日本で一番フラフラしている酒飲み子育てSOHOの日記(旧:えふのへや<別館>)
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この二週間は、下らぬ夫婦喧嘩の挙句(嘘です。ネタです)夜飛び出して、チャリを暴走させていたら何かにぶつかって、こけてチャリのハンドルを胸部に強打して、痛くて動けない朝から始まりました。まさに間抜けなスタートだったわけです。世の中やら自分の事やらいろんなことがあったので、痛みに耐えながら、そのことをやり過ごしてきたわけですが、なんというか自分の仲で消化不良なので、まとめて書いておきます。 まずは、やっぱり地震。学校サボった子供とグダグダ過ごしていたら11日に揺れ、そのまま土日をTwitterの前に張り付いて過ごし、必要な情報を取捨選択し、公式RTを繰り返す。今、思うと、初動は大騒ぎで、次からは帰宅困難者の支援情報が流れてきて、デマ交じりのしょうもない情報も流れてたなぁ。この段階では、どうみても帰宅困難者支援情報が一番有価値なので、それを積極RT。でも、心の中では、津波被害の部分と、茨城、長野とかもひそかに心配していた。 個人的には、この時点で北海道南西沖地震と阪神大震災以来変わらぬ報道姿勢への疑問と、東京の小さな火事ばかりを流すマスメディアに疑問。どうかんがえたって、あんなの、北海道の系列局に速攻でヘリチャーターさせて、三陸の海岸撮影の飛べって感じ。まぁ、現実にできるかどうかは別としてね。 原発の件は、ちょっと置いておいても、もはや政府はブラックユーモアを被災地に届けるのが業務なのかと思ったくらい。大体、「1000年の一度の災害の備えなんかイラネー」っていった人とか、阪神淡路のときに「自衛隊は違憲だから彼らに助けてもらっちゃダメー」っていった人とか、普通に役職与えて内閣の中に入れるなんて笑うしかない。その後続けて、船が領海でぶっかった情報を隠蔽を率先した人がまた入ったり。あんたら、本気で何したいの、と怒りを通り越して笑った。 そんなこんなのマスコミや政府の中で繰り広げられる茶番劇の中で、自分の中で、Twitterが生み出すものすごい全能感が気持ち悪かった。正直、過去のあらゆる災害のときに味わえなかった「事態を知る」快感のようなものがものすごい。少なくとも一個人のレベルまでこんなに災害を把握できた災害はかつてなかったんじゃないかと思う。当然、事態を知れると言う事と、事態を良い方向に変えれるというのはまるっきり別。そういう意味では、被災された皆様のことは当然心配ではあります。 痛いまんま月曜日から北海道に入って、お仕事したり飲んだくれたりして生活をしていました。色々な旧知の方にお会いしたりとちょっとバタバタしとりました。土曜日は、ちょっと出勤。社長がviエディタなどという懐かしいものを使いトラブルシューティングを横目に眺めてい過ごし、午後から旅行に。 3連休を無駄にしないようにと思って、旭川→滝川→新得→釧路→札幌→岩見沢→旭川、という経路で旅行をしてきました(予定は、…釧路→網走→旭川でした)。滝川では、ロケットを作っている企業で働く若手の人と一献しながら、地元の経済団体の被災者支援のあり方が短絡的でおかしいという意見を伺ったり、ちょっとしゃれたバーでカクテルの薀蓄を話したりして一泊。次の日は普通列車で新得へ。新得でそばを食いまくって(胸部を打った影響で、吸う食い物はつらいので失敗したと思いました)、釧路について高校の同級生二人と飲みました。一応、地震被害の話も聞いたのですが、話題が1人が知らぬまで脳梗塞で入院していたのに、とっとと退院して、普通の生活を営んでいて、おまけにこの席に飲みに来ていると言う事。おいおい、大丈夫かよと思う反面、現代医療ってすごいなと。 飲んでる間に、家内から電話が来て、バーニャカウダーなるものが欲しいということで、岩見沢に売っているから買えと。なので、旅程を変更。おまけに、売っている場所もどんなものかも分からないので、震災ショック後のTLが減ったTwitterで聞く。帰りのスーパーおおぞらに乗っている間に解決。TwitterやSNSって便利だと思うが、人間の何かを変えてしまうような気がする。あと、関東在住の友人のTLで「米は無いといわれたあとで、福島産だけは売っているといわれた」という内容のツィート。友人は則買いだが、風評被害を憂う。俺も憂う。でも、実は科学的にどうかと言う事の判断は、情報開示の開示量の問題ではなくて、実は個人の性向性に依存してるんじゃないかと。それにしても、今売ってる福島の米買わないという奴の感性というか理性はおかしいと思う。 お土産は、札幌で買えるので買うものを買ってしまって、岩見沢に。岩手出身の知人と、この件で岩手に乗り込んだ市議に出る人と、NPOの仲間と一献。石巻漁港の写真をもらう。災害の状況を教えてもらう約束をする一方で、結局、統一地方選挙の話。それはそれでいいんだけどね。 連休明けは、自分の自治や公共の先生と一献しながら、このソーシャルメディア元年とも言える事態の整理。超有意義。でも、その内容はまだ内緒。ちょっと思うところありなので。ヘベレケになって帰ると、FaceBookで高校の友達から連絡が来る。実はその昔GREEで繋がった中学の同級生もあった。さらにその前はWebで繋がった大学や高校の同窓生もあった。FaceBookでつながった同級生に思いを馳せる。彼は確か、あの学校で一番初めに会話した人。結構仲良しさんだったなぁ。高校で僕は放っておいても点数はよく(理由は優秀だからではない。のらっぷり!の高校時代を参照)、ちょっと、偉そうにしていたんだけど、経緯は忘れたが、数名に「貴様に社会だけでは絶対勝つ」と言われ、ほぼ全員撃退したのだけれど、なんと彼はちゃんと社会のテストは僕の点数を上回るまでやってのけた頑張りやさんだったなぁと。こういう昔の思いに浸れるのって、ICTあればこそというのは、自分だけなのかな。 そんなこんなで、2週間たったわけなんだけど、皆様に余計な心配を与えている胸部の痛みも引いてきて、Twitterのタイムラインも落ち着いてきて、僕なりに日常感があるわけです。当然、被災された皆様にはそんな日常はまだ遠いでしょうが、やまない雨はないですし、明けない夜もないわけです。未来を信じて今の生活をじっと耐えつつ少しずつ良い生活を取り戻して欲しいと思います。 それにしても本当に無意味なこと書き散らかしただけだな。うん。
March 23, 2011
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