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. 真言宗泉涌寺派 別格本山/瑠璃山・雲龍院 (ウンリュウイン) 御寺・泉涌寺(前々回UP)の別院と謂れ、南北朝時代の1372年北朝の後光厳(ゴコウゴン)天皇により創建され、後年皇子・後円融(ゴエンユウ)天皇により諸堂建立され写経を興される、また1500年代に入り後水尾天皇(修学院離宮を創建)により写経の道場として再建されました、他の塔頭寺院と同じく泉涌寺山内にありますが、天皇勅願の寺院で皇室との繋りの深さから別格本山と云う高い寺格が与えられています ↑庫裡玄関正面に於かれた襖絵「雲龍図」がお出迎え、いつの年代のものかは不明です 雲龍院は泉涌寺と同じく当初は律宗を基本に、禅・真言・天台・浄土を併せ持つ兼学の道場として興されていて、この襖絵を始めあちこちに禅宗の様式が見られます ↑「山門」 通常出入りの玄関門です、奥は庫裡の屋根です ↑「勅使門」 皇族方お出入りの門で、普段は閉じられています (右)境内は綺麗な短冊形の切り石や張石を配置した延段と云われる参道で導かれています、右手見えるのは鐘楼です ↑「庫裡」を正面に右手は本堂の屋根です、中央よりのは枯れた杉の木の先端です ↑「霊名殿」 後光厳天皇及後円融天皇の坐像、後小松・称光両天皇と後水尾天皇から孝明天皇までの歴代天皇の御尊牌が奉祀されています ↑霊明殿前庭、徳川十五代将軍・慶喜が寄進した灯籠、少し傾いているやも?の説明あり、庭は白砂により皇室菊の御紋が形造られています ↑「龍華殿(リュウガデン)(本堂)」(重文) 屋根はさわら材を竹の釘で打った柔らかな曲線を描く杮(コケラ)葺きで現在貴重なものとされています、右手前は秋篠宮家悠仁(ヒサヒト)さまお印の木高野槇です (右)本堂前庭園、向うは勅使門です ↑龍華殿前です、今にも続く最古の写経道場として信仰を集め、古来沢山のご信者が写経に訪れたと記されています ↑龍華殿の額は書画堪能の後水尾天皇の第八皇女光子(テルコ)内親王の筆、正面は後円融天皇が信奉された写経塔です (右)本堂奥には鎌倉時代作の薬師如来坐像を中尊として、日光・月光両菩薩立像を脇侍とする薬師三尊像が祀られています (写真は院資料より)(この画像は拡大します) ↑庭園を囲み建てられている「書院」 南に面する「大輪の間」 ↑庭からの書院 (右)大石内蔵助の力強い書「龍淵(リュウエン)」 これは中国の言葉ですが、「龍は淵に潜み時期を待つ」とでも表現したのでしょうか、赤穂を退き山科に閑居していた折立ち寄り書き残されたものです ↑書院から見る庭園、東山月輪山を借景に庭石には豊臣秀吉建立の大仏殿の礎石も置かれ、石組みと幾種もの楓・松や刈込みが季節時々の風情を感じさせてくれる庭です ↑中央は落雷により立ち枯れしている背の高い杉の木です、境内に入った写真の木の先端と共に、登り龍に例えられています ↑書院「れんげの間」 見えるのは「色紙の景色」と呼ばれています、雪見障子の四角の窓からそれぞれ違った絵が眺められます、左より椿・灯籠・楓・松です ↑近くから見ると景色広がります、紅葉の折の風情また格別でしょう (右)お茶を頂きました、菊の御紋の黒釉お茶碗に朱の天目台、抹茶の色が鮮やかに引き立つ一服でした ↑書院「悟りの間」 悟りの窓・迷いの窓です、昨年ご紹介した鷹ヶ峰の曹洞宗(禅宗の一派)・源光庵で有名な窓です、ここ雲龍院にもありました(この画像は拡大します) ↑「悟りの窓」 禅の教えでは、正確な真円はありのまま自然の姿、偏見のない清らかな姿を指し、悟りの境地を顕わすとされています ↑「迷いの窓」 四角の窓は、人生に於ける苦しみを四つの角で象徴し、生老病死四苦八苦を顕わすとされます、前に置かれているのは般若心経の衝立です ↑書院横の坪庭、黒い石と白砂の簡素な庭ですが水を打たれ暫くすると模様が?いや仏字?現れました (右)鎌倉時代の作「走り大黒天」 よく見かける俵の上の大黒様と違い、左足を前に怒り相の珍しい寄木造りの大黒天立像です (写真は資料より) ↑書院西側の緑豊かな庭、秋には鮮やかに色ずく「五色の紅葉」と呼ばれる楓の木です ★(TOPページに「花いろいろ」UPしています、今 睡蓮(スイレン) です ホームで見て下さい) ★「京都ええとこ」一覧は、左サイド欄からご覧下さい.................................................................京都市バス 「泉涌寺道」下車 東へ徒歩15分雲龍院HP URL---http://www.unryuin.jp/-----------------------------------------------------------------被災地に届けよう! 【京都】老舗や名店がひしめく古都。お土産や名産品をお取り寄せ!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー[メッセージはこちらから]
2013.06.23
