「ほら、簡単に飛べるでしょ」って言って、ジャンプ用のスキーとウェアを渡しているような感じ。で、その気になったバカから順に飛んでいく。吹雪いているから、ジャンプの瞬間は見えないし、落ちていく絶叫も聞こえない。で、主催者は後続の人に言う。「ほら、ちゃんとみんな飛んでますから。戻ってこないのがその証拠です」今の起業支援は、まさにこの構図。まずはスキーの基礎からちゃんと教えてあげましょう。
December 9, 2005
コメント(4)
朝から東京駅傍のマンガ喫茶で作業。午後早くから、打ち合わせが入っているので、急ぎ処理。で、目的地へ移動しようと思ったら、ちょうどお電話が。打ち合わせを夕方にして欲しいというリクエスト。途方にくれて、ホテルに戻る事に。ホテルは半蔵門でとっていて、大手町から乗る。いわゆる半蔵門線(東急田園都市線直通)。そういや、結婚してすぐに身重の家内と別居で中央林間にも住んでたし、三軒茶屋は1ヶ月くらい放送局の新人研修で滞在してたよなぁ、と大変懐かしい気分に。おまけに東京駅から大手町(東西線)の通路は、結婚前、日曜日に三河安城から東京駅に帰ってきて、行徳に帰るために、よく走った通路。合計して2年弱程度だけど、色んな思いを持って東京で生きてきたんだなぁと実感。なんのかんのと、意外と東京暮らししている。フリーになって、よく東京にきてるけど、こういう懐かしい気分は初めて。それだけ、いつも東京では余裕が無い。時間がちょっと無駄っぽいけど、まぁ、気分のリフレッシュ時間だという事でよしとしよう。で、リフレッシュが終ったあとは、いつもの目黒。研究内容とその後の方針の打ち合わせ。もう体制翼賛とバイオテロの会議室は嫌(泣)そのあと再び東京駅へ。SEライフvol.3のライターで打ち上げ。編集さんが持ってきた、PMカルタで一同苦笑い。主たる話題は、IT業界とゼネコン業界の類似性。ITもある種の姉歯的物件が山のようにある。私以外のライターの皆様方は立派な建築業者相当のえらい方ばかりで、いわゆるフリーは僕一人。いつかこの業界の姉歯とかいわれちゃうんじゃないだろうか(^^;打ち上げ終了後、裏方独歩さまと編集さんと3にんで飲む事に。編集さんは西葛西、裏方独歩様は津田沼、ということで、中間の行徳で飲む事に。昔よく飲んでた店で飲む。最後まで何だか一日懐かしい日。
December 8, 2005
コメント(0)
へこみモードのまま、とりあえず三鷹へ。産プラに行って、河瀬氏のランチョンに参加。結構楽しい。そのあと、好敵手のり氏に連れられて何故か床屋に。久々に散髪。早く終ったので、駅前のマンガ喫茶で少し仕事と思いきや、突然電話がなる。なんと島根の大親分のはせよう様から。三鷹に居るからとのこと。しかも目と鼻の先にいる事が発覚。仕事を中断し、はせようと合流。あと、たけちゅらとその一味とお茶。で、また産プラ。一段楽して新橋へ。人のお引き合わせ。お引き合わせもそこそこに、新宿へ。旧友とじっくり飲む。いつのまにかホテルへ。就寝。
December 7, 2005
コメント(0)
東京に出張するといつもそうなる。100%自業自得なので、しょうがないけど。なんかいつも凹むために東京に出張しているみたい。これもひとつの修養と思い今日もがんばる。
December 7, 2005
コメント(0)
朝、子供の調子も少しマシになってきたので、出張を強行。名古屋に出て、必要なものを買い揃え、東京へ移動。別に深い用はないが、約束していたことがあったので、三鷹に上陸。後一件回って、チェックインして、新宿で飲む予定。無事合流できるのかは謎。
December 6, 2005
コメント(0)
今日は朝から業務停止。家内は仕事で、下の子の体調はいまだすぐれない。なので、ひたすら看病。ちょっと抱っこをやめるとぐずる。ゆえに、トイレにもいけなければ、メールも見れないような状態である。途中睡眠してくれた1時間弱の間に、メールで少し仕事をしただけ。#仕事ともいえないような代物だけど。家内が帰ってくるも、上の子を連れてレッスンに。看病状況は続く。家内が帰宅しても、家内は家内の用事があるので、しばらくは状況は不変。完全に一日業務停止といっても過言じゃない状況。ようやく、一通り用事が終わって、ようやく家内と下の子が就寝。上の子もそぞろに就寝。今から明日の出張準備。準備内容がいまいち把握できていない。というか、取るべきアポを取っていない。ぶっつけ本番突撃系の出張になりそうだ。一応、訪問したい先にメールだけ一通り入れておくか。
