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◎人道主義の代表的な作品
幼いころに『ああ無情』というタイトルの本を、読んでいる人は多いと思います。最近の児童書では『レ・ミゼラブル―ああ無情 ( 新装版 ) 』 (講談社青い鳥文庫)となっていました。岩波少年文庫では『ジャン・ヴァルジャン物語』 (上下巻)というタイトルになっています。
文藝春秋編『少年少女小説ベスト 100 』(文春文庫ビジュアル版)では、『レ・ミゼラブル』が第 17 位になっています。『レ・ミゼラブル』は子ども向けとしても、不動の地位を獲得している作品といえます。また『レ・ミゼラブル』は、「銀の食器」のエピソードのみに編集され、小学生向けに教科書に掲載されてもいるようです。
新潮文庫で全 5 巻という長い作品ですので、つまみぐいなら子どもの教科書や児童書にふれてみてください。なぜなら『レ・ミゼラブル』では、つぎのくだりが骨格ですので。
◎叙事詩的な小説
1815 年、司教館をひとりの男が訪れます。男は 46 歳のジャン・ヴァルジャン。貧困に耐えられずパンを盗み、その罪で 19 年も服役していました。出獄した彼にたいして世間は冷たく、宿泊も食事もままならない状況でした。
そんな彼を、 76 歳の司教は暖かく迎えてくれます。しかしジャン・ヴァルジャンは、司教が大切にしていた銀の食器を盗んでしまいます。翌朝、彼を捕らえた憲兵にたいして、司教は「食器は私が与えたもの」といってかばいます。
町をでたジャン・ヴァルジャンは、貧しい少年と出会います。そして少年の全財産である銀貨 1 枚を強奪します。少年は泣きながら走り去ります。少年の後姿を見送りながら、ジャン・ヴァルジャンの胸のなかでなにかが炸裂します。
彼は号泣し、突然さとります。それまで社会にたいして憎悪をいだいていたジャン・ヴァルジャンは、まじめな人間として生きていくことを誓います。
『レ・ミゼラブル』について、『新潮世界文学小辞典』では、次のように解説しています。
――著者が抱いていた人道主義や、「この世に絶対的な悪は存在しない」という彼一流の楽観的な世界観、それにキリスト教的な愛をまじえて書き上げた作品である。主人公の超人的な性格、激しくうたい出すような調子によって、叙事詩的な小説になっている。
人道主義とは「人種間や階級間の差別をなくし、人類全体の幸福の実現を最大の目的とするもの」です(三省堂新明解国語辞典)。
ロマン・ロラン(推薦作『ジャン・クリストフ』全 5 巻、岩波文庫)や日本では山本有三(推薦作『女の一生』上下巻、新潮文庫絶版)などが、人道主義作家といわれています。
あたかも「V」の字のようにジャン・ヴァルジャンの贖罪の物語は、「銀の食器」と「貧しい少年の銀貨」以降からはじまります。悪から善。まるで別の物語のように、新たな幕があけられるのです。
◎前科者は社会復帰が認められていない時代
数年後、ジャン・ヴァルジャンはマドレーヌと名前を変えて、実業家となります。彼はかっての司教のように私財を投げ出して、市や貧しい人々のために寄付をします。学校をつくり、病院をつくります。市を豊かにした功績により、彼は市長に任命されます。
前科者は社会復帰が認められていない時代です。ある日ジャン・ヴァルジャンは、馬車の下敷きになった老人を助けます。とてつもない怪力で、馬車をもちあげたのです。それを警視のジャヴェールに、見られてしまいます。警視は少年から銀貨を奪った罪などで、ジャン・ヴァルジャンを執拗に追っていました。ジャヴェールは、マドレーヌ市長がジャン・ヴァルジャンではないかと疑います。
そのころある前科者が、ジャン・ヴァルジャンだとして捕えられます。それを知った本人は一晩悩みぬいたすえに、自らジャン・ヴァルジャンであると正体を明かします。彼は捕えられます。しかし彼には、一刻も早く助けなければならない人がいました。
不幸な星のしたに生まれた、コゼットという娘を救いださなければなりません。それは死の床で交わした、母親との約束でした。ジャン・ヴァルジャンは脱獄を試み、コゼットを救出します。彼はコゼットとともに、パリでひっそりと暮らします。コゼットは美しい娘に成長します。
しかし警視ジャヴェールは、追跡の手を休めません。ジャン・ヴァルジャンとコゼットが散歩しているとき、マリウスという青年に出会います。コゼットはマリウスに恋をします。ジャン・ヴァルジャンは嫉妬に苦しみ、マリウスを憎悪します。
そして物語は終局へと向かいます。ここから先については、触れないほうが賢明かと思います。
鹿島茂に『「レ・ミゼラブル」百六景』(文春文庫)という著作があります。 19 世紀の美麗な木版画 230 葉から 106 のシーンを抽出してはさみこまれた、『レ・ミゼラブル』の解説書です。『レ・ミゼラブル』をお読みになった人には、感動を新たにしてくれるすばらしい 1 冊だと断言できます。
(山本藤光: 2014.10.11 初稿、 2018.01.03 )