さくっち備忘録
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このところブログを書いていない。最後にブログを書いたのが、1月12日だから、丸々2ヶ月間書いていないこととなる。だからといって、誰かにブログを書けと催促される訳でもないし生活を送る上で、特に支障もない。・・・あ!唯一、私がブログを書いていることを教えたヤツが約1名・・・1ヶ月位前に、私にブログを書けと催促していたような気がする。・・・・・催促されたからといって書くつもりもなかったが、何となく久しぶりにブログを書きたいと思う・・・人と話をしていると、少なからず自分の価値観とズレがあることに気付く。まあ当たり前のことだ。自分と寸分違わず同じ価値観の人など存在しない。価値観の違いと一口にいっても、それは多岐に渡っている。例えば、人生観であったり政治的思想、趣味・嗜好、異性の好みなど、数えあがればキリがない。自分とあまりにも立場が異なる人間とでは価値観が著しく乖離するのは当然の話である。例えば億万長者と一般的サラリーマンの自分とでは、物事の価値観が著しく異なるであろう。私が注目するのは、同じような収入で同じような年代(多少のズレはあれど)の人であっても、少なからず価値観にズレがあるという点である。なお、「価値観の違い」の種類を挙げると前述のとおり、枚挙にいとまがないため今般は、消費等に関する支出についてのみ取り上げたいと思う。私の知り合いにAさんという方がいる。Aさんはテレビ等の映像にこだわりがある。大型液晶テレビはフルハイビジョンでないと・・・倍速なんとかでないと・・・フルスペックでないと・・・(・・・については私がよく理解できていない話なので割愛)私も液晶テレビなるものを保有しているが、スペックについて詳しくは理解していないし、特にフルスペックのものではないが、まあまあ満足している。DVDレコーダーを所有してはいるが、特にブルーレイという訳ではないため、画質がそんなに良いという訳ではない。しかしながら私は、画質に特に不満はないし、これ以上キレイな画質でテレビを見たいとも特に思わない。Aさんから見れば私は、映像にこだわりのない男ということになるだろう。これ以上のテレビの画質の向上に、資金を投入するつもりがないのだから。スペックにこだわりを見せるAさんは、ソーラー電池で動く電波式の腕時計を愛用している。電波式の腕時計は正確だし、ソーラー電池で動き、メンテナンスフリー、おまけに値段も手頃と全く非の打ち所のない品物である。しかしながら私は、電波式の腕時計にはあまり魅力を感じない。私は、Aさんから見たら不便極まりない機械式時計が好きなのである。腕時計は各人の個性をアピールする道具だと思うのでこだわりが出る。(勿論、ソーラーの電波時計が個性だといわれればそれまでだが・・・)機械式時計は放っておけば止まるし、定期的にオーバーホールはしなくてはならないし、電波に比べて当然精度は落ちる。そのくせやたらと値が張る。Aさんから見たらいかにも無駄なモノということになるだろう。人によっては値が張るだけで、買う価値の無いと思うものを他方である人は異常に好む場合がある。それは何故だろうか?それは一言で言うと「セクシー」だからということではないだろうか。聊か言葉足らずのように思われるかもしれないが、この一言でほぼ説明がつくと思う。Aさんはフルスペックの映像を「セクシー」と感じるのだろうし、私は機械式の腕時計を「セクシー」と感じるのである。「セクシー」なモノに限られた資金を投入するのは、至極当然な話である。ある女性は、ブランドもののバッグを「セクシー」と感じる。しかしながら女性が「セクシー」と感じるブランド物のバッグの中には素材がビニールのようなモノで作られていたり、持つところが非常に華奢で、ちょっと引っ張ったら簡単に壊れてしまいそうなモノがある(無論、そのようなバッグはごく一部ではあるが・・・)私は、バッグとは厚手の皮製で、持ち手がリベットのようなもので頑強に補強され、縫製も一筋縄ではほつれないようなバッグが好みである。ブランド名は、特に気にしない。勿論、そんなバッグは、前述の女性からみれば、いかにも無骨で全く「セクシー」から程遠い代物であると思う。しかし、私にとってはそんな無骨なバッグの方が「セクシー」である。限られた資金を投入するなら、当然「セクシー」なモノを購入することとなる。まあ、時計やバッグについては、少し自分の主観が入りすぎて論点がズレた感はあるが、例えば晩酌一つをとってみても、大量生産の焼酎で十分という人もいれば、幻の焼酎に大枚を叩く人もいる。旅行が趣味でしょっちゅう海外旅行に行く人もいるだろう。収入レベルが大幅に違うならともかく、同じような収入レベルの場合であっても、人はそれぞれ自分が「セクシー」と思うことに限られた資金を投入しているのである。反面、興味のない種類のモノであれば、特にこだわりがないため、なるべく安いモノで済ませることとなる。ある事象に資金を投入すれば、それ以外のことは節約しなければならなくなる。極めて当然な話だ。例えば・・・高級ブランドバッグの女性が、バッグの中身は100円ショップで買ったようなモノばかり入っているかも知れない。毎晩、幻の焼酎で晩酌している人が、昼食はマックで済ましているかも知れない。高級腕時計をしている人も、洋服は激安量販店で購入しているかも知れない。高級車を乗り回している人も、一間のアパートに住んでいるのかも知れない。そのような人を、見栄を張って全く・・・と訝しく思う人もいるかも知れない。・・・しかし私はそうは思わない。人は「セクシー」と思うことに、限られた資金を投入したい。しかし、資産家でもない限り、あらゆる「セクシー」な事象に無尽蔵に資金を投入する訳にはいかない。すると、前述のような状況が生まれてくる。でもそれはそれで、いいじゃないか。世の中に「セクシー」と感じることが無く、すべてがそれなりのモノで中間的な品質のモノばかり。特に贅沢品もないが、いかにも安物というモノもない。何のこだわりもない生活と言うのは、何となく味気ないと思うのである。それよりは、自分が「セクシー」だと思うことに限られた資金を使い、「セクシー」でないと思うことは、何とか節約して生活する。一点豪華主義と揶揄されようとも、自分が「セクシー」と思うことに自身を持って限られた資金を投入しようではないか。きっとその方が精神衛生上、良いと思うのであるが、どうだろうか。
2008年03月14日
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