December 5, 2005
コメント(1)
男性の暴力ってのはよく話題になる。DVなどという、夫婦間なんかも少なくない。当然、手を上げるものだけではなく、言葉や態度を使ったものなんかも往々にしてある。確かにこういう加害行為は、一切許されるものではないんだけど、最近ちと思うことがある。この加害被害関係って、はじめからこの図式だったのかなと。よほどの奇人変人じゃない限り、手を上げることはないはず。で、そんな奇人変人を好きになって結婚するというのも、正直考えにくいとも思う。生物学上の理由がないとしても、社会状況など育てられ方で、男女の思考パターンがある程度統計的に有意な差があるとはよく言われる。結婚して思うけど、それはうちの夫婦に関していえばあたっている。日常生活での、言い方や、リクエストの仕方があまりにも無礼で、カチンときたことは一度や二度ではない。当然、夫婦喧嘩に発展する。幸いにしてというか不幸にしてというかはわからないが、手があがることはないし、大体、私がさっさとどっか飲みに行って、帰ったころには忘れているというパタン。が、こういうストレス発散ができないで、一方的に言われつづけてじっと男性が耐えていたらどうだろう?普通ある日突然怒り出すはず。でも、それまでにはそれ相応の蓄積があるものではないだろうか?それまでの、彼女のほうの発言は短絡的に無罪といえるとは思えない。一見すると、この構図は、男性が加害者で女性が被害者と取られがちだが、殴りだすまでは、明らかに男性が被害者で女性が加害者のはず。往々にして、歴史上の国家の戦争も似たようなもの。たとえば、十字軍。そりゃ、しゃれにならない、大殺戮だし、許されるもんじゃない。でも、香辛料貿易の歴史を調べると、ああ、1000年単位であれだけ搾取するほうもするほうだわな、などとある種納得してしまう搾取っぷり。ようは、案外忘れ去られがちだけど、あの戦争まで、明らかにキリスト教圏の国家は、アラブやら中国やら東南アジア諸国から、徹底的に香辛料で搾取されていた。搾取されるあほが悪いという理屈も成り立つし、先のDV男の例で行けば、そういう事態になる前に、きちんと奥さんの放し方を教育せい、という話になる。でも、人間みんなそんなに利口じゃないし、器用じゃない。搾取する側もそれをわかってやっているわけだし、わからないでやっていればもっと悪質な状況。僕も、もしくは、僕が所属するコミュニティも、どこで加害者になっているか分からない。そういう自覚が生きていく上では必要かもしれないと最近思う。で、今、被害者たる地位にいてしまっている相手に対する、洞察やある種の和解を求める姿勢を持ちつづけたいものだ。
December 5, 2005
コメント(0)
朝、目覚めると8時。やば。そんな中、熱で苦しんでいた下の子が起きだし、ヨタヨタと近づいてくる。抱っこしてみると熱が下がった模様。嬉しい。上の子は、DCで遊ぶ。子どもらをそのままにしてバタバタと家内に送ってもらってわくわくセンターへ。今日は1月からのわくわくの新人で近隣住民の大先輩であるNさんが初登場。一通りのご説明を行なう。ここのボスも昼頃来て別件の打合せ。メールでいくつかの仕事をこなす。出張中に溜まったものが随分片付いた。来週の出張準備へ作業を移行。夕方、大先輩からセンター長へシフトチェンジ。ぼちぼちと仕事をこなす。センター2Fのブラジル人の方々の誕生会が終わる。食を分け与えてもらう。言葉も味覚も違うけど、こういう分け与える心のゆとりがステキ。最近、不幸な事件があったせいで、在日の外国人への風当たりは強いし、基本的に三河の好景気を当てにしての出稼ぎの方もいるだろうし、経済的にも精神的にも楽じゃないと思う。でも、こうして地元の風習に基づいて、豊かなパーティを開いて、そのおっそわけを気楽にしてくれる。国内には彼らに対して、変な優越感を持っている人も結構いるけど、ここに集う方々を見ると、よっぽど僕らの心が貧しさが際立つ気がする。こういう普通のことを通じて、このセンターが、国際相互理解の場としても機能してくれればいいな。と思える勤務でした。
