ふつうの生活 ふつうのパラダイス

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2008年07月23日
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カテゴリ: 社会系エッセイ


昔はまあ、よくわからなかったし、若かったし、ババサマたちの顔をたてて、一応お盆の行事には、付き合っていた。

うちの夫は次男坊なので、我が家の場合は、当然家に仏壇もないし、お墓も持たない。だんなか私か、家の誰かが死んだら、その時にお墓を買って、お盆とかもやるようになるのかなあと、漠然と考えていた。

でも、最近、果たしてそんなこと、将来的に私もホントにやるかな?と、思い始めた。

実感がぜんぜんわかないのだ。お金もかかるし。

昔は子供も小さかったので、お盆やお彼岸やお正月には、夫の実家に行って、お食事などいただいて、少し話もして、何時間か過ごしたのだけれど、最近それがすごくしんどくなっているのだ。
もう、子供たちが大きくなって、そのてのイベントに子供は来ない。大人だけだと、間が持たない。その上、実家に行っても長男の嫁である義姉は、ほとんど、テーブルにつかないで、必要な支度だけして、どこかにいってしまうし、話題は盛り上がらないし、他人の家なので、家の中を歩き回るわけにも行かないので、同じ場所に何時間もなにするわけでもなく、座っていなければならないし。

お盆とか、お墓参りとかの行事も今までは一応、とりあえずやっていたのだけれど、いざ自分の父、自分の知っている人が死んで見ると、「このお墓の中にいるよ、仏壇の向こう側にいるんだから、お線香を上げてあげなさい」と、言われても、本当にぜんぜんぴんと来ないのだ。

お墓も、宗教も、遺影も世界的に存在しているのだから、それなりに、必要なものなのだし、意味はあるのだろうけれど、いざ自分自身がそういうことをするということにぜぜんピンと来ない自分感覚に、ちょっと驚いている。

お盆とか、お彼岸とか、お墓参りとか、そういう一連のイベントにそろそろ時代的な限界を感じ始めているのだ。

うーん。どうしよう。どうすればいいのだろう。

お盆というのは、季節的に向こう側とこちら側がつながる時間なのだと、思うのだけれど、私の実家は東京盆を採用しているので、7月のお盆なのですよね。それって、つまり、実際の異世界とつながる時間とは別の、新暦でこの日がお盆だから、日にちを優先して、新暦にあわせたお盆なんですよね。新暦にあわせてぱぱって変更しちゃえる程度のものをお盆だからとか、ご先祖様が、とか言われても、ぴんとこない。てか、その程度のものなら、重要視して、受け継いでいく意味ってあるのかな?とかね。思うわけ。です。

それに、新盆だから、世間並みに世間体があるから、「ちょうちん買え」とか、そう言うこと言われちゃって、いかにも、儀礼的で、なんか。なんで、そういうことに母、姑や、あの世代の人たちが、あそこまでこだわるのだろうかと。

日本人は、シャイな民族なので、お盆とか、法事とか、そういう義理とか、儀礼的な、強制的なイベントでもないと、血のつながってるはずの親族ですら、めったに会わないし、集まらない。だから、法事が、なん周忌とかいって、何度もいろいろあるのも、親族同士を合わせて、話をさせるためのイベントとして、強制的に作られたものなのだろうと、思うのです。外国なんかだと、クリスマスとか、誕生日とか、いろいろなパーティなんていう、明るい集会があるのだけれど、日本人はシャイなので、法事のような暗くても、静かでも、盛り上がらなくても、特にそれでも、かまわないような、イベントを作っておく方が無難なんだろうと、思うわけです。

それでもねえ。最近の時代の変化や、価値観の変化、外国文化の導入や、稲作農業社会から、企業社会になってきたことなんかで、もういい加減、こういう社会システムを続けていくのは、苦しそうだなあと、なんか、思っちゃうのです。

もう、一世代代わったら、どんどんこういう仏教的行事をやらない家庭は増えていくかもしれません。

第一、サラリーマンの収入で、檀家としてお寺にずっと維持費を払い続けたり、お墓を買ったりということすら、経済的に厳しくて、できませんし。少子化で、世代ごとに継いでいかなければならないし、お墓という制度自体が、もう、事実上社会的に、無理だろうなと、思うわけです。

そういうのはもう、道徳的にどうとか、感情的にどうとかというのとは、もう乖離して、維持が無理になりつつあるのじゃないのかなと、思うわけです。

小さい頃から、実家でも、お盆の時にやっていた一連の行事も、はたして、私は、やり続けられるかと、というか、やる気になるかどうかすら、あやしい。

灰を海に流すようなことをやりたいというようなことが時々ニュースになるのも、海に流したいというより、お墓を買って、それを家族が維持していくことの負担をさせたくないし、したくないというのが、本音なんだと思います。

伝染病の流行で、禁止された土葬と、はじめられた、檀家制。死体の遺棄の禁止。今のお墓ってあれ、地面に骨を埋めるのじゃないのですよね。死体を焼くことで死体についているかもしれない、細菌を消して、そして、それでも残ってるかもしれない細菌をきっちりと、陶製の壷に入れて、きっちりと、蓋をしめて、伝染病や生きている人間に害をおよぼすかもしれない、細菌を封じ込めている。地中に埋めると、流れ出すかもしれないので、きっちり、コンクリや、ブロックで作った、地上に作られた箱上のものの中に、遺骨は保存されるのですね。

でも、人口が増えて、一つの家に一つのお墓ということすら、維持できなくなりつつあります。土地が足らないので、公共の霊園も、作り出されています。

我が家のお墓や、お盆は、将来どうしよう。

将来、家を出た子供たちに「お盆だから、お線香あげに来なさい」なんて、私、わが子にそんな電話はもう、恥ずかしくて、かけられないかもしれない。

ああ、本当にどうしよう。それともその時がきたら、気が変わって、案外やってるのだろうか。
もう、その時は、その時。その時になって見ないと、分からない。
ただ、確実にこれらの行事は社会的に、消えていくのだろうな。

それとも、浴衣や花火大会や、お祭りや出店がなくならないように、受け継がれていったりしちゃうんだろうか。








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最終更新日  2008年07月24日 13時34分50秒
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