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. 天台宗総本山・比叡山延暦寺三門跡の一 青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき) 皇室や摂関家の子弟が入寺される門跡寺院で、曼殊院・三千院(両寺院は既報)・妙法院(三十三間堂)・毘沙門堂と並び、天台五門跡寺院の一に数えられます 800年代伝教大師最澄(サイチョウ)により比叡の地に幾つも住坊が草創されたが、その一つ青連坊が当寺の起源とされ、ここ粟田口(アワタグチ)には1100年代行玄(ギョウゲン)大僧正時代に鳥羽上皇の后、美福門院が祈願所とされ移されています (この画像は拡大します) ↑「長屋門」 1629年後水尾天皇の後を承けた女帝明正天皇の時、中和門院の御所旧殿の門が移築されたものです ↑「御幸門(四脚門(ヨツアシモン))」 切妻造・本瓦葺で青蓮院西側に位置する正門ですが、皇族・摂関家の出入りのみに使われた門で、長屋門と同じく中和門院の旧殿の門です ↑「薬医門」 現在出入りはこの門のみです ↑「小御所」 御所より移築された建物で1788年天明の大火の後、後櫻町上皇(日本最後の女帝)がここを仮御所として使われた処から青蓮院を「粟田御所」とも呼ばれ、旧仮御所として国の史跡に指定されています ↑小御所大広間と広縁 松の絵は狩野派の作です ↑同上段の間 ここも狩野派の障壁画です (右)「一文字手水鉢」 豊臣秀吉の寄進による一枚岩をくり抜き造られたと謂われる手水鉢です ↑「本堂(熾盛光堂(シジョウコウドウ))」 方三間、宝形造りの小堂です ↑堂内厨子にはご本尊熾盛光如来の曼荼羅が安置されていますが、閉ざされたまま通常は非公開で、お前立ちとして翡翠にプラチナの象嵌製ご本尊が飾られています (右)堂内西面には国宝の青不動明王(これは複製画像)、五色の不動明王が存在しますが青不動はその最上位とされ日本三不動の一つです (両写真とも院資料より) ↑「宸殿} 元は中和門院の御殿でその後再興されていますが前に桜橘が配され、宸は天皇を意味しここには有縁の天皇のご尊牌が祀られています ↑広い宸殿前です、前には白砂と苔庭が拡がっています (右)東広間は、法然・親鸞の師は源信でその師元三大師(ガンザンダイシ)が祀られています ↑障壁画「濱松図(重文)17面、狩野一派による作品です (右)廊下杉戸に描かれた羽根をひろげた孔雀、黒田正夕筆 ↑「大玄関」(御車寄せ)四脚門から入り正面になります ↑大玄関に置かれている幕末の孝明天皇が常用された板輿です (右)「日月松桜百鶴図」 黒田正夕画伯筆で玄関の部屋全てに描かれています ↑「華頂殿(書院・客殿)」 庭に面した広々した客殿です ↑内部は「蓮・青の幻想」木村英輝氏描く60面の襖絵と三十六歌仙の額絵です ↑室町時代に相阿弥により造られた静寂の庭に面しています、こころ落ち着く空間です (この画像は拡大します) ↑相阿弥の庭です、粟田山の山裾を擁し造られた築山泉水庭の形式ですが、回遊式庭園でもあります ↑龍心池を中心にして柔らかな曲線の築山と多くの石組みに植込みが見事に調和しています ↑池中央には中島に替わり巨石が水に浮かぶが如く据えられ、左寄りには半月形に反る切石二枚の跨龍(マタギリュウ)橋がつけられて相阿弥の作風を感じとる事が出来ます ↑北側には小堀遠州の作になる「霧島の庭」多くの躑躅で彩られる庭です (右)早くも桔梗の花咲いていました ↑手水鉢とともに秀吉の寄進「御輿形燈籠」と奥は茶室「好文亭」 (右)「親鸞聖人童形像」 浄土真宗開祖親鸞は、天台座主で青蓮院第三世門主慈園のもとで9歳の折ここで出家得度しています ↑境内と築地塀に沿う五本の大楠は樹齢800年を超え、親鸞お手植えの木とされています ★(TOPページに「花いろいろ」UPしています、今 薔 薇 3 です ホームで見て下さい) ★「京都ええとこ」一覧は こちらからご覧下さい.................................................................京都市バス 「神宮道」下車 南へ徒歩3分京都市地下鉄東西線 「東山」下車 東・南へ徒歩5分青蓮院HP URL---http://www.shorenin.com/-----------------------------------------------------------------被災地に届けよう! 【京都】老舗や名店がひしめく古都。お土産や名産品をお取り寄せ!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー[メッセージはこちらから]
2013.06.13