December 4, 2005
コメント(0)
久々に自宅で起床。下の子の調子はまだ悪い。家内が上の子の保育園を送るついでに、車に同乗して、僕が下の子を病院に連れて行く。待合の間、絵本を読んでやる。喜ぶ。でも、なんだか、「せっかく読んでくれたんだから」と気を使われているみたい。病人に気を使わせただけみたい。待ち終わったところで、家内が保育園から病院に来る。診察をして、いったん帰宅。下の子を寝かしつけて、ひと寛ぎ。下の子を義母に預けて夫婦で保育園へ。上の子の最後の生活発表会。4年間の成長を実感。その後は、久々のわくわくセンター。ひし形の紙への印刷をする。出張関連の残務処理。そうこうしているうちに、珍しく、こーめい氏が来る。レポートのお手伝い。あと、北海道の御土産物を押し付ける。駅に送ってもらう。駅で自転車を回収。子供のイスがベキベキに壊されている。ショック。ちょうど、上の子が保育園に入るくらいに手に入れたもの。上の子、下の子と乗せてきた自転車の前につけるやつ。ちょっと悲しい。イスを持って自転車に乗って帰宅。子供の顔を見て就寝。
December 3, 2005
コメント(0)
最近、大学生の「新しいことをやりたい」という友人が増えてきている。とはいえ、三河の果てに住んでいると会うということはほとんどなくて、ネット、ほとんどがSNSの手合いで、お互いの動向を把握しあっているという感じ。彼らの僕に対する紹介文を見て「ぉぃぉぃ、誉め殺しか」というぐらい誉めてもらえて、挙句に物真似のネタにまでした楽しんでくれているらしい。(後段は、しょーご、まみー、たけちゅ、主に君らのことだ(笑))なんと言うか、こう、彼らの紹介文を真に受ければ、いわゆるロールモデルにされる側の人間になるほど歳食ったのかなぁと思う反面、果たして自分は自分のロールモデルを超えれているのかなぁとも思う。僕の仕事に関するロールモデルは実は3人だったりする。多くの人に仕事上お世話になって今があるのは確かだけど、お世話になった相手ってのと、ロールモデルってのはちょっと違う。まぁ、ロールモデルは3人とも大変お世話にもなっているけど。一人は大学時代のバイト先の社員さん。一人はNHK時代の先輩。一人は大学院時代のバイト先の社員さん。大学時代のバイト先は家電量販店。そこに中途入社で突然現れたのが、第一のロールモデル。お客を良く見て新しい提案をしていく。冷蔵庫だろうが洗濯機だろうが電池一本だろうが常にしていく。そのベースは前職だった肉職人時代にあるそうで、某スーパーの肉コーナーを仕切っていて、鍋セットのような企画ものを日本ではじめて開発したりしたらしい。それで、そのスーパーも売上増。その人の人気もうなぎのぼり。でもある日突然退職。理由を聞くとまたすごい。その会社がコストダウンの名のもとに、本来は職人の良心として売ってはいけない売ってはいけないよう部位を平気で混ぜるなどし始めたらしく、退職を決意。で、社長に「なぜやめるのか?」と引き止められたときに「自分のスーパーで売ってる肉食ったことありますか?」と逆に問いかけたそうです。社長の回答が「食ったことはない」。この人は「食ってみたらわかりますよ」と一言言って交渉打ち切って、即退職。お客さんにいいものを出す、喜ばれるものを出すということに、とことんこだわると、目先の自分の利益や身分なんか普通に投げ出せる。でも、今の僕は当時の彼より少し年上。でも、こういう気概を盛って良い仕事をしてあげれているだろうか?第2のロールモデルであるNHK時代の先輩は、とにかく勉強する人。そして人に簡単に物は教えない人。努力あるものに惜しみなくすべてくれる人。そして、結果は結果、実績は実績としてきちんと判断する人。初めて局内で紹介されたときは、「ここが資料室。とりあえず全部見とけ」という非常にそっけない指導(というか、それ以下の扱い)。でも、最後には徹底的にノウハウを教えてくれた。「仕事は公私混同でうまくやりなよ」というのが口癖。でも、彼は結構ストイックで、公私混同は実際はしていない。というか、全人格的に公。「仕事は全人格で勝負」というスタンス。敵も多い人だったけど、それをものともしない。いい物を作るためには、妥協無し。でも、今の僕は当時の彼とほぼ同い年。