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. ご心配をお掛けしています、元気は取り戻していますがいまだ杖頼みの日常で写真を撮りに出掛けられません、暫くは過去写真を撮って記事にしていない"ええとこ"をご紹介したく思っています この記事の写真は今年5月に撮り置いていたもので今の時季とは真逆の青葉・若葉真っ盛りの折です、暫くぶりの更新ですご勘弁頂きます様に 山縣有朋、長州藩(山口県)の出身で吉田松陰・高杉晋作に師事し、松下村塾・奇兵隊で学び明治に入り総理大臣始め要職を歴任、維新後の日本をつくりあげた一人、元帥の称号を得・爵位は公爵で明治の元老と呼ばれています 無鄰菴(ムリンアン)と呼ばれるお屋敷は三つあります、一は故郷長州・下関吉田の草庵で隣家の無い閑静な処であった処から名付けられました、のち高杉晋作を祀り曹洞宗・東行庵(東行は晋作の号で、現・市立東行記念館)、山陽花の寺として知られています 二っ目の無鄰菴は、京都・二条木屋町の高瀬川一の舟入向いに購入した別邸で、現・寿司料理レストランとなっています ご紹介しているは三つ目の無鄰菴です、有朋自身が造営した別邸で左京区南禅寺の西側にあり三角形の形状をした約3,100平方メートルの日本庭園です、明治25年より準備起工・同29年に完成されています (写真は全て三つ目の無鄰菴です) 作庭は七代目植冶・小川治兵衛に依るもので明治時代の名園と謂れ、この南禅寺界隈の別荘・別邸群の先駆けとなり、多くの庭園がこの七代目植冶により造られ残されています 東山山麓にあってその借景と直前に築かれた琵琶湖疏水を引水する閑静な土地柄で1941年京都市に寄贈され、国の名勝に指定されています 庭園は山縣三名園の一つとされ、明るい芝生と青々した苔が生やされ水を引き川の流れと池が配された、広々とした池泉回遊式庭園です 取り入れた疎水からの水で三段の滝が造られ、川となって導かれます 木立の中は一面の苔で覆われています 庭内には三つの建物が配されています、一つは木造一部2階建て数寄屋造りの母屋です 母屋の中は簡素な造りで庭に面し、東山借景の庭園が一望できます 薮内流燕庵(エンナン)を模して作られた茶室です 燕庵は、古田織部の考案による三畳台目に二枚襖を隔てて相伴席を付設した茶室です もう一つは煉瓦造り二階建ての洋館、この建物のみ明治31年の建立です 建物二階への内部、趣ある二階への螺旋階段です 二階の部屋は花鳥文様の折上格天井(オリアゲゴウテンジョウ)です 当時のままのこの部屋はしばしば要人との会見に使われ、明治36年4月日露戦争開戦直前の所謂「無鄰菴会議」がおこなわれた場所です、当時の元老・山縣有朋、政友会総裁・伊藤博文、総理大臣・桂 太郎、外務大臣・小村寿太郎の四名による対ロシア外交方針の決定会議が行なわれた部屋です 壁面には江戸時代の狩野派による金碧花鳥図障壁画が飾られています 無鄰菴、西側の表門と中に見えるのは洋館の外壁で、お屋敷と庭園は白壁と焼板の塀が周囲を取り囲み表通りから一歩入ると閑静そのものです (過去の「京都ええとこ」一覧は左側サイド欄よりご覧ください).................................................................京都市バス 「南禅寺・永観堂道」下車 西へ徒歩3分京都市地下鉄・東西線 「蹴上(ケアゲ)」 下車 北へ7分無鄰菴HP URL---http://www.city.kyoto.jp/bunshi/bunka/murin_an/murin_an_top.html-----------------------------------------------------------------被災地に届けよう! 【京都】老舗や名店がひしめく古都。お土産や名産品をお取り寄せ!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー[メッセージはこちらから]
2013.11.03
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