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・・・続き
気持ちに区切りを付けるべく、父のことを書いておこうと思って再び・・・
介護・・・初めての経験だった。 身近に介護を必要とする年寄りや人達がいなかったのでどうなる事かと... 父が始めて寝たきりとなった時はどうしていいかわからず困ったが、 慣れとはありがたいもの ? で色々介護していくうちに要領得て・・・
高齢(明治生まれ)だった父、そのうち来るであろう介護の世界・・・と覚悟はしていた
ときどきではあったがTVで色々介護の仕方などを見てはいたが実際にはそう上手くはいかなかった
たぶん、実の親子であるがゆえ 変に遠慮したりワガママになったりで・・・寝たきりとは言っても最初は自力で起き上がることが出来なかっただけで 頭脳明晰 ? いやみを即答でかえして(その度にカリカリ頭にきていた)くるくらいしっかりしていた
元気な時、娘に“下の世話”をしてもらう事が最大の苦痛だと言っていた父・・・・それが現実に
紙おむつに換えたとき中々しようとしないので
「遠慮なくすればいい」 というと
「いままで、何十年もしてはいけない、漏らしてはいけないと、過ごしてきたのをいまさらしてもいいといわれても中々簡単には出来ないよ」
...と頭がはっきりしていればいるほど抵抗があったようだ
そこへ、わたしの不慣れな介護も手伝って、日に何回も寝巻きやシーツを取り替えてたいへんだったが・・・
そして、父も悟ったのか 抵抗する気力がなくなったのか 素直になってというか 私も慣れてきたのか 介護がうまくいくようになり心身の負担もかなり楽になった
それと、もうひとつ娘達も良く手伝ってくれた事もおおきな助けとなり娘達が傍にいてくれてよかったなぁとつくづく感じた
一人自宅介護...大変だったわねと言われるが、そう言われるほど大変だったとはおもわなかった すべて、思いどうりに、やりたいように、できたのと 寝たきりになった期間が短かったこと最後まで父がはっきりしていたこと(コレが一番)
中には自宅に居ながらして、痴呆で家族がわからない、人工呼吸器、人工肛門、点滴などなど大変な介護もある 私の場合は最小限の介護であったと思う
親孝行ではなく “ 子孝行 ” だったと父に感謝の毎日