でも、そこまで真剣に全人格を仕事に賭け、妥協なく最高のサービスを作っているだろうか?最後のロールモデルは、大学院のときのバイト先の社員。GSMの店舗の商品管理担当。一緒に商品管理を通じて店舗のBPRをやってました。公私共にすごく仲良くしましてました。よくおごってもらった。さんぱちラーメン。でも、くだらないことでよく怒られた(笑)。だって、職場自体は単純作業なんだもん。実は自分は単純作業でミスがすごく多い人間だったりする。この人が僕に教えてくれたのは「ミスが多いなら他人の3倍の回数チェックしろ」という普通のこと。実は仕事で一番大事なのは、普通のこと。そういう仕事を見て「これは俺様がやる仕事ではない」という台詞は、「この程度の仕事もできない無能者」と自己宣言しているようなもの。でも、部下や仲間を守るためには体を張る。運送業者に僕が濡れ衣を着せられたときも、徹底的にやってくれた。その件は無罪。さらに、このGSMでリストラの嵐があって、そのときに、本社の人事部長に、「おまえら経営責任取らないで、したに押しつけるつもりか!ふざけるな」といって、手元のお湯をもろぶっかけた。仲間のためなら、ある面で滅私。ちなみに、この人は仕事ぶりがいいので、黙っていれば、出世もあるだろうといわれていたけど、左遷決定。でも、今の僕は当時の彼とほぼ同い年。でも、そこまで、仲間を守るためにすべてを賭けたり、あたりまえの仕事を教えるために真剣に怒ったりしてるだろうか?こう思うと、僕はこの3人に全然追いついていない。まだまだ、ロールモデル気取るには早いなぁ。まだまだ人間精進ですな。
December 2, 2005
コメント(2)
札幌で起床。盟友と早朝合流。某水商売のアンテナショップのチェック。の予定だったが、オープンは11時という殿様商売。そんな時間まで札幌市内にいたら飛行機乗り遅れ決定。なので、予定は早々に切り上げ、盟友の送迎で新千歳空港へ。昼食を食う。最後の最後で笑いの取れるネタが発生。そこで、会話はタイムアップ。そそくさと搭乗し、一路セントレアへ。到着後、初のセントレア仕様の名鉄特急に乗車。金山駅で家内と合流。外で待ち合わせなんて、結婚してから一度もないや。下の娘が3日間熱でうなされている旨、報告を受ける。JRで移動して、帰宅後は下の子の看病の手伝いと上の子の面倒。予定していた作業は全部パー。心理的余裕が著しく低い状態。お客様の電話数件無視しました。ごめんなさい(>人<)
December 2, 2005
コメント(0)
朝、帯広で起床。なんかテンションが低い。普通あれだけ懐かしい面々にあったら次の日までウキウキが持続しそうなもんだけど、ちょっと寂しい。とはいえ、とにもかくにもJRで札幌へ移動。札幌について、ホテルに荷物を叩き込んで、北大北キャンパスへ。盟友と合流。盟友のボス(私の遠い先輩にも当たる)と打ち合わせ。なにやら、僕を密偵かSSかゲッペルスにでも仕立てたいらしい。不穏だ。つーか、最近その手の仕事が多い。その後、盟友のボスのそのボスと顔合わせ。北大に長らく通っていますが、本部棟に入ったのは初めて。仕事が一件決まる。でも、ゲッペルス(T-T)。この人々は絶対テロ組織。死人が出ないだけで、社会構造を破壊的に変革しようとしてるという意味では一緒。そして僕もこの一味に....。そして夜は、秘密のお店へ。「寿司屋でラーメン頼む(ラーメン屋で寿司を頼む)馬鹿」というのが口癖だったのは僕の昔の勤務先の社長。ぜひやってみたいと思っていたら、なんと札幌市内に、それが普通にできる店があるとの情報を盟友の友人から得ていた。この際なので、その店に強制的に入店。結論は「旨すぎる」。あってはならないウマさ。すし屋でラーメンを頼むという野望自体は達成された(写真)。が、それ以上にあらゆる料理が豪快でかつ繊細かつ新鮮で、それに飽き足らず高度なホスピタリティーを備えている恐るべき店だということがわかった。盟友とその友人とともに硬く口止めをする。こんなの観光客に教えたら、よろこんじゃって、ただでさえ混んでるのに、もっと混む。なので店名は内緒。最後はいつものお店でいっぱい飲んで終了。ホテルで就寝。
December 1, 2005
コメント(0)
全43件 (43件中 1-43件目)
1
![]()
