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■スウィフト『ガリヴァー旅行記』(新潮文庫、中野好夫訳)

◎知らなかった本当の『ガリヴァー旅行記』
『ガリヴァー旅行記』(新潮文庫、中野好夫訳)は、小人国と大人国の話だけだと誤解していました。実際には4部よりなりたち、こどものころから親しんでいたのは、そのなかの1部と2部だったのです。さらに記憶の片隅にもなかったことがあります。『ガリヴァー旅行記』には、日本も登場していました。
――われわれは日本の東南部にあるザモスキと呼ぶ小さな港町に上陸した。町は、狭い海峡が北の方へ向かってちょうど長い腕のように伸びている。その西端にあるわけだが、さらにその腕の北西部にあたるところが首都のエド(江戸)があった。我輩は上陸すると、まず税関役人にラグナダ王からこの国の皇帝に宛てた親書を出して見せた。(本文より)
日本に関する記述は、きわめて短いものです。詳細な見聞録は、書きこまれていません。日本は『ガリヴァー旅行記』のなかで、唯一の現存する国です。作者のスウィフトが来航したという記録はありません。当時日本は江戸中期であり、鎖国のまっただなかでした。それゆえ、日本人の容姿や風俗に関する記載は、遠ざけたのでしょう。
主人公のガリヴァーは、1662年にイギリスの片田舎で生まれます。ケンブリッジで寮生活を送り、ロンドンで医学を学びます。23歳のときに船医となり、その後17年間未知の国をめぐることになります。結婚はしていました。
第1部は小人国。第2部は大人国。第3部は宙に浮いている島や日本。第4部は馬が主人で、ヤフーと呼ばれる人間が家来という島への渡航記となっています。『ガリヴァー旅行記』は、著者スウィフトの絶望的な生い立ちを、社会に向けた刃でした。
◎絵本で知っている世界
サマセット・モームは著書『世界文学読書案内』(岩波文庫)で、『ガリヴァー旅行記』をつぎのとおり絶賛しています。
――『ガリヴァー旅行記』は、機知あり、皮肉あり、さらに巧みな思いつきあり、淫らなユーモア、痛烈な諷刺、溌剌とした生気をもつ作品である。その文体は感嘆のほかはない。わたくしたちの国語であるこの厄介な英語を用いて、スウィフトのような、簡潔で明快で、素朴な文章を書いた者はほかにない。(本文より)
小人国リリパットは、いまの世の中をミニサイズにした世界です。人間の平均身長は約15センチメートル(6インチ)です。動物も自然も家屋も、同じ比率で小さくなっています。ガリヴァは宮廷に仕え、数々の試練に立ち向かいます。海を歩いて渡り、敵の国から軍艦50隻を根こそぎ奪いとります。王妃の御殿が火災になったときは、放尿で炎上を食いとめました。
大人国ブロブディナグでは、小人国と真逆の世界が待ち受けています。すべてが桁違いに大きく、鳥獣に襲われたり、降ってきた雹(ひょう)に傷ついたりします。
ここまでが絵本で知っている『ガリヴァー旅行記』でしょう。諷刺もそんなに鋭くなく、なぜこの作品が諷刺文学といわれるのだろうか、などと疑問に思ってしまうほどです。前記のように、モームが指摘しているスウィフトの毒矢は、第3部以降に大量放出されることになります。
第3部では、抽象的な思考しかできない人間が住む、宙に浮かぶ島・ラピュタです。そこには不死の人間が住んでいます。さらに前記の日本が登場します。ガリヴァーは長崎から江戸へとたどり、踏み絵を免除してもらいます。寂しいのですが、日本に関する描写はそれだけでした。
第4部は、馬が人間(ヤフー)を統治するフウイネムへの航海日誌となります。ヤフーは剛毛に覆われ、知能もなく醜悪な存在として描かれています。ガリヴァーの姿かたちは、ヤフーと似ています。しかし彼は衣服を身につけており、体毛もありません。馬が統治する国でのガリヴァーは、外見と知性のちがいが顕著に描かれています。
『ガリヴァー旅行記』は、人間に対する諷刺に満ちています。大人国でガリヴァーが読んだ、「人間」に関する本の説明を引用してみましょう。この本は婦女子や通俗読者以外には、省みられないとの前提がついています。
――生まれながらの人間というものが、いかに矮小な、卑しむべき、そして無力な動物であるか、天候の酷烈、野獣の怒りに対してさえ身を衛(まも)ることができないではないか、強さにおいても、速さにおいても、先見能力においても、はたまた勤勉においても、それをはるかに凌ぐ動物があるといった風なことを論証している。(本文より)
詳細については、これ以上ふれません。よくぞここまで書いた、と圧倒されました。この作品は、激しい憎しみがなければ書くことができなかったでしょう。それほど、スウィフトの怨念は激しいものだったのだと思いました。
◎ちょっと寄り道
『ガリヴァー旅行記』の第4部に、刺激されたのか否かはわかりません。1970年に日本で、沼正三『家畜人ヤフー』(角川文庫)が発表されて大騒動になったことがあります。日本人の後裔ヤフーが白人女性に隷属される話です。いまでは明らかになっていますが当時は、沼正三とはなにものなのか、とんでもなく日本人を侮蔑している、など大騒ぎになりました。書棚から引っ張り出してみると、ページは黄色く変化していました。この作品は一読をお薦めしたいと思います。
また原爆文学で知られる原民喜(推薦作『夏の花』新潮文庫)に、『ガリバー旅行記』(講談社文芸文庫)という著作があります。絶版で入手は難しかったのですが、「青空文庫」(無料の電子書籍)にはいっていることを知りました。私は神田の古本屋で高価な1冊を購入しましたが。
不思議に思ったことがあります。以前(1998年ころ)、講談社から『痛快世界の冒険小説(全24巻)』が発売されています。ここには『ガリヴァー旅行記』の姿はありません。志水辰夫が『十五少年漂流記』を訳出したり、楽しい企画だったのですが。
(山本藤光:2013.04.27初稿、2014.08.31改稿)
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