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. 真言宗泉涌寺派総本山 東山(とうざん)・泉涌寺(せんにゅうじ) 天長年間820年代、弘法大師空海がこの地に草創した法輪寺(その後仙遊寺と称される)が起源とされ、鎌倉時代の1219年月輪大師俊じょうにより再興されのち寺内に霊泉が涌き出たところから泉涌寺と改称されます ↑大門にかかる扁額「東山(トウザン)」南宋時代の書家張即之(チョウソクシ)の筆 東山三十六峰の南端に近く泉山(センザン・別称月輪山(ツキノワサン))の山麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代に入り修学院離宮を造営された後水尾天皇から幕末の孝明天皇に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室の香華院(菩提寺)として「御寺(みてら)泉涌寺」と尊称されています ↑「総門」 参道の途中に設けられた入口門ですが、ここから左右に塔頭が立ち並び境内は長い参道の先です ↑「大門(オオモン)」(重文) 江戸時代初頭に造営された内裏の四脚門が移設されています (右) 大門をくぐると正面下に遠く小さく見える伽藍、一番手前は仏殿です ↑「仏殿(本堂)」(重文)と背後は「舎利殿」 大門から見下ろす様と違いその迫力に圧倒されます ↑仏殿は1668年四代徳川家綱により再建されたもので、一重もこし付入母屋造りの唐様建築の代表作と謂われます (右)高い天井に描かれているのは狩野探幽筆の蟠龍図です (寺院資料より) ↑「三世仏」 仏殿内陣には過去・現在・未来の衆生安泰を護るご本尊、向かって左より阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来の坐像が安置されています、南宋時代のお祀りの仕様で日本では珍しいとされます、作は運慶です (同寺院資料より) ↑「泉涌水屋形」 寺名の起源となった霊泉が今も尽きることなく涌き出ています、それを覆う屋形は仏殿と同時期の建築です ↑「舎利殿」 内裏にあった御殿が改装再建されたもので内陣の宝塔内には1228年に請来された仏牙舎利(釈尊の歯)が安置されています、こちらの蟠龍図は狩野山雪筆でひろく「鳴龍」として知られています (右)「勅使門」 天皇また皇族方のお出入りの折のみ開けられます ↑「霊明殿」の四脚門、奥の霊明殿は明治天皇により再建されたもので、天智天皇と光仁天皇から昭和天皇に至る歴代天皇・皇后の御尊牌が奉安されています ↑霊明殿、入母屋造り桧皮葺の宸殿です、一般の入場は出来ません (右)「清少納言歌碑」 {夜をこめて 鳥のそら音は・・・}の歌が彫られています、晩年をこの泉涌寺近くに隠棲し生涯を終えたとされています ↑「本坊と奥は御座所」 霊明殿の再建に合せ御所内の皇后宮御里御殿が移されたもので、現在も天皇、皇族方のお休み処とされています ↑御座所内、「門跡の間」 襖絵は狩野永岳筆の玉川山吹狩図です (右)「皇族の間」 は大和絵で奈良八景が描かれています ↑「玉座の間」 天皇、皇后の来寺された折に使われる部屋で、土佐派一門の筆で錦花鳥図です (お部屋三枚共寺内資料より) 今上天皇は在位10年の折御来寺されています ↑「御座所庭園」 霊明殿、御陵拝所に囲まれ自然と人工の巧を織り交ぜ趣向が凝らされています ↑低い築山に曲折する池、多くの木々が配され四季折々の風情が楽しめる静かな庭園です ↑「楊貴妃観音堂」 唐の玄宗皇帝が絶世の美女と謂われる亡き楊貴妃を偲んで彫らせた聖観音菩薩坐像、1230年湛海律師によって当寺に請来され祀られています ↑楊貴妃観世音菩薩と上に掲る扁額です (右)その楊貴妃観音坐像(重文) (寺内資料より) ↑「月輪陵(ツキノワノミササギ)」 境内西南の月輪山麓に設けられ歴代天皇方をお祀りします、奥の御陵は全て仏式の御石塔でお祀りされています ↑四条天皇・後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵・5灰塚・9墓が営まれています ↑背後の月輪山山腹には後月輪東山陵と東北陵が築かれています ↑幕末最後の天皇、孝明天皇と英照皇太后の陵墓です (右)月輪山麓の参道より伽藍を臨みます (この画像は拡大します) ↑元に戻り大門を少し下り見る「仏殿」です 尚その後の明治天皇はここより南の伏見桃山陵、大正天皇は八王子・武蔵陵墓地の多摩陵、昭和天皇は同じ武蔵野陵、にそれぞれお祀りされています ★(TOPページに「花いろいろ」UPしています、今 薔 薇 2 です ホームで見て下さい) ★「京都ええとこ」一覧は こちらからご覧下さい........................................................................京都市バス 「泉涌寺道」下車 東へ徒歩15分泉涌寺HP URL---http://www.mitera.org/------------------------------------------------------------------------被災地に届けよう! 【京都】老舗や名店がひしめく古都。お土産や名産品をお取り寄せ!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー[メッセージはこちらから]
2013.06.03
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